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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市
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第一話  四年後

 タカクスが都市となって早四年。

 この世界の住人にとっては未だ最近の範疇である都市化達成のお祝いムードも薄まり、名実ともにタカクスが都市と呼ばれるようになっていた。

 しかしながら、タカクス都市の人口は現在千五百人。人口過密が問題になっているケーテオ町が人口四千人なのを考えると、タカクス都市の人口は著しく少ない。

 仮にも雲下ノ層に四本、雲中ノ層に一本の枝を有する都市の人口ならば、一万人前後はあるものだ。


「やっぱり急速に成長したツケだよな」


 人が集まりきる前に橋架けしているからだろう。

 そのおかげというべきか、自給自足を成り立たせている数少ない都市の一つとなっている。食料品は輸出もしているほどで、現在は畑の面積を増やしているため輸出量は増加傾向にあるくらいだ。

 食料品が安い。それも、シンクを代表とする品種改良作物が出回るタカクス都市は食事がおいしいと評判で、移住者を呼ぶ込む宣伝材料にもなっている。

 それでも、まだ人口は千五百人……。


「あまり急激に増えすぎても軋轢が生じるわ。気長に待ちましょう」


 リシェイの言う通り、時が解決してくれるのを待つしかないだろう。


「ところで、ビロースの宿の設計は済んだの?」


 話題を変えてきたリシェイに頷きを返して、俺は壁の向こうにある廊下のさらに向こう、作業部屋を指差す。


「できたよ。ただ、今すぐに建設する必要はないと思う」

「そうね。先に他の古参住人の新居を建てましょう」


 最近、古参住人が雲中の層の枝へと引っ越しを開始している。

 ほとんどの古参住人の家はタカクスがまだ村だった頃、それもまだ第一の枝しか所有していなかった頃に建てている。

 今では古参住人の全員が既婚者であり、独身時代に建てた家が手狭になってきたため、雲中ノ層への引っ越しを機に夫婦で住める家をデザインしてほしいと注文が来ているのだ。

 あくまで夫婦であって家族ではない。子供がいまだに生まれていないのがこの世界の出生率を物語っていそうと考える今日この頃。

 それでも、タカクス村のランム鳥によりタンパク質事情が改善したおかげなのか、世界樹北側は出生率が上がったという話がある。そろそろベビーブーム初期に生まれた子供たちは各地で成人の儀を迎えている頃だろうか。


「――すみません、市長はいらっしゃいますか?」


 玄関の方から声が聞こえて、俺は椅子から立ち上がる。

 誰だろうと思い廊下に顔を出してみれば、窓の外にラッツェの姿があった。

 玄関を開けて、迎え入れる。


「ラッツェ、どうしたんだ? これから研究所に資料を貰いに行こうと思ってたところなんだけど」

「研究所のみんなが早く持って行って自慢してくれ、とうるさくて」


 ラッツェは苦笑して、タコウカ品種改良種イチコウカに関する資料を差し出してくる。


「自慢するってことは、イチコウカは完成したと思っていい?」

「はい。今年分のイチコウカは全て葉が色付きました。多少のコンタミがありましたが、ほぼ白です」


 よし、きた。

 三代連続で白色を出したタコウカだ。まず間違いなく純正の白色系統のタコウカである。

 後はこれを商業レベルに拡大すれば、タカクス町の特産品にタコウカが新たに加わる運びとなる。しかも、他の産地と比較して圧倒的に効率よく狙った色を出せるため、いくらか低価格で売りに出すことも可能だ。


「ただ、一つ問題があります」

「あぁ、花粉が飛散しやすいって話な」

「はい。しっかり管理して閉所で栽培しないとすぐに遺伝子交雑が起きてしまいます。商品として栽培するなら、対策が必要かと」

「ここまで来てケチらないよ。雲中ノ層に専用の栽培所を作ろう。損益分岐点を算出して必要な耕作面積を割り出すから、今月中に建設を始めるのは無理だけどね」


 確実に元を取れる類のモノだ。いままでの投資を考えると五十年以上はかかるけど、十分に割りの良い賭けである。

 ラッツェから資料を受け取って、俺は事務室に戻る。

 話が聞こえていたのだろう、リシェイはすでにタコウカの市場価格と栽培にかかる経費を計算していた。


「来年には売り出したいところね。商品名はイチコウカでいいのかしら?」

「あぁ、イチコウカで売り出そう。まずはカッテラ都市とケーテオ町に声をかけるとして、ヨーインズリーとビューテラームにも話を持って行った方がいいかな」

「後はヘッジウェイ町ね。道路工事で有名な町だから、注文した色のタコウカを安定供給できると触れ込めば食いつくはずよ」


 以前、カッテラ都市とタカクスの間の道路整備で協力してくれた町か。

 食い意地の張った建橋家さんを思い出しつつ、俺は椅子に腰かける。


「手紙を送って年間にどれくらいの量のタコウカが必要になるのか問い合わせないといけないな」

「そうね。それと、タコウカの産地にも話を持って行きましょう。種子の販売は出来るんでしょう?」

「すぐには無理かな。商業栽培を始めて二年目か三年目からでないと、種子の数を確保できない」


 それに、イチコウカを専用施設で栽培されないように契約を結ぶ必要もある。イチコウカはあくまでもタカクスの特産品にしておきたい。

 種子の販売による利益も無視できないから、価格や契約内容はしっかり詰めていかないといけない。


「雲中ノ層の枝に作る栽培施設は来月から工事を始めたい。来年からイチコウカを売り出せるようにしたいから、早い方がいいだろ」

「予算を組んでおくわ。土の確保は?」

「肥料と合わせて十分に用意してあるよ。共用倉庫に入ってる」


 倉庫の類もそろそろ拡張したいんだよな。

 ラッツェから渡された資料をファイリングして、書棚に収める。

 今日の業務終了である。

 しばらく町の発展よりも基盤の強化に主題を置いて運営してきたため、俺の指示がなくても勝手に仕事を進めてくれる人材が増えてくれた。

 ビロースやマルクトなどの古参住人の他、ラッツェやテグゥールースといった面々も隙のない資料を作成して届けてくれる。おかげで俺もリシェイも楽ができるようになった。

 それでも経理や事務関係の人手が足りていないのは、人口に対してタカクスの規模が大きくなりすぎたからだろう。イチコウカやシンクといった事業が多いのも、人手不足に拍車をかけている。


