黎明
ざばざばと湯が溢れ出る軍の大浴場の真ん中で、
奏助はこれまで起こった出来事を想いうかべながら体を温めていた。
奏助が前の会社をリストラ(という名の引き抜き)されてから数日。
新たに分かったことがある。
一つ目は秋葉が奏助より年上で、レゾナンス部隊の隊長だということ。
妙ちきりんな味のポテトチップスばかり食べている彼だが、
鈴曰くパイロットとしての腕は一級品らしい。
元は空軍所属で戦闘機を乗り回していたらしいのだが、
彼のポテンシャルを見抜いた鉄戒が半ば無理矢理異動させたと教えてもらった。
二つ目は大和の評判があまりよくないということ。
見目麗しい彼ではあるが口は非常に悪く、
彼の搭乗するガルゼノンの整備士は週一で代わってしまうのだとか。
奏助も整備士が辞める場面を一度見たが、それはそれは壮絶なものだった。
ガルゼノンの調整が小学生の図工の時間並と吐き捨てた大和に、
腸を煮えくりかえした整備士が突如殴り掛かったのだから。
慌てて奏助含む周りが止めに入ったが、
殴られた大和はさも慣れていると言わんばかりの顔で整備士が抑えられている様子を見ていたのである。
「なーんであんな他人を突き放すようなことするのかなあ」
ぶくぶくと口元まで湯に浸かり、氷のように冷たい青年を思い浮かべる。
今日まで何度か彼とすれ違ったり、
食堂で同じテーブルになったことはあるがまともに話したことがない。
話しかけようにも話題がないし、
大和自身から話しかけるなとでも言いたげなオーラが出ているためである。
心身ケアを担当する鈴、上司である鉄戒や秋葉とは最低限の会話はするようなのだが、
それ以外の人物とは極力会話をしないようにしているのか目も合わせてくれない。
その為まだ訂正させられないでいるのである、彼の奏助に対するオッサンという言葉を。
はああ、と深いため息を吐いていると、脱衣場の方で人影のようなものが動いた気がした。
軍関係者が奏助と同じように疲れを流しに来たらしい。
はて、いったい誰だろうと首を傾げていると、勢いよく風呂場の扉が開いた。
「やあ、奏助君。あたしも一緒にいいかな」
忘れていた。
この人物のことを。
きちんとかけ湯をしてから湯に足をつけたのは、旧ニッポン帝国軍レゾナンス部隊総轄鉄戒だ。
別にこの大浴場が混浴というわけではない。
かと言って鉄戒が間違って入ってきたわけでもない。
鉄戒は、男だったのだ。
初めて大浴場で鉢合わせをしたときは奏助が風呂場を間違えてしまったのではと大いに慌てたが、
腰にしかタオルを巻いておらず、
女性のように胸のふくらみもない姿を見て安心半分、
残念半分といった気分を味わったのを今でもよく思い出せる。
彼は長い髪を器用に束ね項まで湯に浸かると、
その姿からは想像も出来ないようなおじさんくさい声を出した。
「風呂はいいねえ。裸の付き合いが出来るし
……奏助君はもう少し筋肉つけたほうがいいんじゃない?」
「余計なお世話です」
むに、と脇腹に肉をつままれ、思わず憎まれ口をたたく。
しかし鉄戒は気にしていないのか、長く息を吐くと膝を抱えて天井を見上げる。
横顔だけ見れば本当に女性にしか見えない姿に、胸がほんの少し跳ねた。
「ほんと、嬉しいよ。あたしと風呂入って嫌な顔一つしないでいてくれるのなんて奏助君くらいだよ。
秋葉はともかく大和なんて一緒に入る以前の問題だしね」
どこか寂しそうに話す鉄戒に、奏助は苦笑いを浮かべた。
最低限の会話はする鉄戒にも、あの青年は心を開いていないらしい。
「みんなとはもう仲良くなれたかい?」
「鈴や秋葉さんはよく声をかけてくれるんだけど……大和君は……」
「あいつはねぇ……仕方ない子だねぇ」
鉄戒は苦虫を噛み潰したような顔になると、手の内に湯を溜めて圧力で水を前方へ飛ばした。
ぴゅう、と弧を描いて飛び出た湯は何事もなかったかのように湯面へ落ちるとそのままするりと同化してしまう。
