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Episode 10: 2818年3月 愛しき君へ

 靄のかかった朝の森の中、ひんやりとした空気を頬で感じ、樹々の間の苔生した柔らかい土に立ちながら、静かに自分の存在を探す。


 そんな風に終わる物語が、私は好きだ。




 おもちゃを急に取り上げられた子供のように、ノトロブはポカンと口を開けて微動だにしなかった。その目は、光を失っていくアポロンマシンに注がれていた。


 そうなってしまうのも無理はないだろう。アデルのために時間をかけて用意してきた"お友達"を、アデルが目の前で消し飛ばしたのだから。


 不意にノトロブはアデルに向き直り、固く握った右の拳を振り上げる。アデルは死んだような目で、その拳が自分の顔へ向かって加速していくのを眺めていた。


 拳がアデルの小さな鼻を潰したかに見えた次の瞬間、ノトロブの拳は朝倉の右手で受け止められていた。同時にペトラがアデルとノトロブの間に入って、アデルをノトロブから引き離した。


「貴様達か、アデルのまっさらな心を汚したのは」


「心なんて誰だって汚れていくものよ。キレイな方がおかしいのさ。雑巾と一緒。大事なのは、澄んだ水ですすぐことだよ。ちょうど今のアデルのようにね」


 ペトラはアデルに向かってニコリと微笑む。森の湧き水のように透明なアデルの眼が、ペトラを覗き返す。


「ふざけたことを抜かすな。私とアデルは、アポロンマシンに転写されたアネモネという”友だち”を作るためにここまでやってきたのだ。それを達成するには、あとほんの少しの努力で良かったのだ。今さら心変わりなどするはずがない」


 ノトロブは自分に言い聞かせるようにそう言った。


 するとアデルが、凛とした眼でノトロブを捉えた。


「父上。アネモネがなぜハルに自分を殺させたのか、分かりますか?」


 ノトロブは、アデルを小馬鹿にするように笑った。


「答えは単純明快。アネモネの意志が弱かったからだ。あんな青年などすぐに殺してしまえば良かったものを」


 その言葉を聞いて、アデルは覚悟を決めたようだった。


「いいえ。私の眼には、アネモネの意志は誰よりも強かったように見受けられました」


 ノトロブの眉間のシワが、次第に深くなっていった。その声は若干震えていた。


「どうした? 反抗期かね? なぜ私に従わなかった? 友だちが欲しいと言っていたじゃないか!!」


 途端に癇癪かんしゃくを起こしたノトロブに、アデルはひるむこと無く立ち向かった。


「父上。私は確かに寂しいから友だちが欲しいと言いました。


 しかし、私が欲しい友だちとは、私と同じ機械の体を持った魂ではありません。


 本当の友だちというのは、ここにいるハル達のようなことを言うのではないでしょうか? 互いに信頼し合い、互いに助け合い、苦楽を共にする仲間。それこそが友だちだと、私は思うのです」


「それがどうしたというんだ。お前は手駒が欲しいのか? そんな奴らは、どうせ利用価値が無くなったら使い捨てだ。大したことはない。


 そいつらよりダンタリアンは面白いぞ? なんせテロ組織のリーダーだったのだからな。きっと刺激的な経験をアデルに提供してくれるだろう。


 それとも、もう友だち探しには飽きたか? 別のおもちゃが欲しいなら、そう言いなさい。ぬいぐるみか? おままごとセットか? 好きな物をやるぞ?」


 アデルは首を横に振った。


「友だちとは、おもちゃではないのです。友だちがおもちゃと同じ物だと思っている限り、友だちはできません。だから、父上は孤独なのではないですか?」


 途端にノトロブの顔が不機嫌そうになる。恐らく過去の忌まわしい記憶を思い出したのだろう。


「どうだかな。奴らも今はこうして表向きは助け合ってるが、心の中には打算や下心や嫉妬で溢れかえっているだろうよ。


 お前にも散々見せてきたじゃないか、この世界の汚さを。ほんの一時の気の迷いに流されるなんて、お前らしくもない。少し頭を冷やしたらどうだ?」


「いいえ、父上。私は正気で申し上げているのです。これは気の迷いなどではありません。なぜならば、私はずっとハルの眼の中から、彼らと日常を過ごしてきたのですから。


 ハルたちの過ごす毎日は、私には輝いて見えました。彼らはいつも楽しそうに冗談を言い合い、目の前に立ちはだかる壁も手を取り合いながら小さな段差のように乗り越えていく。彼らの輪に入りたいと何度思ったことか」


