第22話 演技
書道道具がようやく揃って、これからが俺の時代だ! と思ったのもつかの間。
意気揚々と筆を運ぼうとした俺の右手が、はたと止まった。
半紙に何を書けば呪符になるのか、知らなかったのだ。そりゃ、書けないよ。
* * *
騎士鎧に戻ったうさみんに聞いたら、軽くは覚えてるけど伝えられる自信がないという返事が返ってきた。
なんでも、図書館に資料があるらしい。ところが、貸出は行っていなくて、館内ではサイトショットも撮れないから、βの時は結局館内で呪符製作チャレンジをする人が結構いたんだとか。
「じゃあ、図書館行こうぜ」
「入館料かかるぞ? お前、今無一文だろ」
はい。無一文です。
戦闘力確保のための、アイテム確保のための、情報確保のための行動にまでお金がかかるなんて、この世はお金の奴隷ばっかりで嫌になってくるよ!
冗談はさておき。当座の資金を確保しなければならないのは確かだ。
戦闘力がないなら、手持ちのものを売るしかないんだよね。
こういう状況のことを、「タケノコ生活」って言うらしいよ。手持ちの家財道具とか、服とかをその都度売って生活費をまかなうのが、タケノコの表面の皮を一枚一枚めくっていくのにそっくりだからって。
そういうわけで、NPCショップに行き、大穴が開いた状態の初心者装備を売り抜ける。3部位セットで、1100エンになった。初期で持ってる金が1000エンであることを考えれば、まあ御の字、なのかな?
「1100エン。足りるか?」
「十分だ」
これ以上って言われたらポーションとか売る羽目になるから、助かった。
うさみんの方を見ると、何やらメニューを操作している。
「何してんの?」
「さっきお前のために色々買って散財したからな。倉庫アクティベートするまではダメだったけど、もう売っちゃっても大丈夫なことに気付いたんだよ」
なるほど。
「ルーキー装備って売値安いんだな。どうせ使えないなら、と思ったけど、これならやめとくわ」
フィールドに出る前に、俺が驚いてたの、あんまり真剣に聞いてなかったな、こいつ。
「初心者装備売ったら1500エンか。これでいいかな、行こうぜ」
そう行って、うさみんが歩き出す。
……あれ?
そういえば、うさみんって初心者装備持ってたんだね。さっき枠埋めるために、金属鎧の方をアイテム欄に戻して初心者装備着てたもんね。そりゃそうだ。
そのさ、初心者装備ってさ、男向けの初心者装備だよね。うさみんって名前だけ見ると21世紀初頭のアイドルアニメの登場人物だけど、彼の性別は男性ってことになってるはずだよね。
それ、俺が着れば良かったんじゃね?
絶対に許さねえ。
歩くペースを早め、少し回り込んで、うさみんの前に出る。
「ナンコウさん?」
カーレイルが俺の動きを不審に思ったようだが、ちょっと今は反応できない。これはな、俺とうさみんとの問題なんだ。
首尾よく進行方向に立ち塞がれたので、両手で肩をがしっと掴もうとする。
うまく掴めなかった。
金属鎧で手が滑って、前に体重をかけ始めていた俺は、そのままうさみんに抱きつく格好になってしまう。
当然、特に身構えていなかったうさみんが耐えられるはずもない。俺の保持していた運動エネルギーがそのまま伝わり、俺たちは折り重なって、そのまま道に倒れ込む。
「ちょ、何すんだよ!」
すぐに奴の腹の上にまたがって、馬乗りになる。鎧の表面がひんやりとしていて、若干心地いい。
うーん、でも、質量差があるから、このままだと話が終わらないまま抜け出されてしまいそうだな。
うさみんの顔の両脇に俺の両手をついて、心理的に動きにくくさせる。壁ドンならぬ、床ドンだ。いや、道ドンか?
さらに顔をうさみんに近づけて、詰問する。
「おい、うさみん」
いつも見慣れた賢斗の顔なのに金髪なの、こうして見るとものすごい違和感を感じる。
「今売り払った初心者装備、どうして俺に渡さなかった」
絶対、お前の頭脳ならそれくらいは思いついてただろうに。
「そりゃあな。ナンコウが動きやすい方がいいと思って」
聞かれるのが分かっていたかのように、淀みなく口上を述べるうさみん。
ただな、目が泳いでるんだよ。絶対嘘だ。
「そもそも、俺は女物の服なんて1秒だって着たくないんだよ」
「ほんと?」
「いや、当たり前だ」
「文化祭は?」
「あれで懲りたの!」
まったく、もう。
「あの……」
そういえば、カーレイルも一緒にいるんだった。
「その、大変情熱的ですね」
無理やり貼り付けたような笑顔を、ピクピク痙攣させて、彼女はこんなことを言った。
情熱的? 俺と? うさみんが?
いや、男と男じゃ需要ないでしょ。あれ、もしかしてカーレイルってそういうの好きな人なの?
ん、ちょっと待って。俺って、今女装してるんだよな。
もしかしてこれ、よそからだと、女が男を押し倒してるみたいに見えるのか?
あたりを見回してみると、露骨ではないが、ちらちらと視線を向けられているのを感じる。
ふむ。これは、逆にチャンスかもしれない。
旅の恥はかき捨て、ゲームの恥だってかき捨てだ。
やるぞ。
俺は、”女”を演じてやるぞ。うさみんの社会的立場を失墜させてやる。
軽く、やや可愛く、咳払い。
「こんなに意地悪するうさみん君なんて、」
喉仏を引っ込めるようなイメージで、いつもより半オクターヴくらい高く、それでいてよく通るような声を絞り出す。
「大っ嫌いです!」
何が起こったのかわかっていない様子のうさみんの頬を、平手で打つ。
あたりに、ぱん、という小気味のいい音が響いた。
この後、女がどこかへ走り去っていくのが、よくある感じだよね。この街の地理はまだ曖昧だけど、どうとでもなるだろ。
捨て台詞は、そうだな、こんなのがちょうどいいんじゃないか?
「絶対に許してあげませんからねー!」




