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Episode 3: 2817年10月 モナ・リザは誰に微笑むか?(後編)

 盛期ルネサンスを代表するダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロが同時期に居住していた、十六世紀初頭のイタリア、フィレンツェを模した展示地区。その市街に位置するサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の一角に、武装した護衛官たちに付き添われて、濃紺の制服を身に纏った三人組がいる。


 第十七学芸課。


 彼らの任務は、博物惑星ミューズに収蔵された遺物を管理することである。


 後に彼らは数奇な運命を辿ることになるのだが、そのことはまだ誰も知らない。予兆は既に始まっているというのに。




 学芸員の一人、ソニア・キャスは、腕を拳銃で撃たれた護衛官の男を介抱していた。激怒したダヴィンチの銃撃から彼女を守った命の恩人である。


「このような具合でどうでしょう」


 ソニアは彼の腕に包帯を巻き付けているが、しかしその手つきはどうもぎこちない。


「あー……、やっぱり私が代わろうか?」


 学芸員ココ・レオーネが心配そうに見守っている。


「いえ。彼は私のせいで撃たれたのですから、私が」


「でもねぇ……。君はどうなんだい? 傷はまだ痛む?」


 濃灰色の戦闘服に身を包んだ護衛官は、首を横に振った。


「自分は大丈夫ですから」


 彼は機械的に応答した。ヘルメットの黒いバイザーに隠されて、その表情は読み取れない。


 ココはしばし思案してから、何かを思いついたように悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「えいっ!」


「……っ!?」


 ココは両手を伸ばし、彼のヘルメットを勢い良く外した。彼の素顔が顕になった。それはまだ垢抜けない青年のものだった。だがしかしその瞳の奥に垣間見える憎悪と悲しみの入り混じった闇は、彼が平穏な人生を送ってきたのではないことを如実に語っていた。


 当然、それは彼の右眼の話である。


「その左眼は……」


 ココは、後悔の混じった言葉を呟いた。


 彼の左眼は、義眼であった。


「……お気になさらず。光は感じられますから、護衛の任務に支障はありません」


 機械仕掛けの義眼は、あまり目にするものではなかった。その理由は、神経との機械接続にかかる手術費用が高額であるためと、視力の回復には個人差があり、良くても近くにある物の形がぼんやりと分かる程度の視力しか得られないためであった。


「どうして義眼に? 言いたくなければ、構いませんが」


 ソニアが身を乗り出して尋ねた。


「以前、軍人だった時に負傷しただけです。適合手術は上司の計らいで」


 彼の淡白な声が、逆に重みを感じさせる。


「それはさぞお辛かったでしょう」


「……同情は無用です」


 ソニアの言葉に、彼の目の闇が一層深くなった。


「まあまあ。この子も悪気があって言ったんじゃないからさ。どちらかと言えば、悪いのはヘルメットを取っちゃった私だからね。つい、出来心でさ。本当に申し訳なかった」


「いえ、気にしてませんから」


「そう言えばお礼がまだだったね。部下を助けてくれてありがとう。私はココ・レオーネ」


「どうも……。俺はハル・ウォードン」


「これからもよろしく頼むよ。さっきの君の活躍は素晴らしかったからね」


 そこに学芸員ジム・ブラウンがやって来た。


「さっきの銃弾の解析結果が出ましたよ。やっぱり思った通り、データベースに一致するものはありませんでした」


「思った通り、というのは?」


「ああ、ダヴィンチの遺した手稿の中には、拳銃の仕組みのアイディアを描いたものがあるんです。今ではホイールロック式と呼ばれる種類の拳銃ですね。当時はまだ拳銃というのは一般的ではなかったようですが」


「それはつまり、ダヴィンチが拳銃を自作したということ?」


「その可能性は十分にあると思います。ここには街並みも再現されていますからね。火薬を調達し、鍛冶屋に部品を頼むのも造作ないでしょう」


「しかしダヴィンチとはいえ、再現されたアンドロイドに何かを作ろうという意志があるかしら? 『アンギアーリの戦い』を描いているのだってプログラムされているからでしょう?」


