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覚醒

『ふ、ふふ、ははは!』


 まるで壊れた玩具のように青梟が笑い出す。

 奏助は動力源である共鳴石からコックピットに繋がる線をいつでも切れるように、敵ガルゼノンの頸動脈付近に槍を添えた。

 共に飛来した量産型はすでに大和に倒されているため、残りは青梟のみである。

 絶望的とも言える状況であるというのに、何故この男は笑っていられるのか。


『そうです、私は原型(オリジナル)を超えられない……だが、原型(オリジナル)がいなくなってしまえば私が原型(オリジナル)ですよね?』


 ぞわり、と背中に冷たいものが走る。

 急いで離脱しなければ。


 奏助はぐっとペダルに力を込めようとするが、足が酷く重い。

 能力の過剰使用で体がほとんどいうことを聞かない。 


『あなたの「構築」の能力、まるで命を削っているような反動を感じます。言ったでしょう? 癖のある能力だな、と……ふふ』

「――ッ」


 命を削る。

 もしかして鼻血や眩暈は能力の過剰使用が原因というより、能力を使用する際のデメリットだったということなのだろうか。

 青梟は奏助の能力を数度使ったことで、その能力のデメリットを見抜いていたというのか。


『奏助! 離脱しろ、はやく!』

『無理じゃ、秋葉! (おい)たちが助けに行った方が早か!』


 通信越しに二人の焦る声が届く。

 全く動けないでいる黎明の頭部を、青梟が鷲掴みにする。

 同時にコックピットのモニターにエラーという文字が多数表示された。

 みし、みしと音を立て始めるコックピット。

 このままでは奏助諸共黎明の頭部が握りつぶされてしまう。

 警告音が鳴り響き、朝焼けのような色で染まっていたコックピットは、今は真っ赤な色へと変わっている。

 逃げなければ、でも体が言うことを聞かない。


(ああ、せっかく大和君と仲良くなれると思ったのに)


