Episode 0: 2817年12月 静かな朝
日が昇る。
鏡のような湖の水面に、一艘のボートが姿を現す。
光が訪れるのを待っていたように、静かにボートは動き出す。
どこへ行くとも、誰が漕いでいるとも分からない。
希望とはそんなものだと、誰かが言った。
十二月の冷えた空気がコロニーを満たす今日この頃。断熱材と暖房で守られた家々の中は、まさに天国と言っていい。惰眠を貪ることを推奨されているようなものだ。
その例に漏れず、ようやくペトラは朝のまどろみから覚醒しようとしていた。気だるそうにベッドから起き上がり、しばらくボーっとしてから空腹に負けて、個室の扉を開けた。もう同居人は朝食を作ってくれているはずだった。
「おはよう」
ハルが起きがけのペトラに声をかける。
「相変わらず寝坊してばっかりだな」
「いいじゃん、別にー」
ペトラはそう言いながら椅子に座って足を組んだ。寝癖の立った頭はそのままだ。
テーブルの上にはスクランブルエッグとベーコンにサラダ。そこにハルが焼きたてのトーストを差し出す。もちろんマーガリンは既に塗ってある。ペトラはそれに齧りつき、続いてコーヒーを喉に通す。彼女が一息ついたところを見計らって、ハルは尋ねた。
「今日の夕飯はどうする?」
「んー、決めてないけど」
「早く決めてくれると助かるんだが」
皿洗いを終えたハルの指が、カレンダーを指差す。
「あ、クリスマスか」
「仕事で忙しいから料理を作ってる時間は無いけど、もしペトラがいるならスイーツを買ってこようかと」
「いいね、大賛成! ぜひお願いします!」
どうやらすっかり目が覚めたようだ。
「何がいい? 出来る限りリクエストには答えるけど」
「そうだな~、やっぱりブッシュ・ド・ノエル? でもパネトーネもいいなぁ。シュトーレンも捨て難いし……」
「欲張りだな」
「そうだね、欲張りになろう。全部買ってきて」
「全部!?」
「払いは私が持つから」
「これが本当の太っ腹ってやつか」
「何か言った?」
「おっと、もうこんな時間だ」
ハルは椅子に掛けてあったコートを羽織る。
「もう、そうやって誤魔化すんだから」
「出かける時間なのは本当だって。じゃあ、また」
「行ってらっしゃい。あとマフィンも追加で」
「はいはい」
余計なことを言わなければ良かったと後悔しながら、ハルは玄関を後にした。
お読み頂きありがとうございます。
今回はEpisode 0.として割り込み投稿させて頂きました。
今後もちょっとしたシーンを割り込みで付け足していくかもしれません。
では。
葦沢