「いえ、むしろアンドロイドだからだと思います」


 その声の主はソニアだった。


「どういうこと?」


「私、最初から気になってたんです。ダヴィンチがモナ・リザを盗られないように守っているってジムは推測していましたけど、私にはそうは思えなかったんです。他人に盗られたくない、っていう思いは合ってるのかもしれないんですけど、むしろもっと自分で描き足したいんじゃないかなと思うんです。


 確かダヴィンチは、亡くなるまでモナ・リザを傍に置いて修正を加え続けたんですよね。しかもこの時代にいるダヴィンチは、まだモナ・リザを描き始めたばかり。彼が未来の完成に近いモナ・リザを目にしたら、それを何とかして完成させよう、あるいは越えようとするんじゃないかなって思うんです」


「なるほどねぇ、これはこれは」


 ココは納得がいったというように頷くと、何かを考え始めた。しかしジムはまだ理解していないようだった。


「描き足す? でもアンドロイドは収蔵品に触れることすらできないんですよ。そんなこと出来る訳ないじゃないですか」


「そう。描きたい。でも描けない。そうしたらすることは一つじゃない?」


 ジムは顔をしかめながら考えだした。が、なかなか答えが出ない。


 そこで痺れを切らしたハルがボソッと呟いた。


「……模写」


「あっ……ま、まあそれもあるが、それ以外の可能性も」


「さっきダヴィンチが言っていたこと、覚えてる?」


「……?」


「『私の集中を邪魔した罰だ』」


 やはりハルが答えた。


「正解。彼の本来の仕事は『アンギアーリの戦い』のはずなのに、彼は一体何に集中しているのでしょうね?」


 ジムは次の言葉が出てこない。


 ソニアがハルに視線を送る。一瞬目が合ったが、ハルはふと口元を緩めただけで、脱がされたままだったヘルメットを被った。


「しかし、そうだとして、どうやってモナ・リザを手に入れるんですか?」


「それは、こう、上手くやるんだよ。物知りなんだから、もう少し考えてみたら?」


 はぐらかしたソニアに、ジムの冷たい視線が浴びせられた。


「よし、決めた!」


 突如、ココが声を上げた。ソニアとジムにあれやこれやと指示を飛ばす。それからハルにも声をかけた。


「ハル君、私たちは準備があるからしばらく外に出ているよ。その間、君たちはここを守っていてもらえるかな。本来の仕事はダヴィンチから私たちを守ることだったけれど、今はあの怪盗からモナ・リザを守る必要がある。また来るかは分かんないんだけど、どうも嫌な予感しかしない」


 ハルも静かに頷く。


「頼りにしているよ」


「お任せあれ」




 他の護衛官たちは、ハルの言葉によく従った。先程の身を挺した行動とその運動能力の高さに皆が敬意を表していた。


 護衛官のうち、三人はアトリエの窓側の警備に回った。二人はアトリエにつながる廊下の両端の角に配置され、ハルは最も重要と思われるアトリエの扉の前を警護することになった。


 とはいえ、そもそもダヴィンチの異変のために教会内は見学禁止となっていたから、人の気配が少ない。少なくとも見学者に紛れて怪盗が忍びこむことは無いように思われた。


 扉の前に立ったハルは、周囲に注意を払いながら物思いに耽った。


(ついこの間まで俺は死に場所を探していたはずなのに、今ではこうして仕事をし,金を稼ぎ、飯を食おうとしている。なぜなのかは、実のところ自分でもよく分かっていない。だがこの行動が間違っていないという確信だけは感じられる。


 それはきっとフリージアの歌を聴いていてくれているあの人がいるからなのだろう。また歌ってもいいのだろうか、この咎人が)


「何をしたところで、貴方の罪が許されるはずがないのに」


 はっとして気が付くと、ハルの隣に一人の女が立っていた。教会内へと案内をしたアデルと名乗った修道女だった。


「……罪?」


「さ、早くしないと遅れてしまいますよ、ウサギさん」


「ウサギ?……遅れるというのは?」


「貴方はウサギさんです。私、決めましたからね」


 外見こそ大人びているが、その言動と振る舞いはどことなく幼い子供を感じさせた。


「ほらほら、急がないと」


 アデルは笑みを浮かべながら、アトリエの扉を開けた。すっかり面食らっていたハルだったが、アデルを止めようとして中を覗いたところで重大な事実に気が付いた。


 広いアトリエの中は、絵画や彫刻、飛行機の模型や何に使うのか分からない機械まで、ありとあらゆるダヴィンチの想像の産物が所狭しと並んでいた。しかし肝心なダヴィンチの姿とモナ・リザが見当たらない。


