第2話
買い物を済ませて寮に戻った俺と瑠璃は、そのまま瑠璃の部屋に来た。
当然女子寮長である桜庭には許可を貰っているぞ。
―瑠璃は手を念入りに洗った後、すり鉢やら輪の付いた棒やらで材料をすり潰して混ぜ合わせたり、材料を煮込んだりと色々忙しなく動いている。
小さな身体でちょこまか動く様は見ていてすごい和む…。
因みに瑠璃は不思議系キャラとは言え、問題児ではない。
何せ瑠璃は卒業したら爺さんのあとをついで薬剤師になる為に医大へ入るつもりらしいから、…そもそも俺は俺で進学希望者だしな。
でも、大学は恐らく違うだろうし、婚約指輪位は用意したいな…。
いや…一応学力は同レベルっぽいしいっそのこと同じ大学を目指すか…?
…とにかく、事故で入学したとは言え、この学園の学力は上の下…そんなそれなりに高学歴な学園で下位の成績なクセにお気楽な勇悟が余計に嫌だったんだが…寧ろ、何でテメェみたいなのが入れたんだよ。ふざけんな。
でも、俺は相変わらず勉強を頑張っている。
今の俺が頑張っている理由は、薬剤師を目指す瑠璃に釣り合う男で在る為に、だ。
こう見えて瑠璃は頭が良いんだよ…成績は瑠璃と俺で1位2位で二人共特待生な位だしな。
まかりなりにもこの『あすなろ学園』が進学校で良かった…。
…と、終わったらしいな。
一息つく為に茶を淹れた瑠璃が俺の分も机に置いてくれた。
「んふふ~♪
息抜きしゅ~りょ~!
これ飲んだら~勉強しよ~ぜ~?」
「おう。」
それから、俺は予習や復習、瑠璃は調剤学部に進学する為に必要な勉強をする。
正直、今の方が俺の勉強は捗っている。
中学生の時や去年までよりな。
やっぱり、ちゃんとした目標があると違うのだろうな…
―――っとそろそろ晩飯か…
「瑠―
「うふふ…♪」
「―何時からそうしていた…?」
顔を上げたら瑠璃はじ~っと俺の事を見つめていた。
…にこにこと優しい笑顔を浮かべながら。
「3分位~前からかな~?」
「…まぁ良いや…晩飯食いに行こうぜ。」
「は~い♪」
―で、注文済ませて席について待っていたら勇悟が妹と一緒に来た…って態々俺んとこに来んなし。
クソッ…
「よっ!悠希!青井さん!!
一緒に食べようぜ!!」
「「断る。」」
オット…つい素で答えちまった。
が、例の如く都合の悪い言葉は無視するのか変換されるのか、気にせず座りやがった。
で、無表情になった瑠璃は素早く俺の膝の上に移動する。
「この前さー青井さんに教えてもらった店に行ってきたけど、良い店だな~!」
「…そう。」
「美夏も妹も気に入ってたし、なっ?」
「うん!美味しかったよ!!ありがとう青井先輩♪」
「…ん。秋穂に喜んでもらえて何より。」
…口ではそう言っているが、瑠璃の温度はどんどん下がっていっている。
その無表情の下にはどんな感情が―――
[…悠希、手、握ってて。
怒りで…暴れだしたくなる…。]
[了解。]
俺を見上げてきた瑠璃の目に浮かぶのは“怒り”。
鋭い目付きの瑠璃は、俺が手を握ると少しだけ柔らかくなった。
が、勇悟は瑠璃の鋭い視線には気付かない。
…さて、正直俺にはどうでも良いが、勇悟には若干ヤンデレ気味な妹が居る。
流石に殺そうとはしてないが何時も勇悟や緑川さんの後にくっついてる様な妹だ。
『赤坂 秋穂』
15歳
155㎝
さらさらした黒髪をサイドテールに纏めている
瞳は黒、勇悟同様の少し吊り上がった目がキュート…なんだろうな。
小さな鼻、桜色の唇。
小さめの身長もあってかコイツの学年のアイドルらしい…
どうも小学生の時はネクラだったらしいな。
勇悟に格好良く助けられて緑川さんに優しく癒されたから二人が大好きになったらしい。
以後、勇悟を真似て明るくなっていき、緑川を真似て優しい…なんちゃってヤンデレになったらしいな。
将来の夢は勇悟の嫁になるか勇悟や緑川と三人で暮らす事…らしい。
そんな妹、秋穂は去年の始めに俺に勇悟の虫払いを頼んで来たんだが、やりたくないから『正直緑川さんと勇悟でお互いに虫除けになっている』と言ったら滅茶苦茶喜んでたし。
筋金入りのブラシスコンだなコイツは。
因みに秋穂の情報はほぼ瑠璃からの提供だ。
一応、瑠璃は緑川や秋穂達攻略対象自体とは仲が良いからな。
…と、その秋穂は俺に視線を向ける。
はぁ…とりあえず仮面被るか…。
「黒崎先輩!」
「どうした~?赤坂妹よ!!」
「お兄ちゃんの学校での姿、どうなんですか??」
「今まで通りのハプニングエッチと無意識フラグ建築だな!!
