第11話 装備
「ああ、そりゃ『生産用装備』だな」
俺の持つ筆を見たうさみんが、説明を始める。
「生産用装備?」
戦闘力のなさそうなネーミングだ。
「おう。鍛冶ならハンマー、木工ならノコギリみたいな感じで、攻撃力とかが低いかわりに、生産ができるようになる武器のことをそう言うんだよ」
なるほどー。攻撃力低いのか―。
確かに攻撃力低そうな見た目してるもんなー。
「まあ、ナンコウの火力には期待してないから」
ひどいな。期待されても困るんだけど。
「死ななきゃいいよ、序盤は。防具も変えておけばよっぽどのことがない限り大丈夫だろ」
ああ、そうだった。課金パックには防具も入ってたんだった。
メニューを開き、「初心者」装備のところを「ルーキー」装備に変えて、OKボタンを押す。
次の瞬間、俺の体が、まるで魔法少女の変身シーンのように輝きを放った。どこででも着替えられるように、全年齢仕様ってか。なるほど。
光が収まると、着用している服が変わっている。
先ほどまでの初心者装備に比べて、いくぶん肌触りが良い。胴と足をぴっちりと締め付けていて、とりあえず服の形をしていればいいでしょ、という感じだった初心者の服と違ってだいぶ動きやすくなった。
さっきまでがだっぽり着るパジャマだったとしたら、今度の装備はスポーツウェアみたいな着心地だ。ポケットもついているから、ちょっとした物も入れておけそうだ。
靴も、さっきまでがサンダルみたいなのだったのに対して、今度はちゃんとホールドされている感触がある。紐でも通ってるのかな。
右足を前に出して、下を向いて目視で確認してみようとした時。視界の端が、何かを捉えた。
腰から伸びた俺の脚が、ぴちっとしたスパッツみたいなものに包まれてるのはいいんだよ。
問題はね、俺の腰から膝あたりまでが、もっと別の、ひらひらしたものに覆われてることなんだ。
俺たち現代日本人は、このような洋服のことを、「スカート」と呼んでいる。
「これ、女物の装備じゃねえか!!」
気付いた瞬間、俺は思わず、絶叫した。
パーティチャットは継続しているので、周りの人には聞こえていないはずなんだけど、当然パーティのメンバーには聞こえているわけで。
「いや、普通は装備する前に気付くだろ……名前とか備考とか」
うさみんがこう言うので、装備欄をチェック。確かに「ルーキーのスコート」になってるわ。うっわ。
カーレイルはというと、こっちをちらっと見たきり何も言ってこない。
「まあ、可愛らしいですし、そのままでよろしいのではないですか?」
リリーさんの丁寧語は、煽りなのか、本心からなのかわからないよ。
「よくないです」
取り急ぎ、装備を元に戻す。写真とか撮られて拡散された日には、学校も行けなくなるよ。髪型も髪色も変えてないから、アバターもまんま俺だし。
再び俺の体が光り輝いて、男性向け装備に戻った。ゴワゴワした革と、ホールドの甘い靴の感触に、うへえ、となる。ルーキー装備、防御性能はあまり変わってなさそうだけど、着心地とかはさすがに課金装備だけあったんだな。
……はっ!? いけないいけない。女性服を着ていて気持ちよかったとか、そんなこと全然考えたりしてないから。変態じゃないから。
「そもそも、どうして男で登録してる俺が女性用装備を装備できるんだよ! おかしいだろ!」
ん? 日本語おかしいわ。焦ってるからかな。
「最近はジェンダーに配慮しろって声が大きいからな。『女性用』じゃなくて『女性向』なんだよ」
ナンコウが理由を教えてくれた。でもさあ、じゃあもうちょっとはっきり【女性向】とか書いておいてくれよ、運営……
「ナンコウさん、申し訳ありません」
カーレイルが、謝ってくる。
「装備は魂に刻まれし銘によって自動で適切なものになります、との案内があったので、私達が買ってお渡ししても大丈夫だと思っていたのですが……」
「あー、いやいや、それよりせっかくもらったのに着けられなくてなんかゴメン」
メニューを開いてアイテム欄を見ていたうさみんが、一言。
「あ、俺のも女性向けになってるな」
「では、おそらく、購入処理をしたキャラクターの性別によって、装備を決めているのでしょう」
リリーさんが、推論を述べる。
「私のアカウントで決済を行ったので、女性用の装備になってしまったと考えられますね」
「課金パックを譲渡なんてイレギュラーな案件だろうし、バグでもおかしくないけどな」
うさみんも、腕を組んでしまっている。
「では、私から改めてお渡ししても駄目そうですね。どうしましょう……」
考え込んでしまう、カーレイル。あごの下に持ってきた手が、柔らかそうな彼女の頬をむにゅ、と押し上げている。
「まあ、俺はβの時の装備があるし、ナンコウも初期装備でしばらくは大丈夫だろう。最初のフィールドの敵に負けるようじゃ、この先やっていけないぞ」
そういうわけで、せっかくスタートダッシュパックをもらったのに、俺は、攻撃力皆無な「筆」と、貧弱な初期装備で、初陣を飾ることが決定したのでした。
……ほんとに大丈夫かな、俺?