「……一体どこに!?」


「ほら、あそこ」


 アデルが指差す先に、その答えはあった。


 アトリエの一角の床に、ぽっかりと丸い穴が空いていた。


「前はここにモナ・リザが置いてありましたよ」


 穴の周りには、何枚ものモナ・リザの模写らしきデッサンが散らばっていた。


 ハルは、さっきのソニア達の会話を聞いていて良かったと思った。


(つまり、ダヴィンチはどうにかして本物に手を加えるためか、あるいはさっきの騒動に苛立ったからかは分からないが、ここから運び出そうとしたのだろう。だが本物には触れることができない。そこでダヴィンチは床をくり抜いたのだ。


 穴の下には散らばった木屑しか見えない。ということは、何か機械を発明して運ぶことも可能にしたのだ。発明家とは恐ろしき哉。


 ……いや、待て。運び手がアンドロイドだと決まっている訳では――)


 その予感を確かめるために、ハルは身を翻してアトリエを飛び出した。




 それより少し前。


 直下の部屋に木製ジャッキを載せた荷車を置くことで、ダヴィンチはモナ・リザをくり抜いた床ごと安全に回収していた。しかしジャッキを載せた荷車を運ぶことができない。思案していたダヴィンチの元に、一人の人影が現れた。


「こんにちは、ダヴィンチ殿。お手をお貸ししましょうか?」


 それは黒ずくめの出で立ちに覆面を被った怪盗、ファイだった。


「要らん。仮面の女に助けられる覚えはない」


 躊躇うことなく銃口が怪盗に向けられた。


「そうですか。それは残念。ワタシにお任せ頂ければ、安全な場所までお送りした後、この絵に触れることも可能にして差し上げますのに」


「なんと!……描き加えることもできるのか?」


 ダヴィンチは藁にもすがるような勢いで尋ねた。


「えぇ、できますけど……描き加えるんですか?」


「当たり前だ。このままでは駄作だ。だが私には分かる。あと五百の問題を解決すれば、これは我が代表作と呼ばれるにふさわしい物になるだろう!」


「うーん……ま、いっか。存分に続きを描かせてあげますよ。モナ・リザがこの胸糞悪い惑星の重力に縛られていなければ、ワタシはそれでいいのだから」


「できるのか!? どうやる!?」


「秘密の輸送ルートがあるのですよ。さ、こちらへ」


 モナ・リザが載った荷車を押しながら、怪盗ファイは道を先導した。


(なんて幸運なのかしら。床下から盗む方法も検討しておいて良かった!)


 怪盗ファイは既に護衛官の配置を把握していた。彼らに気付かれることのないルートを辿り、回廊を抜けた。


 すると目の前に広がったのは、何本もの大きな石柱と、その上にかかった幾何学模様のアーチ。そして壁面を埋め尽くした無数の宗教画に囲まれて、キリストを祀った祭壇が姿を現した。サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の大聖堂である。


「さ、ダヴィンチ殿。あそこから逃げますよ」


 怪盗ファイは、大聖堂の横側面に開いた扉を指差した。


「ふむ。しかし、それは可能だろうか」


 そこでダヴィンチは足を止め、近くのベンチに腰を下ろした。


「?」


 その時、彼らの背後の回廊を、一迅の風が吹き抜けるかのように何者かが駆けて来た。それは灰色の戦闘服を纏った護衛官ハルだった。


「気付かれた!?」


 怪盗ファイは懐から自動式拳銃(オートマチック)を取り出すと狙いをつけて射撃した。二発、三発と撃つが、追っ手の脚は止まらない。


「おい、仮面よ。その銃は何だ? なぜ連射できる? 構造は?」


 目を丸くして尋ねるダヴィンチに、怪盗ファイは銃口を向けた。


「うるさい!」


 銃弾はダヴィンチの右腕をかすめた。人工皮膚はえぐられ、機械の体が顕となった。


 だがそれを確認することもなく、怪盗ファイは近くの石柱の陰に隠れた。


 大聖堂に辿り着いたハルは、怪盗の隠れた石柱目がけて麻酔銃を撃って牽制した。


 同時にすぐさま回り込み、石柱の裏側を射程に入れた。麻酔銃が放たれる。勝負は決まったかに見えた。


 しかし麻酔銃が命中する直前に、怪盗ファイの姿が忽然と消えた。だがすぐに、それは消えたのではないと分かった。怪盗ファイは、右手からワイヤーを伸ばして天井のアーチに固定すると、ワイヤーを巻き取って素早く移動したのだった。


