表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

硝子

「奏助君の共鳴能力(レゾナンスアビリティ)である『構築』は、

 どうやら無機物限定らしいね」


 ほんの少し残念そうに、

 結果が書かれた紙を鉄戒が渡した。

 自分の共鳴能力(レゾナンスアビリティ)がどれほどの性能を持つのか興味があった奏助は、

 鉄戒が付き添うことを条件に特別な訓練室へやって来た。

 ここならば安全装置がしっかり備わっているため、

 共鳴能力(レゾナンスアビリティ)の実験も安心してやることが出来るらしい。


 奏助は鉄戒が指示したものを『構築』してみたのだが、

 成功したのは鉄や銅の金属や、水、ガラスといった無機物は『構築』出来たのだが、

 植物や紙、プロパンなどといった有機物、

 そしてもともと物質ではない炎は成功しなかった。

 訓練次第では出来るかもしれないが、

 今はこれが奏助の限界らしい。

 

「でもすごい能力だと僕は思うよ。

 奏助は胸を張っていいと思う」

「そうじゃ! お(まあ)はすごか!」


 ばしばしと背中を叩いて褒める宗光と、

 相変わらず変な味のポテトチップスを食べる秋葉。

 ちなみに今日はメロンパン味らしい

 普通にメロンパンを食べたほうがいいのでは。


「大和も、奏助に負けないように頑張らないとね」


 秋葉はにこりと微笑むと、壁に寄りかかっていた大和に声を掛けた。

 ただでさえ普段から眉間に皺が寄っているというのに、

 秋葉の言葉でその溝がさらに深まってしまったように思える。

 

「……えっと! 宗光さんはどんな共鳴能力(レゾナンスアビリティ)を?」


 冷たい空気が大和から流れ出したことを感じ取り、奏助は慌てて話題を宗光に振った。

 すると宗光は得意げに口元を歪め、部屋の壁際へと歩いていく。

 いったい何が始まるのかと思っていると、

 宗光は太腿のナイフホルダーから三本ナイフを抜き取った。


「よう見とけ――秋葉!」

「はいよ」


 宗光の呼びかけに、秋葉はポテトチップスを三枚宙へと投げた。

 すると宗光は何の迷いもなくナイフ三本をポテトチップス目掛け放つ。

 ナイフはポテトチップスをすべて貫通し、壁に突き刺さった。

 しかも驚くことにポテトチップスは割れることなく、

 中心にナイフを通したままの状態で。


 こんなこと普通ではほぼあり得ない。

 

(おい)の能力は『鷹の目』じゃ。

 狙うた獲物は逃がさん」

「宗光はガルゼノン部隊の狙撃手なんだよ」

「俺の想いは誰かの役に立ちたいというもんじゃ。

 その場の敵の位置を素早く把握できるというもんでの。

 能力の訓練したら狙撃もお手の物ぞ」


 信じられないなら蟻の眉間にでも銃弾をぶち込めると豪語した宗光に、

 奏助はただただ感心した。

 奏助が来るまでの実戦を想定した訓練では、

 大和が接近戦を中心に、宗光が狙撃、秋葉が接近戦及び補助を担当していたらしい。

 ここに奏助が加わることによって、さらなる戦力増加が期待できる。

 鉄戒はそう喜んでいた。


 しかし、この部隊は同時に問題も抱えていた。

 それが佐野大和である。


 どれほど身体能力が高くても、彼は共鳴能力(レゾナンスアビリティ)の覚醒に至っていない。

 今はまだ何とかなっているが、今後紅獅子以上に強大な敵が現れたその時、

 大和が生き残れる保証はどこにもないのだ。


 もちろん本人もそれを自負しているらしく、

 最近は夜遅くまでこの訓練室で特訓をしているようだった。

 しかし、秋葉が以前言っていたようにガルゼノンと大和の間で想いのすれ違いが生じている限り、

 彼が共鳴能力(レゾナンスアビリティ)に覚醒することはないのかもしれない。


 すっかり居心地が悪くなってしまったのか、

 大和は壁から背を離すと訓練室から姿を消してしまった。

 残された者たちは皆顔を合わせて肩を竦める。


「あーあ、行ってしもうた」

「誰か慰めてあげないと、ね? ボス」

「そうだねえ……しっかりした相棒(バディ)がいればいいんだけどねえ」

 

 三人が同時に奏助に目を向ける。

 つまり「お前が様子を見てこい」ということなのだろう。

 奏助は深いため息を吐くと、訓練室の扉に近づいた。

 

 大和と共に生活をしてから、彼の行動パターンは大体把握できている。

 訓練室、中央管制室、自室、格納庫。

 彼はこの四か所以外にはほとんど足を運ばない。

 自室に行けば奏助が帰ってくる可能性が高い。

 中央管制室には鈴がいる。

 訓練室は今までいた場所。

 となれば残りはただ一か所のみ。


 奏助はくるりと反転して、格納庫の方向へ足先を向けた。

 時折すれ違う人とあいさつをして目的地に到達すると、

 大和は黄昏のコックピットの椅子に座って何かを見ていた。

 音を立てずに近づいてみると、どうやら見ているのはロケットペンダントらしい。

 鉄製のタラップを登り黄昏のコックピットに顔を覗かせると、

 大和は驚いたように瞳を瞬かせた。

 だがすぐにいつもの表情になると、持っていたロケットペンダントを首に掛ける。


「なんだよオッサン。能力覚醒できてない餓鬼を笑いに来たのか?」

「違うよ、俺は、その……あまり気負いしてほしくなくて」


 大和は他の三人に比べて真ニッポン帝国軍に対しての想いが強すぎる。

 奪われた妹、両親、居場所。

 その仇をとるためならば修羅になる。

 そんな気迫を常々奏助は感じていた。

 自分が大和くらいの年のころは、毎日遊び惚けていたのに。

 彼には「青春」という時間がなかったように思われる。

 

