Episode 8: 2818年3月 Zero-Day狂想曲
Bang Bang,
”……助けて、……助けて!”
どこからともなく聞こえる声が、ハルの頭の中に響いている。もはやその声は、無視できないほどにはっきりと聞こえるようになっていた。
(一体、誰が俺を呼んでいるんだ?)
その声に気を引かれて注意が散漫になっていると、ハルの足元で銃弾が跳ねた。ハルはそのアンドロイドからの銃撃をどうにか避けながら、建物の中の青白い光で照らされた通路を駆けていった。
すでにハル達は、アポロン中央制御センターの中への潜入に成功していた。だがそれにつれてアンドロイド達からの銃弾の雨はより一層激しさを増していた。
通路を抜けると、そこは広いロビーになっていた。ハルに少し遅れてココとイオンも、無事にロビーにたどり着いた。それぞれ、近くの壁や棚の陰に隠れる。
隠れた直後、ハルの耳元で銃弾が壁をえぐる音が響いた。アンドロイドはすぐ近くまで迫ってきているようだ。
しかしロビーから伸びるもう一方の通路の先をこっそりと覗くと、そこにもアンドロイドがこちらの様子を伺っているのが見えた。
これでは先へ進むことも、来た道を戻ることもできない。かと言ってこのまま釘付けになっていれば、ダンタリアンの人格のアポロンへの転写が完了してしまう。
彼らの顔に焦りが見え始めたその時だった。
「ここは僕とペトラに任せてくれませんか?」
通ってきた通路の入り口の壁際に立った朝倉が、穏やかな笑みをたたえながら、離れたソファの陰に隠れたココを見つめている。
ココは苦悶の表情を浮かべながら、ためらいがちに頷いた。
善は急げとばかりに、ハルが先陣を切って奥につながる通路へと飛び込んでいく。ハルの先制射撃が奏功して、アンドロイドが数体倒れ込み、道が開けた。その後ろからハルを援護しつつココとイオンが詰めていく。
三人の後ろ姿を見送りながら、朝倉の傍に立っているペトラが呟く。
「この絶望的な状況。何も悪いことしてないのにな、私」
朝倉が口を開く。
「気付かないうちにしてるんじゃないですか? 日頃の行いは心の鏡らしいですからね」
「何それ。まるで私がいつも悪いことを考えてるみたいじゃない」
「心当たりが無いと?」
ペトラは舌を出してベーッとやってみせた。
「これは来世も、まともな最期を迎えられそうにありませんね」
「そう? 涼と一緒なら、私は十分満足だけど」
銃声の響く戦場の陰で、密着しそうなくらいに隣り合った二人の視線が合う。
しかしそれも束の間、アンドロイドが一体ロビーに飛び込んできて、ペトラを射線上に捉えた。すかさず朝倉はペトラを身を挺してかばいながら、アンドロイドへ向けて引き金を引いた。アンドロイドの金属の体が床に倒れ、鈍い金属音が響く。
「大事なことを忘れてましたね」
「?」
「ペトラは嵐を起こす蝶ですから、来世はまだ少し先になるでしょう」
目の前でニコリと笑う朝倉を見て、ペトラは朝倉がまだ人間だった頃の懐かしい笑顔を思い出していた。例え機械の体でも、やはり朝倉は朝倉なのだという思いが、ペトラの中で一層強くなった。
しかしその時、断続的に鳴り響いていた銃声が止んだ。辺りは静まり返り、アンドロイドが近付いてくる足音も聞こえない。この異変を前にして、二人は警戒するように身構えた。
(何かが来る……!)
