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初陣

『ちょ、奏助君!? 

 きみ今ガルゼノンに乗ってるのかい!?』

「鉄戒、ハッチ開けてくれ! 二人を助けに行く!」

『無茶言うな! 

 まともな訓練受けてない人間がいきなり実戦なんて……!』


 戸惑いを隠せないような鉄戒の声がコックピットに響く中、

 奏助はグリップを強く握りしめて頭上のハッチを睨みつけた。

 ずん、ずんと地鳴りがする。


 あのハッチの向こうで、二人は戦っているのだ。


「鉄戒!」

『――ッ、ああもう! システムオールグリーン、ハッチ開放! 

 奏助君、頼んだよ!』


 刹那、頭上のハッチが開く。

 太陽の光が差し込み、格納庫内を照らした。

 真正面にあるランプが赤から青に変わると同時に、強烈な重力がかかる。

 下っ腹に力を入れ何とか耐え、ガルゼノンと共に地上へと射出された。


 飛び出た先の光景はモニターで見てきたもの以上だった。

 蒼穹の後ろで足を砕かれ動けない黄昏と、今が好機とばかりに攻撃の手を緩めない敵機。


 こんなことが許されてたまるか。


 しかし、今秋葉達を攻撃している敵に向かっていっても隠れている狙撃手から狙い撃ちされてしまう。

 それならば先に狙撃手を撃破しなければいけない。

 まだ奏助の乗るガルゼノンが射出の影響で宙に浮いている間に、姿見えぬスナイパーを探す。

 地上からであればその姿を見つけるのは困難かもしれないが、

 上空からならば容易く見つけられるだろう。


「いた!」


 相変わらず銃口を黄昏たちに向けているが、こちらには気づいていないらしい。

 奏助は気づかれていないこの隙に、狙撃手の背中をとることにした。

 体勢を出来るだけ整え、引力に逆らうことなく下降していく。

 コックピットとなっているだろう頭部を避け、一気に降りると背中に強引に着地した。

 鉄戒に見せてもらったガルゼノンの資料によれば、

 人型戦闘機のほとんどは胸元の動力源と頭部のコックピットは連動している。

 ならば胸元の動力源を破壊すれば動かなくなるのではと考えた奏助は、

 うつ伏せ状態になっている敵の背中を思いきり踏み潰した。

 すると先程まで状況が理解できずに暴れていた手がぱたりと力を失ったように動かなくなる。


 やはり動力源を潰してしまえば自由を奪うことが出来るらしい。


『おのれ、よくも……っ!』


 仲間の一人が倒されたことに気が付いた敵たちが、

 秋葉達への攻撃の手を止めて奏助へと向き直る。

 初めて向けられる殺気。

 背筋がぞわりと粟立ち、嫌な汗が額から垂れ落ちた。


(でも、ここで俺が逃げたら……)


 再び敵は秋葉達を攻撃するだろう。

 応援に駆け付けにくるだろう訓練兵の乗る量産型も、どれほどの戦力か分からない。

 とはいえ奏助は訓練兵とは違って戦闘訓練を受けたわけではないし、

 ガルゼノンにのることだって初めてだ。

 幼いころに格闘技をやっていた経験もなければ武器の扱いも――


「……武器?」


 ここではたと気づいた。

 このガルゼノンは何かしら武器が搭載されているのだろうか。

 慌てて機体中を見てみるが武器らしいものはどこにも見当たらない。


「て、鉄戒? 武器とかって……」

『あるとおもうかい? 今まで全く動かなかった機体だよ、それは。

 メンテナンスだってそこそこさ』


 それはつまり、このガルゼノンに武器は搭載されていないということだ。


 非常にまずい。

 顔が真っ青になった奏助にはお構いなしに敵機のうち一機が新たに現れた奏助を潰しにかかろうと走り出した。

 このままでは殺されると確信し、

 狙撃手が使っていたライフル形状の武器を拾いへなちょこながらも構えた。

 ぶるぶると手が震えながら引き金を引くが、

 飛び出した弾は敵に当たることなくビルに当たって弾けた。

 きらきらと硝子が飛び散る中、ひるむことなく突撃してくる敵。

 もう一発、と再び引き金を引くが、素人の銃では当たらないのか、

 軽々と銃弾を避けられ、終いには蹴り飛ばされてしまった。

 ががが、とガルゼノンが地面に擦れる音が盛大に響く。

 衝撃で首を痛めてしまった。


『奏助君、無事か!? 無事なら早く起き上がって! 殺されるぞ!』


 鉄戒の言葉で我に返り、急いでその場から飛び退けた。

 と、ほぼ同時にその場に突き刺さる巨大な剣。

 ばちばちと放電しているところを見ると、

 刺さるとそこから膨大な電流を流しパイロットごと破壊する仕組みらしい。


『ちっ、外したか』


 嘲笑いながら地面に突き刺さった剣を抜く敵は、

 奏助の精神を嬲るようにゆっくりと歩み寄る。

 恐怖が、まだ見ぬ死が、奏助を追い詰めていく。


 何か力になりたかった。

 ひとり中央管制室で何もできない自分が悔しくて仕方がなかった。

 こんなちっぽけな正義感を持つ自分でも、何かできるのではと考えた。


(せめて、自分でも扱えるような武器さえあれば……!)