でも勇悟の人気は高いぜ!」
「ちょっ!;悠希!?;」
「うぅ~…やっぱりぃ…お兄ちゃん、優しいからなぁ…。」
『は?勇悟が優しいだと?』
その言葉を俺と瑠璃は辛うじて飲み込んだ。
本当に優しかったら周りの人間の空気や感情を読めるだろうが。
そうゆうのは『偽善者』や『自己満足』、『好意(善意)の押し売り/ありがた迷惑』って言うんだよクソが。
只、勇悟の場合は例の気配のせいで悪意は好意に反転するからな。
結果的に何故か勇悟の人気は高まる一方だ。
実際に迷惑だと思っているのは俺や瑠璃みたいな気配が効かない人間だけだから質が悪い。
「…悠希。」
「ん?あぁ…
鳴ってたわwwwんじゃお先にwww」
「おうっ!」
当然、その場に居たくない瑠璃もついてきて、何時もの様に俺が品物を受け取り、
…戻りたかねぇけど勇悟と秋穂が座る席に戻ってきた。
流石の瑠璃も食う時は膝に座るのを諦めたが、その分勇悟に対する視線は冷めていく…
が、勇悟は気付かない。
俺もさっさと居なくなれと思っているが勇悟は気付かない。
…いや、逃げないと誓ったんだ。
こっからは素で対応するか。
……ってアレ…?
立夏に…緑川さん……?
いつの間に来たんだ?
「悠希と青井、事後承諾になって済まないが同席させてもらうぞ。」
「こんばんわ瑠璃ちゃん、黒崎さん。」
『紫藤 立夏』
172㎝
濡れ羽色のショートジャギーで黒曜石の様な切れ長の瞳
スッと通る鼻梁に薄い唇な…クール系イケメン。
今日もハーフフレームの眼鏡がよく似合ってるな。
素の状態の俺と気が合う奴で一緒に遊ぶ事も多い。
そんな立夏が緑川さんを連れて座っていた。
……もしかしなくても立夏の奴…察したのか…?
相変わらず出来る奴だよ立夏は………
そんな立夏に感謝の視線を送る俺と、緑川さんが来てくれて嬉しそうな雰囲気(ただし無表情)になった瑠璃が席についたのを確認した勇悟がさっそく俺達に話をふる。
「そう言えばこの後は入寮式だったな。」
「あ?アレか、寮長から新入生への諸注意って奴な。」
「勇悟は寮長だし挨拶をするのだろう。」
「…?あっあぁ、男子寮長は俺だから緊張するなぁ…。」
「あっそ、まぁヘマしねぇ様に精々頑張れよ。」
「お前は図に乗る節があるからな。」
「何だよ立夏はいつもの事だが今日は悠希まで冷たいなぁ~!
もしかして飯がはずれだったか?」
いや、それ以前に食べようとした所で話し掛けてきたから食えてねぇだろうが。
マジで節穴だなこいつは…。
と、立夏がいつもの様に冷静に告げる。
「勇悟、不味いとかそれ以前の問題だ。
とりあえず悠希に食べる隙を与えずに話し掛けたのはお前だろう。」
「あれ?なら早く食べれば良いじゃん。」
「あ?ふざけてんのかテメェ。」
「だから、食べれないだろうと言っている。」
「む…!先輩方!!お兄ちゃんが話し掛けてるのに酷くないですか!?」
「は?#何だとクソア―
「…。」 くいくい
…ん?
瑠璃が袖を軽く引っ張ってきたからそっちを見ると、瑠璃が自分の分のおかずをひとつ摘まんで差し出してきた。
あぁ、これ瑠璃の好きな肉じゃがじゃん。
落ち着けってか…?
悪い。熱くなってた。
「んむ………うん、旨いな。
じゃあ俺も。」
俺もお礼に唐揚げを瑠璃が食い易い様に千切ってから摘まんで瑠璃に差し出す。
「ん…むぐむぐ…こくん。
…おいしい。」
はぁ…癒される…。
瑠璃も満足そうに微笑んで食事を再開した。
その間に緑川さんが秋穂をなだめてくれた様だ。
…改めて勇悟の方を見ると、何故か勇悟は愕然としていた。
「アホ面してどうしたんだ勇悟。」
「いま…青井さんが笑った…。」
「は?瑠璃は何時も笑顔だろうが。
お前の前以外ではな。」
「あっ…
冷静になった秋穂も気付いたみたいだな。
そうだよ、瑠璃は勇悟抜きで緑川達と話している時は何時も笑顔の仮面をつけている。
だが、勇悟相手に嫌悪感を露にすると寧ろ面倒だから無表情を貫いているんだ。
が、勇悟は当然の様に自分に都合の良い解釈をする。
「そうなのか!?ははっ、照れちゃって、可愛いな~!