「でもね、あの子、悪い子じゃないんだ。それだけは分かっていてほしい」
「はあ……」
鉄戒はそう言うが、態度が態度だ。
悪い子ではないと言われても信じがたい。
奏助の気持ちに気がついているのか、鉄戒はそれ以上は何も言わず、
ぴゅ、ぴゅと手で湯を飛ばして遊んでいた。
居心地が悪くなった奏助は鉄戒に小さく手を上げると、
ざばざばと湯を掻き分けて脱衣場へ向かう。外気に触れたせいか少しひやりとした。
支給されたタオルで体の水分をふき取り、
すっかり着慣れてしまった整備士のつなぎ服を着る。
秋葉や大和は軍服をラフに着ていたが、
オイルや鉄粉などですぐに汚れてしまう技術者たちは皆つなぎ服を着ることになっているらしい。
忘れ物がないかを確認して大浴場から出ると、
そっとポケットに手を入れて一枚の紙を取り出した。
秋葉が以前言っていたように、この基地はその名の通り蜘蛛の巣上の形をしている。
鈴に頼んで作ってもらった地図を今は頼りに歩くしかないのだ。
「えっと、今はここだから……部屋はあっちか」
よたよたと壁に手を突き、地図と睨めっこをしながら歩き始める。
途中躓いたり壁にぶつかったりと痛い思いをするものの、
どういうわけかなかなか目的である自室に辿り着けない。
ぐるりと周りを見渡してみるが、目印のようなものも特徴のある部屋もない。
おまけに人の姿もない。
ぐっと切なさがこみ上げてくるのを何とか堪え、
もう一度鈴から貰った地図に視線を落とす。
ここで立ち往生していても仕方がない。
幸い壁を這っている配管に沿って歩けば、中央管制室に着く。
そうすれば誰かいるだろう。
「……オッサン、ここでなにしてんの」
早速配管を辿っていこうと壁に手を突いたその時、至極嫌そうな声が聞こえてきた。
恐る恐る振り返れば、そこにはタオルを首から下げた大和の姿があった。
片手には飲みかけの飲料が入ったペットボトル、
そして薄っすらと汗をかいているところを見ると、
日課のトレーニングでもしていたのだろう。
現在の自分の状況をどう説明すればいいのか分からず、
くしゃりと地図を握り締めると、
じっと様子を窺っていた大和が突然奏助の手を取る。
「えっ、ちょっと!」
「疲れた俺にジュース奢れ」
「は!? い、今飲みかけ持ってるじゃん!」
「うるさい」
貧乏人からこれ以上何を毟り取ろうってんだ、とキイキイ反論してみるが、
大和の手はびくともしない。
鉄戒の話が本当なら大和は今年で十七歳だ。
自分と一回り近く年が離れている青年に抗うような力もないなんて。
右へ、左へと何度か角を曲がっていく大和に渋々連れられて行くと、
旧ニッポン帝国軍の紋章が印刷された飲料自販機が視界に入った。
いくら持っていたっけと空いている手を小銭が入ったポケットに突っ込む。
大体二百円くらいはあるだろうか。
すぐに小銭を取り出せるように準備をしたが、
大和は折角見つけた自販機をするりと通り過ぎさらに道を進んでいく。
おい、と声を掛けたが奏助の呼びかけに答える気はないらしい。
その後も何台か自販機を見つけたが、大和は止まることはなかった。
いったい彼はどこの自販機に向かっているのだろう。
諦めて連れまわされ続けていると、ようやく大和が足を止めた。
これだけ拘ったのだから他の自販機とは比べ物にならないような商品が置いてあるんだろうな、と確認してみたが、
視線の先の自販機は今まで通り過ぎてきた自販機と大して変わらない。
「オッサン、金」
「ぐぬぬぬ……」
有無を言わさない瞳で射貫かれてしまえば反論できるはずもなく、
言われるがままポケットからなけなしの小銭を取り出して大和へと手渡した。
特に感謝の言葉一つ無く、清涼飲料を一つ選ぶとガラガラと落ちてきた商品を手に取る。
出てきた商品もやはりどこにでもあるようなものだ。
「あんまりウロチョロすんじゃねーよ、オッサン」
「オッサンオッサンうるさいな! 第一俺は三十路になったばかり……あれ?」
はた、と視界に入った見覚えのある扉に奏助は首を傾げた。
