7.試練6
その後も楽しい時間を過ごしたかったが、気がついたら寝てしまっていたようだ。隣には巨大なドラゴンは丸まって寝ていた。大きさと鱗の色も相まってまるで岩石のように見えた。
少女はふと共に試練を受けた子供たちを思い浮かべる。
ゴズやリリクたちは無事に試練を終えられただろうか。
特にリリクは私を死なせてしまったと思い悩んでいるかもしれない。非難されているかもしれない。そんなのはとても可哀想だ。早く生きていることを知らせて安心させてあげたい。
しかしだ。現実的に考えてあの高さから落ちて生きていられる方がおかしい。かといって伝説級のドラゴンに助けてもらったというのも説明しづらい。したところで誰も信じてくれないだろう。うーん。
深いため息をついて少女は遥か頭上にある自分が落ちた穴を仰ぎ見る。
その穴から微かな光が一筋降り注ぐを見るに、外は今明るい時間帯なんだろう。
『何を悩んでいるんだ?リコネル』
どうやらリコネルが考えにふけっている間に眼を覚ましたようだ。
とっくにラヴァンケノスは少女の方に長い首を向けていた。
「私、そろそろ村に帰りたい。きっとみんな心配してるから。はやく安心させたいの」
ドラゴンは少女の記憶を覗いたため、少女のまわりの世界を知っている。簡単な返事で了解してくれた。
『だがいいのか?試練なんだろう?使い竜の1匹や2匹、捕まえなくてもいいのか?』
ラヴァンケノスはまるでドラゴンを売るような発言をするが、彼には現代のドラゴンに対しての仲間意識は全くないので違和感は無かった。
現代のドラゴンは原始のドラゴンの直接な子孫でもないようだ。知能も能力も低下しており、人間が猿と比較されるのを嫌がるようにラヴァンケノスも現代のドラゴンと比べられるのを嫌う。種族のプライドというやつだ。
よって人間が現代のドラゴンを使い竜にしようが煮ようが焼こうが皮を剥ごうが気にしないのだ。
ドラゴンはそう言ってくれるが、正直試練はもうこりごりだ。生きて帰ることが出来るだけ贅沢だと思う。もう後はリスクを犯すことなく安全に下山したい。村に帰りたい。少女はそう切に願った。
「大丈夫。村に帰えられれば十分だから」
『私が直接赴いて事情を説明してやろうか?実物がいればどんな人間でも信じるだろう』
そこまで見抜いていたとは。少女は見透かされている気さえした。1番の心配事を自ら受けもってくれようとしている。しかしこんな最強ドラゴンが現れたら大騒ぎじゃ済まないだろう。出現だけで国をあげた戦いに発展する可能性だってある。
「そこまでしなくてもいいよ。自分でしっかり説明出来るから」
戦争になるよりは自分の口で話す方がマシだ。だから遠慮しといた。
しかし、ドラゴン反応は少し変わったものだった。
少女の拒否の言葉を聞いた途端に巨大な口を開け放ってショックを受けたような顔をみせる。とっても悲しそうだ。
「どうしたの?ラヴァン?」
『実を言うと私もついていきたい』
なんということだ!そんなこと言うとは思ってもみなかった。
少女自身はドラゴンがついてくることに異議は無いが、そんなことが起きればヴァイキングたちが必死で戦おうとするのが簡単に想像できる。
困ったなぁ。
『じゃあ、こういうのはどうかね?』
またもや少女の不安を読み取ったのか代案を用意するドラゴン。
なにをするのかと思えば、ポフッという間の抜けた音とともにドラゴンが目の前から消えた。20m以上あったそれが一瞬で消えたのだ。
少女はとっさにドラゴンのいた場所を血眼になって探した。
そして捜索の対象は案外近くにいることがある。
『おい?こっちだぞ!こっち!』
少女は背中の後ろからラヴァンケノスの低い声とは似ても似つかない高く幼い声を聞いた。振り返るとそこには1匹のドラゴンの幼体がおり、少女を見つめていた。
「えっと…ラヴァン?」
『いかにも。どうだ?これで違和感無くついていけるだろう?』
細い腕でしなやかな身体を支え、胸を張る幼体の外見をしたラヴァンケノス。羽根がパタパタと羽ばたいていた。
艶のない黒い鱗で覆われていることも黄緑の鋭い瞳もラヴァンケノスと変わりない。違うのはその年齢容姿でおる。どうみても完全な幼体ドラゴンにしか見えない。
これがラヴァンの話に出てきた幻術といつやつだろか。
「違和感なくっていたってそれでもーー」
それでも野生のドラゴンの幼体を連れて帰るなどおかしい、そう言おうとしたが、途中でドラゴンに遮られる。
『私を使い竜にするといい』
最初に出たのは「えっ?」というとぼけた声だった。
確かに使い竜としてなら違和感どころかぴったりの見た目だと思うが、相手はラヴァンケノスだ。人の下僕に成り下がる行為なんてするとは思えない、そう思っていた。
『私を使い竜にするといい』
「あ、あの…大丈夫なんですか?」
『私は構わないよ。何か問題でもあるのか?』
「あの、いえ、特に」
私も構わない。そしてラヴァンケノスも構わないなら契約成立だ。
よって昨日今日の間に少女は炎竜王ラヴァンケノスと兄と妹となり、使い竜と主人となった。
とは言ってもラヴァンケノス自身は少女のことを主人だなんて思っていないし、少女もドラゴンのことを使い竜だとは思っていない。
しかし、それでいい。友情というか兄妹愛というか、そんなものは育むことができた。
良き相棒としてやっていけるのではないだろうか。
『よし、いざ地上へ!』
そんな精神感応とともにラヴァンケノスは初めて吠えた。体格に見合った恐ろしい咆哮だ。その衝撃に洞窟がガタガタと振動し、地面に転がっていた小石がダンスを踊りだす。
少女はすべての装備を身につけ、キャンプファイアの後処理を終える。
500年前にラヴァンケノスが出入りに使っていた洞窟の出口は湖の傍にあった。出口だと気づかなかったのはその口が巨岩によって塞がれていたから。
ラヴァンの怪力によって開け放たれたその口は洞窟内に500年ぶりの風を吹き込んだ。
妙に心地よい風だったため不思議に思ったが、外の景色を見て納得した。
ここは話に聞いた山の中腹の洞窟だった。そして少女の最後の記憶にあるのは一面の銀世界。しかし、目の前の景色は全く異なる。雪は所々に残るだけで山肌は若い草が覆っている。木々も雪化粧を落とし、本来の青さを取り戻している。そこには吹雪も存在せず、青い空と眩しい太陽が顔を覗かせていた?
「私ってばどのくらいの間目覚めなかったの?」
『肉体の回復に時間がかかったからな。詳しい日数は分からないが、人間時間だと2ヶ月といったところか?』
ラヴァンの言う人間時間とは人間の使う暦のことだ。日、月、年…。
2ヶ月ということは今はとっくに春になっている。そんなにも長い間行方不明に、下手したら死んだと思われていたなんて…。
リリクのことが心配だ。