その予感は的中した。
二人の目の前の通路の入り口から、まるで死者の前に舞い降りる死神のように、長い髪の男が姿を現した。殺気立った目つきが二人をにらみつける。手に持った刀は、すでに真っ赤な血に塗れていた。
とっさに朝倉はペトラを抱きかかえて飛び退いた。二人とも勢いよく床に転がった。
すでに小石川は疾風のような速さで刀を振り下ろしており、二人は間一髪のところで斬撃を避けることができた。
「小石川さん……っ」
倒れたペトラがその名を呼んでも、小石川は表情をピクリとも変えない。
むしろ小石川は間髪入れずに二人に詰め寄りながら、突きの構えに転じた。
「避けきれないっ!」
ペトラは拳銃で反撃しようとしたが、握っていたはずの拳銃がない。さっき朝倉に守ってもらった時に、うっかり拳銃を落としてしまっていたのだ。もはや抵抗する術はない。反射的に目をつぶる。
しかしペトラの耳に聞こえてきたのは、甲高い金属音だった。
ペトラが目を開けると、朝倉がペトラに覆い被さり、小石川の刀を左手で受け止めていた。だが肘から先は砕け散っており、かろうじて刀の先端が左肘に刺さっている。
すぐに朝倉は右手に握った拳銃を小石川へ向けた。
だが小石川は素早く朝倉の左肘から刀を抜いて、拳銃をあっという間に払ってしまった。拳銃が朝倉の手を離れて床を転がっていく。
もはや二人に武器はない。小石川は冷たい目をしたまま、ペトラに覆い被さる朝倉を二人同時に刀で突こうとした。
(もう終わりだ)
ペトラが完全に諦めたその時だった。
どこからともなく虎の咆哮のような銃声が鳴り響いた。小石川の右肩から血飛沫が上がる。
「チッ……」
小石川が振り向いた方を見れば、そこにはアサルトライフルを構えた藤堂が立っていた。
「よぉ」
「お久しぶりですね」
小石川はニコリともせずに、藤堂を睨みつける。
「俺は小石川を追ってきたんだが、まさかお前ら二人にも会えるとはな」
「藤堂さん、ありがとうございます」
「アシビから抜けて行方不明になったと聞いて心配してたんだぞ? まだ生きているようで良かったよ、本当に」
それを聞いた小石川は不気味に笑う。
「そんなどうでもいいことを。私がすぐに全員あの世行きにして差し上げるのですから」
小石川は藤堂へ向かって駆け出し、間合いを詰めた。
藤堂のアサルトライフルが火を吹くが、銃弾を小石川はすんでのところでかわしていく。
「すばしっこい奴っ!」
藤堂は間に合わないと判断して、ライフルを投げ捨て、サバイバルナイフで応戦した。刃と刃が火花を立ててぶつかり合う。
「裏切りの代償は、きっちり払ってもらうぜ?」
「笑わせないでください。私は裏切ったつもりはありませんよ。これまで一度もアシビの一員だと思ったことはありませんから」
「何?」
「私は、私が面白いと思うことをただしているだけ。私の行動原理に従っているにすぎません。アシビに従っているように振る舞っていたのも、利用価値があったという理由だけですよ」
「初めから裏切るつもりだったという訳か」
「勘違いしないでください。私はあなた方に期待していたのです。面白いことをやってくれるんじゃないかとね。ですが、いつの間にか停戦交渉だなんて野暮なことをする集団になってしまいました。ハラキリの国の人間とは思えません。もっと血を、もっと魂を捧げようじゃないですか」
小石川は一歩後ろに下がって距離を取ってから、突きを繰り出す。
藤堂はとっさに後ろへ飛び退いた。刃先は急所を外れて藤堂の腕をかすめる。
逆に今度は藤堂がサバイバルナイフで斬りつけたが、小石川は身を翻す。ナイフは小石川の長い髪を少し切っただけだった。
不動明王のような形相をした藤堂が吠える。
「俺はお前を信じていたのに!」
対する小石川は妖狐のような嘲笑を浮かべている。
「私を『信じる』? 私を『利用』したかっただけでしょう?……ん?」
小石川が後ろを見遣ると、それまで静観していた朝倉が駆け出していた。その先には、さっき弾き飛ばされた拳銃が転がっている。
滑り込んで拳銃を拾うと、壊れた左手を器用に使って体勢を立て直し小石川を狙う。
「私が予想してないとでも?」
