二
目が覚めたら、いつの間にか、私はお兄様の膝に寄り掛かっていた。
「あ、お帰りなさいませ、お兄様」
私は慌てて涎を拭って顔を上げ、お兄様の優しい目を見て、ほっとした。ここたちは、少し離れたところで、きちんと居ずまいを正して控えている。そして、じっと静かに、お兄様と私の様子を見つめている。
「ね、お兄様、帳台に入りましょうよ」
四人の視線が刺さるようだったので、私はお兄様を帳台へ誘った。お兄様はおかしそうに笑って、私を帳台へ連れて行く。
「お兄様、物語を聞かせて」
「紫上は物語がお好きだね。じゃあ、とある深窓の姫君の物語にしようか。あるところにね、由緒正しいお家柄の姫君がいらっしゃったんだ。でも、姫君の父宮様が亡くなられてしまって、広いお邸には訪れる人も絶えて、姫君は、草の生い茂る荒れたお邸で、ただお一人、琴だけを友として、寂しくお暮しなんだ」
「まぁ、おかわいそう。どなたかが助けて差し上げるの?」
「そうだね・・・ある男が、姫君の噂を聞いて、姫君のもとに通い始めるんだけど、姫君は大層恥ずかしがり屋で、お歌一つ返して下さらない。男は、もう望みは無いのかと、姫君のことを諦めてしまおうと思い悩むんだ」
「まぁ、そんなのだめよ。姫君お一人で、これからどうお暮しになるの」
お兄様がくすりと笑った。
「紫上は優しいんだね。いや、しっかりなさっていると言った方がいいかな。暮らしのご心配をなさるなんて」
つい、姫君と自分とを重ね合わせて、本心が出てしまった。明日の暮らしの心配などというものは、あまりに泥臭く、この華麗な場所には相応しくなかった。
「まぁ、紫上がそんなに気に掛けられるのなら・・・」
お兄様は、ごろりと横になった。
「男は姫君をお救い申し上げることに致しましょうか」
私は、寝転んでいるお兄様の顔を見下ろした。
「あら、お兄様がお作りになった物語でしたの」
お兄様は、私の顔を真っすぐに見てほほえむ。
「私は物語など作らないよ。私の周りには、こんなに美しくて面白いものがあるというのに。あぁそうだ、もうすぐ尼君の喪が明けるね。綺麗な衣を作っておくからね。それに、そろそろお化粧も始めないとね」
お兄様の指が、私の唇を撫でた。
「紫上の唇は、紅など差さなくても、紅くて綺麗だね」
ここの紅がまだ残っているのかと不安になり、慌てて身を引こうとしたが、お兄様に体を引き寄せられ、唇を重ねられた。
「私の紅が、紫上の唇に移ってしまったよ。やはり、紅を差すと一層綺麗だね」
お兄様は満足そうにほほえむ。私は紅に濡れた唇を開き、呆然とお兄様を見ていた。