俺にも笑顔を見せてくれよ~!」
「「「は?ふざけんな勘違い野郎。」」」
「ふざけてますか勇悟くん。」
おぅ…瑠璃もキレたなこりゃ。
何故か、立夏や緑川も声を荒らげたのが気になるが。
無表情の仮面を捨てた瑠璃は嫌悪を露に勇悟を睨み付ける。
「あたしは、あんたみたいな自分本位な奴が大嫌いだから話したくないだけ、勘違いすんな。」
「うっわ~辛辣…青井さんってそうゆうキャラだったんだ、何か新鮮かも!!」
「んな訳あるかふざけんな!」
「そんな訳があるか。いい加減にしろ、勇悟。」
「何時までそうやって現実から目を逸らしているつもりですか?」
「は?どうしたんだよ皆……!
俺、何か怒らせる様な事をしたか??
分からないから教えてくれ!!」
クソッ…素を出したら出したでやっぱりメンドクセェな…。
対する瑠璃は今の勇悟の発言に余程腹を据えかねたのか俺の手を握ってきた。
そして、勇悟を見据え、糾弾する。
「それじゃあ言わせてもらうけど。
あたしはあんたの事が大嫌いだし、悠希もあんたに迷惑しているのよ。
尤も、あんたは人の感情に鈍感みたいだから、あたしや悠希の嫌悪感に気付きもしなかったみたいだけど。」
「そうだな。
テメェはそうやって自分にとって都合の悪い事から目を逸らしてきたんだ、そろそろ、苦しい事、辛い事から逃げるのは止めろ。
世界はテメェを中心に回っている訳じゃねぇと気づけ。」
「それに、美夏や秋穂がどんな気持ちであんたを見てるか、分かってるの!?
それにすら気付けないのなら、あんたは正真正銘のクズだね。」
俺と瑠璃の糾弾が終わると、しかし、勇悟は首を傾げるばかりで全く理解していなかった…
これ…暖簾に腕押し、豆腐に鎹、糠に釘…じゃねぇか…!#
「俺が、いつ悠希達に迷惑をかけたんだよ…?いつ目を逸らしたってんだよ…?
お前等が言ってる事、訳分かんねぇよ…!
勝手な言い掛かりを付けんなよ…!#」
ハッ…逆ギレか…
これだから…自分の罪にすら気付けないバカなこいつが…大っ嫌いなんだ…!#
俺も瑠璃もさっさと食べて席を立つ。
立夏と緑川さんも先に食べ終わっていたから合わせて立ち上がった。
「勝手な言い掛かり…ねぇ…?」
「自分の胸に手を当ててよーく考えるんだな、勇悟。」
「オイ、待てよ!!逃げんのか!?」
「逃げてねぇ、話が終わっただけだ。
…お前が俺や瑠璃にしてきたのはこうゆう事なんだよ。」
「待てって言ってんだろ!?」
「…見苦しいぞ勇悟。」
「ウグッ!?」
引き留めようと俺の手を掴んできた勇悟の手を、立夏が無理やり離した。
俺は自由になった手で勇悟の胸倉を掴んで引き寄せた。
立夏も俺と共に蔑む視線を向ける。
「いいか?そもそも俺は、俺から幼馴染みを奪ったテメェを、何時も何時も横から女をかっ拐っていったテメェを、一度たりとも友達だと思った事なんかねぇんだよ!!ハーレム野郎!!!」
「勇悟、お前は調子に乗り過ぎだ。
少し頭を冷やせ。」
そして、手を離した俺に代わり、瑠璃は勇悟の胸ぐらを再び掴み、お望みの笑顔で追撃する。
緑川も、笑顔なのに目が笑ってない。
「…顔が良ければ何でも赦されると思うなよクズ野郎…。」
「…幻滅しましたよ、勇悟くん。」
勇悟を突き放す様に軽く押して離れた瑠璃は、それはもう良い笑顔で振り向いた。
「さぁ~て♪帰ろ~ぜ~♪ゆぅちん♪みかみ〜♪シド〜♪」
「切り替えの早さにマジで脱帽。」
「ああ。」
「後で4人でお茶しましょう?
…話したい事がありますし。」
まぁ…こんなので勇悟と決別出来たとは思えねぇがな…
寧ろ…ギャルゲーの主人公並の女人脈持ちを敵にまわしたんだ…ここからは修羅の道、かもな。
にしても、立夏と緑川はいつの間に仲良くなったんだ?
今も、2人は勇悟に冷めた、蔑む目を向けていた。