 こんな時に浮かんだのは、ようやく笑みを見せてくれた大和だった。

 あの子は自分が死んだらどんな反応をするのだろう。

 泣くだろうか、悲しむだろうか。

 もしかしたら馬鹿な奴だな、と呆れるかもしれない。

 今よりもっと心を開いてくれる可能性だってあっただろうに。


 ここで、こんな別れ方をするなんて――


 ぐっと唇を噛みしめて悔やんでいると、モニターの端できらりと何かが光った。

 奏助が乗る黎明のような柔らかな色合いとは反して、赤く燃えるような朱。

 それは勢いを付けたまま飛び上がると、身を捻って青梟に蹴りを放った。

 鉄の塊が地面を擦る音が響く中、奏助は黎明ごと揺さぶられる。


『生きているか! あんな無茶するなら事前に言っておけよ!』


 駆けつけた朱の正体は黄昏だった。

 ごめんね、と通信越しに言えば、大和は安堵の息を吐いた。

 そして黎明を背後に隠すと、転がっていった先にいる青梟へと向き直る。


偽物(フェイク)原型(オリジナル)を超えようなんて烏滸(おこ)がましいこと考えんじゃねえよ』


 怒気を孕んだ声は冷たく空気を震わせる。

 だが青梟は全く気にもしていないらしく、ふんと鼻で笑って身を起こした。


『能力覚醒していない奴が、でかい顔をしないで欲しいですねえ』


 大和は何も反論しなかった。

 唯一能力を収集できなかったという面から、大和が能力未覚醒だと気付いていたらしい。

 青梟は「構築」の能力を利用して必要最低限の装甲の傷を塞ぐと、青梟は腰から折りたたみ式の斧を取り出した。


『俺は能力覚醒してない半端者だ。てめえと互角に戦えるかも疑わしい』


 先ほどと打って変わって、大和の声は静かだ。

 まるで時化が過ぎ去った、海のように。


『けどな、てめえがこの人や秋葉さんたちを殺すっていうなら話は別だ』


 黄昏の周りの空気がゆらりと揺れる。

 少しずつ黄昏の胸元にある共鳴石が光を帯びていく。

 まるで――大和の声に呼応するように。


『強くなってやる……二度と失わないために!』


 刹那、黄昏の共鳴石が眩しく光り輝いた。

 まるで夕焼けのような色は黄昏を包み込み、やがてとくりと消えていく。

 あまりの眩しさに視界を狭めて対応した奏助だったが、光が消えた後に姿を現した黄昏の姿を見てごくりと喉を鳴らす。

 その姿があまりにも荒々しく見えたからだ。


「や、まと、くん?」


 かけた声は自分でも情けなくなってしまう程震えていた。

 秋葉も宗光も黙ったまま大和の様子を窺っている。


『奏助……大和は……』


 通信越しに聞こえていた鈴の声も震えていた。

 いつもの彼と違う――なにかが。

 皆、本能的に感じ取っているのかもしれない。

 青梟もこの異様な空気に気が付いているのか、様子を窺うためにその場を動こうとしなかった。


 かはあ、と黄昏が口から蒸気を吐く。

 いや、もしかしたら本当に息だったのかもしれない。


『――……グ、ガ、アァ……』


 ふ、と曇った声がコックピットに響く。

 奏助が能力の使用によって引き起こされたデメリットの影響で出したものではない。

 秋葉や宗光も違うようだ。

 となれば後はただ一人しかいない。


「大和君!」

『ガ、アアアア!』


 獣のような雄叫びを上げて黄昏が駆け出す。

 向かう先は青梟だ。

 青梟はすぐさま斧を構えると突撃してくる黄昏を避けた。

 しかし、黄昏はすぐに方向転換すると青梟の背中に飛びかかる。


『ぐっ、まさか、能力覚醒……ッ!』


 狼狽える青梟のことなど気にした様子もなく、黄昏は力任せに青梟の右腕を引きちぎった。

 もしあれが生身であったらと思うとぞっとしてしまう。

 引きちぎられた部分がばちばちと爆ぜ、配線が剥き出しになっていた。


『まずい、大和のやつ、覚醒の反動で能力の暴走を引き起こしているかもしれない!』


 能力の暴走。

 突如能力に覚醒したことにより、人としての理性が崩壊してしまう現象のこと。

 稀にあるこの現象は人によって内容は様々だが、ほとんどが破壊活動を起こしてしまうらしい。

 おそらく大和もこの場にいる者たちを殲滅するまでは止まらないだろう。

 鉄戒の言葉に、奏助は顔を真っ青にした。


「大和君! 俺の声が届いているか! 大和君!!」


 必死に呼びかけてみるが、大和は獣のような雄叫びをあげるだけで答えようとはしない。

 奏助の視線の先で、黄昏が引きちぎった腕を無造作に捨て踏み潰す。

 原形をとどめないまでに踏み潰された腕を見て、青梟も余裕をなくしたのか一歩後ろへ後退った。

 

 再び黄昏が駆ける。 

 口から蒸気を発して組み付いた黄昏は、青梟の頸部を両手で鷲掴みにするとぐっと力を込める。

 離れていても聞こえる金属の軋む音。

 このまま握りつぶしてしまおうという考えなのか。


『このッ、バケモノが!』


 青梟は瞬時に「構築」の力で小刀を作り出すと、黄昏の右腕関節球に思い切り突き刺す。

 刃により関節球が上手く動けなくなったのか、僅かにであるが動きが鈍くなった。

 この機を青梟は見逃さない。

 組み付いていた黄昏を思いきり蹴り飛ばして距離をとると、背中のジェットエンジンを発動させ宙へと飛び立つ。

 襲撃してきたときに比べれば機体装甲も、おそらく青梟自身の自身や余裕もずたずたに引き裂かれたはずだ。

 

『今回は撤退します……もとはあなたたちの能力収集のために来ただけですからね……』


 そう言う青梟の声は怒気に満ちている。

 まさかこんな結果になるとは思ってもいなかったのだろう。

 青梟は銃を取り出すと、黄昏の足元に一発撃ちこむ。

 するとその場に真っ黒な煙が発生した。

 一気に視界が悪くなり、奏助たちは音だけを頼りに青梟の場所を探るしかない。

 

 やがて煙が晴れると、その場にはもう青梟はいなかった。

 どうやら退却したらしい。

 奏助は安堵の息を吐いて、ゆっくりと身を起こそうと試みた。

 気付いた蒼穹と疾風が駆け寄ってくれたが、奏助は一言断って無理矢理黎明の上半身を起こした。

 先程までとは言わないが、やはり体が酷く怠い。


『グ、ウ……アァ』

「――ッ!」


 通信越しに聞こえてきた声に奏助ははっとした。

 そうだ、まだ大和が能力の暴走から目を覚ましていない。

 奏助が何か言う前に、隣で控えていた疾風が静かに狙撃銃を構える。

 銃口の先では黄昏が前傾姿勢でこちらを見ていた。

 

『あん物狂い(いかれ)、目ぇば覚まさんかったら(おい)がぶち抜く』

「宗光さん!? 駄目です! 大和君ですよ!」

『なに、(びんた)は狙わん! (ごて)じゃ、(ごて)!』

 

 宗光は腕の良い狙撃手ではあるが、それでも大和が搭乗している黄昏を撃つというのは気が気ではない。

 疾風が静かに黄昏の脚を狙う。

 彼がこのまま正気に戻らなかった場合は、あの美しい脚に穴が開いてしまうのか。

 

 どん、と黄昏が一歩踏み出した。

 以前前傾姿勢のままだが、青梟の時に感じた殺気はない。

 緊急事態に備えて蒼穹も輪刀を構えている。

 また一歩、黄昏が踏み出す。

 疾風が狙撃銃の引き金に人差し指を引っ掛けた。

 奏助の喉がごくりと鳴る。

 もう一歩、黄昏が踏み出す。

 彼はもう目と鼻の先に居た。

 

「や、まと、くん……?」

 

 堪え切れず、奏助は声を掛けた。

 すると黄昏はかはあ、と口から蒸気を吐くと右腕をゆっくりと黎明へと伸ばした。

 

『……()()()()()()()()()()()――奏助さん』


 ぐったりしているような声だったが、彼は確かに意識をしっかりと持って返答をした。

 残りの二人にも聞こえたのか、安堵したように各自武器を下ろす。

 奏助はじわりと浮かんだ涙を拭いもせず、伸ばされた手を掴む。

 力強く握り返した黄昏は黎明を起こすと、支えるように肩に腕を回してくれた。


『まったく……こら、大和! 心配かけた罰として僕が食べるのもためらったバリウム味のポテトチップスを食べてもらおう!』

『どこで見つけてくるんですか、そのポテトチップス』

『大和、安心せい。お医者様(いささー)は用意しておくど』


 すっかり普段と変わらぬ会話を始めた三人に、奏助は思わず笑ってしまった。

 先程まで死と背中合わせだったというのに。

 黄昏に連れ添われながら奏助は格納庫を目指す。

 体の気怠さに反して、心はいつも以上に不思議と晴れやかだった。

 


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