和解
「野獣。それが大和の共鳴能力で間違いないね」
宣言通りバリウム味のポテトチップスを口に突っ込まれ、半ば涙目となっている大和に視線を送りながら鉄戒は結論を出した。
野獣。
体の筋肉等を活性化させ、身体能力を向上させる能力。
能力訓練を行えば生身で軍隊壊滅もできるほど、戦闘に特化した能力と言えるだろう。
「まさに大和のためにあるような共鳴能力ですね」
きゅ、と包帯を締め終わった鈴がころころと笑って三人のパイロットの様子を温かく見つめる。
青梟が撤退し四人が格納庫に戻った時、一番最初に駆けつけてくれたのは鈴だった。
少女は胸元まで鼻血で真っ赤に染まった奏助と、真っ青な顔でコックピットから降りてきた大和を見て愛らしい顔をぐしゃりと歪めてしまったのだ。
すぐに医務室に押し込まれ順番に治療をされる間、鈴はずっと泣きそうであったので、ようやく笑顔を見ることができて、奏助は安堵の息を吐く。
「凄いよね、大和君の共鳴能力。なんか格好良かった」
「奏助も負けていないのです」
「いや、俺のはデメリットが......」
そう言って奏助は手のひらに視線を落とす。
気怠さはなくなり、鼻血も治った。
しかし、それらは自らの限界を超えたから引き起こされた不調などではない。
能力を使用するたびに起こるデメリットで間違いないだろう。
青梟は奏助に比べればはるかに訓練の経験も多いだろうし、悔しいが能力値の限界も上のはずだ。
だが青梟は奏助の能力を「癖のある能力」と言い、出来るだけ使用しないように試みていたように見えた。
そのことを考えると、気怠さも鼻血も能力使用のデメリットと捉える方が正しい。
「能力も俺も役立たずだな……今後生き残れるか不安」
自嘲の笑みを浮かべた奏助の言葉に、鈴はそっと手を頬へと添える。
冷たいのに何故か安心してしまう感覚に目を閉じると、柔らかな少女の声が鼓膜を揺らした。
「奏助、あなたの能力はただモノを生み出す力ではないです……うまくは言えないのです、でも決して役立たずではないのです」
「鈴……」
真っ直ぐ見つめる鈴に、奏助は不思議と安心感を覚えた。
少女の言葉が妙に説得力を孕んでいるからだろうか。
ありがとう、と鈴の頭を撫でて、奏助は未だに先輩二人に弄られたままの大和に目を向けた。
青梟との戦闘で念願の能力覚醒を迎えた彼は、前に比べて眉間の皺が薄くなったような気がする。
年相応の、精悍な顔立ちだ。
「秋葉さんたち、そろそろ大和君いじめるのやめてあげてください」
「いじめなんかじゃないよ、これは愛だよ、愛」
首班となっている秋葉は手元の袋から真っ白い粉がついたポテトチップスを取り出して、大和の口に突っ込み続ける。
あのポテトチップスにまぶされている白い粉は食用なのか少々不安だが、ちゃんとした商品として売られているのだから大丈夫なのだろう。
「だいたいね、暴走したふりをするなんて心臓に悪いもいいところだよ全く」
「あの場面はその方がいいと思って……」
「せめて隊長の僕だけには打ち明けておくとかしておけっての」
小言を言いながら秋葉がポテトチップスを口へ突っ込む。
苦しそうにはしているものの、そう言われてしまうと何も反論できなくなってしまうのか、大和は鼻をつまんで口の中に溢れているポテトチップスを咀嚼していた。
青梟との戦闘で大和は暴走などしていなかった。
暴走するふりをして青梟に危機感を植え付け、撤退させる作戦を一人実行したのだ。
もちろん奏助を始めとする旧ニッポン帝国軍の面々は彼の思惑など知らず、暴走した彼をいかに無傷で捉えるか必死に考えていたというのに。
そのため秋葉は大和が勝手に作戦を実行したことに腹を立てているらしい。
いや彼のことだから腹を立てているというよりは呆れているのかもしれないが。
まるで本当の兄弟のようにじゃれ合う秋葉と大和の様子を見ていると、その二人から離れた宗光が奏助の隣に静かに腰掛ける。
その姿に普段のおちゃらけた空気はなく、柔らかな表情で奏助の顔を覗き込む。
「あいがとうごわぁた、奏助。お前のお陰で大和から棘ば取れた」
「いや、俺は何も」
