その3
「旦那様、旦那様」
メイド服姿のひかりが私をのぞき込んでいる。ここは外だ。外にサマーベッドを出して日光浴をしているうちに眠ってしまったようだ。
「そろそろお昼にいたしましょう」
「ああ」
まだ少し眠い。ここ数日、夜以外にも昼の間に二、三時間ほどの睡眠時間を取ることが増えていた。
「そういえば、お電話がありました」
ひかりは電話の相手を言わなかった。
「なんて?」
だがその相手は分かっていた。
「最近の様子など。特にいつも通りのお話しでした」
電話の相手は両親だ。私をこの別荘に住まわせている、両親。
両親は、言わば社会の成功者だ。古風な伝統にのっとり大きな日本家屋に暮らすいわゆる『地元の名士』。
私は少し不便ではあるが、ここの生活にも慣れてきた。空気も良いし、何より煩わしい問題が何一つない。
目の眩むような高いビルも、風のように過ぎ去る電車も、排気ガスを出し続ける自動車も。
「――旦那様?」
ひかりが、テーブル越しに心配そうに私を見つめている。
「いや……大丈夫、あっちでのことを思い出してた」
「そうですか。何か気になることがありましたら、申してくださいね」
「うん、頼んだよ」
そうは言っても、することがない時間を、何もしなくて良いままに過ごせるようにはまだなっていない。日光浴くらいだろうか、何もしない時間を私が持てているのは。寝室には本が積みあがっているし、千ピースのミルクパズルが飾られていた。
もうしばらくこうしているのも、案外悪くないかもしれない。
今は夢に沈むようにここで休むのも一つの『正しい』選択肢だ。
これで良い。何もかも。これが一番なんだ。私は自分に言い聞かせるように、呟いた。
ひかりは、なにか思い出しごとでもあったのか、台所で料理を仕上げる片手間に、メモを取っていた。メモをポケットにしまうと、料理の乗ったプレートを二つ、持ってきた。
ひかりは、何を料理させても上手い。それに、この別荘で汲む井戸水はとても口に合っていた。
今、世界は私とひかりだけになってしまったかのようだった。二人が暮らす音と、川の水音だけが世界を満たしていた。
お疲れさまでした。いかがだったでしょうか。あと二話くらいで終わりたい。終わりたい。




