第10話 財力
RPGの基本といえば、なんだろう。
武器と防具を装備して、敵キャラクターとの戦闘に勝利して、そのキャラクターから得たアイテムを使って、更に強い装備を作って……その繰り返しが、RPGの、ロールプレイングゲームの、基本にして真理だと、俺は信じている。
ところが、この基本を破るような方法が、世の中のゲームには存在してしまっているのだ。
すなわち、課金。
リアルマネーを生贄に捧げることにより、ゲームを有利に進めるアイテムや装備が手に入れられる、小遣いの限られた学生にとっては、禁断の行為だ。
この『エインヘリヤル・オンライン』においても、「課金」の概念は、一応存在する。課金したからって、そんな爆発的に有利になるわけでもないんだけど。コストパフォーマンスもそんなによくないし。
例えば、「サービス開始記念! スタートダッシュパック」なんてものがある。
お値段は3000円もするのに、初期装備よりちょっと強い武器と、ちょっと強い防具、それから、そこら辺のお店で売っているレベルのポーションとちょっとしたドーピング薬がいくつかずつ入っているだけだ。
なんで俺がこんなことを知っているかっていうとね。
カーレイルが、この「スタートダッシュパック」を購入済みだったんですよ。しかも、きっちり4人分を。
そのことがわかったのは、自己紹介のすぐ後のことだった。
無事に盟友の契りを交わして、さて、この後はどうしようかというところ。
カーレイルが、おずおずと申し出る。
「あの、せっかく集まったんですから、このまま最初のフィールドに出てみませんか?」
胸の膨らみの前で手を組み、若干の上目遣い。俺とうさみんを殺しにきているとしか思えないよ。
と、彼女の方を見た時、違和感を覚えた。
彼女の防具、妙に洗練されたデザインじゃないか?
革が素材になっているのは俺の着ているものと一緒だから、今まで気が付かなかったのかな。
ボタンとかポケットとかついてるし、ナイフが差せそうなホルダーもある。気になってリリーさんの方を向くと、彼女も同じ物を着ていることがわかった。
「それはいいんだけど……その前にひとついい?」
もしこれが男女格差だったら、消費者庁にクレーム入れてやる。
「カーレイルとリリーさんの装備、なんで俺のより、ちゃんとしてるの?」
「課金装備だからだよ」
俺の疑問に答えたのは、カーレイルではなくうさみんだった。
「『スタートダッシュパック』に入ってる、ルーキー装備一式だ」
「よくご存知ですね、うさみんさん」
カーレイルが、課金を認める。
そっかー、お嬢様だもんなあ。課金に抵抗なんてないよなあ。
「やはり物事、最初が大事なので。ああ、そうでした」
何かを思い出した様子のカーレイル。
「せっかく、この世界での冒険をご一緒させていただくので、ナンコウさんとうさみんさんの分も購入しておいたんですよ。リリー、お願いします」
「はい」
リリーさんが虚空を何度かつつくと、俺の目の前にウィンドウが表示された。
【リリーさんからのプレゼントがあります】
なんでそこで、人に課金装備を贈るという発想が出てくるのか。俺にはわからないよ。
「あのさ、カーレイル。俺、ヴァーチャルグラスも回線もカーレイルにやってもらって、その上課金装備までもらっちゃったら……」
お返しができるものなんて、なんにもないよ。
「俺だってもらう理由がないんだけど……ぶっちゃけ、装備はβで使ってたやつの方が強いし」
うさみんも困り顔だ。
「いいんですよ。もし皆さんが気にされるようなら、ミッドガルドを冒険する中で、カーレイル・ヴァルキュリアを助けていただければ、それで十分です」
天から舞い降りてきた使徒のような、全てを赦します、という顔で、そんなことを言われてしまうと。俺もうさみんもプレゼントを拒否することなんてできず、「ありがとう」と一言口にするのがやっとだった。
かつて、ディスプレイ上で行われていたようなネットゲームでは、アイテムを貢がれる女性は、姫と言われたそうだ。
ならば、アイテムを貢がれる男性はなんだろう?
ヒモか。
受け取ったプレゼントを開けてみる。
「ルーキーの武器券」、「ルーキーのシャツ」などのルーキー防具、後はポーションとATKアップの薬が5本ずつ出てきた。
「武器券」をタップして、詳細を見てみる。使用すると、装備スキルに応じて武器がもらえるらしい。俺、戦闘系のスキル入れてないけど何がもらえるんだろう。
使用してみる。
【武器】ルーキーの筆
書の道を極めんとする者が、まず持つ筆。
墨をつけると、文字を書くことができる。
ええー?
筆って、武器か? 筆使って、モンスターを殴れと?
いや、あれか。もしかしたら、人の背の高さくらい大きいのかもしれない。昔のゲームであったじゃん。イカになってインクを飛ばし合うやつ。あれくらい。
装備してみればわかるはずだ。メニューを開いて、【武器】のところに筆をセットする。
OKボタンを押した次の瞬間、俺の手元には、持ち慣れたサイズの筆が現れていた。
軸と頭とが、ちゃんとある。毛は白い。
完全に、筆だ。俺が部活動でよく使う、毛筆に間違いございません。
……こんなので、本当にモンスターと戦えるんだろうか?