「アデル! お父さんに逆らうのか?」


 凄むノトロブにアデルは一瞬だけ逡巡の色を見せたが、すぐに歯を食いしばって心が折れそうになるのを堪えた。そして彼女の小さな機械じかけの体にのしかかる恐怖を、人間と何ら変わらぬ勇気で跳ね除けた。


 苦渋の表情を浮かべながら、花が散るのを悲しむような声で、彼女は心の内にずっとずっと秘めていた想いを言葉にしていった。


「私には、過去の記憶がありません。だから、いつもいつも、自分が一体どこから来たのか不安になるのです。本当に自分が生きていた人間だったのかも。そして、私に優しくしてくれるあなたが、本当に私の父親であるのかも」


 しかしその想いは、父親には届かなかった。まるで心を失ったロボットのような眼で、ノトロブはアデルを見下ろした。


「……あの男を監視するつもりが、思わぬ副作用が出てしまったようだな。ハル・ウォードン、全てはお前のせいだ。


 ダンタリアンを”友だち”にするには、お前が一番の障害になる。


 アデルは、そう導き出した。


 だからお前を監視するために、その義眼を与えた。それなのにこのザマだ。


 結局のところ、やはりお前が一番の障害だったという訳か。ハッハッハッハッハッハッ……」


 狂ったピエロの人形のように、ノトロブは機械的な笑い声を絶え間なく上げ続けた。


「アァ、面白くない。復讐だ。不可逆的復讐だ。それしかない、それしかない」


 地獄の底にうごめく亡者のように爛々とした目をしたノトロブは、猛牛のように目の前の朝倉を弾き飛ばし、ペトラもはねのけ、アデルの小さな頭を片手で掴むと、握り潰しそうなくらいに力を込めた。するとノトロブの手が青白く輝き出す。手の皮膚が引き裂け、そこから現れたのは機械式の義手だった。ノトロブは、自身の体も機械化していたのだ。


「やめて、痛い! やめて!」


 父の手から逃れようともがきながら泣き叫ぶアデルの声は、もうノトロブには届かない。青の閃光が、暗いマシンルームを引き裂く。一瞬の出来事に、誰も動けなかった。


 すると唐突に青白い光が止んだ。同時にノトロブはその手をアデルの頭から放す。アデルの体が床に倒れ伏した。


「一体、何が起きたの?」


 呆然としたココが呟く。


「聞きたいか? ならばひれ伏せ。私を仰げ。今この時をもって、アポロンは我が掌中に収まった。我こそが、この惑星の統括者だ!!」


 ノトロブは瞳孔を丸く見開きながら、勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「まさかそんな……」