「よか面ばしとる。俺が大和と初めて会った時とは大違いぞ」
世の中の全てを恨み、己自身を殺し、ただ復讐のためだけに生き、憎悪の炎を瞳に宿した少年。
それが宗光が大和に抱いた初めての感想だったらしい。
「餓鬼は餓鬼らしく笑っておればよか」
宗光の視線の先にいる大和は、まだぎこちないながらも笑顔を浮かべている。
まるで年の離れた弟を見守る兄のような姿に、奏助も同じように笑みをもらした。
その視線に気が付いたのか、大和が秋葉の間の手から逃れるように奏助の背後へと逃げ込んできた。
「秋葉、その辺にしちょけ。鈴ちゃんに叱られるど」
「おお、それは怖い。この辺にしておこう」
ようやくポテトチップスをしまった秋葉を見て、背後で大和が安堵の息を吐く。
どうやら相当嫌だったようだ。
こっそりどんな味がしたのか聞いてみると、ただただ不味くて味なんてわからないと返ってきた。
バリウム味という未知の世界に思いを馳せていると、カルテの整理が終わった鉄戒がその場にいる全員を集める。
「とにかく、これでみんな能力覚醒をしたことだし、一先ず体を休ませるように。はい、解散。自室に戻ったもどった!」
医務室から早急に出ていくように促し、鉄戒は今後のことを鈴と相談し始めた。
この場にいても特に何の役にも立たないと判断した一同は、話の邪魔にならないように静かに退出していく。
まだふらつく身体をさりげなく大和が支えてくれていることに礼を述べ、奏助は深く息を吸い込んだ。
そうすることでようやく生き残ったと自覚することが出来たような気がする。
「じゃあ僕たちは格納庫に行って機体の具合を見に行くよ。大和たちは部屋に戻って休みな」
「はい、わかりました」
軽く手を振って格納庫へ向かう二人の背中を見送ってから、奏助たちも自室へと向かう。
医務室から自室はそう遠くはない。
ゆっくりではあるが確実に歩を進めていくなか、奏助はふとあることに気が付いた。
(そういえば、大和君。俺の事 “奏助さん” って呼んでくれてる)
今まではオッサンと呼ばれていたはずなのに。
彼の優しさだってこんなに表立って見せるようなことはなかったというのに。
ちらりと気づかれないように大和の方へ目を向けると、彼の表情は以前より柔らかくなっているような気がした。
やはり能力が覚醒して安心したのだろうか。
「――奏助さんの言った通りでした」
「え?」
突然話しかけられて驚いたが、どうやら見つめていたことに気付いたわけではなさそうだ。
自分はこの青年に何か言っただろうか、と疑問を抱いていると、大和は口元に笑みを浮かべたまま言葉を綴っていく。
「黄昏と共鳴した俺の想い。復讐なんかじゃなかった」
憎くてたまらない祖国。
家族も、居場所も、何もかも奪った祖国を打ち滅ぼしたい。
その復讐心が黄昏と共鳴したわけではなかった。
黄昏が拾い上げた大和の強い想いは――
「二度と大事なものを失いたくない……それが黄昏が俺と共鳴してくれた想いだった」
「はは、大和君らしいね」
「気づかせてくれたのは、奏助さんですよ」
照れくさそうに笑った大和は歩みを止めると、首から下げていたロケットペンダントの中身を奏助に見せてくれた。
そこには意志の強い瞳をもつ男性と、大和と瓜二つの女性、そして可愛らしい女の子と男の子の写真が収められていた。
「俺の大事な家族はもう戻らないけど……まだ、俺には大事な仲間と相棒がいる」
そうですよね、と年相応の笑顔を浮かべた大和に、奏助はどうしてか目頭が熱くなったような気がした。
彼の心に巣くっていた氷がようやく解けてきた。
きっと真ニッポン帝国に対する憎しみは根深く残っているだろうが、少しずついい方向へ向かってきているに違いない。
「よーし、大和君! 今度秋葉さんたちも誘って写真撮ろう! 大事な仲間と相棒と出会った記念にさ!」
「ええ? それ恥ずかしくないっすか?」
そう言いつつも大和は笑顔だ。
奏助は整備部で仲良くなった人からカメラを借りようと計画を立てながら、大和と二人で自室へと戻っていった。
撮った写真はきっと彼にとっても、自分にとっても生涯大事なものになると信じて。