第24話 勘定
人波に流されつつ、リンゴをかじる。結構甘いぞ、これ。おいしい。
むしゃむしゃ食べていると、ふと気付いた。
このまま図書館に行ったところで、カーレイルたちと合流できる保証は、ない。
うーん、どうしよう。
そういえば、フレンド同士はチャットができるって、うさみんがさっき言ってたような。
いったん人の流れから離脱して、メニューを開いた。りんごはアイテムとしてしまっておいて、そしてカーレイル宛のチャットを起動する。
ところで、VR空間への没入中は、文字の入力方法の幅は格段に広がるものだ。
物理キーボード(VRなんだから、仮想っちゃ仮想だが)や音声入力は現実世界と同様に使えるし、宙に浮いていて、手の動きに合わせてついてくる仮想キーボードなんてのもある。
俺好みの方法として、空中に指で文字を書くと、それを認識して読み取ってくれたりもするのだ。
でも、最も入力スピードが早く、最も人気のある方法は、思考入力だ。
まあ、当然ではある。
他の入力方法だと、いったんアルファベットだったり文字だったりに変換しないといけないものを、頭で考えただけでアウトプットできるんだ。そりゃ早いわ。作家の中には、執筆はVRでしかやらないって人もいるらしいよ。思考入力じゃないと仕事にならない、って。
とはいえ、考えたことが全部文字になったら、まとまる文章もまとまらなくなる。基本的には、頭で文章を考えて、えいってウィンドウに押し付けるイメージをすると、入力されるのだ。
ナンコウ:図書館の前集合でいいか?
そう、こんな具合に。
記号だって、いちいち変換したりしなくても、形を思い浮かべるだけで認識される。この技術、本当にすごい。
カーレイル:わかりました
返事が来た。
それじゃあ、行きますか。
* * *
人混みをかきわけて市場を抜け、右に曲がってしばらく歩いていくと、見覚えのあるグループを発見した。
カーレイルたちだ。
「あ、いらっしゃいましたね」
「お待たせ。というか、何で俺より早いの? 俺、寄り道無しでまっすぐここまで来たつもりなんだけど」
「いや、そりゃな。市場通ってきたなら時間かかるよ」
俺の来た方向をちらりと見て、うさみんが推測する。
「あそこすごく混んでるし、みんな歩いてるから動きづらいだろ?」
それもそうか。
「というか、思ったより元気そうで良かった」
「何を言うナンコウちゃん。お前こそ人巻き込んで自爆しやがって」
「別に減るもんでもないだろ」
「あ?」
「人に恥かかせたんだ。自分も多少はかいとけ」
「人に恥かかせるために自分がすごく恥ずかしいことした人がなんか言ってるよ」
「なんか文句あんのか。いいだろ、別に画像とか映像つきで拡散されるわけでもあるまいし」
「そうでもないぞ」
は?
「え、だってさっきサイショは警告出たじゃん」
「あれはな、顔が大きくはっきりと写ってたからなんだよ。後ろ姿とかなら特に通知は来ないって検証されてる」
それじゃあ。
「俺の上にお前が覆い被さる感じだったからな。二人とも顔が写らない角度なんて、いくらでもあっただろう」
うさみんは、皮肉げに、こう言い添えた。
「後で一緒に、掲示板確認するのが楽しみだな」
まじかー。
「うう……もうお婿に行けない……」
お嫁と言わないのは、せめてもの抵抗の印です。
「ほらほら、拗ねるな拗ねるな。とっとと用済ませるぞ」
現実を突きつけるだけ突きつけておいて、感傷に浸る暇も与えずに次のことをさせようとするのは、ひどいと思う。
* * *
石造りの建物の中に入ると、すぐにカウンターが設置されていた。
「エットの街の図書館にようこそ!」
座っているお姉さんが、笑顔で挨拶してくれる。
「こちらでは、書籍および施設の維持のため、入館料を頂いています」
お金が貰えるって理由の笑顔だったりしてな。営業スマイルってやつ。
「ええと、皆様エインヘリヤル様ですね。でしたら、おひとり500エンになります」
NPCと一緒に来ると安かったりするのかな。
とはいえ、これで呪符が何枚も調達できると考えれば、全然高くはない。
さっき、初心者装備を売ったお金で十分支払えるし、早く入館して<陰陽術>についての本を探そう。
そう思って、お金を実体化しようとした時。
目の前に出てきた数字が、おかしいことに気付いた。
ナンコウ
所持金 50エン
Nくんは、はじめに1100エンもっていました。Nくんは、やおやさんで、50エンのりんごをひとつかいました。Nくんが今もっているおかねはなんエンでしょう?
せいかいは、50エンです!
んなわけあるか!
どうしてこうなった。
お金を実体化し、今にも支払おうとしているうさみんを呼び止めて、聞く。
「あのさ、うさみん。お金が減ってるんだけど、何か知らないか?」
まさか、バグとかじゃないだろうけど。
「は?」
「いや、だから、持ってるはずのお金がないの」
「借金の泥沼にハマる人のセリフだぞ、それ」
なかなか失礼なことをおっしゃる。
「使ったの忘れるほどボケてねえからな、俺。50エンしか使ってないはずなのに、1050エン減ってるんだよ! 絶対におかしい」
そう言うと、うさみんが肩をすくめて、ぽん、と手を叩いた。
何か思い出したようだ。
「ナンコウ、お前、市場通ってきたんだよな?」
「ああ」
それがどうかしたのか。
「スられたんだよ、お前」