 銃は駄目だ。

 軍人ですら撃ち慣れていなければ外してしまう武器を、

 素人の奏助が使うとなれば奇跡を願うしかないレベルだ。

 しかしこの場には銃以外の武器がない。

 武器を持っているであろう蒼穹や黄昏は敵の背後にいるため寄越すことは不可能だろう。

 第一自分たちも命の危機にさらされているのだから、

 武器を渡すという危険な行為は出来ないだろう。


『抵抗はもうしないのか?』


 見えないはずなのに敵パイロットが下卑た笑みを浮かべている姿がはっきりと見えたような気がする。

 あまりにも悔しくて唇を噛んでいると、敵が先程の剣を構えた。

 切っ先は奏助がいるガルゼノンの頭部へと向けられている。


『我ら真ニッポン帝国軍に歯向かうからだ』


 酷く冷めた声がぎゅうと心臓を締め付けた。

 死にたくない、

 死にたくない。


 ――ああ、武器が雨のように降って来ればいいのに

 ――そうしたら、助かるかもしれないのに


 そんな愚かな考えを頭の中で展開しながら、敵の背後にいる二人を見遣る。

 脚が破壊されているというのに駆けつけようとしてくれているのか、

 大和が無理矢理にでも黄昏を動かしていた。

 あの子は奏助が死んだらどんな気持ちになるのだろうか。


 敵の剣が振り下ろされる。

 鋭い刃で身を切り裂かれるか、

 それとも放電され感電死か。

 どちらも痛そうだ、と強く目を瞑る。


 しかし、痛みはおろか衝撃すら感じない。

 暗闇で奏助が感じたのは鉄同士がぶつかる音と、狼狽えるような敵の声。

 おそるおそる目を開けると、敵の剣が真ん中から折れていた。

 そして奏助が乗るガルゼノンの足の間に一本の剣が刺さっている。

 青く輝く刃が太陽の光を浴びてきらりと輝いている。

 大和か秋葉が見かねて寄越してくれたのかと思ったが、

 この刺さり方では頭上からほぼ垂直に落ちてきたとしか説明が出来ない。


 つまり、二人の居る位置から投げてこの刺さり方はあまりにも不自然だ。

 では一体この剣は何なのだ。


『何もない場所から剣だと……ま、まさか……共鳴能力(レゾナンスアビリティ)!?』


 半分に折れた剣を投げ捨てながら後退していく敵の言葉に、奏助は目を丸くした。

 何もない場所から剣を出した。

 これが、己の共鳴能力(レゾナンスアビリティ)なのか。

 グリップから手を離し、じっと両手を見つめてみる。

 だが特に変わった様子は見受けられない。

 もし、この青い剣が自分の共鳴能力(レゾナンスアビリティ)で生み出されたものならば、

 きっかけ何か。身体に変化はない、思考もはっきりと冴えている。


(……もしかして、さっきの?)


