プロローグ
「また来ます。ボア1ラット2」
街の門を出て、10分ほど来たあたり。後ろを歩くメイドが、こう警告する。
「ボアは任せろ。ラットは抜けちゃうかもしれない」
先頭を歩く、身の丈ほどの槍と盾を持った金属鎧のナイトが、戦う態勢になる。
「ラットなら、私でも倒せますね。お手伝いします」
隣を歩いていた銀髪の戦乙女が、腰の細剣を抜き放つ。
そして、俺は。
懐から、墨痕鮮やかに記された御札を取り出し、前方をじっと見つめた。
ここは、世界初のVRMMORPG・『エインヘリヤル・オンライン』の世界の最前線。今日はちょっと背伸びをして、レベリングをしに来たのだ。
前方に、猪と、大きな鼠のような動物が見えた。ボアを先頭に、2匹のラットが脇を固めるような感じで、こちらへ駆けてくる。
「おら、こっち来い!」
ヘイトを稼ぐアクションを使ったのだろう。ナイトが叫ぶと同時に、ボアが若干進路を変え、大きな牙をそちらに向ける。
ナイトは盾を構え、腰をじっくり落として、突進に備える。
衝突するタイミングに合わせて、頭の中でカウントダウン。3……2……1……
辺りに鈍い音が響き渡って、ボアが足を止めた。次の瞬間、重いはずの体をものともせず、盾を持った男が飛び退く。
ここからが、俺の仕事だ。
手に持った呪符を、「使用」する。狙いはもちろん、足を止めたボア。
炎の呪符Lv.3に封じられた魔法が、顕現する。大きな、白い火の玉が俺の手元から飛んでいき、ナイトをかわして狙い通りにボアの頭に直撃。ただでさえ高火力な呪符の、Lv.3の攻撃だ。いくら最前線でも、フィールドに湧く雑魚敵くらいなら、一撃で狩れる。
その調子で抜けてきたラットも処理しようとして、懐に手をやって、違和感を感じた。
呪符が、ない。
どうやら、全部使いきってしまったようだ。
久しぶりに、足に意識を集中する。跳びかかってくるラットをよく見て、攻撃をかわす。
そのうちにナイトがこちらへやってきて、ヘイトを集めてくれた。みんなの総攻撃で、ラットを沈める。
「おい、どうした。さっさと攻撃してくれよ」
ラットに対して攻撃できなかった俺に対して、事情聴取が始まった。
「呪符、切れた」
言い訳しても仕方がない。端的に、要件を伝える。
「は?」
「だから、手持ちの呪符が、なくなった」
事の重大さに思い当たったのか、簡易結界が使われる。5分の間だけ、半径2mの範囲にモンスターが侵入してこなくなるアイテムだ。
「あのな、ナンコウ。いや、あえてこう呼ぶぞ、薫」
地べたに正座させられた。
「この狩りは、お前の火力が頼りだって、俺最初に言ったよな? 呪符が切れそうになったら早めに言えって伝えてあったよな!?」
「えっと」
「聞いてなかったって顔してるな」
はあ、と溜息をついて、頭を抱えている。
「うさみんさん、追及は後でもできるので、今はこの後どうすればよいか考えるべきではないでしょうか」
銀色の長く伸ばした髪を手で整えながら、戦乙女が言う。
「それもそうだ。うーん……」
顎に手をやって、悩み始めるナイト。
「全員がデスペナルティを負わずに街まで帰るのは、ほぼ不可能と思います。必要ならば私が囮に」
メイド服の女性が、一歩進み出て発言する。ただでさえ格上のエリアだ。俺という足手まといを抱えながら、街まで戻るのは無理だろう。
「それでいくなら、囮になるのは俺だ。だいたいが俺のミスなわけだし」
誰か死ななきゃならないってなら、俺だろう。攻撃手段がない以上、ヘイト稼ぐ手段がないのが問題だが。
ナイトが、きりっと顔を上げて、決断を下す。さすがうさみん。なにか秘策でも、考えついたのかな?
「よし、決めたぞ」
そう言うと、俺に何かを渡してくる。
「これな、βの時の知り合いが作った、モンス呼び寄せる笛。試作品だから、失くしてもOKって言ってた」
あの、もしかして。
「これ吹いて、囮になれ。ついでに性能も確かめてくれ」
この後、モンスターに滅茶苦茶にされた。