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Episode 4: 2817年12月 自由を求めし者

 自由は毒だ。


 自由という言葉は、誰が使っても心地良い。


 使い方を誤れば、それは己を滅ぼすだろう。


 だが自由の恐怖にこそ、人は真に誘惑されるのかもしれない。




 ソニアが目を覚ますと、目の前は真っ暗闇だった。時折、部屋の中が小刻みに揺れる。恐らく今はフロートカーに乗っているのだろう。両手は、またしても後ろに縛られていた。しかし頭は重く、思考が回らない。


 かろうじてソニアは直前の記憶を思い出した。あの移動喫茶店で姉とお茶をしながら楽しくおしゃべりをしていたら、急に意識が飛んだのだ。きっと出されたお茶の中に薬が入っていたに違いない。その理由は言わずもがな、誘拐である。


 やがてフロートカーが停止するのが分かった。シャッターの開く音とともに、光が差し込む。どうやらコンテナの中に閉じ込められていたらしい。


(あの移動喫茶店のフロートカーには、コンテナなんか無かったはずだけど)


 そこに人影が近付いてきた。逆光になっていてよく見えない。


「おぅ、起きてたか、嬢ちゃん」


「あなたは……喫茶店のマスター?」


 彼はソニアの顔を覗き込むように、傍にかがみ込んだ。こうしてみると大柄な男で、煙草の煙たい匂いが鼻につく。


「ある時は移動喫茶店のマスター。またある時は裏組織『アシビ』のリーダー。俺は藤田虎次郎だ。呼ぶ時はタイガーでいい。日本語は言いにくいだろう?」


「タイガー……さんは、日系人なのですか?」


 ソニアがそう言うやいなや、トラジローの目つきが獣のように鋭くなった。


「俺は日本人だ」


「しかし日本国は二十五年前のユーラシア連合との戦争で滅亡したはずでは?」


「そのユーラシア連合も、エドモントン条約で地球平和連合ユニオンに吸収合併されたがな。だが俺にとっちゃ、んなこたぁ関係ねぇ。日本の精神は土地には縛られねぇ。日本人の魂は、俺達が持っている。だから俺達が死なない限り、日本は死なない」


「……いわゆる残党というやつですか」


「勝手に言え。お前の言葉で揺らぐ俺じゃねぇ。しかしお前ら姉妹は、口の悪さも似てるねぇ」


「そうだ、姉はどこにいるんですか!?」


「焦りなさんな。俺らにとっても大切な人質だからな。大事に大事に、別ルートで運んでんだ」


「人質?」


「そらそうだ。ミューズ評議会議長、フランシス・スウィフトの娘なんだからな。あのスミルノフの野郎も俺に売ろうとしていたみたいだが、こちとら始めっから目ぇつけてるからな。遠慮なく邪魔させてもらったよ」


「……!?もしかして林則徐さん達を呼んだのはタイガーさん?」


「正確にはリョウだがな。俺が送り込んでいた工作員だ。優秀な奴だろう?こうしてお前達を確保することができたのだから」


「解放して下さい」


「そう言ってくれるな。ま、恨むなら生まれた境遇を恨むんだな。自分で選んだ道を歩いている気になっているかもしれないが、本当は道に歩かされているだけなのかもしれないぜ。俺も、だがな。


 さてと、無駄話はこんくらいにしようや。おい、お前ら、大事な人質様を運んでやれ」


 二人の若い男に立たされて、ソニアはコンテナを降りた。外の光景に、ソニアは息を呑んだ。


「ここは……」


 四方は岩壁に囲まれており、頂点部に開いた穴から光が差し込んでいる。まるで地面に埋まった巨大な瓶の中にいるようだった。そして瓶の底にへばりつくようにして、簡易住居が並んでいる。


 ソニアもその目で見るのは初めてだった。


「これが地下街アンダーストリート……」




 その頃、ペトラは虎次郎とは別行動をとっていた。同じく人質としたイオンを輸送していたのである。


 フロートカーのハンドルを握りながら、ペトラは浮かない顔をしていた。


(人に危害を加えるのは、私の流儀ではないのだけれど)


 ペトラにとっては気乗りしない話だったが、虎次郎の指示に従うしかない理由があった。虎次郎の指揮するアシビは、ペトラが怪盗ファイとして奪った盗品を極秘裏に保管、移送する役割を担っているのである。単身でミューズに乗り込んできたペトラにとっては、数少ない信頼できる協力者だ。ともにミューズの方針に反対であり、自由を求めているという点で、利害関係は一致している。


