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第6話 邂逅

 貸倉庫、貸倉庫……ここか。

 噴水のあった広場から少し歩くと、煉瓦造りの建物が見えてきた。手元のマップによれば、ここがギルド管理の倉庫ということだ。


 先ほどの広場に比べると()いているものの、サービスを開始してすぐの、最初の街のスペースだ。やっぱりある程度人はいる。

 そして、目に入るプレイヤーはほとんどみんな、初期装備の革の服を着ている。女性の初期の腰用装備は、スパッツとスカートを組み合わせた、テニスウェアのスコートのようになっているみたいだな。スパッツのみにしなかったデザイナーの人、マジGJ(グッジョブ)! 握手したい。

 服がお揃いなのに対して、髪型と髪色は三者三様だ。緑色のボブや青色のくるりんぱ、桃色のツインテールなんてのもいる。キャラメイクで変えられるのは、髪型、髪色と眼の色だけのはずだから、みんな精一杯アレンジを加えているようだ。ひょっとして、これ、俺の黒髪、逆に浮いてるんじゃないか?

 賢斗は、なんとなく顔立ちでお互いわかるはずって言ってたんだけど、これは見つかる気がしない。髪型と髪色が変わるだけで人の印象は全然変わるし、そもそも顔面のみしか手がかりがないってのは、とても探しづらい。どうしたもんか。


 そう思っていた矢先。

「あの!」

 向こうから駆け寄ってきて俺に呼びかけたのは、絹糸のような銀色の髪を長く伸ばした、碧い瞳の女性だった。あまりの美しさに、一瞬、息が止まってしまう。

 彼女が続ける。

「もしかして、」

「お嬢様。差し出がましいことを申しますが、この世界では、本名を口に出すのはマナー違反です」

 彼女の後ろを追いかけてきた、目つきのキリッとしたポニーテールの女性が、妙に聞き覚えのある口調で「お嬢様」の言葉を遮って。俺はやっと、目の前の女性の中身の見当がついたのである。


 ……え? マジで?

 あいつ、銀髪にすると、こんな風になるの?

 白い肌と碧い瞳も相まって、とても日本人には見えない姿だ。このゲームのモデルは、北欧神話だったっけか? それに登場する妖精です! と紹介されても、違和感がないくらいの自然さだ。


 目の前で、彼女が悩む。

「ああ、そうでした。個人情報ですもんね。うーん、どうしましょう……」

 合言葉でも決めてあればよかったんだけどね。名前を言ってはいけない、と言われると、どうやって確認していいか、手段が思いつかない。


 そう思っていると、いきなり、右手を取られた。俺より幾分小ぶりな彼女の両手が、俺の右手を優しく包む。

「あの!」

 反射的に前を向くと、彼女の顔がずいぶん近くにあった。空のように碧い瞳が、俺の顔がすっぽり写ってしまうくらい大きくなって、もう、そこから目が離せなくなる。

「貴方の、お名前は――」

 俺の右の手のひらがいつの間にか上に向けられ、彼女の左手で、下からがっちりとホールドされていることに気がつく。彼女が、一本だけ立てた、右手の人差し指を見つめて、深呼吸する。そして――


 その指の第一関節までをまるで筆の穂先(・ ・ ・ ・)のように使って、彼女が俺の手のひらに「水江」という文字を刻むのを、俺は、視覚と触覚と、両方を使って、確かに感じ取った。


「――さんですか?」

 こういう時まで、「さん」とか、わざわざつけるのが、あいつらしいんだよ。

「そういう、君は――」

 こんなことされたら、男として、応えないわけにはいかない。

 今度は俺が、彼女の右手を取る。自分の右手を「1」の形にして、そして――


 彼女の手のひらに、「細川」という文字を、しっかりと書きつけた。


「だよね?」


 呼びかけてから、ゆっくりと彼女の顔を覗き込む。彼女もこちらに視線を向けていて、見つめ合うような形になる。

 なんとなく、彼女の眼が、「せーの」と言っているような気がした。アイコンタクトをして、同時に息を吸う。そして、ふたり同時に、質問の返事をしようとした、その時。


「あ、いたいた。書道部の人たちですよね?」

 金髪の男が、声をかけてきた。着用している金属鎧が、茶色っぽい革の初心者装備の人混みの中で異彩を放っている。

「こっちでは俺は『うさみん』って呼んでくれ……って、どうした? 手なんて握り合って」


 どうして俺たちがわかったのか、という疑問や、女子と手を握り合っているところを見られてしまった恥ずかしさ、「書道部」というぴったりな合言葉があったことに気付き、俺達のこの苦労はなんだったんだろうという徒労感、そして何より、このシチュエーションをぶち壊しにされたことに対するやるせなさが、が、まぜこぜになって心の奥から湧いてきて、何も言えない。頬が熱くなるような気がして、口どころか、全身が動かせなくなってしまう。


「おーい?」

「先ほどお会いしてから、このおふたり、ずっとこんな感じなのですよ」

 細川を「お嬢様」呼びしていたポニーテールの女性がにゅっと出てきて、「うさみん」にこれまでの状況の説明を始める。思考回路がショートしてしまったらしい俺は、ぼうっとした意識の中で、それをただ聞いているだけしかできなかった。

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