 途端に絶望の淵に立たされたイオンは、その場にへたりこんだ。


 だが狂人の栄光は、宇宙を漂う塵が流れ星になるのと同じように、儚いものだった。


「グワアアァァァッ!」


 ノトロブは野太い叫び声を上げながら、頭を抱えて何かを振り払うようにもがいた。大きく見開いた目は血走っている。


「情報にっ……! 情報に圧し潰されるっ! 」


 ノトロブは息も絶え絶えにそう呟くと、フラフラとよろめいた。一瞬だけ遠くを眺めるような目をしたが、次の瞬間には根の朽ちた枯れ木のようにあっけなく倒れた。


 倒れたノトロブにペトラが近寄るが、ノトロブは目を開けたまま泡を吹いて、すでに事切れていた。


「どうしてこんなことに」


 ペトラの呟きに答えたのは、床にへたり込んでいたアデルだった。その眼は、敗残兵を慰める看護師のように、ノトロブのもう動かない体を見つめていた。


「父は、私からアポロンの制御権を奪いました。しかし父の脳は普通の人と同じですから、アポロンの情報量に対応できなかったのだと思います」


「対応できないのに奪ったの?」


「普段の父ならしないと思いますが、父は怒ると見境がなくなるので」


「ふーん、結局はアポロンを作った天才も人の子ということね」


「何はともあれ、一安心です」


 朝倉は、ペトラの頭にそっと手を乗せて優しく撫でた。ペトラは照れ臭そうに朝倉を見上げたが、朝倉の手を振り払おうとはしなかった。


 そこにジムが近寄ってきてアデルに尋ねた。


「なぁ、聞いておきたいことがあるんだが」


 急いで走ってきたジムは、青白い顔をしていた。


「何でしょう?」


「今、アポロンは誰が管理している?」


「誰も管理していません」


「おいおい、じゃあ早く次の管理者が必要だろう? アデル、君の出番だ」


 しかしアデルの顔は曇っていた。


「いいえ、私にはアポロンを管理できません」


「どうして? ついさっきまでアポロンを管理していたのは君だろう?」


「それは事実です。しかし私の管理者アカウントは父に奪われました。そして父は亡くなりました。だから、さっきまで使っていた管理者アカウントが使えないのです」


「それなら他の方法は無いのか?」


「無い訳ではありませんが……」


「ちょっと待って。アポロンを管理する人がいないなら、私はそれでいいと思うのだけど」


 割って入ったのはペトラだった。


「何言ってるんだ。寝ぼけてるのか?」


「だって歴史を統一化する存在が無くなった、ということでしょう? それは世界の理想的な姿よ。歴史は誰かに束縛されるべきではないわ」


 それには藤堂も加わった。


「俺もそれに賛成だ。歴史を誰かが管理すれば、歴史を消すことも容易になってしまう。このミューズに日本という国が展示されていないのが、その確たる証拠だ。歴史は一部の人間によって独占されてはならない」


 続いてイオンが口を開いた。


「でも歴史を管理する人がいなかったら、何が正しい歴史なのかも分からなくなっちゃうんじゃない? 誰かが嘘の歴史を言い出した時に、それが嘘だと分からなかったら、それも正しい歴史ということにされてしまうかもしれないでしょ?」


 そのあとにはソニアが意見をした。


「私はどちらも正しいと思います。歴史は独占されるべきではないし、間違った歴史は正すべきです。それを実現するための方法として、アポロンを活用できるのではないでしょうか? 例えば、日本という国が”無かった”ことにされていたならば、それを”あった”と承認すればいいのです」


「でもそれをどうやって決めるんだ? まさか多数決で決めるのか? それでは少数派の正しい歴史は消されるだけだ。まさに日本がそうだったじゃないか」


「でも誰かが正しい歴史を承認しなければ、それぞれがそれぞれの正しい歴史を振りかざして戦うことになるでしょう? それを人類は繰り返してきた。もうそれはお終いにしてもいいんじゃない?」


 誰もが自分の意見を熱弁し始め、もはや収拾がつかなくなっていた。


「ちょっと、みんな、静かに! それどころじゃないんだって!」


 ジムがなんとか注意を引こうとするが、それは無駄に終わった。


 その時、乾いた銃声が上がった。誰もがその音のする方を向いた。


 ”まさか口論から喧嘩が始まってしまったのか?”


 誰もがそう思ったに違いない。


 だがその人物は、ジムの前に立って、銃口を天井に向けていた。そのもう見えていない左眼は、閉じたままだった。全員が静まり返ったのを確認してから、ハルは小さく頷き、ジムに視線を向けた。ハルの口元はうっすらと笑みを浮かべていた。ジムには、ハルがなんだか少しだけ以前から変わった気がした。


「みなさん、聞いてください! もしこのままアポロンの管理者が不在であれば、ミューズに存在する全てのコロニーの環境管理が止まったままになってしまいます。そうすると、何が起きるでしょうか?


 まずは空調設備が停止します。ミューズの表面温度は、摂氏マイナス268.3℃。外気によってコロニーは冷やされていき、最後には全てが凍結することになるでしょう。


 それに各コロニー間の輸送も停止します。コロニーから脱出することができません。凍り付くコロニーから逃げ出すこともできず、死を待つしかないのです。もちろん我々も含めて」


 ジムのつたないが力のこもった演説に、聴衆は事態の緊急性を理解した。


「それで、どうすればそれを回避できるのかな?」


 隅っこに立って聴衆たちの議論を静かに眺めていたココが、ここでようやく口を開いた。


「アデルが所有していたアポロンの管理者アカウントは使えなくなってしまいましたが、他にも方法はあるはずです。そうですよね、アデル?」


 ジムの問いかけに頷いたアデルだったが、その様子にはどこか躊躇いが見え隠れしていた。


「確かに、方法はあります。このアポロンマシンには、アポロンへの接続が可能なアカウントが設定されています。アポロンマシンは予備として運用していたので管理者権限はありませんが、私が使っていた管理者アカウントが失効した現在、このアポロンマシンのアカウントが最上位、つまり管理者アカウントとして機能するはずです。したがって、アポロンマシンに人格を再インストールすれば、危機は回避できます」


