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ノルド・ドラゴン  作者: 本藤侑
4/15

4.試練3

「えっと。その…。」


『どうした?火を絶やすと勿体無い。運ぶのを手伝ってくれ。』


 ドラゴンは魚の山を顎で示す。この一言で少女はこのドラゴンこそがキャンプファイアを起こした張本人だと気付いた。張本竜というべきか?

 とんでもない巨腕で魚を1匹ずつ器用に掴むそのドラゴンを見ながら、少女はこのドラゴンの正体が知りたくなった。


 このドラゴンは少女が知っているどんなドラゴンよりも大きい。具体的に言うと3倍くらい大きい。


 少女が知っているノルド最強のドラゴンは炎竜だ。単純な名前なのは炎属性ドラゴンの基準となるドラゴンだからだ。炎竜は体長5m、大きな個体なら8mにもなる。少女の母親を殺した憎っくきドラゴンも炎竜だ。ヴァイキングの男が総出でかかっても撃退出来ただけで討伐出来なかった。炎竜は正に最強の通り名にふさわしい力を持っていた。


 もちろん伝説の数々には現実には信じられないくらいの化け物も存在する。


 例えば、流氷1つない夏のダリア湾を海底まで一瞬で凍らせた氷竜王イースラン。


 例えば、頑丈なロングシップさえも尻尾で起こした大波で沈没させる海の魔物クノルデストロイヤー。


 そして、とりわけ有名なのは、ドタール王叙事詩にてドタール王に退治された邪竜王ラヴァンケノス。ノルドの勇敢な開拓者達の都市を部下のドラゴンと共に13日に及んで焼き尽くした。 

 邪竜王ラヴァンケノスは星を見上げるほどの大きかったらしい。


 目の前のドラゴンは炎竜の3倍の体長があり、頭の高さは地上からおよそ5mも離れている。見上げるほどの大きさだ。もしかしたら…いや、まさか。それでも。


「貴方は一体何者なんでしょうか?」


 恐る恐る一言。その巨体といい、精神感応能力といい、他のドラゴンとは一線を画する存在だ。これほどのドラゴンなら歴史に名を残していても不思議ではない。有名じゃなくてもいずれかの伝説に登場するドラゴンなのは間違いないと思う。


『私には君に名乗る程の名前は無い。しがないただのドラゴンさ。それに君には悪いことをした。合わせる顔が無い』


 ドラゴンは悲しそうに頭を左右に揺らすと溜め息がわりの煙を吐いた。


「えっ!?」


 思わず漏れる力抜けた声。合わせる顔が無いとはなんぞや?


『あーあー、何が言いたいか分かる。だが、説明は後だ。とりあえずそこの魚を運ぶを手伝ってくれ』


 ドラゴンは話をかき消すように頭をブンブンを横に振り、少女に協力を催促する。


 少女はさっきまでの恐怖が嘘みたいだと感じた。ドラゴンが比較的"文明的"であったことでドラゴンへの恐怖心は嘘のように消えた。


 気になるところはあるが、彼(もしかしたら彼女かも知れない)がそう言うのならば、彼が自ら説明してくれるまで待って、今はとりあえず彼の言う通りにしよう。


 少女はへたり込んでいた身体を起こし、ドラゴンに言われるがまま魚を手に持った。このドラゴンとのサイズ比だとかなり小さく見えた魚は意外と大きく、両手で抱えなくては持てなかった。ドラゴンのよだれが服に染みてなんとも言えない醜悪な感情が芽生えた。この服、お気に入りだったのに。


 しかし、こんなことで文句を言わないのがヴァイキング、文明的で且荒々しい、誇り高く勇敢なノルド1の乱暴者達だ。

 それに、この魚、予想以上に美味しそうだった。



 ノッシノッシと歩くドラゴンの後を少女はついて行く。ドラゴンが器用なのは分かったがあの巨体、巨腕で薪を並べキャンプファイアを作ったとはとても信じられなかった。


 ようやく少女がもといた洞窟まで戻って来る。キャンプファイアは未だ轟々と音を立て勢いよく燃えていた。ドラゴンは表面に穴のたくさん開いた岩の上に魚を置き、ドスンと座り込んだ。


 そして、両手で岩を持ち上げるとキャンプファイアのすぐ脇に動かした。


 キャンプファイアから徐々に熱が岩に伝わり魚が香ばしい匂いを漂わせた。


 この熱伝導の良さ、穴のたくさん開いた見た目、きっとあの岩の正体は溶岩だ。博識な少女はそこまで理解した。


 そして食事の準備がある程度済んだ頃、ドラゴンは改まったように少女を見つめる。そしてすぐさま頭を下げた。

 地面との距離もあり、頭が地面にくっつくまでに相当な迫力が感じられた。


『すまない』


 その様子でドラゴンはただ一言それだけを口にした。


「えっと…頭を上げてください!どうして謝るんですか?」


 素直な反応だった。多分先ほどの合わせる顔が無い理由は罪悪感か何かを抱えているからだろう。しかし、少女には謝られる節が思い当たらない。

というよりこの立派なドラゴンが自分に頭を下げるなんて。


 昔からヴァイキングの間で言われているこんな言葉がある。

「この世は強いものだけが全てを支配する定め。弱いものは滅びて当然。」


 今はだいぶ寛容になったが、昔からヴァイキングは人殺しを苦としない。ヴァイキングに襲撃された村や町の住人は鏖殺されるか奴隷となるかしか選択肢が無いだろう。


 隣国のソジャット王国との協力関係を結んでからは世間体を気にしたのか、残虐非道な行いはしなくなったが、それでもヴァイキング達の中には昔のその生活を懐かしむ者もいる。常識だと考える人もいる。


 この世は弱肉強食、力至上主義だ。奪うもの、奪われるものが存在する。

 少女はこの道徳観を良しとしているわけでは無い。少女の道徳観、思想はヴァイキングではない父親の影響を受けている為だ。父は実に平和な道徳観を持っていた。


 だがしかしだ。これほどのドラゴン、炎竜なんて片腕であしらえそうなドラゴンが弱者である自分なんかに頭を下げるなんて。むしろこっちが申し訳なくなってくる。


 人間の考える強者、弱者のイメージを大きく逸脱しているのだ。

 足下のアリに人間が頭を下げるなんてありえるだろうか?