そういえば自室の近くに自動販売機があったような気がする。
慌ててポケットから部屋のカードキーを取り出し読み取り機にかざすと、
何の抵抗もなく部屋の扉が開いた。
間違いない、ここは自分の部屋の前だ。
そこではっと気づく。
もしかしたら大和は奏助が慣れない軍施設で迷子になっていることに気が付いて、
ここまで連れてきてくれたのではないか、と。
「や、大和君!」
精一杯の大声で名前を呼んでみたが、大和は聞こえているのかいないのか、
そのまま姿を消してしまった。
追いかけてしまえばまた迷子になってしまう可能性が高い。
すぐに礼が言えないことに気落ちするも、また明日にでもどこかですれ違うかもしれない。
その時に礼を言えばいい。
――あの子、悪い子じゃないんだ
大浴場での鉄戒の言葉が脳裏に蘇る。
表面上の態度や言動で人を判断してしまった自分が恥ずかしくて仕方がない。
彼は嫌がるかもしれないが、これからは積極的に声を掛けてみよう。
そう決心しながら奏助はようやくたどり着いた自室に身を滑り込ませた。
奏助が大和と顔を合わせたのは二日後のことだった。
二日ぶりに見た大和は、どこか落ち込んだような表情でとても声を掛けられるような空気ではない。
流石に心配になって大和と共に食堂に現れた秋葉に声を掛けた。
相も変わらずポテトチップスを貪っている。
ちなみに今日は納豆味らしい。
「秋葉さん、大和君どうしちゃったんですか」
「ああ……共鳴能力の訓練うまくいかなくてね……」
どうやら秋葉は大和の訓練に付き合っていたらしい。
秋葉の共鳴能力は強力な防護壁を作る『堅護』だが、
大和は一体どんな能力を持っているのだろうか。
「秋葉さん、大和君の能力って……」
「それが、大和はまだ完全な覚醒に至っていなくて、どんな能力なのか分からないんだ」
困ったように呟いた秋葉の言葉に、奏助は思わず目を丸くした。
秋葉曰く、大和は黄昏の共鳴石に反応した人物ではあるが、
どういうわけか共鳴能力が使えないらしい。
しかし能力が覚醒に至っていなくても、
一度共鳴すればガルゼノンを動かすことは可能ではあるが、
戦闘力ははるかに劣ってしまう。
能力はガルゼノンに埋め込まれた共鳴石と、
人間の強い「想い」が響きあって覚醒する。
考えられる可能性は今現在の大和と共鳴石との間にすれ違いがあるということ。
「大和は、共鳴石は自分の復讐心に反応したって言い張るんだけど
……僕にはそう思えなくてね」
復讐心。
その言葉に胸がしくんと痛んだ。
自分より年下の子が、いったい何に復讐の炎を燃やしているのだろう。
気にはなったが秋葉にも、大和本人にも問うことを止めた。
踏み込んではいけない領域だと思ったのだ。
「まあ大和は優秀だから、きっと大丈夫だと思う。
共鳴能力がなくても今のところは戦闘でうまく立ち回っているしね」
にこりと笑みを浮かべて再びポテトチップスに手を伸ばす秋葉は、
ずるずると食堂名物のもつラーメンを啜る大和を優しい瞳で見る。
奏助も秋葉と同じ意見だった。
彼が乗る黄昏は大和の復讐に力を貸すために応えたわけではないような気がする。
もっと心の奥底で燃え上がる大和の熱い想いに黄昏は反応したのだろう。
その想いがどんなものなのか、奏助には想像もつかないが。
ふ、と大和から視線を外し手元のオムライスを掬って口へ運ぶ。
じわりと口の中でデミグラスソースが広がっていく感覚に酔い痴れていると、突然警報が鳴った。
目の前の席を陣取りポテトチップスを堪能していた秋葉の顔が一気に厳しいものへと変わる。
『北西より敵影を確認。ガルゼノン部隊出撃せよ』
――出撃。
たった数文字の言葉がこんなにも重く感じてしまう。
放送を聞き終えた秋葉と大和は食べかけのポテトチップスやラーメンもそのままに、
あっという間に食堂から姿を消してしまった。
彼らはおそらく中央管制室に向かったのだろう。
食堂で食事を楽しんでいた他の整備士たちも慌てた様子で駆けだした。
