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ノルド・ドラゴン  作者: 本藤侑
8/15

8.試練7

 下山の時からラヴァンケノスは大きすぎる為、幼体に変様してもらう。


 見慣れた山道を下る少女の周りをパタパタと飛び回る。まるで幼いドラゴンが主人に遊んで欲しい、構って欲しいと催促しているように見えるが、ラヴァンケノスはいたって真面目にそれをしている。


 春の戦斧せんぷ山、すなわちドラゴンたちの目覚め時。そろそろ冬眠していたドラゴンたちが活動を始めるころだろう。


 ラヴァンケノスはその鋭い察知能力によって他のドラゴンを警戒し、万が一でも妹を守れるようにと最善を尽くしているのだ。


 途中で休憩を挟みながら2時間ほどの時間をかけて山の麓の森まで下りてきた。針葉樹たちは相変わらずその長身でこちらを見下ろすようだった。


 真のラヴァンならそんな針葉樹たちをも見下ろせるが。まあそんなことはどうでもいい。


 森を抜け丘陵の草原を抜け、ついに村が見えてきた。


 豊かなフィヨルドの深紺の海、切り立った崖、その上にそびえ立つ全島集会アルシングの会場となる古城、港にはロングシップが並び、海岸線に沿って円形の軍事基地がいくつか、より内陸には村の住人のロングハウスがあらゆる方向に向いて建てられ、デナヴィ川沿いには工房が並び、丘陵の斜面には畑と農場が広がっていた。


 これぞ私の故郷。生まれ育ったヴァイキングの村だ。

帰ってきたとばかりに胸が高揚し、心が踊りだす。ただいま!



 村長の家までの道をまっすぐ歩いていると、農場の貯蔵庫からちょうど人が現れた。


「あ、ステーングさん!」


 懐かしの村人だ。思わず声をかける。ステーングおじさんは子供たちにとても優しくしてくれた。噂だが、そんな彼もロングシップに一度乗れば、人が変わったように頑強なヴァイキングになるらしい。


「やあ、リコ。んっ?ってリコ?なぜじゃ!?」


 ステーングは少女の容姿を頭からつま先までじっくり見る。


 多少乱れているが、尚も艶やかな薄いブルーシルバーの長髪、衣服は冬登山用の厚手で丈夫な皮の外套、背中には紐のほつれて壊れかけたバックパック、ズボンの片膝には大穴がぽっかりと開いている。靴も擦り傷だらけだ。


 そんな足下には小さなドラゴンが1匹、恥ずかしそうに見え隠れしている。


 ステーングは驚きと喜びで心がいっぱいになった。リコネルは村の人々に愛されていた。よそ者だが尊敬される父親と誰よりも美しい母親から生まれたのだ。小さい頃から沢山の才能を持ち天真爛漫でまるで天使のようであった。


 そんな少女であるため、村の年寄りには孫のように、村の親たちには息子の花婿として、青臭い男どもには良妻候補として愛され、期待されていたのだ。


 そんな子が試練で脱落した。厳しい試練で命を落とし成人になれなかった少年少女は今までにもいる。その度に村の雰囲気は暗くなったものだが、リコネルの場合は更に酷いものだった。    

 ステーングも今の今まで悲しみに暮れて仕事をしていたのだ。


 リコネルの無事を聞けば村人は自分のように声をあげて喜ぶだろう。宴だって開かれるかもしれない。リリク坊も立ち直るだろう。ステーングは当然のように考えた。


 1人でうんうんと頷くステーングのことを不思議に思いながらなんと返事をしようかと悩む少女。


「リコ、本当に無事で良かった!!立ち話は後じゃな。とりあえず村長の城に直行じゃ!早くみんなに伝えるぞ!今夜は宴じゃな!」


 少女の返事を待つまでもなくステーングは少女の手を引いて舞い上がるように歩く。


 あっという間に城に着き、そこで昼間から悲しみに暮れて酒に溺れていたヴァイキングの男たちの叫び声が村中に響き渡った。


 村長によると酔って暴れられると困るから城に"隔離"していたらしい…。


 それの境に村中にリコネルの帰還が広まり渡り、ステーングの予想通り宴の準備がなされた。



 宴が始まると城の中は集会シングのように人で溢れかえる。リコネルの帰還と試練達成による成人のお祝いもかねての宴である。


 いつものように男たちは大酒飲みであっという間に樽を空にし、陽気に歌いだす。酒の飲み比べをするヴァイキングたちにリコネルはなぜ戻ってこれたのか説明する。


 穴に転落し、足を折って動けなくなり、回復するまで下山出来なかったと説明した。

 もちろん嘘だが、真実の方がお伽話のようなのだからこれでいい。どうせ酔っ払いたちに話すのだし深い内容も要らない。


 そうして、さらに宴は盛り上がる。大したことではないのに英雄のように褒め称えられた。喜び気持ちが悲しみの気持ちに抑圧されていた反動だろうか?