それと同じぐらい異常な出来事なのだ。合わせる顔が無い発言もそうだがこのドラゴン、優しすぎる気がする。強者なのに傲慢じゃないなんて。



 ドラゴンは少女の言葉を聞いて意外にも早く頭を上げた。しかし、表情や仕草は申し訳なさそうだ。


『どうして謝るのか、か。話が飛躍し過ぎていたかも知れんな。そうだな、何故私が謝る決心をしたのかと言うとだな』


一体それは…!?


『私は君を殺してしまった。そして生き返らせた。そして、今の君は純粋な人間ではない。だからだ』


さらっと口に出されたのはとんでもない告白だった。


 私は…死んだ?そして…生き返った?

わけがわからない。それに純粋な人間じゃないって。私は人間じゃないの?生きながら死んでいる、ゾンビなの?


「私は…人間?私は…?」


 予想外過ぎてパニックが止まらない。

オロオロとし、頭を抱える少女をドラゴンは口を開く。


『君は正真正銘人間だった。だが今は違う。君は私の妹なのだ。軽く説明させてくれ。その上で私の謝罪を受け入れてくれ!』


 もうわけがわからないよ!



「返事なんて出来ません。だいたいどうやって貴方が私を殺したと言うんです?私はただ転落しただけです。自分のせいで。貴方が謝る理由が分かりません!」


 頭の中のパニックが少し落ち着いた頃、ようやく少女は口を開く。かなり早口だった。口調も少し荒くなっていた。


『その氷の地面の崩壊は私が引き起こしたものだ…』


 後ろめたさ全開のトーンでドラゴンはゆっくりと呟いた。

少女はドラゴンが何故謝ったのかがようやく分かった。


 ドラゴンが少女に謝罪する理由、それは正にドラゴンの言った通り、殺して生き返らせたからだ。文字通り少女を殺して、少女を生き返らせた。故意で無くともそうなったのだ。


 人間のような弱者などここまで強弱のさがあるなら気にしないような気もするが、さっきまでのドラゴンの反応を見る限り、このドラゴンは精神がまるで人間のようだった。それも社会でのバランスだと強者でも弱者でも勝者でも敗者でもない人間のようなだ。


 どうしてここまで強大なドラゴンがそのような思考を持つようになったのかは分からない。でも今回の場合はそんな人間の"文明的"な思考によって死んだ私を生き返らせたのだから今のところは文句はない。


 そうなると少女は自分が何者なのか、そこがすごく気になる。ドラゴンは少女のことをもう人間ではないとはっきり言った。そしてもう1つ、自身の妹だとも言った。この2つの言葉の真実が知りたいと思った。


「分かりました。貴方の謝罪を受け入れます。ただし条件があります。」


『可能な限りなんでもしよう』


「全部を話してください」


『全部とな?』


 ドラゴンは長い首を捻って首を傾げてみせた。


「はい、文字通り全部です。貴方の全てを。あと私の死因と復活の仕方も」


『よかろう。話そう、私の全てを。だが、覚悟は出来ているか?こう見えてもかつては私は様々な生物に恐れられた存在だ。そんなドラゴンの話を聞く覚悟だ。聞いたら最後、後戻りは出来ないぞ』


 ドラゴンの眼は爛々と輝いている。聞いたら後には戻れないということ、それほどに危険な話なのかも知れない。知らなければ幸せだった系の類いの。

 しかし、もちろん少女は覚悟は出来ていた。好奇心だけの軽はずみな気持ちでは無い。最後まで聞き漏らさずにいようと決めていた。


「覚悟は出来ています」


『いい返事だ。おお!ちょうど良い焼け具合だな。それに君はお腹が空いていることだろう。食べながら聞いてもらっても構わないよ』


 そう言ってドラゴンは溶岩プレートの上に並んだ魚のうち、最も大きい個体の尾びれを器用に掴み、少女に差し出す。


 少女は自分が空腹なことをすっかり忘れていた。怯えたり驚いたりで意識から抜けていたのだ。しかし、指摘されて思い出した瞬間、胃が食べ物を必死に求めだした。

 焼けた魚は素手で持つには熱すぎるので、少女は着けてきた厚手の手袋を手にはめ、ようやくそれを受け取った。


 まず勢い良く一口。どこにそんなに食べ物があったのかは知らないが、魚の身は太っており、良く脂がのっていた。調味料が無いのは味気ないが、淡水魚にもかかわらず臭みが無いのだから、よほどの綺麗な水で生活していたのだろう。すごく美味しい。


『よし、ではまず私の名前から紹介しよう。私の名前は4大が1つ、炎竜王ラヴァンケノスだ。』


 少女が食事を開始したのを見計らってついにドラゴンは話始めた。

そして少女にとっては驚愕の内容だった。今日1日で一生分驚いた気がする。あれだけ覚悟していたのに。


「えっ!?ええ!?」


 あんぐり開いた口から魚の身がこぼれ落ちた。

 ドラゴンはああもったいないと小声でこぼした。





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