奏助も彼らに続いて中央管制室へ向かえば、
パイロット二人は鉄戒から敵の情報を聞いている様子だった。
「相手は量産型が数体。
共鳴能力が向こうにないからといって油断はしないように……
――黄昏、蒼穹、共に準備出来ている。頼んだよ」
「了解」
ばしん、ばしんと二人の背中を叩いて格納庫へパイロットたちを送り出した鉄戒は、
普段見ることがないような表情で巨大なモニターを睨みつけた。
モニターには大和が乗る黄昏と、初めて見る青いガルゼノンが映っていた。
吸い込まれるようにモニターに近づくと、
先程まで中央管制室にいた二人の姿がガルゼノンのすぐそばに現る。
二人は用意されていたタラップを駆け上がり、操縦席に乗り込んだ。
「システムオールグリーン、黄昏、蒼穹、出撃せよ」
鉄戒の言葉と共に、二機のガルゼノンが格納庫から飛び出した。
どうやら格納庫から機体を地上まで射出できるような装置があるみたいなのだが、
今はそれについて鉄戒に熱い質問を投げる時ではない。
地上に無事飛び出した黄昏と蒼穹は、敵影が見えた北西の方へと向かっていく。
あそこには情緒あふれる町並みがあったはず。
底に住まう人々は誰もが穏やかで、
一度旅行に行ったことのある奏助も定年を迎えたらここに暮らしたいと思ったほどだ。
紅獅子が強襲したあの日から旧ニッポン帝国に住まう人々は、
安全のために地下に造られた偽の青空が広がるシェルターに住んでいるという事実が何とも悔しいが。
『見えた、量産型四機。これより迎撃に入る』
中央管制室に秋葉の声が響いた。
大和は既に戦闘態勢に入っているのか、ぐっと体勢を低くして迎え撃とうとしている。
「なあ、鉄戒。量産型って? 黄昏たちとは違うの?」
「ああ。量産型は共鳴石がない。つまり想いの力で動いているのではなく、電力が動力源なんだ。
当然共鳴能力は使えないから、パイロットの腕で強さが決まる機体さ」
うちの軍にもあるよ、と鉄戒はモニターから目をそらさず説明した。
奏助から見ても量産型と正規のガルゼノンでは見た目にも差があると思う。
量産型はずっしりとした重さがありそうな見た目をしているが、
ガルゼノンは軽さを重視しているのか全体的にすらりとしている。
簡単に言ってしまえば量産型はアニメや映画で良く見受けられるロボットの姿をしていて、
ガルゼノンは人間の姿に近い造りとなっているのだ。
奏助が量産型とガルゼノンの違いに思いを馳せていると、
北西から到来した敵四機がずしんと重い音を立てて地上へと降り立った。
どの機体も重量のありそうな武器を所持している。
「どいつも近接型だ、容易いな」
にたりと笑みを浮かべた鉄戒の予想通り、戦闘はサクサクと進んでいる。
機動力のある黄昏が主だって戦闘をこなし、
共鳴能力が使える蒼穹が護りを展開し隙をついて動きを封じる。
特に大和が搭乗する黄昏は接近戦を最も得意とするのか、
能力が覚醒していないにもかかわらずなかなかの奮戦ぶりだ。
――これが、ガルゼノンの戦い……
すっかり二人の戦いに見惚れ口を開いたままだった奏助だったが、
ふとモニターに何かが映ったような気がした。
ほんの一瞬のため隣で見ていた鉄戒も気づいていないらしい。
もう一度目を凝らして疑問が生じた部分を見てみると、
木々が多い茂る間から何か見える。筒のような黒光りした何かが。
(……まさか!)
筒の先にあるのは、――黄昏だ。
「大和君! 後ろ!」
奏助の声に驚いたかのように黄昏が振り返る。
だがその瞬間爆音が響き黄昏の右足が無残な形へと変わる。
「狙撃手!?」
鉄戒が悔しそうに顔を歪めた。
最初の四機に気を取られ、もう一機の存在に気づけなかったのだ。
堪らずその場に膝を折った黄昏を庇うように、蒼穹が能力で護りを展開する。
あっという間に防戦一方になってしまい、中央管制室が一気に慌ただしくなった。
「こちらも量産型を。訓練兵のトップ三人を使って。医療班!