素早い動きで藤堂と朝倉の銃弾をかわしながら、小石川は走り出す。その先には、一人になったペトラが無防備のまま座り込んでいた。
「しまった!」
ペトラは慌てて右手に装着したデバイスからワイヤーを発射した。しかし小石川はそれも蝶のようにかわしてしまった。
小石川はあっという間にペトラの目の前に迫った。
「まずは一人っ!」
ペトラ目がけて刀が振りかざされた。
その瞬間、小石川の瞳に映ったのはペトラの腹黒い笑みだった。
それと同時に、小石川の背中に藤堂がサバイバルナイフを突き刺した。小石川は冷たい床に倒れ込む。
「何っ?……なぜ私よりも速く動けるっ……?」
苦痛に歪んだ顔の小石川は、すぐにその理由に気付いた。ペトラのワイヤーが藤堂の右腕につながっていたのである。ワイヤーを巻き取ることで、藤堂はノーマークのまま小石川に接近できたのだ。
「チッ……こんなことで!……こんなことでっ!!」
「言い残すことはないか?」
見下ろす藤堂に、小石川は必死の形相で訴えた。
「私は遠からぬ未来にこの世を統べる人間なのだぞ。今からでも遅くはない。私に協力すれば、将軍の地位を保証しよう。良い話だろう?」
「……面白い話だな」
「そうだろう? さぁ、早く私を助けてくれ」
「まさかお前がジョークを言うとは思わなかったよ」
藤堂のサバイバルナイフが振り下ろされ、小石川の心臓を貫いた。
その頃、先へと進んでいたハルとココ、イオン達は、再び足止めを食らっていた。
エレベーターに乗ってアポロンマシンのある地下層へと向かったのだが、降りた先にあるエレベーターホールで敵が待ち構えていたのである。
しかし今度はアンドロイドではなかった。生身の人間たちが銃口を向けていた。
その手慣れた銃器の扱いと戦い方から、恐らく傭兵だろうとハルは察していた。実際、ハルのその予想は当たっていた。彼らはスミルノフの雇った傭兵団だった。
生身の人間が相手だからアンドロイドよりも倒しやすいかというと、実際はそうでもない。アンドロイドは命を無駄にしてでも特攻してくるが、人間の場合は自分の命を守ろうとするのである。お互いに身を隠しながらの戦闘になり、なかなか決着がつきにくい。
使える銃弾に限りのあるハル達にとっては、アンドロイドよりも厄介な相手だった。
それにココとイオンは銃の扱いに慣れていない。傭兵たちの前に出れば狙いの的になるのは必至である。彼女たち二人が危険な目に遭わないようにフォローしながら戦うのは、さすがのハルでも容易ではなかった。
ハルはエレベーターホールの隅にある柱を盾にして陣取った。二人を後ろに待機させて、ハル一人で反撃を試みていた。
その時、不意にハルを針で刺すような頭痛が襲った。とっさに柱の陰に隠れたハルの頭の中に、再びあの声が響く。
”……助けてっ!……助けてっ!!”
(なんでこんな時にっ!)
激痛に表情が歪む。
(この頭痛も謎の声に関係しているのだろうか?)
そんなことを考えていると、不意にイオンの叫ぶ声が聞こえた。
「ハルっ!」
はっとして我に返ると、ハルの目の前に手榴弾が落ちてきた。一瞬、ハルの反応が遅れた。
(ヤバイ、死ぬ)
しかし次の瞬間、イオンが手榴弾を遠くへ蹴り飛ばし、そのままハルの上に覆い被さった。直後、手榴弾の炸裂音が轟いた。
幸い、三人は伏せていたため大きな傷は無かった。
「ありがとう、イオン」
「何をボーっとしてるの!」
「すまん」
苦しそうに眉間にしわを寄せたハルの表情と、その体に巻かれた包帯を見て、イオンは決心したようだった。
「ねぇ、聞いて、ハル。あなただけでもマシンルームへ向かって。ここは私たちでなんとかするから」
「しかし二人を置いて先にはいけない」
「こんな私でも、ハルの足を引っ張っていることくらい分かってる。でも私は、ハルの足を引っ張るために来たんじゃない。ダンタリアンの計画を止めるために来たの。だからハルは私たちを”見捨てる”んじゃない。この場を私たちに”任せる”の。分かった?」
イオンの言葉に続けて、ココも口を開いた。
「大丈夫。ハルならすぐに向こうを片付けて、こっちを助けに来てくれるだろ? そのくらいの間なら私たちにもできるさ。だからハルは、ハルにしかできないことをやりなさい」
「二人とも……」
真剣な二人の眼差しに、ハルは覚悟を決めた。気付けば頭痛は引いていた。
