模写
黎明の関節球がきゅるきゅると音を立てる。
だがそうでもしないと「鷹の目」からは逃げられないのだ。
青梟は秋葉の「堅護」と宗光の「鷹の目」を併用して、奏助たちを追い詰めていた。
攻撃をしても防がれ、一時的に隠れ好機を狙っても居場所がばれてしまい、逆に銃撃を受ける。
しかし奏助にとって最も悔しいのは本来の能力者である己よりも、青梟のほうが「構築」の能力を使いこなせているという点だった。
足場を作り逃げ道を確保し、時にはそこから奇襲をかける。
そんな使い方があるのかと悔しいながら思い知らされてしまう。
「――ッ、この!」
負けていられない。
奏助はその一心で、頭上に剣の大群を作り上げる。
以前量産型が飛来した際に使用した技と同じものだ。
じわりと鼻の奥に痛みが走り、口に鉄の味が広がる。
だが今はそんなことに構ってはいられない。
「剣よ、降り注げ!」
一心同体である黎明と共に、作り上げた剣に指示を出した。
剣は次々と青梟に襲い掛かるが、やはり能力に慣れていないせいかすべて避けられてしまう。
『ちょ、奏助! 危ないなあ!』
「す、すいません、秋葉さん!」
前線で戦っていた秋葉は能力を使って奏助の剣から難を逃れたらしい。
大和も跳躍することでその場から離脱したため、傷ひとつついていない。
は、は、と息が切れ始めた。
能力を一回使うだけでかなりの倦怠感が奏助を襲う。
おまけに鼻血まで垂れ始めた。
ごしごしと袖で鼻血を拭い、ゆらりと立ち上がる青梟を睨みつけた。
なにか弱点が。
そう、きっとあるはずだ。
(……あれ?)
ここで奏助に小さな疑問が生じる。
さきほど奏助の能力で作り上げた剣の大群から、青梟はどうやって逃れた?
秋葉のように「堅護」の力を使って身を守ればよかったというのに、奴は飛び退いたのだ。
咄嗟の判断が出来なかったのだろうか。
いや、そんなことはない。
咄嗟の判断が出来ていなかったら、秋葉が背後に回った時に「構築」の力を発動させることなど出来なかったはずだ。
ならば何故。
奏助はもう一度頭上に剣の大群を作り上げる。
さらに口の中に血の味が広がり軽いめまいを覚えたが、奥歯を噛みしめることで気を紛らわせる。
「もう一回……ッ!」
剣たちに指示を出し、青梟へと放つ。
青梟は降り注ぐ剣の雨をすべて避けていく。
先程とは違って数本が装甲に傷を作ったが、戦闘不能になるようなものではない。
(やっぱり、能力を使わない)
四方八方から飛んでくる剣から身を守るのならば、秋葉の共鳴能力を使った方が安全だというのに。
そして、最初に宗光が撃った弾をはじいた壁の強度。
奏助が知っている「堅護」の強度とは少し違うように感じていたのだ。
何かが違う。
何かがおかしい。
「……もしかして」
ふ、と過ぎった結論を離すために、奏助はガルゼノンの通信を大和のみに絞る。
「大和君、お願いがあるんだ」
『何すか』
「きみの黄昏、確か鞭みたいな武器持ってたよね。あいつの脚、片方でもいいから掴める?」
これは、ある種の賭けだ。
大和が一時的にでも動きを封じられなければ成功しないし、奏助の思惑が間違っていたら大和の安全も保障できないような賭けである。
しかし、奏助の導き出した結論通りであるならば、青梟に大きなダメージを与えられるかもしれない。
奏助の提案に、大和は黙り込んでしまった。
それはそうだろう。
奏助は大和と違って戦闘のプロではない。
素人同然だ。
しかも軍人になってからまだ日も浅く、相棒としても頼りなさすぎる。
そんな人間の提案を二つ返事で承諾できる方がおかしい。
『……一時的でいいんだな』
「え、あ、うん!」
『分かった。タイミングは任せる。合図をくれ』
まさか大和からこんな簡単に承諾をもらえるとは思わなかった。
奏助はグリップを強く握ると、意識を黎明に集中させていく。
頼む、黎明。
あと一回だけでいい。
俺と共鳴してくれ。
強く、強く想い、その時を待つ。
やがてほんの一瞬、青梟の気が完全に奏助と大和から外れた。
この瞬間しかないと悟った奏助は、後ろで量産型を抑え込んでいる大和に合図を出した。
大和は手早く量産型の動力源を破壊すると、鞭状の武器を取り出して青梟の足を絡め取った。
奏助は高く跳躍すると、能力で作り上げた槍を垂直に構えて青梟を狙う。
青梟はすぐに気づいたが、足を大和に封じられているためその場を離脱できない。
『私が「堅護」の能力を収集している事をお忘れか!』
ずるり、と防護壁を張った青梟だったが、奏助は構わず真上から槍を振り下ろした。
切っ先が防護壁によって防がれる。
『阿呆ですね、あなた』
「いや、俺はこの時を待ってたんだ」
にい、と奏助は笑う。
刹那、奏助の背後に剣の大群が出現した。
太陽の光を浴びて輝く鋼に、全ての想いを込める。
「防いでみろ、青梟!」
奏助の言葉と共に数多の剣が青梟に降り注ぐ。
大和に足を封じられているため、青梟は「堅護」の力を利用して防ぐしか方法はないはずだ。
予想通り青梟は能力を発動させて剣を防ぎ始めた。
剣が次々と防護壁に弾かれていく。
――ビシッ、パキッ
思い通りにはいかないのかと思ったその時、何か亀裂が入るような音が響いた。
よく見てみると、青梟が張った防護壁に蜘蛛の巣のような模様が入っていた。
剣が防護壁ごと攻撃するたび蜘蛛の巣上に巡った亀裂はさらに広がっていく。
そして――
――バキバキバキッ!!
『……ッ!?』
ついには砕け散った。
守るものを失った青梟に、奏助の作り出した剣が襲い掛かる。
硬い装甲を貫き、無数の傷を付けていく。
しかし、奏助も限界だった。
鼻血は止まらないし、眩暈も酷い。
おまけに呼吸が苦しくなってきたような気がする。
あと少しで動力源の共鳴石を壊せるというところで、奏助は攻撃の手を止めた。
辺りが静寂に包まれる。
大和も、秋葉も、宗光も、中央管制室で様子を見ていた鉄戒と鈴も呆然としているのだろう。
「……あんたの能力、確かにすごいよ。でも、欠点もある」
『……』
「あんたの力は所詮模写だ」
「堅護」の力では身を護ることは可能であれど、強度をダイヤモンド並までにすることが出来ない。
「鷹の目」の力では敵の居場所を瞬時に把握出来れども、狙撃の精度の低下によりあちこち動く敵を仕留めることが出来ない。
「構築」の力では瞬時に武器を作り上げられても、剣の大群を作り上げるような芸当が出来ない。
能力を「収集」することは出来ても、その力の最高の力を発揮することはできない。
それが青梟の能力の最大の弱点だ。
「原型には勝てないんだ、青梟!」
通信機能など無くても届くような大声で、奏助は吼えた。
宣言したことによって、ようやく青梟と同じ位置で戦える気がする。
自分と、仲間の想いの力を信じてこの一戦、乗り越えなければ。
眩暈を打ち消すように頭を振って、奏助は強くグリップを握り締めた。