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 年が明けた。部屋の中で静かに吹き回る風は、大嵐となることはなく、穏やかな明るさに包まれた年明けを迎えることができた。


「おやおや、ここはいつ来ても賑やかだね」


新しい衣を美しく装ったお兄様が渡って来られた。お兄様は嬉しそうに、人形御殿がいっぱいに広がった部屋を眺める。


「年が明けて、すっかり大人になっているかと期待して来てみたけれど、元日早々、雛遊びなんかして、紫上はまだまだ子供だね、若紫さん」

「昨日、追儺(ついな)の鬼やらいをすると言って、犬君が御殿を壊してしまったのよ」


静かに更けてゆく大晦日の夜、犬君によって引き起こされた人形御殿の大屋根崩落事故は、ここ(、、)たちの笑顔を、ほんの一瞬曇らせただけで、大事には至らなかった。


「君が、そそっかし屋の犬君ちゃんだね。で、そっちが桂ちゃん。二人とも、ここにはもう慣れたかな?」


急に名を呼ばれ、驚いた桂と犬君が、お兄様の方へ顔を向けた。


「君たち、お化粧がまだなんだね。せっかくの綺麗なお顔が勿体ない。私のもとへ来るかい?お化粧も、楽しい遊びも、いろいろ教えてあげるよ」

「お兄様、ひどいわ!二人とも、私の大事な女童なんだから」

「ふふ、紫上はすぐ本気になさるから面白い」


ありふれた鶏の鳴き声ですら、普段とは違って何か特別なものに聞こえてしまう元日の朝、お兄様も華やかに、浮かれ気分を楽しんでいるようだった。


「あや、お前はお化粧が得意だろう。この二人に教えておあげなさい」


お兄様の言葉に、あやの切れ長の目が険しく光った。


「・・・あいにく」


首筋に、冷たい風が吹き込んだ。


「あやは、お米の粉の白粉(おしろい)は、見たことも使ったこともございませんから、お二人にお化粧を教えて差し上げることはできませんわ」


あやの声は鋭い矢となって、元日の柔らかな光に包まれた空間を貫いた。私は、矢を胸に受け、その衝撃に言葉を出せずにいた。しかし、標的であるはずの桂と犬君は、ただぽかんとした顔で、不思議そうにあやを見ているのだった。二人の響かない態度に少し焦ったあやは、先ほどの自分の言葉について説明を始めた。


「あなたたちはどうせ、お米の粉で作った白粉を使うのでしょう?あやたちはね、そんな安物使ったことがないの」


白粉のことなど何も知らない桂と犬君も、やっと、あやが自分たちを馬鹿にしたいのだと分かった。あやの意図を察した犬君が、すかさず応戦に転じる。


「私たちが使う白粉のことまで、あんたに指図される謂れはないわね」

「あら、若紫の姫様がおっしゃっていたのよ。そちらのお邸の女房の白粉は、お米の粉だって。驚いちゃったわ。まるで賤女(しずのめ)ね」


急に名を出されて、私は必死に首を振った。犬君の強い態度が想定外だったのか、あやの言葉の矢は、止めどなく、鋭くなっていく。


「北山の山出しのくせに。若紫の姫様のお世話は、あやたちだけで十分よ。あなたたちは、もといた場所へでもお帰りなって頂きたいわ」

「あんたみたいな性悪に、姫様のお世話が務まるとは思えないわね。顔を歪めて、好き放題言っちゃって。ご自慢の白粉にヒビが入っているわよ」


二人が放つ鋭い矢は、一本残らず私の胸を貫いて行くようで、居たたまれなかった。年長で落ち着いたここ(、、)が二人を止めてくれるのを期待して、ここに助けを求めようと思った。しかし、ここは、止める素振りも無く、おかしそうにこの光景を眺めているのだった。


「言っておきますけどね、私たちは別に北山で育ったわけではないのよ。知ったかぶりで、私たちをやり込めたつもりかしら」

「北山で草の中を駆け回っていたんでしょ。土の臭いが染み着いているわよ」


桂や、あこたちまで参戦し、この言葉の応酬の終わりは見えなくなった。


「ほほほ、あやもあこも、元気なこと」


ここ(、、)は、口元を袖で隠し、上品にほほえんでいる。私は、遂に堪え切れず、お兄様に助けを求めようとした。お兄様の方を振り向くと、お兄様はそっと立ち上がり、部屋を出ようとされているところだった。私の懇願するような顔を見たお兄様は、私の肩を、ぽんぽん、と優しく叩き、固まった笑顔を向けた後、足早に部屋を出て行ってしまった。


 冷たく、でも静かに穏やかに吹いていた風は、一体何に刺激されたのか、遂に、誰も止められぬほど大きく激しい嵐となった。新春の嵐は、花の色彩に満ちた幸せな空気を吹き飛ばし、厳しい寒さに心が凍る冬へと、季節を戻してしまったようだ。この、部屋の中で猛威を振るう大嵐は、騒ぎを聞きつけた少納言が駆けつけて来るまで、容赦なく吹き荒れたのだった。

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