「分かりました。すぐに戻ってきますから、また生きて会いましょう」
二人はハルの言葉に力強く頷いた。
ハルは一旦深呼吸をしてから、弾けたバネのように柱の陰から飛び出した。韋駄天のごとくエレベーターホールを駆け抜けて、傭兵たちに近づいていく。傭兵たちも応戦するが、その銃撃はハルにかすりもしない。
マシンルームにつながる通路へとハルは突っこんでいき、拳銃で続けざまに三人の頭を撃ち抜いた。それを見た相手は、ひるんで身を屈める。その隙に、ハルは勢いよく飛び跳ね、側面の壁に足をつけると、そのまま壁の上を走り抜けた。そして傭兵たちの背後に回ると、再び床に飛び降り、通路の奥へと駆け抜けていった。
一方、残ったココは、不安な表情を隠せずにいた。
「ハルがいたら安心だったんだけどなー」
「仕方ありません。こうするしかなかったんですから」
「だよね。もうハルの顔を見ることはないのかな」
そう呟くココの横顔を、イオンはじっと眺めていた。
「何?」
「一つ聞いていいですか?」
「私の体重以外なら」
「ココさんって、ハルのことどう思ってるんです?」
ココは微笑みながら、遠くを見つめるような目をした。
「そうだなー、あまりよく考えたことはなかったかなー。というか、考えようとしていなかったのかも。今から思えば、私は――」
続く言葉をココは口にしたが、しかしそれは無粋な銃声によってかき消された。
傭兵たちが、二人のいる柱へ向かって突撃を始めたのだ。
残っているのは雑魚しかいないと彼らも分かっていたから、強攻策に打って出たのだ。きっと傭兵たちは、心の中で「奴らの銃は当たらない銃だ」と笑っていることだろう。
「マズイ、このままじゃ突破される」
二人は拳銃で応戦するが、傭兵たちからの銃撃も絶え間なく続いていた。少しでも体を出せば、瞬く間に狙われてしまう。二人とも、体のあちこちにかすり傷ができていた。
しかし泣き言を言ってもいられない。このまま接近されれば生きて帰れないのだ。
「イタっ!」
その時、イオンの右手に銃弾が当たり、拳銃ごと弾き飛ばされてしまった。その細い指からは赤い血が流れ出している。
「大丈夫!?」
「ヤバイ、奴らが近くまで来てる!」
絶体絶命かと思われたその時だった。
チーンという音とともにエレベーターの扉が開いた。
そこに現れたのは背丈の大きな男だった。無造作にマシンガンを構えると、群がる傭兵たちに向けて一斉射撃を浴びせた。
無論、不意の銃撃を避けられるような遮蔽物もなく、傭兵たちは瞬く間に床に倒れていった。
「また、つまらんもんを撃っちまった」
頭を掻きながらブレット・ホーキンスがエレベーターの中からのっそりと現れた。そしてその後ろからはリリィも顔を出した。
「リリィ! ホーキンス大尉!」
名前を呼ばれたブレットは、片手を挙げてココに答えた。
「おぅ、無事だったか」
「ココ! 良かった! もうどうなることかと心配したんだからね!」
いつもの軍服姿のリリィは、ココに駆け寄って怪我のないことを確かめた。
「ありがとう、リリィ。それにホーキンス大尉。お陰で命拾いしました」
力の抜けた声でココは礼を言った。
「感謝をするなら、あのハッカーに言ってやりなさい。アイツが私たちに連絡をよこしたんだから」
「ジムが……。じゃあ帰ったら何かおごってあげなきゃね」
「それよりハルはどうした?」
辺りを見回すホーキンス大尉に、ココは早口で告げた。
「ハルは先にマシンルームへ向かっています。早く援護に向かわないと!」
「まぁ、ちょっと待て。その前に伝えておかなきゃならんことがある」
「?」
「ココ。実は、私たちはユニオン軍の密命でミューズに来ていたの。その密命は、アポロンをミューズから”連れ去る”こと」
「ユニオン軍がアポロンを欲しがるのは、なんとなく分かる。歴史を支配できれば、戦争を起こすのも簡単だし。でも”運び出す”なら分かるけれど、どうして”連れ去る”なの?」
「実はアポロンの正体は、一体のアンドロイドなの」
「アンドロイド!?」
「名前はアデル。アポロンを開発した技術者であるノトロブと共に、ミューズ各地を転々としてる。私たちは、彼らを追っていた」