「……ただいま」


 テテンが事務室に顔を出す。


「……木酢液、作った」

「おう、ありがとう。明日にでも畑に持って行こうか」


 虫よけの農薬として使用される木酢液の製造は熱源管理官の資格持ちしかできないため、多少値が張る代物だ。

 世界樹北側では主にカッテラ都市が輸出しているけれど、タカクス都市でも少量ながらテテンが作っている。量が量なので、俺達事務所メンバーの畑にしか使えない程度だ。

 余ってもビロースやマルクトに分けておしまいである。


「それで、炭は用意できたか?」

「……大丈夫」


 テテンの本日の業務終了、と。

 喉が渇いたと言って、テテンがダイニングキッチンへ向かう。

 俺もリシェイと一緒に後をついて行った。


「メルミーが遅いな」

「今日のメルミーの予定って楽器職人の工房視察よね。時間がかかるような内容ではなかったはずなのだけど」


 リシェイも首をかしげる。


「……演奏、聞こえた」

「演奏?」


 聞き返すとテテンはコクリと頷いて玄関の方を指差す。


「……近付いて、くる」


 言われて耳を澄ませてみれば、調子っぱずれな音色が聞こえる。

 くぐもった独特の重低音だ。


「グルッガね」


 リシェイが音の正体を看破して、首をかしげる。

 グルッガは前世で言うところのオカリナに似た形状をした吹奏楽器だ。穴を開けた木材の裏にバードイータースパイダーの液化糸を塗布して接合した楽器で、液化糸が音をくぐもらせて独特の重低音を奏でる。演奏するには結構な肺活量が必要だ。


「メルミーさんのご帰還であーる」


 玄関からメルミーの声が聞こえた直後、ブォゥンとグルッガの音色が響く。

 廊下に出てみると、メルミーがグルッガを吹いていた。一音一音、指の位置を確認しながら吹いているため音が繋がっていない。


「どうしたんだ、それ」

「工房の視察に行ったら、工房長さんが作り方を教えてくれたんだよ。初めて作ったにしては上出来だって褒められた」


 吹いてごらんよ、とグルッガを渡される。

 どれどれ。

 たまに弓の訓練で演奏している簡単な曲を吹いてみる。

 いくつか音程が狂っていたり音の大小が不揃いだったりするけれど、子供の玩具程度には良くできている。

 初めて作ってこれか。メルミーは本当に器用だな。


「メルミーさんよりちゃんと演奏してるのは何故なのさ。メルミーさんも演奏したいから教えろー」


 演奏できるようになって入り口広場で披露したいらしい。


「面白そうね。私も吹いてみたいわ」


 リシェイの手にグルッガを渡す。

 指の位置を三回ほど練習してから、リシェイは俺がさっきまで吹いていた曲の一フレーズを演奏して見せた。


「リシェイちゃんまでちゃんと演奏してる……。これが教養人の壁なんだね!」

「アマネがおじい様からもらった楽譜があったわよね?」

「俺の部屋にあるよ。取ってこようか?」

「……ここに、ある」


 テテン、いつのまに取りに行った。いや、それ以前に勝手に俺の部屋に入るなよ。マジ遠慮ないな。男の子の秘密的な書籍があったらどうするつも――あ、テテンも同じ趣味だった。

 事務室に戻り、グルッガで遊びながらメルミーに楽器職人の工房の話を聞く。


「魔虫素材や木材は簡単に質のいい物が手に入るし、作った楽器は旅芸人以外にも観光に来たお客さんがたまに買って行ってくれるらしいよ」


 タカクス劇場での演奏会があると、空中市場にある土産物屋とテグゥールースの雑貨屋でちょくちょく売れるらしい。子供の手に馴染むような小さなものだというから、家族旅行に来たお客さんが子供に買い与えるのだろう。


「楽器職人は生計を立てていけるって事か。一安心だな」

「楽器以外に細工物も作ってるんだってさ。お祭りの飾りとか、屋台のちょっと凝った看板とか」


 話を聞く限りは副業的な位置づけらしいけど、細工物だけでも十分生活ができるらしい。


「よし、みんな揃ったし今日の仕事も終わった。そろそろ行こうか」

「えぇ、もうちょっとグルッガで遊びたーい」

「予約の時間が近いわ。遊ぶのは後にしなさい」


 リシェイに窘められて、メルミーがグルッガをテーブルに置いて立ち上がる。

 楽譜を眺めていたテテンも立ちあがった。


「……花咲式、おめでと」

「おう、ありがと」


 テテンの祝いの言葉に返事をして、みんな揃って事務室を出る。

 今日は結婚式の際に鉢植えに植えた種から芽吹いた木が花を付けた記念日である。前世で言うところの結婚記念日みたいなものだ。

 そんなわけで、夕食はみんな揃って第三の枝での食事会である。


「これからもよろしく」

「えぇ、よろしくね」

「よろしくー」


 リシェイやメルミーと声を掛け合いながら、俺たちは事務所を後にした。



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