 だがハルは冷静だった。狙いを定めて麻酔銃を撃つ。麻酔弾は、ワイヤーを固定する爪に命中した。ワイヤーが外れ、怪盗ファイはアーチに手をかけた状態で宙ぶらりんの体勢になった。


「うわっ、あぶなっ!」


(もう一発で仕留める)


 今度は怪盗ファイ目がけて麻酔銃が発射された。だがしかし、怪盗ファイはアーチから手を離すことでそれを避けた。当然、高いアーチから落ちることになる。しかし怪盗ファイに焦りの色は見えなかった。怪盗ファイは難なく左脚で着地したのである。


(機械義足か)


 軍人だったハルの眼にはすぐに分かった。手足を無くした軍人が、義手、義足を付けて再び前線に出るのを何度も見てきている。義眼の技術も同様に発達していれば、とハルは何度後悔したか知れない。


 何はともあれ、着地した怪盗ファイと護衛官ハルは、モナ・リザを載せた荷車を挟んで睨み合う格好になった。


 怪盗ファイは銃口をハルに向けながらも、引き金を引くことに躊躇っていた。モナ・リザに当たりかねない状況では射撃しづらいというハルの読みは的中したようである。


 ハルはバイザーの内側に表示された時刻を確認する。


(さっき連絡した通りなら、そろそろだが……)


 その時、大聖堂の正面入口が勢いよく開いた。濃紺の制服を着た三人組が雪崩れ込む。ココ・レオーネが声を上げた。


「ナイス・タイミング! ジム!」


「はい!」


 ジムが手首のデバイスを操作すると、後ろを追いかけるように自動走行してきた箱形の機械がスーツケースのように開いた。中に搭載されていた小型飛行ドローンが4機、自動的に飛行を開始した。


「投影、開始します!」


 ジムがデバイスの画面に表示されたボタンを押すと、それぞれの飛行ドローンは大聖堂の壁に映像を投射し始めた。


「これは……素晴らしい」


 ダヴィンチが感嘆の声を上げたのも無理はない。そこに映し出されたのは、現代に至るまでの芸術作品全般であった。絵画に始まり、写真、モダンアート、映画、アニメーション、3Dグラフィック。いわばダヴィンチ後の芸術史の総集編であった。


「ダヴィンチさん。ラ・ジョコンダなんてそんな古臭いもの、いつまで描いてるつもりですか?」


 ココがダヴィンチに問いかける。


「どうかその絵を我々にお返し下さい。もしお願いを聞いて下さるなら、あなたには後世の芸術を好きなだけ制作できるようにしましょう」


 それからココはソニアに視線を向けた。ソニアは緊張した面持ちで書類を掲げる。


「ダヴィンチさん、許可証はこちらにあります。それからもう一つ、許可をもらってきました。あなたは、もうラ・ジョコンダに触れます。どうかラ・ジョコンダをお返し下さい」


 それはアンドロイドが収蔵品に触れるのを防ぐロックを一時的に解除したことを示す書類だった。


 しかし、負けじと怪盗ファイも声を上げる。


「彼らに返してはいけませんよ。その絵をフランスに持って行こうとしているのですからね。さぁ、ラ・ジョコンダをこちらへ。私と一緒に来て頂ければ、ラ・ジョコンダは貴方のものだ」


 眠ったようにじっと目を閉じながら双方の意見を聞いていたダヴィンチだったが、しばらくすると決意したようにすっくと立ち上がった。


「私はね、この絵を見ると悲しくて仕方がないのだよ」


 緊張感の漂う静かな大聖堂の空気を、ダヴィンチの声が震わせる。


「私の目からすれば、ラ・ジョコンダは未完だ。だが私の描いたものではない。未来の私が描いたものだ。恐らくは寿命のために未完にせざるを得なかったのだろう。だから私は、せめてラ・ジョコンダを完成させたかった。だが、どうだ。今、君たちが見せた芸術の数々は」


