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 山の端に細く雲がたなびく北山のあけぼの。朝露に濡れた花の香りを乗せて吹き込む冷たい風に震え、小さなくしゃみをして目を覚ました。隣で眠っていたはずの桂も犬君も、とうに姿は無く、私だけが帳台にいる。寄り添って眠っていたはずの犬君がいつ起き出したのか、あんなに無心に眠っていた桂がどうしてすんなりと起きられるのか、一人悶々と考えている内に、すっかり身支度を整えた桂と犬君が、私の朝の支度の世話をしに入って来た。いつも、毎朝、こうなのだ。私だけが夜着のまま、ぼんやりとした顔を向けている前で、てきぱきと動く二人。二人は私の女童なのだから、これでいいのだと分かってはいるが、なんとなく、自分が頼りない子供のような気がして恥ずかしく思ってしまう。


「今朝は源氏の君が京へお帰りになるとのことで、朝からすごい騒ぎですよ」

「姫様もお早くお支度なされて、お庭の様子をご覧下さい。源氏の君のお姿もご覧になれるかもしれませんよ」


二人に急かされながら、急いで着替えて朝食も済ませ、御簾(みす)の影からそっと庭を覗いた。


 京中の人々が集まったのではないかと思うほどの人の群れ。京の公達が大挙してお迎えに上がったとのことで、賑やかな笛の音が聞こえる。お別れに歌を詠み交わしたり、涙を流したり、京のお邸にいた時ですら見たことのなかったほどの大騒ぎ。


 人の姿に酔ってしまいそうになった時、ただ一人、あれこそが源氏の君だというお姿が目に留まった。人の群れに倦んだのか、庭の石に腰を下ろし、遥かに広がる北山の空を、目を細めてご覧になっている。一たびお姿を見てしまうと、周りの景色が全て霞んでしまうほどのお美しさ。どこにも欠点というものを探すべくもない、まさにこの世の光のようなお方。私は目を逸らさず、じっと見入ってしまった。あのようなお方でも、私と同じで、物を食べたり眠ったりなさるのかと思うと、不思議な感じがする。それにしても昨夜はあのお方が近くにいらっしゃる中で、よくも私は呑気に眠れたものだ。


「まことになんて素晴らしいお方でしょう」


少納言が部屋に入って来た。


「今までお父様のことを、この世で一番お美しいと思っていたけれど、源氏の君はお父様よりもお美しいのね」


私がそう言うと、少納言は笑った。


「では姫様は、源氏の君のお子にして頂きなさいませ」


私も、少納言のその突飛な提案に笑った。


 朝の狂乱が過ぎ、北山はいつもの昼に戻った。人々はまだぼんやりと夢見心地で、いつもよりゆったりとした時間が過ぎていくようだった。私たちも、空っぽになった庭に出るのがなんとなく寂しく、今日は部屋で大人しく雛遊ひいなあそびに興じる。


「このお人形は源氏の君よ」


持っている人形の中で、一番美しい顔立ちのものに綺麗な衣を着せて、人形御殿の母屋の帳台に鎮座させてみた。私もまだ、源氏の君の美しさに酔っているのだ。


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