「まさか、そんなことある訳が……」
「とにかく今はそれよりも大事なことがある。この中央制御センターにあるアポロンマシンには、既にアポロンの機能は無いの。ダンタリアンは、恐らくそれに気付いていない」
「それが本当なら、無理にダンタリアンを止める必要は無い、ってこと?」
「その通り。さすがはココ」
「じゃあ早速ハルに伝えないと」
「ちょっと待った!」
その声がする方を向くと、ペトラと朝倉、そして藤堂が走ってやって来た。どうやら別のルートを通って来たらしい。
「あ、恐そうなおじさんを拾ってきた」
イオンが藤堂を見るなりそう呟いたが、ペトラは真面目な顔を崩さなかった。
「このおじさんはどうでもいいから。それより、この話にはまだ裏があるんだよ」
「裏?」
「私たち二人はロンドンの展示地区であなたたちに加勢したけれど、実は、あれはノトロブの指示だったの」
「んんん~? それはどういうこと?」
イオンは頭がすっかりこんがらがっているようだったが、ココは冷静にペトラの話を理解することに努めていた。
「つまりペトラさんと朝倉さんは、ノトロブの味方?」
「いいえ、今は違う。私たちもおかしいと思っていたの。アデルは、ダンタリアンを倒すためには、空っぽのアポロンマシンに人格転写をさせてから、ハルがアポロンマシンを壊すのが最適な未来だと言っていた。それを実現するために、私たちはここまでハルをサポートしてきた。でもダンタリアンがアポロンマシンに転写されても脅威にはならない」
ペトラの言葉を継ぐようにして、ココが口を開いた。
「つまりダンタリアンの転写されたアポロンマシンを壊すのは、ハル以外の誰だっていいはず」
ペトラが小さく頷く。
「多分、アデルの目的は別にあるんだと思う」
「ペトラさん。アデルについて、知っていることを教えて。私は全く情報を持ってないから、できるだけ知っておきたい」
「ええっと……私も色々と聞いたような気はするけど……」
渋い顔になったペトラを見て、朝倉がココの前に進み出てきた。
「やれやれ。私が代わりにお教えしましょう。アデルは、そもそもはノトロブの娘だったそうです。しかし病に倒れて命の危険があったため、ノトロブはアデルの人格を機械に転写させることを思いつきました。その媒体となったのが、当時のノトロブが開発していたアポロンだった。後に技術が進み、アポロンの機能をアンドロイドに移せるようになったので、アデルはアンドロイドの中に入って行動しているそうです」
腕組みをしながらココは尋ねた。
「アデルかノトロブ、どちらでもいいのだけど、ハルと何か関わりはあるの?」
「そうですね……そう言えば、ハルさんに透視できる義眼を渡したのがノトロブだと聞きました。その理由は、透視を可能にすることでハルを戦いで有利にし、転写されたダンタリアンを破壊させるまでは死なないようにするためだそうです」
「透視なんてできるのか!?」
驚く藤堂に、朝倉が冷静に説明した。
「透視と言っても、実際に透けて見えているのではありません。ミューズ内に設置された無数の微細カメラの映像を使って、あたかも透視しているかのように映像を再構成しているようです」
「ということは、アデルはかなり前からハルの行動を監視していた、と考えるべきだね。……ふーむ、そこまでしてハルにこだわる理由は何なんだろう。転写されたダンタリアンを破壊するのはハル以外でもいい。でも初めからハルをここに来させようとしている。ペトラさんと朝倉さんにサポートを依頼してまで。ハルじゃなければならない理由って、何?」
ココはすっかり考え込んでしまった。他の誰もが、答えを出せずにいた。
と、その時、一人が恐る恐る手を挙げた。
「ねぇ、的外れかもしんないけど、聞いてもいい?」
「どうぞ、イオンさん」
「あのさ、変な話なんだけど、私はアデルが何を考えてるのかっていうのが気になっててさ」
「というと?」
「今聞いた限りだと、アデルって子は小さい時にコンピューターの体になったんでしょ? アンドロイドの体を手に入れた後も父親と一緒にいるんでしょ? それってかなりのファザコンだし、もしかしたら友だちいないんじゃないかなって思うんだけど、違う?」
「おい、今はそんな話じゃねぇだろう」