 ダヴィンチの表情には、笑みが溢れていた。


「なんて酷い! 私の未完のラ・ジョコンダにすら及ばないではないか! 一体、人類は今まで何をしてきたのだ!」


 ダヴィンチは、つかつかと荷車へ歩み寄ると、モナ・リザを引っ掴んでハルに向かって放り投げた。


「!?」


 地面に落ちる間一髪のところで、ハルはそれを受け止めた。近付いてきたダヴィンチが、大理石の床に転がるハルを見下ろす。


「いいか、貴様らに本物の芸術というのを見せてやる。覚悟しておけ!」


 だがそれに納得の行かない人物が一人。


「チッ! あと少しだったのに!」


 負けた怪盗ファイは、大聖堂の横の扉へとワイヤーを伸ばし、そこから脱出して姿を消した。




 翌日、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会のアトリエに、第十七学芸課(イチナナ)の彼らの姿があった。ダヴィンチの新作の制作を視察に来たのだった。


 どうやらダヴィンチは、まず浮世絵に興味を持ったらしく、大胆にアレンジを取り入れた絵画の下書きにとりかかっていた。その眼は活き活きとしていて、とても老人とは思えない。もっとも彼自身はアンドロイドであるのだが。


 しかしダヴィンチはもう昨日のことは何も覚えていない。今回ばかりはアポロン利用の申請が通り、昨日の騒動の影響を受けた全てアンドロイドの記憶の消去が行われたのである。


「それにしても、よく特別研究が通りましたよね。何をしたんですか?」


 ジムは疑いの目をココに向ける。特別研究とは、偉人のアンドロイドに過去の行動をさせるのではなく、別の行動を取らせた場合の結果を検証するものである。偉人のアンドロイドはミューズにしかいないため、多くの学芸員がこぞって申請するのだが、ごくごく僅かな申請しか許可されないことで有名だった。


「私は何もしてないけどね」


「"私は"? じゃあ」


 視線を浴びたソニアは、恥ずかしそうに髪をいじりながら頷いた。


「一体どうやったんです?」


「……その、実は、言ってなかったんだけど、私の父が、あれだから」


「あれ?」


「その……ミューズ評議会の、議長みたいな」


「えっ、じゃあスウィフト議長の娘!」


 再びソニアは俯き加減で頷く。


「じゃあキャスっていう名字も嘘だったんですか?」


「まぁね」


「それってつまり、お嬢様じゃないですか! なんでまたこんなところにいるんです」


「この子にはこの子なりの事情があるんだからさ。それともソニアが学芸員に向いていないとでも?」


「いえ、まさか。むしろ尊敬していますよ。今回の事件が解決したのも、ソニアお嬢様のお陰ですから」


 頬を赤らめながら、ソニアはジムを小突く。


「やめてよ。私はただ、歴史が好きなだけなんだから」


 そんな彼らの様子を、アトリエの入り口の近くで見守る男がいた。引き続き護衛官として雇われていたハルである。


 芸術に熱中するダヴィンチの姿も、歴史が好きで学芸員となったソニアの姿も、ハルの眼には眩しく映るのだった。


(自分の好きなことをする、か……。こんなことを考えるのも、久しぶりだな)


「あら、また悲しそうな顔をしていらっしゃる」


 気が付くと、隣にはまたあの修道女アデルが立っていた。


「……」


「でも、面白くなるのはこれからですよ。可哀想なウサギさん」


「……ウサギではありません」


「あら、でも走るの速かったでしょう? まるで軍人さんみたい」


「あれは……」


 反論しかけたハルだったが、いつの間にかアデルの姿は消えていた。


 そして気付く。


 アンドロイドの記憶は消されたのではなかったか。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 1452-1519


お読み頂きありがとうございます。


本エピソードは、Googleマップのストリートビューとの戦いでした。文明の利器は偉大なもので、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の内部を一部観ることができるようになっています。


筆者は、それを見ながら戦闘の描写を書いていました。実際に行ったことなんてないのにね。


きっと今後もお世話になるんだろうなぁ。


では。


葦沢


2016/08/28 初稿

2016/09/20 第二稿

2016/12/25 第三稿

2017/05/14 第四稿

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