 時間が経ち、ついに誰がリコネルを嫁にするかという話題に男たちが盛り上がり、喧嘩し始めたときは苦笑いするしかない。


 それも2ヶ月もの間、酒に溺れるほどの執着だ。少女は我知れず目が死んでいた。ラヴァンは『妹を貴様ら飲んだくれなんかに与えるものか』と冗談を言い、少女を慰めてくれた。


 少女の気持ちを察したのか村長が気を利かせて「疲れてるだろう?もう寝なさい」と声をかけてくれた。宴から解放されることに少女は喜びを覚えた。


 城の階段を登り、寝室へと向かう。寝室にはきっとリリクがいる。罪の意識から宴の参加を拒んだのだろう。でもそれは違う。結果的に取り返しのとかない事態には陥ったが、最後までリリクは少女を助けてくれようとしたのだから。


 村長の言葉にはリコネルを宴から解放するだけではなく、村長の別の企みが込められていた。息子のリリクを元気づけてやれ、と。


 石の廊下を松明の火を頼りに歩き進み、ついに寝室についた。


 木のドアを内側に開くと、リリクは二段のベッドの下段で毛布にくるまっていた。顔まで毛布で隠している。まるで意図的にしているような、そんな不自然さがそこにはあった。


 少女は少年の顔のそばによる。そして一言。


「リリク、ごめん。私が最初から素直にリリクについて行っていたならあんなことにはならなかった。リリクは最後まで私を助けようとしてくれた。とても嬉しいし、感謝してる。

ありがとう」


 そう伝え、少女は梯子を登り、上段のベッドに寝転がる。

 ラヴァンが何を考えたのか少女には不明だったが、『竜舎の方で寝る』と伝えて飛び去った。


 少し時間が経過し、下段からがさごそと寝返りをする音がした。そして「リコネル…」と呟く声がうっすらと聞こえた。


 少女の良い耳はその呟きを逃さない。


「なに?リリク?」


 すかさず返事をする。

今度は下段からがたんっと音がした。


「ま、まだ起きてたのか!」


「私、寝つきが良くないからね」


間の抜けた少年の声に少女は笑う。


「……。ごめん、リコネル。俺はお前が死んでしまったと思った。俺がお前を守ることが出来なかったから。あの瞬間手を離さなかったらってずっと悔やんでた。生きていてくれてありがと」


「悪いのは私だから。試練なのに緊張感が無くて、やりたいことだけやって。私ってば馬鹿だなぁ。そんなんだからあの時も転んだんだよ、きっと。自業自得なの」


「そんなわけないだろ!!」


少女の言葉にすぐさま反論する少年。勢いよく上半身を起こした音と共に、少年はさっきまでとは違う大きな叫び声をあげたのだった。


「えっ!?」


「あーと、えーと、いや、その……なんでもない。なんでもないけどリコネルのせいじゃない……いつものままが一番素敵だ…」


慌てた返答は支離滅裂で、後半につれて声が小さくなっていった。

 少女は少年の意図するところが全く理解出来なかったが、少し嬉しかった。


 会話が途切れる。暫しの間をあけて、今度は少年から話しかける。


「お前、やっぱり今でも冒険者になりたい?」


「そりゃ勿論ね。試練を終えたから今年こそは大会に参加出来るし。リリクは?」


「俺は…。俺は大丈夫だ。俺は少しでも父さんの仕事を学ばないと。より良い村長になる為にな。っというか俺試練に合格してないぞ」


 少年は自分のせいで少女が死んだ、と罪意識を感じ、使い竜を手に入れることもしなかったんだとか。

 それには少女も申し訳ない気持ちになる。


「話したいことはいっぱいあるけどさ、お前疲れてるだろう?また明日にしようぜ。じゃ、おやすみ」


「おやすみ」


 柔らかい布団に包まれて少女はすぐに眠りに誘われた。



 ラヴァンは少年と少女の一連の話を隠れて盗み聞きし、夜遅くようやく竜舎に進入した。


 ラヴァンは少女の記憶を通して少年のことを知っている。仲直りを見て安心する保護者あにのような気分だった。


 大きな竜舎にはおよそ7mのデカブツが1匹、4mのやつが3匹いた。全員寝ていたが、ラヴァンケノスの匂いを嗅ぎ取り、目を開いた。


『おいガキ?お前は何者だ?』


デカブツが話しかけてくる。


『リコネルという主人を持った使い竜だ。これからお世話になる』


『随分と生意気なガキだな。というかお前普通じゃないな。そんな流暢な言葉を使うガキは見たことがない。まあいい、力でもってどっちがボスか叩き込んでやんよ!』


 デカブツの言葉に後ろの3匹は震え上がる。3匹は炎竜に喧嘩を売ったあの幼体ドラゴンの自業自得だと割り切った。見て見ぬ振りをした。自業自得なんだから可哀想だとは思わない。だがしかし、蹂躙されるところが見たくないからと目を瞑り、耳を塞ぐ。


『そうか力比べか。私もそれは得意だぞ。恐らく世界で"一番"な』


『ふん!いつまでそんな減らず口が叩けるかな?死ねぇぇ!!』


 炎竜は幼体ドラゴンに向かって、前脚を振り下ろした。



 この後、ひたすら一方的な蹂躙が始まり、竜舎のドラゴンたちは誰がボスなのかを思い知った。











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