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第19話 撮影

 事故とか、悪意とか、計画不足とか、金欠とか、そういうものが色々重なって。

 結局俺は、女装せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。


 書き下せば、「女の(よそお)い」である。

 もっぱら、男性が、女性用の服を着て、女性を(よそお)う時に使われる言葉だ。


 一応、胴装備だけ変更できないかなって悪あがきしたんだけど、初心者装備はシャツとズボンと靴の3つでセットになっているようで、無理だった。

 一応釘は刺したものの、もろもろ諦めつつOKボタンを押し込むと、俺の体が光り輝き、腹の部分に大穴の開いた装備は消え失せ、肌触りのよい、ぴっちりとした服が、腕や足、腹を包んだ。


 付けたら分かる。

 高いやつやん。


 火の呪符のせいでぼろぼろになって、ところどころがチクチクするくらいだった初心者装備とは、まさに雲泥の差だ。

 丁寧になめされた革は俺の体にぴったりフィットして、とても動きやすい。

 それと、さっきはすぐに脱ぎ捨ててしまったからあんまりわからなかったけど、本当に俺の体のためだけに誂えたかのように、各部位の寸法に無駄が一切ない。

 女性向けの服だからって、胸の部分が余るようなこともない。見下ろしても、ぺったんこである。

 そういえば、オーダーメイドのサイズ合わせをVRでやるやつ、結構高度な技術が使われてるって聞いたことがあるな。さすが課金装備、そのへんはしっかりしているのかもしれない。


 うーん、上半身は普通のシャツだし、ちょっと変な装備を着ているだけと思ってくれたりは……しないよなあ。

 メニュー操作のために持ち上げていた腕を下ろすと、指先に、不必要にも思える布地が触れた。場所としては、腰のちょっと下のあたり。俺の体を取り巻く感じで、一周している。


 そう、このルーキー装備、スカートの部分がついているのだ。


 ちなみに、脚の部分には別にスパッツみたいな部分があるから、不要っちゃ不要である。まあ、剥ぎ取ろうとしても無理なんだろうし、燃やしたら燃やしたでまた「大穴」判定になるかもしれないので、この状況を受け入れるしかない。


「うう……」


 先ほどまでの、大穴が開いた装備を着用していた時の、100倍は恥ずかしい。

 パーティのみんなが、壁際に立つ俺を囲むように立っているのが救いか。見ず知らずの人に、この姿をまだ(・ ・)晒さなくて済む。とはいえ、5分後にはこの服で歩くんだから、一緒といえば一緒だけど。

 俺の正面にいるのは、カーレイルだ。後でこのネタでいじってくるようなことは絶対にしないって言い切れるからまだ安心だけれど、やっぱり恥ずかしさが先に来てしまい、顔をまともに見られない。落ち着かないから、服とか体とかをぺたぺた触ってしまう。


「ほらほら、すねるなって」

 うるせえ、人の気持ちも知らないで。

 何か言い返してやろうと思ってうさみんの方を向いた瞬間、奴がウィンクした。

「は? 何してんの?」

 男が男にするウィンクなんて、どこに需要があるんだよ。

 と、そんなことを思っていると、ウィンドウが立ち上がる。



【うさみんさんが、あなたの写ったサイトショットを撮影しました】



「ちょ、何してんだよ!」

 今さっき言ったことと同じ内容を、違ったトーンで繰り返してしまう。

 「サイショ」というのは、ディスプレイにおける「スクショ」と同様の概念だ。VRではスクリーンが存在しないので、視界の画像、すなわち「サイトショット(sight shot)」になる。肖像権のプライバシー権に基づいて、写り込んだ画像については該当の画像を確認したり、削除したりすることができるってヘルプに書いてあった。まあ、現実の顔とあんまり変わらないアバターだからな。そのあたりは大事だろう。

 それはともかく。

「人が女装した写真を撮ってんじゃねえ!」

 こんなところで許可を出すわけには、絶対に行かない。ノータイムで「削除」を押す。

「ああ……」

 うさみんが残念そうな声を出す。お前は一生そこで残念がってろ。


「写真……この世界に、仮初の姿()を映し出()す魔道具()があるのですか?」

 カーレイルだ。

 撮影方法までは読んでなかったわ。そういえばどうやって撮るんだろう。

「ウインクするんだよ。右目で、1秒間」

 うさみんの、要点だけに絞った簡潔な説明だ。

「ありがとうございます。それだけで、ミッドガルド(ゲーム世界)の光景をアースガルド(現実世界)に持ち帰ることができるのですね! 素晴らしいです!」

 嫌な予感がする。


「ナンコウさん!」

 サイショの撮影方法を聞いたカーレイルが、ぐっと距離を詰めてくる。

「今のナンコウさんと一緒に、写真をお撮りしてもいいですか?」

 碧色の目が、らんらんと輝いている。

 こんな楽しそうなカーレイルを前に、断れるほど、俺は無慈悲でも、合理的でもなかった。


 ところで、一緒ってどういうことだ?

「はい、あちらですよ」

 気付くと、隣にカーレイルがいた。

「リリー、よろしくお願いします」

 え?



【リリーさんが、あなたの写ったサイトショットを撮影しました】



 あ、リリーさんに撮ってもらったってことか。

 再び、ウィンドウがポップアップする。今度はリジェクトはせず、とりあえず撮影された画像を確認する。


 これだ。

 これが問題なんだよ。


 黒髪ショートで紅の瞳の人物が、顔を真っ赤にし、ややうつむいて、恨めしそうにスカートの縁を鷲掴みして、カメラの方を見ている。

 その横には、風になびく銀髪が美しい女性が立っていた。

 つまり、俺とカーレイルである。


 正直、かわいいんだとは思う。


 これが、自分の写真じゃなければな!


 俺のリアルネーム、(かおる)。男なのに、女っぽい顔。肩幅は並より狭く、腰はそれよりもっと細い、華奢な体。

 小さい頃から、女子と間違われたり、からかわれたりすることは、しょっちゅうだった。


 高校になって、やっと周りも大人になってきて、そういうことがなくなったと思ったら、これだ。

 もうね。なんかね。世の中ってひどいよね。


 撮影されてしまった画像を眺めていて、気付いた。

 今、カーレイルとお揃いの服なんだな、俺。リリーさんも一緒だから、双子コーデならぬ三つ子コーデだ。

 ますます恥ずかしくなってきた、その時。


 隣のカーレイルが、こちらを向いた。


「男らしい水江(みずえ)さんも素敵ですが、可愛らしい、こんなナンコウさんも素敵ですよ」

 こんなセリフを、何の迷いもなく言い切ってしまう彼女。


 え?


 今、なんて?

 カーレイルが、香織(かおり)が、俺を、素敵って?


 思考が完全にストップしてしまった俺の前で、長い銀髪をかき上げ、微笑みながら俺にウインクを飛ばす彼女の姿は、最高に美しかった。



【カーレイルさんが、あなたの写ったサイトショットを撮影しました】

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