 しかし虎次郎の自由は、ペトラとは完全に一致していないのも確かだった。ペトラにとって歴史は詩であった。詠む者の心が歴史には必要だというのが、ペトラの信念だった。それは歴史を画一化し、心の無いものにするというミューズの方針とは違うものだった。


 それに対して虎次郎が目指しているのは、日本という国の自由である。地球平和連合ユニオンの樹立によって世界平和は達成されたが、その過程で戦争に負けた国の平和が保障されることはなかった。かつての日本人は日系人と呼ばれ、被差別民のレッテルを貼られている。


 日本の文化は蹂躙され、歴史的な遺産は全て各地へ散逸してしまった。かの名画も、かの名刀も、全てミューズへと収蔵されたが、それらは全て日本ではない場所で展示されていた。日本という展示地区がないのである。


 そもそもミューズの展示地区は、地球平和連合内部の政治バランスによって配分されている。すでに国としての形を失っていた日本に展示地区を与えようという意見は、ついに出ることはなかった。


 虎次郎の目的は、そのかつての日本にあった品々を再び日本人の手に取り戻し、日本を再建することだった。実際に、怪盗ファイは虎次郎の依頼で旧日本の遺産をいくつか盗み出している。しかしペトラとしては、虎次郎の日本再建のための活動に関わる動機が無かった。


 そもそもペトラがこのような活動を始めたきっかけは、テロリストに両親を殺されたことだった。ペトラ自身も瀕死の重傷を負い、左脚は機械の体となってしまった。それ以来、ペトラは孤独な人生を歩んできた。テロリストに恨みがないと言えば嘘になる。


 虎次郎達のレジスタンス活動は、ほぼテロリストに近い。しかし、少なくともこれまでのところ、彼らは人殺しをしていない。それに虎次郎達には、ミューズには無い心があった。ペトラと虎次郎達との共犯関係は、そんな固くて脆いものだった。


「きゃあああァァァッ!!!」


 不意に聞こえてきた叫び声でペトラは我に返った。コンテナの中の人質に何かあったのだろうか。ペトラは急いでフロートカーを近くの森に降ろした。ミューズは計画的な緑化が推進されており、地球と変わらない自然が展示地区の外でも実現されている。こうした場所には普段人が近寄らないため、隠れ場所には最適だった。


 背面にあるコンテナのシャッターを開けて、ペトラは中に入る。薄暗いコンテナの中で、人質は髪を振り乱して床に横たわっていた。一見、怪我をしている様子はない。


(聞き違いだったのだろうか)


 そう思ったペトラが、ふと油断した瞬間だった。


 人質となっていたイオンは、縛られていなかった両脚を素早くペトラに絡みつかせて、無理やり床に倒した。負けじとペトラも拳で殴りかかったが、イオンはそれを巧みにかわして、膝蹴りをペトラの腹部にお見舞した。


「ゲフッ」


 怯んだのを見て、イオンは外へと駆け出した。遅れてペトラも後を追うが、森の茂みで視界が悪く、逃げるイオンとの差は縮まらない。


(使うしかないのか)


 ペトラは隠し持っていた小銃を取り出し、右手に握った。


(殺すためじゃない。足に当てるだけでいい)


 そう自分に言い聞かせながら、ペトラは逃げるイオンに向かって銃を構えた。初めて銃を撃つ訳ではなかったが、どうにも慣れるものではなかった。


 緊張で早くなる鼓動を抑えながら、ペトラは引き金を引いた。


 その瞬間、イオンがペトラを振り返った。力強さの宿ったイオンの眼は、こんなところで死んでたまるかと語っているようだった。


 しかし無慈悲にも、銃弾はイオンの脇腹に命中した。手を後ろで縛られているために、滲む赤い血を手で抑えることもできず、イオンは苦悶の表情を浮かべた。そして次の瞬間、よろけたイオンの姿が消えた。


(殺してない……よね?)


 自分が過ちを犯してしまったのではないかと不安になりながら、ペトラはイオンが消えた場所へと急いで向かった。


 到着して事態を理解した時、ペトラは地面にへたり込んで慟哭の声を上げた。


 そこは高い崖になっており、下には急流が呻りを上げていたのである。

2017/01/29 初稿

2017/06/24 第二稿

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