 そこまで聞いた聴衆たちは安堵の表情を見せていたが、アデルの声は緊張感を漂わせたままだった。その理由は、すぐに判明した。


「ただし、私の人格をアポロンマシンに移植するためには暗証コードが必要になります。それが実は、父の眼球の虹彩認証なのです」


「じゃあアデルがアポロンマシンの中に入ることは……」


「不可能ということです」


「それなら朝倉さんは? あの人もアンドロイドだから人格を移せるのでは?」


「無理ですよ。僕の場合もミラー博士の生態認証が必要ですから」


「なんてこった」


 ジムは頭を抱えてしまった。ジムは二人のアンドロイドのことを当てにしていたのだ。


 その横で、朝倉に話しかける人物がいた。


「あの、朝倉さん、なんですよね? お久しぶりです。宿泊のお世話をして頂いて以来ですね」


 ソニアはあの時とはすっかり変わってしまった朝倉の姿に戸惑いつつ、握手を求めた。


「スウィフト嬢。ご無沙汰しております。あの時は十分におもてなしできず、申し訳ありませんでした」


「そんなことありませんよ。朝倉さんには大変よくして頂きました」


 その会話を横で聞いていたペトラが、その会話の違和感に気付いた。


「あれ? 涼、記憶無いんじゃなかったっけ?」


「おっと口が滑りました」


「?」


 朝倉は照れくさそうに目を伏せながら、渋々口を開いた。


「実は」


 朝倉が懐から取り出したのは、あの手帳だった。


「ここに事細かに過去のことが書いてありましたので、ある程度のことは過去のことでも分かるのです。もちろんペトラと初めて会った日のこともね」


 朝倉は悪戯っぽく舌を出した。その表情の中に、ペトラはかつての朝倉の表情を見つけた気がした。




 一方で、ジムは打開策を見出せずにいた。


”アンドロイド二人の人格を移植できないならば、もう無理かもしれない”


 しかしアデルの口から”不可能だ”という言葉が出ていないことに、ジムは気付いていなかった。


 そのアデルは、目を伏せたまま、無言で立ち尽くしている。


 それをココは少し離れて眺めていた。もうココの頭脳の中では答えが出ていた。後は行動に移すだけだ。


 しかし今ばかりは、一歩を踏み出すことに躊躇いがあった。それはココ自身にも初めてのことだった。ココの心を取り巻いているのは、深い淵へと身を投げる前の恐怖のようでもあり、華やかなパーティを途中で退席する時の名残惜しさのようでもあった。


「ねぇ、大丈夫? なんだか気分が悪いみたいだけど」


 ココに話しかけてきたのは、リリィだった。リリィはココの横に立った。


「変な顔してた?」


 ココは少し茶化して言ったつもりだったが、リリィは真顔で返してきた。


「うん。隠し事してる時の顔にそっくり」


「……そっか」


「私にできることは?」


「止めないの? 後悔するかもよ?」


 するとリリィは遠くを見つめながら淡々と返した。


「私は後悔しないよ。ココの選んだ道なら、私は応援するだけだ。ココが後悔しないと覚悟を決めたんじゃないか」


「……まるでこれから私のすることが分かってるような口ぶりね」


「当たり前でしょ。私はアポロンの件を探るために派遣されてきたんだ。アポロンのことについてはよく知ってる」


「……じゃあさ、一つだけお願いしていいかな」


「何なりとどうぞ」


 リリィが横目でココを見遣る。その瞬間、ココはリリィに抱きつくと、リリィの耳元で囁いた。


「学芸課のこと、リリィに託すよ」


 腕をほどいたココは、そのままジムのいる方へと歩いて行った。その後ろ姿を、リリィはその目に焼き付けるように見つめていた。




「ジム、何か見落としているんじゃない?」


 頭を抱えて唸っていたジムが顔を上げると、そこには自信ありげな笑みを浮かべたココが立っていた。


「見落とし? でも他に人格を移植できそうな人物に心当たりが無いんですよ」


「他にもいるでしょ、たくさん」


「たくさん?……いえ、偉人アンドロイドの人格のことを言っているなら、それは間違いです。彼らの人格は、あくまでも疑似的なものですから。本物の人間由来でないと、アポロンを動かせないのです」