きみたちは――最悪の場合を想定して準備を」
最悪の場合。その言葉に誰もが顔を真っ青にした。
つまりそれは、大和と秋葉のどちらか、もしくは両方が死亡する場合ということ。
医療班に指示を出していた鈴も酷い顔色をしていたが、
ぐっと覚悟を決めたように唇を噛んで薬などの準備を進める。
そんな中、奏助はひとり疎外感を感じていた。
(俺、役立たずだな……)
鈴のように医療の知識もない。
鉄戒のように冷静に指示も出せない。
モニターに映る二機のガルゼノンは、秋葉の集中力が切れたらあっという間にパイロットごと鉄くずに変えられてしまうだろう。
それが分かっているのに、自分は何もできない。
「秋葉! すぐに応援が行く、耐えろ!」
『無茶、言うねえボスは……ッ』
『くそっ、脚さえなんとかなれば』
びりびりとした緊張感が頬を舐める。聞こえてくる秋葉の声からして、
そろそろ限界が近いようだ。
敵もそれが分かっているのか、攻撃する手を全く止めるようなことはしない。
奏助は奥歯を噛みしめる。
何かあるはずだ。
この状況を打破する、
何かが。
(……そういえば)
ふと奏助の脳裏にあることが浮かんだ。
いやしかし、でももしかしたら。
奏助は緊迫している中央管制室に隣接する格納庫へと駆けだす。
焦る手で扉の仕掛けである歯車を落としそうになるが何とか嵌め込み、
扉が開くと同時に配管が這う道を駆け出した。
格納庫には鉄戒が言っていた訓練兵と思われる青年たちが集まって整備士と何かを話していたが、
気にしている場合ではない。
ばたばたと用意された量産型には目もくれず走り、
ある機体の前で立ち止まった。乱れる呼吸を整え、その灰色の機体を見遣る。
あの時。
紅獅子が鈴と奏助を踏み潰そうとしたとき。
奏助は「人生をやり直したい」と強く思った。
もしあの「想い」に反応して灰色ガルゼノンが動いていたとしたら?
もし大和と同じように共鳴石と奏助の間ですれ違いが生じているだけだとしたら?
「大和君と秋葉さんを、助けたいんだ」
正直恐ろしい。
今までサラリーマンとして生きてきた自分だ。
戦い方も、何も知らない。
だが何もしないままあの二人を失うことの方がよっぽど恐ろしい。
「俺の想いに応えろ! 俺は――」
――この絶望を、希望に変えたいんだ
「応えろ!」
刹那、光が迸る。
胸が燃えるように熱い。
その場にいた整備士や訓練兵が慌てた様子で中央管制室の鉄戒に連絡を入れているようだったが、
奏助は目の前で起こっていることにくぎ付けだった。
動いたのだ、巨人が。その身を灰色から白く、
蒼と金の差し色を入れて。
そして、奏助を敬うように跪いた。
胸元の共鳴石が透明感のある淡い紫色に輝いている。
まるで――朝焼けのような色だ。
奏助はタラップを一気に駆け上がると、コックピットである頭部に身を滑り込ませた。
中は意外とシンプルで、トリガーを備えたグリップが二つと座席と足用のペダルがあるだけだった。
あとはコードのようなものがコックピット内を這っているだけで、特別な要素は見当たらない。
何にせよ奏助はこのガルゼノンと命運を共にすることが決まったのだ。
後戻りなどできない。
外から降りてこいという指示が聞こえてきたが聞こえないふりをして座席に腰を下ろした。
ぎゅ、と手が白くなるほどグリップを握ると、
急にコックピット内が共鳴石と同じ透明感のある淡い紫色に光る。
初めて触るというのに、どこをどうしたら動くのか分かるような気がした。
すう、と目一杯空気を吸い込む。
湧き上がってくる恐怖に負けないために。
その感情から目を背けるために、奏助は――吼えた。
「行くぞ、ガルゼノン!」