藤堂が咎めたが、口元に笑みを堪えきれない人物が一人いた。
「イオンさん」
「やっぱ変だったよね。ゴメン、ゴメン」
ココが勝ち誇ったような笑みをイオンに向けた。
「いいえ、大手柄よ」
「どういうことだ?」
藤堂はブレットに視線を合わせたが、ブレットも首を傾げるだけだった。
「大事なのはアデルの目的。小さい頃からの境遇のせいで友だちがいないならば、きっと友だちが欲しいと思うはず。しかしアデルは人格こそ人間のものだけど、体は機械。生身の人間よりずっと長く生きることを運命づけられている。そうなると、友だちも機械の体の方が良い」
「アンドロイドとか?」
ペトラの問いにココは首を横に振った。
「いいえ。恐らく人間由来の人格をもった機械じゃなければ友だちになれないと考えているんだと思う。でも人格を転写する技術は難しいから、そもそも友だち候補が少なすぎる」
そこでココがちらりと朝倉に視線を送った。
「僕とは友だちにはなれないってことなんですかね。これでも心は人間のはずですが」
「まあまあ。朝倉さんが友だち候補にならなかった理由は分からない。もしかしたらアデルの予測では、朝倉さんの人格の転写が成功する確率が低かったのかもしれないし」
「どちらにしても、アデルとは友だちになれそうにありませんけどね」
「そこでアデルが友だち候補に選んだのが、ダンタリアンだ。ダンタリアンなら、自ら機械に転写されたがっているから都合がいい」
「でもハルがダンタリアンの転写されたアポロンを破壊するという予測だったはずでは? 破壊されたら友だちにはなれんだろ」
ブレットの指摘に、ココは待ってましたとばかりに答える。
「それはペトラさんと朝倉さんを協力させるための嘘です。恐らくアデルの本当の目的は、”ダンタリアンが憎んでいるハルをダンタリアンの好きなようにさせる代わりに、ダンタリアンに友だちになってもらうこと”でしょう。そう考えると、ハルでなければならない理由も納得がいきます」
それを聞いたペトラは、眉間にしわを寄せながら尋ねた。
「それってつまり、ハルが生贄にされるってこと?」
ココは途端に青白い顔になって固まった。
「必ずしもハルの命が狙われている訳ではないけれど……その可能性は高い」
全員に緊張が走った。
「急ごう! ハルを助けるために!」
ペトラの号令に一同が応じ、一斉にマシンルームへつながる通路を駆け出した。
しかしココは、一旦は駆け出した足を止めて振り向いた。イオンがまだ難しい顔をして考え込んでいる。
「どうしたの? 何か気になることでもあった?」
「うーん、なんか引っかかるというか、なんというか……ま、いっか。何でもないことのような気もするし」
イオンもココを追いかけて走り出した。ただし頭の中ではまだ考え事が渦を巻いていた。
(本当にさっき言っていたことがアデルの目的なのかな?)
お読み頂きありがとうございました。
更新が遅くなりすみませんでした。
今回は、戦闘シーンの多い話になりました。戦いの中の動きを細かく描写しようと頑張りました。
片や後半の議論の部分は論理的な説明が求められるので、全体的に書くのがハードでした。割とマジでしんどい。
あと、かなりシリアス寄りなので、全体の雰囲気を壊さない程度にユーモアを詰めてみました。
今回の小ネタ。
タイトルは、分かる人には分かると思います。投稿日もヒント。
Bang Bangは映画「キル・ビル」の冒頭の曲。
ホーキンス大尉の「つまらんものを……」は、言わずもがな。
あと小ネタではないですが、PUBGの実況動画は戦闘描写の役に立ちました。
ちなみに今回の話で一箇所矛盾がありますが、それは今後のお楽しみということで。
次回は「風花(仮題)」です。本当は今回をこのタイトルにする予定でしたが、長くなりすぎて分けたのでこうなりました。更新は2/11の予定です。
なお、この後書きの下(評価欄よりは上)に読者アンケートへのリンクを掲載しております。完結後に新訳版を執筆したいのですが、読者の皆さんがどんなものを読んでみたいかご意見をお聞きして、それを反映していこうと考えております。よろしければご協力お願いします。
それでは。
葦沢
2018/01/31 初稿