第20話 倉庫
去年の文化祭のことを思い出す。
クラス出展で何をするか、議論が紛糾した挙句、結局採用されたのが「メイドカフェ」だ。
全部終わった後、みんなで撮った集合写真には、メイド服を着た俺がばっちり写っている。
そんな、消したい過去が、また増えた。
まさかゲームの中で増えるとは、思わなかったよ。
ともかく。
俺の容姿は、女物の服を着て黙っていれば問題ないくらいには、女性っぽいのだ。
男としては、甚だ遺憾ではあるが。
これはゲーム。
そう、ゲームだから装備だって見た目度外視して性能だけ追い求める人とかいるじゃん。
俺もあれの一種です。そういうことにしておいてください。
これくらいは自分に言い聞かせないと、やってられない。
* * *
ともかく、これで装備の問題については解決した。
早いうちに資金を作って、男性向装備に戻りたいところだけれど。
「で、ナンコウ。装備はいいんだ。これからどうするんだ、お前?」
そう、そこが問題。
さっきの有様から明らかなように、1枚の呪符でナメクジを2匹以上狩るのは、ちょっと俺の負担がでかすぎる。集中力が切れた瞬間、死あるのみだからな。
となると、陰陽師プレイを貫き通すためには、やっぱり呪符を安定して入手する方法を考えるしかない。
「墨と硯と紙って、どこかで売ってる?」
完成品が高くて買えないなら、材料を買って自分で作るしかないだろう。
<書道>と<符製作>のスキルで。
書道の世界において、「文房四宝」と呼ばれる、4種類のアイテムがある。
筆と、墨と、硯と、紙だ。
筆はスタートダッシュパックによってもらえたから、残り3つを手に入れることができれば、俺は晴れて、この世界で書道ができる。
4つが揃えば、一応は呪符が安定供給できるようになるはずなのだ。
「3つ目の街から、NPCショップの品揃えに入るな。その辺のグッズは」
え。
なにそれ。
なんで最初から装備できるスキルで必須のアイテムが、最初の街では売ってないんだよ。
おかしいだろ。
「なあ、うさみん」
「一応所持してはいるぞ」
そうだよな。<符製作>試しまくったって言ってたもんな。
処分されてしまってなくて、よかった。
「ください」
単刀直入に言う。
「無理だ」
すぐに断られた。信じてたのに。
「なんで?」
「倉庫の中なの」
倉庫といえば、今俺がもたれている、この貸倉庫じゃないのか。
「取り出してくればいいじゃん」
「まだ使えないんだ」
いや、βで使ってたんじゃないの?
「どういうこと?」
「この貸倉庫は、荷物を持ちきれなくなった人向けのサービスってことになってるんだ」
つまり、手持ちのアイテム欄の全てが、何かしらのアイテムで埋まった状態になり、新しい種類のアイテムを入手しても所持できない状況にならなければ、この貸し倉庫を使い始められないらしい。
手持ちアイテムの全て、ねえ。
メニューからアイテム蘭を開くと、3列の表が目の前に現れる。数えてみると、1列につき12個の項目があるから、36種類のアイテムを集めなくては、倉庫が使えないようだ。
ちなみに、今俺が持っているのは【ルーキーのポーション】と【木の枝】、あとは大穴が開いた初心者装備だけだ。実にさっぱりとしたアイテム欄である。
「βだと、焦って解放するようなものでもなかったから。せいぜい、2つ目とか、3つ目の街に着いたくらいで倉庫を使い始める人が多かったな」
空間魔法が建物全体にかけられているという設定だって。すごいね、魔法。
「うさみんさん、今、何種類のアイテムをお持ちですか?」
カーレイルが、うさみんに聞く。
虚空を叩いて、アイテム欄を呼び出したうさみんが言う。
「ああ、そういえばATKアップの薬の回収したやつ返すの忘れてた」
俺がデスペナで落としたやつだ。
「それを入れても13枠だから、あと23種類集めないといけないな」
初心者装備で3枠、ルーキー装備で3枠、スタートダッシュパックのポーション、MDFアップの薬、ルーキーの槍、あとは初期装備の槍と盾と、先ほど採取していた薬草で12枠。
うさみんでもそんなもんなのか。
これは、大変そうだ。
「私達の力をもってすれば、すぐに集まりますよ。頑張りましょう!」
カーレイルに色々頼りすぎて、本当に申し訳ないくらいになってくる。
* * *
そういうわけで、うさみんに持ち物を結集して、36枠を目指すことになった。
ひとまず、個々人が今持っているもののうち、うさみんと被らないものを、どんどん渡していく。俺からは、木の枝とか、筆とか。
これで、22枠。
スタートダッシュパックに入っていたバフの薬は、どのステータスの薬になるかはランダムだったようだ。4人がうまい具合にバラけていて、これで4枠が稼げたのは大きい。
でも、まだまだ足りない。
うさみんが、NPCショップに向けて歩き始め、道すがら、街の花壇に生える花や草を引っこ抜いていく。これで4枠増えて、26枠だ。残り、10枠。
NPCショップで、安いものから順に、できるだけ多くの種類のアイテムを買う。これで、残り5枠。
「あと5種類……」
「うさみん。その鎧って何部位あるの?」
「頭以外の4部位、って、そうか!」
うさみんが最初から着ていた鎧を脱いでもらい、初心者装備と変えてもらうことによって、1枠増やすことに成功する。
これで、残り4枠。
とはいえ、所持金も心もとないので、これ以上NPCショップで何かを買うわけにはいかない。
「ナメクジのドロップを取りに行っても、1枠しか増えないしなあ」
うさみんが必死に考えてくれるが、どうしても36枠には届かなそうだ。
と、その時。
「あと4枠でしたね。うさみんさん、こちらはお役に立ちますか?」
そう言って、カーレイルがウィンドウを操作する。
持ってたアイテムは、さっき渡しきったと思ったんだけど。
「ん? まだアイテム残ってたのか?」
そう言って受け取りの処理をしたうさみんの顔が、驚愕に染まった。
「カーレイル!? 何も、ここまでしなくてもいいんじゃ」
「いいんですよ。お金を出すだけで難題が解決できるのでしたら、そうした方がいいに決まっています」
は?「お金を出すだけで」ってどういうことだ?
「うさみん、何があった」
「あー、えっとな」
「ダメですよ、うさみんさん」
なんと、カーレイルが他人の台詞を遮った。
「ともかく、これでうさみんさんは貸し倉庫が使えるようになるのですよね? ほら、行きましょう!」
そう言ってこちらに笑顔を向けると、楽しくてたまらないという様子で倉庫に向けて歩き出すカーレイル。俺はただ、彼女に着いていくことしかできなかった。
最近、本当に、色々はぐらかされてばっかりだ。
カーレイルが何をやったかについては、次回明記します。