「だから、本物の人間由来ならいいんでしょ?」


 そう言ってココが指差した先には、ダンタリアンが人格を転写するために利用したベッド型の機械が横たわっていた。


「まさか! そんなの無茶ですよ!」


「だって実際にダンタリアンの人格がアポロンマシンに転写できたじゃない?」


「でも安全性は保証できません。下手をすれば転写元の人間が死んでしまうことになるんですよ!?」


「でもアポロンが動かなければ、どっちみちみんな死ぬんでしょ? だったらやるしかないじゃない。アデル、あなたの言う方法って、それしかないんでしょ?」


 アデルは気が進まないようだったが、小さく頷いた。


「コロニーの冷える時間を考えると、もうそろそろ転写を始めないと間に合いません」


「……分かりましたよ。じゃあ僕の人格を転写してください」


「それはダメ。ジムには転写装置を操作するという大事な仕事があるじゃない」


「そんなこと言わないでくださいよ」


「でもあれの操作を一番安心して任せられるのはジムだけなんだから仕方ないじゃない」


「じゃあ誰の人格を転写するんですか?」


「私よ」


「……いやいや、バカなこと言わないでください」


「私はいつでも真面目だけど」


 ココの真剣な表情に、ジムは抵抗していたがついに折れてしまった。


「いや……それはズルいですよ。そんなのってありですか?」


「今は選択肢がそれしかないんだから」


「だとしても、先輩である必要性は無いじゃないですか。命の危険だってあるんですよ? もっと適任の人が他に……」


「あー、もうグダグダうるさいな」


 ココは拳銃を握ると、銃口を自らの右胸に当てて引き金を引いた。


 一発の銃声とともに、ココの胸から鮮血が溢れ出した。


「ほら、早く転写しないと、私、死んじゃうじゃない」


 血だらけになったココの姿を見て、ジムは頭を掻きむしりながら覚悟を決めた。


「だーっ! もうやりゃあいいんでしょ、やりゃあ! イチナナはどいつもこいつもバカばっかじゃねぇか!」


 ココはすぐに傍にいたペトラと朝倉に抱きかかえられ、出血を防ぐ応急措置が取られた。


「すまんね」


 ココが小さく呟くと、ジムがココの顔を覗き込んだ。


「いつか絶対に人間に戻しますから。そうじゃなきゃ、僕は僕を許せない」


 ジムは不意にココに顔を近づけ、そのまま唇を奪った。


 そしてそのままジムは足早に転写装置へと走っていき、メンテナンスを始めた。その姿をココはずっと横目で眺めていた。


 幸いなことに人格転写装置は無事に起動した。簡易的な止血を終えたココは、周りの手を借りて装置の上に横たわった。ヘッドセットを装着すると、もう周りの景色は見えなくなり、音も聞こえなくなった。目の前には、ただ暗闇が広がっている。


 ヘッドセットを外して、もう一度だけ生身の目で見て、生身の耳で聞き、生身の口で話をしたい衝動にかられた。


 でも、ココはそうするのをやめた。いつもなら心の中に抑えている感情が今はもうダダ漏れになってしまって、ヘッドセットの中でココは涙を流していたからだ。こんなかっこ悪い姿を、みんなの前で晒す訳にもいくまい。


 最後に誰と話したかっただろうか、とココは思った。


 直感的に思いついたその顔に、ココは思わず口元を緩めた。


 もう少ししたら、君の感覚が私にも分かるんだろうな。


 ヘッドセットの中で、合成音声が転写の開始を告げた。

お読み頂きありがとうございました。


今回は完結編ということで書かせて頂きました。


まだあとエピローグが残ってはおりますが、ほぼほぼ最終回です。


いい話だったな、と思って頂けたら嬉しいです。


ここで終わっちゃうのかよ、ここからがいいところじゃん、みたいなところもあるんですけど、とりあえずはここで一旦、筆をおきます。


もっとこういう続きが欲しいとかあれば感想を筆者に投げつけて頂くと、何かが出力されるかもしれません。そうそう、読者アンケートもあるので、そっちもよろしくお願いします。


他にも色々と言いたいんですが、なんか書き終えた後の終わっちゃった感があって、なんとも言葉が出てきません。


とりあえず本作品では、筆者のやりたいことを詰め込んだカオスな作品をあえて目指しました。有名な監督の最初の作品はやりたいことを詰め込みすぎているという話を聞いたので、それを真似してみようと思った次第です。


多分、詰め込みすぎるくらいのものが作れれば、次は必要な要素だけを上手く配置できる能力を育てる段階に行けるのかなと思っています。


読者の方々からの評価としてはあまり良くないかもしれませんが、筆者個人としては大満足でした。振り返って読んでみると、自分でもこんなの書けるんだなって驚くことも多々あって。


総文字数も約17万字になりました。450ページくらいの文庫本に相当するのかな? 凄いですね。


何はともあれ、とりあえずもう夜遅いので寝ます(現在4時半を過ぎました(笑))。


本作は、本日21時にEpilogueを公開して、ひとまず完結となります。


それからアンケートとか感想を参考にエピソードを追加していく予定です。


それでは。


葦沢


2018/03/25 初稿

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