雨の日のこの屋根はどこよりも大きいはずなのに
フードのやつは、声もなく泣いていた。
何か言っているが、あまりに掠れた声で聞き取れない。おそらく、腕の中で動かなくなった[人形]の名前だろう。
人形のようにメルヘンな衣装で飾り立てられた少女は、糸の切れた操り人形のようにくったりとして動く様子はない。
無理もないだろう。彼女は本当に人形なのだから。
服の袖から僅かに見えるのだ。
関節が。
随分と肌はリアリティーがあるが、姉とおぼしき人物が先程絞めていた首のあたりは塗装が剥がれてうっすら木目が見える。
髪もよくできている。上質な絹糸でも使っているのだろう。
こうして冷静に[認識]できる自分が憎い。
妹が来て、救急車を呼ぼうとしたから止めた。それくらい冷静だ。
無駄なんだ。警察とか、病院とか、そんなものじゃどうにもならない。
ある意味、人知を越えた奇跡だろう。
俺の無力さを改めて痛感する。ギリッと握りしめた拳から音がした。
俺はフードの方から視線を引き剥がし、姉の方に向かった雨中毒の方を見た。
こちらは対照的なもので両者とも一言たりとて発さない。
雨中毒はフードに突き飛ばされた幼なじみをじっと見下ろすばかりで、唇をぎゅっと引き結び、何も言う様子はない。
カッ
何度目だろうか。
間隔が短くなってきている。光同士の、だが。
俺は、自分のことでもなかろうに、だんだん苛立ってきた。
おい、雨中毒。
肚括ったんじゃねぇのかよ?
何か言えよ?
もうこれは、お前とお前の幼なじみだけの問題じゃなくなってんだ。
俺たちの問題なんだ──
頭の中でそう唱えたとき、何か悪寒を覚えた。
俺たちの問題なんだ……?
嫌な予感ほど、往々にして当たるものなのだ。
よくよくそんな言葉を耳にするが、こうも間近で実感するときが来るとは思わなかったよ。
倒れていた少女の目がぎらりと光り、刹那
俺の隣に立ち尽くしていたオレっ娘を絞め上げていた。
いや、そいつが狙われたのは、俺の隣にいたからじゃないだろう。
雨中毒の傘を、持っていたからだ。
俺は人生でたぶんこの先もこれほど後悔することはないと思う。
オレっ娘がその傘を持つように仕向けたのは俺だ。
その傘が、雨中毒に幼なじみがプレゼントとして渡したものだと知っていたにも拘らず、一番大きいからという理由で割り振った。
その[幼なじみ]がこれほどまでに狂っているとは思いもせず。
やめろっ!!
俺はオレっ娘を幼なじみから引き剥がそうと揉み合った。
情けないことに、相手が女であるにも拘らず、俺は簡単には引き剥がせず、成功までに一分近く食ってしまった。
かはっかはっ、とオレっ娘の咳き込む音が屋敷の高い屋根に反響する。
俺はただその背を擦った。それくらいしかできなかった。
落ち着くと、オレっ娘はうっすらと口元を歪めた。それが向けられた先には先程オレっ娘を絞殺しようとした少女の姿があった。
オレっ娘の口元に、そいつよりも俺がぞくりとした。
見たことがないほど明らかな嘲笑。
心臓を鷲掴みにするほど──美しい嘲り。
オレっ娘は、一人称や喋り方こそ男っぽいが、そんじょそこらの女子より遥かに容姿端麗だ。
いや、雨をくぐってきたから「水も滴る……」の格言がそう思わせるのかもしれないが。
造形の整った者の嘲りとは、こんなにも突き刺さるものなのか、と。
俺は恐れた。
そいつは笑みを絶やさず、言葉を投げた。
「あなたも所詮、[教室の縮図]の一部でしかないんだ」