 武器が雨のように降って来ればいい。


 奏助は先程そう「想った」のだ。

 共鳴能力はガルゼノンと繋がることで得られる『想い』の力。

 もし、今の奏助の考えが正しいのなら、己の共鳴能力(レゾナンスアビリティ)は――


「――こいつらを退けられるほどの剣よ、降り注げ!」


 奏助の声に応えるかのように、頭上に数多の剣が姿を現す。

 それは日本刀であったり、サーベルであったり、ククリであったりと様々な姿をしていたが、

 切っ先は全て敵へ向いていた。


 そして一本、

 また一本、

 まるで雨の如く敵に降り注ぐ。


 まさか自分の共鳴能力がこんな力だったなんて、と戦闘中にも関わらず呆けていると、

 コックピット内に喜々した鉄戒の声が響いた。


『驚いた! まさか無から有を生み出す力だなんて!』

「無から、有を?」

『そうとも! よし、何とかなるぞ……奏助君、きみは戦おうだなんて思うな。

 能力も湯水のように使えるわけじゃない。

 きみがいまするべきことは一つ、黄昏の脚を『構築』してくれ!』


 はっとなって黄昏たちの方を見るが、奏助が作り出した剣は二機を敵と見なしていないらしく、実害はないようだった。

 ほ、と一つ安堵の息を吐いて鉄戒に言われた通り、黄昏の足を構築するため走り出す。

 敵も奏助の動きに気づいたようだったが、

 降り注ぐ剣に邪魔をされて思うように行動が出来ないらしい。

 邪魔されることなく二機のもとに辿り着くと、早速破壊された黄昏の脚部分を見遣った。

 ガルゼノンの素材はカーボンでもチタンでもない、

 特殊な金属が使われているらしい。

 その金属がどのようなものなのかは資料に記載されていなかったが、四の五の言っていられない。


『オッサン! 後ろ!』

「!!」


 コックピット内に響いた大和の言葉に驚き振り返ると、

 あの剣の雨を掻い潜って背後まで迫ってきた敵機が鋭い斧を振りかざしていた。

 ちっ、と微かな舌打ちが聞こえたかと思うと、黄昏が両腕を伸ばして庇うように覆い被さる。

 このままでは大和が黄昏ごと潰されてしまうだろう。


 しかし、黄昏が破壊されることはなかった。

 奏助たちの横で、蒼穹が強固な守りを展開したのだ。

 寸でのところで抑えられた斧はやがてはじき返され、反動で敵機が後ろへとひっくり返る。

 そして空中から降り注いだ剣が好機とばかりに胸の動力源を貫いた。


『僕を忘れてもらっちゃ困るんだなあ』

「秋葉さん!」

『お礼は後ででいいから、黄昏の脚を』


 秋葉に促されながら、再び黄昏の脚を見遣る。

 仮初めの脚ではあるが、強靭でしなやか、且つ軽くなければならない。

 先程よりも集中し、頭の中にイメージを作り上げていく。 

 奏助が脚のイメージを頭に描いていくと、黄昏の破壊された脚部分に光が収束していくのが見えた。

 初めは形もなくふわふわとした光であったが、

 徐々にそれは姿を変え、やがて脚の形を(かたど)る。

 そして光がすう、と空気に溶けるように消えていくと、

 奏助がイメージした『脚』が姿を現した。


「よし! これでいい!」

『……おい、なんだこれ、ダセェ……』

『……ぶっ、くくく、あはは! 何これ超センスいい! 最高、あははは!』


 新しく黄昏の脚となったのは、燃えるような赤に口をあんぐりと開けた龍と虎が立体的に施された脚だった。

 それだけならばまだいいが、脹脛に当たる部分に漢字で「最強」などと書かれている。


「ええ? 個人的にかっこいいと思うんだけど」

『あんたは田舎のヤンキーか』


 呆れた声でそう言った大和がゆっくりと黄昏を動かす。

 ごてごてとした装飾付きではあるが、性能的には何ら問題はないらしい。

 二、三度足踏みをして動きを確認するしぐさを見せた後、

 降り注ぐ剣に苦戦を強いられている敵を見据えたように見えた。


『てめえらのせいでこんなことになったんだが、どう落とし前つけてくれんだ』

『よっ、田舎のヤンキー! やっちゃえやっちゃえ!』

『秋葉さん、ちょっと黙っててもらえますか』


 苛ついた声で秋葉を制した大和――黄昏が落ちていた日本刀に似た武器を持ち上げる。

 ゆらりと怒気を纏ったガルゼノンは、強く足を踏み込むと一気に敵との間合いを詰めた。

 流石に予想外だったのか残っていた三機のうち一機は抵抗することも出来ずに動力源を貫かれてその場に崩れ落ちる。

 続いてすぐ近くで善戦していた敵機の動力源も鋭い刃で貫いた黄昏は、

 残り一機となった敵と真正面から向かい合った。

 雨のように降り注いでいた剣はその姿を消し、黄昏と敵の間に緊張感が張り詰める。


 最初に動いたのは、敵の方だった。

 水平に剣を構えると大地を力強く蹴って走り出す。

 烈火のごとく繰り出された剣を軽々と避けた黄昏は、

 関節球が擦り減るほどの音を出して強烈な蹴りを放つ。

 金属が歪む音と同時に敵が乗る機体が吹っ飛び、大きなビルにぶつかった。

 一瞬の出来事に開いた口が塞がらないでいると、黄昏が最後の一機の動力源を容赦なく潰す。

 しばらく様子を窺うように真上から見下ろしていた黄昏だったが、

 敵機のコックピットから白旗が降られたのを確認するとゆっくりと体勢を整えて、

 蒼穹と奏助が搭乗するガルゼノンの方へと向き直った。


『殲滅完了』

『ああ、お疲れ様、田舎のヤンキー。それと、奏助』

『秋葉さん、それ気に入ったんですか、やめてください』


 心底嫌そうな大和の声に併せて秋葉がさらにからかって遊ぶのが音声越しに伝わってきた。

 ほ、と安堵の息を吐いてグリップから手を離そうとする。

 しかしあまりにもきつく握っていたからなのか、なかなか離すことが出来ない。

 微かに震えているようにも見えた。ああ、なんて情けない。

 震える手に額を乗せて深く、深く深呼吸をする。

 そうすれば先程までの命のやり取りの中で感じた恐怖を少しでも紛らわすことが出来るような気がして。

 

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