 佐野大和という青年は、まるでガラス細工だ。

 吹き続ければ、大きく膨らんでいくガラス細工。

 憎悪という負の感情が吹き込まれて大きくなったガラス細工は、

 やがてその感情の重さに耐えきれず割れてしまう。

 彼の心もいつかは耐え切れずに壊れてしまいそうで、

 奏助はつい気負いしてほしくないという言葉を彼にかけてしまった。


 だが、その言葉は逆効果だったようで、

 大和は額に青筋を浮かべると力強く奏助の胸ぐらをつかみあげた。


「気負いしてほしくない? 

 善人ぶってんじゃねえぞ……!」

「や、まと、く……ッ」

「共鳴石がおかしいんだ! 俺の想いに反応しないから!

 だから俺の能力がいつまで経っても覚醒しない!」


 こんなに憎んでいるのに。

 こんなに恨んでいるのに。

 こんなに苦しいのに。


「俺の想いは! ずっとずっと変わらず復讐に燃えているのに!」

「――ッ」


 刹那、格納庫に乾いた音が響く。

 右手がじんわりと熱さを孕んだ。

 目の前の大和は奏助の胸ぐらをつかんだまま動けずにいた。

 

「――災厄からすべてを守りたい。

 誰かの役に立ちたい。

 絶望を希望に変えたい」

「……何?」

「秋葉さん、宗光さん、そして俺のガルゼノンと共鳴した想いだよ」


 守りたいという秋葉の優しさが「堅護」を。

 役に立ちたいという宗光の誠実さが「鷹の目」を。

 絶望を希望に変えたいという執念が「構築」を。

 それらは全て復讐などといった負の感情からは程遠い位置にある想いだ。

 

 きっと大和の心の奥にある共鳴した想いも、きっと――


「きみが共鳴した時に強く願った想いは、本当に復讐だったの?」

「……」


 大和は、何も喋らない。

 ただ困惑したような瞳を奏助に向けていた。

 するりと力のなくなった手から逃れると、奏助は大和のロケットペンダントをこつんとつつく。


「答えは、ここにあるんじゃない?」


 ロケットペンダントの中身が何なのか、奏助は知らない。

 しかし、中身を見ているときの大和の表情が優しいものだったところを考えると、

 失った家族の写真が入っているのだと推測したのだ。

 

 しん、とした時間が流れる。

 その時間が長引くにつれて、奏助の背中には嫌な汗が伝っていた。

 人を殴るという行為であるが、実は初めての経験だ。

 よく叩かれるほうより叩く方がいたいなどと聞くが、

 それをまさかこの場で実感するとは思ってもいなかった。


「……や、大和君?」

「……痛かったんだけど」

「ご、ごめん! その、咄嗟に手が!」


 大和の言葉に顔面蒼白になりながらも、殴った頬の具合を見る。

 これはまた見事に綺麗な紅葉が。

 心の中で暢気な感想を述べているが、正直青年の逆襲が恐ろしい。

 年下とはいえ彼は自分よりもはるかに軍人歴は長いし、肉弾戦のプロだ。

  

 これは殴り返されるのも覚悟をしておこうと心に決めたその瞬間、

 大和が奏助へと手を伸ばした。

 

 殴られる。


「――……ふぎゃッ」

「ぶはっ」


 確かに頬に痛みは走った。

 しかし殴られた痛みというよりは、抓られたようなものだった。

 反射的に瞑ってしまっていた瞼を上げると、

 そこには年相応の表情で笑う大和の姿があった。


「や、やまひょくん?」

「仕返し」


 パッと手を離した大和は、そのまま黄昏のコックピットを降りていく。

 抓られた頬を擦りながら奏助も後に続いて降りると、

 不意に大和が奏助の方へ振り向いた。


「復讐以外の想いが、俺にもあるのかな」


 家族を奪った、

 居場所を奪った。

 そんな国を、国家を許せずに今まで生きてきた青年。 

 その心の中に復讐以外の想いがあるのか。


 いや、あるに決まっている。


 そうでなければこの青年があんなに綺麗に笑えるわけがない。


「一緒に探してあげるよ、相棒(バディ)として」

「……好きにすれば?」


 そう言う大和の口元は柔らかな弧を描いている。

 自分が彼の役に立てるのなら、と奏助はそっと右手を伸ばした。

 奏助の手をじっと見つめていた大和だったが、

 彼もまた気恥ずかしそうにそっと手を伸ばしてくる。

 少しはこの青年と心がつながったのだろうか。


『出撃要請、ガルゼノンパイロットは直ちに中央管制室に集合せよ』

 

 あと少しで手が触れるというところで、慌ただしい放送が流れた。

 出撃要請ということは真ニッポン帝国軍が再び攻めてきたということで間違いないだろう。

 二人は顔を見合わせると格納庫から飛び出す。

 

 向かうは中央管制室。

 奏助はこれから始まるであろう戦闘に恐怖を覚えながらも、

 決して足を止めようとはしなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