第7話 集合
「うさみん」が集合場所に到着してから、数分。
俺と細川は、ようやく再起動を果たした。やっと自分が今どういう状況なのかを正常に認識できた俺たちは、お互い、慌てて後ろに飛び退いて、平謝りする。
「あの……ごめんなさい、いきなり」
「いやいや、俺こそごめん」
何が「ごめん」なのか、自分でもよくわからないけれど、とにかく謝らなくちゃいけない気分になった。なぜか、彼女の顔が直視できない。
「お、やっと復活したか」
金髪の騎士……異世界ファンタジーに、よく出てきそうな風体の「うさみん」が、待ちくたびれた、といった様子で切り出す。
「事情は聞いたけどさ、お前ら、なんなんだよ、本名が確認したいからお互いの手に名前を指で書き合うって!」
100年前の恋愛映画じゃねえんだから、と彼は続ける。
「そういう時はな、こうすればいいんだよ」
彼が何やら手元で操作をすると、ピコン、という音ともに、目の前にウィンドウが現れた。
【うさみん】さんからパーティに招待されています。
パーティに参加しますか?
メッセージが書かれたボックスの下には、「はい」と「いいえ」の選択肢が表示されている。拒否する理由もないので、「はい」をタッチする。
全員がパーティに加入したことを確認したうさみんが、引き続きメニューを操作する。
もう一度、目の前にウィンドウが表示された。
【うさみん】さんがパーティチャットを開始しました。
「これでよし、と」
わざとらしく、額の汗を拭う仕草をするうさみん。なお、この世界に「汗をかく」機能は実装されていない。
「パーティチャット始めたから、これでこの4人以外に会話の声が漏れることはなくなったぞ。本名をいくら叫んでも、これでOK」
「そういう機能はゲーム始める前に教えてくれよ、賢斗……」
まだ顔が熱いような気がするんだけど、表情を伝える機能はどのあたりまで実装されてるのかな? アイテムの「鏡」とかがもしあるなら、確認できるんだけど。
「いやー、キャラメイク済んでる俺が一番乗りのはずだから大丈夫だろって思ってたんだよ、ごめんな」
うさみんの顔がニヤニヤしている。あれは絶対反省してない顔だ。
「さて、全員揃ったことだし、自己紹介でもしようか」
って、おい。この話それで終わりかよ。なんか昨日から、話題をそらされてばっかりだ。俺、なんか悪いことしたっけ?
「じゃあ、俺から。こっちでは『うさみん』、実名は宇佐美賢斗です。まあ見ての通り重装備で、タンクを主にやります」
昨日聞いた通りの内容だ。
「クラスは戦士で、取得スキルは<槍術>、<盾術>、<生命力強化>、<闇魔術>、<調合>。よろしく頼む」
そう言って、軽く頭を下げる賢斗。
「なあ、ひとつ聞いていいか?」
さっきから、どうしても突っ込みたいところがあったんだよ。
「なんでお前のキャラクターネーム、名字に一文字足しただけなんだよ? ニックネームの意味、ないじゃないか」
こう聞くと、賢斗が、口元に拳を持ってきて、軽く咳払いをした。「説明モード」に入る時の、こいつの癖だ。
「なあ、カクテルパーティー効果って知ってるか?」
なにそれ。
「あ、私、聞いたことあります」
細川が答える。
「騒がしい場所でも、自分の名前は不思議と聞き取れる、という……」
なにそれ。なんで知ってるの。すげえ。
「あ、それそれ。それを狙ってんのよ」
賢斗いわく、この世界では、戦闘中はお互い声でやりとりするしかないんだと。その声も、モンスターを殴ったり殴られたりするときの音に、かき消されがちなんだとか。その時に、少しでも他人からの呼びかけに応えやすくするために、こんな名前にしたそうだ。
とはいえ、性別男性、金髪、全身金属鎧の「うさみん」とか。シュールすぎるだろ。そこは考慮してないのか。
「ところで、うさみんさんは、βテストからこのゲームに参加されていらっしゃるんですよね?」
細川が問いかける。
「ああ、はい」
「ならば、この世界では先輩ということになりますね。よろしくお願いします、うさみん先輩!」
いつになくテンションが高いな、細川。
「では、次は私が」
先ほど、俺たちがフリーズしている間、うさみんに事情を説明してくれていた、ポニーテールの女性だ。この人、確かリアルでもいつもポニーテールだったような。
「香織お嬢様の専属メイドを仰せつかっております、工藤由梨と申します。この世界での名前は、『リリー』としました」
ゆりだから、英語にして、Lilyで、リリーか。というか、工藤さん、下の名前は「ゆり」って言うんだ。学校以外で細川と会う時にはこの人もだいたい着いてきてるから、顔を合わせた回数は結構多いはずなのに、知らなかったよ。
「私も戦士で、スキルは、<弓術>、<短剣術>、<風魔術>、<隠蔽>、<索敵>を取得しました。よろしくお願い致します」
スキルのラインナップを聞いて、賢斗がぼそっとこぼす。
「うわあ、ガチの暗殺者ビルドだ……」
「ええ。お嬢様は前線で戦う剣士をご希望だったので、なるべくお嬢様の楽しみを削ぎすぎずにサポートすることを考えましたら、このような構成になりました」
弓と風魔法とか、鉄板の組み合わせだもんなあ。つよそう。
「さて、次は私ですね」
すっ、と一歩前に進み出て、細川が――「お嬢様」が、自己紹介を始めようとする。
その瞬間、彼女の纏う空気が、一変した。
そう、まるで、超真剣に、超本気で筆を持った時のような、圧倒的な「邪魔をするなよ」感が辺りを包む。
瞳の色は現実世界と違えど、その眼に宿した光は、部活の時の細川が時たま見せる、あの光と同じだ。
「工藤」
「はっ」
普段聞き慣れた物腰柔らかな声とは根本的に違う、聞く者全てを傅かせるような凛々しい声で、細川が工藤さんに命令を下す。
たかが、こちらの世界での自己紹介。それなのに、なにか、とんでもないことが始まりそうだ。