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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第三十六話 都市昇格

 冬が過ぎ、春も過ぎたばかりの初夏。

 タカクス町は都市に昇格した。

 雲中ノ層への橋が完成したのだ。


「うん、大文字だな」


 橋を側面から見て呟いた俺に、リシェイが首をかしげる。


「橋の名前?」

「そんなところ」


 雲中ノ層への橋は側面から見ると大の字に見えた。アーチ状の足に、水平な路面と屋根、真ん中にぴょんと飛び出て見えるのは三重塔。

 木籠の工務店の店長さん曰く、初めて見る建築様式だという。

 和風だから当然だ。

 第三の枝から橋を渡るには五メートルほどの高さのスロープを登らなくてはいけない。

 傾斜が緩やかなスロープを上った先に、橋の入り口がお出迎えする。

 軒の長い切妻屋根がスロープ側からの雨水の浸入を防ぎ、橋の両側に設けられた排水用の溝が通行人が持ち運んだ水分を排出する。


「みてみて、メルミーさんの作だよ」


 ぴょんぴょん跳ねながら、メルミーが入り口の天井付近にはめ込まれた欄間を指差し、自慢する。

 店長さんが唸るほどの出来栄えだ。橋を側面から見た際の外観を描いており、横幅は約四メートルと非常に大きい。わずかな誤差が徐々に膨れ上がって形が崩れる組子細工の欄間にとって、全体の大きさはそれだけ作る難易度が跳ね上がるため、相当な技術力が窺える品となっていた。


「タカクス劇場の網代ほどじゃあないけど、メルミーさん一人で作ったんだからすごいでしょ?」

「……メルミーお姉さま、すごい」


 テテンが手放しで褒め称える。

 中に入ると、左右に肩の高さまでの壁がある。壁の上部は風が吹き抜けるように開いており、第三の枝と第四の枝を見渡すことができる。

 橋が横風の影響を受けやすい構造になっているため、この開口部を設けて横風が吹き抜けるようにする必要があった。個人的にはきっちり壁で塞いだうえで、中央の三重塔からだけ外を眺められるようにしたかったのだけど、技術が追いつかなかったのだ。

 ブルービートルの甲殻を加工できるようになれば、もう少し変わってくるかもしれないけれど……。今後に期待しよう。

 しかし、どうしても開口部を設けないといけないと分かってからは、帳尻があうように外観を改めたため違和感はない。

 それどころか、左右を壁に挟まれ天井もある橋の中にあって、開口部から取り込んだ光のおかげで比較的明るい空間になっている。

 道幅は約四メートル。天井高さは三メートルほどで、あまり利用されないだろうけどコヨウ車の運行もできる。

 道を真ん中で仕切る中央線代わりに、七宝模様の線を入れてある。利用者には右側通行を守ってもらいたいものだ。

 夜間は内部をタコウカで照らすほか、中央の三重塔の内部はウイングライトの翅で作ったランタンを掲げる予定だ。まだウイングライトの翅が確保できていないため、これから狩りに行くか、魔虫狩人ギルドに問い合わせて購入する事になる。


「この橋って露店は許可するのかしら?」

「いや、景観を損なう可能性が高いから露店や大道芸は許可しない方針になる」


 あくまでも通路としての活用に限る。三重塔に登れば展望台としての利用もできるけど、飲食物の持ち込みは許可しない。

 それに、屋根付き橋である関係上この橋はかなりの重量がある。あまり人が溜まってしまうと橋そのものの寿命を縮めてしまうだろう。

 橋を進んだ先、三重塔に入る。

 それまで三メートルほどだった屋根の高さが五メートルを超える、一辺が六メートルほどの正方形の空間だ。橋を上空から見ると、この三重塔は左右に一メートルほど外側に張り出しており、見晴らしがよくなっている。


「タカクス町ってこんなに大きくなっていたのね」


 リシェイがしみじみと言って、手すり越しに眼下のタカクス町を見下ろす。


「数字だけじゃわからないわね」

「数字には屋根も壁もないからね」


 なんだか名言っぽい雰囲気を漂わせつつ中身のない台詞を自信満々に言い切ったメルミーもリシェイの横に立ってタカクス町を見下ろした。


「全部アマネの設計した家なのに、様式とかばらばらだよね」


 メルミーの言う通り、タカクス町に立ち並ぶ家々はどれも様式がバラバラだ。

 タカクスを興したばかりの頃から方針は変わらず住民の希望に沿った家を建てているため、世界樹各地の建築様式を多少アレンジした家ばかりが立ち並んでいる。

 統一感が無いのに雑然とした街並みになっていないのは、俺の持ち味が出ているからだと思いたい。

 そんな統一感のない町並みにタカクス劇場や二重奏橋は溶け込んでいた。

 外観的な特徴が少々激しい二つの建造物は統一感のない空間にあるからこそ溶け込んでいるのだろう。タカクス劇場はタコウカ畑と同じ枝にある事も関係している。

 こうして落ち着いてタカクス町を上から見下ろす経験は今までなかったから、なんだか感慨深い。


「上の展望台に上がろう。もっとよく見えるはずだ」


 三人を誘って三重塔の二階部分へ上がる。

 壁面に沿って設けられた階段を上ると、一階部分と同じく広い空間に出た。

 いまはまだ工事監督である俺が視察中なので一般の通行は許可されておらず、一階部分とあまり変わり映えがしない。通行が解禁されれば一階部分は人が行き来する事になるため、二階でないと落ち着いて景色を楽しめなくなるだろう。


「空中市場の方まで見えるね」


 メルミーが眼の上に片手でひさしを作って遠くを見る。

 第四の枝にある空中市場は今日も人でにぎわっているようだ。こうしてみると、中央にあるタカクス町の土産物屋などが一番客入りがいいけれど、周囲に配置された露店市も相応に人が入っている。


「上手く回遊しているみたいだね」

「利用者は一日平均延べ四百人から五百人、タカクス劇場で公演があったりすると百人前後上乗せされるわ。やっぱり、食料品の売り上げが一番ね」


 食料品にはシンクなんかも含まれるうえ、毎日消費するものだから売り上げが高くなるのも当然だ。

 実際、こうして空中市場を見下ろしてみても食品を売っている露店には荷物を多く持った人が多いのが分かる。


「……見下ろすと、見えるものが、ある」


 テテンが腕を組んで偉そうに言ったかと思うと、メルミーも真似するように横で腕を組んだ。


「見える。メルミーさんには見えるよー。橋の完成祝いパーティーで美味しい料理が並ぶ姿が」

「未来までは見えないだろ。ところでリシェイさんや、パーティーの予算は?」

「完成祝いのお祭り費用が玉貨三枚。古参住人を集めて行う内輪の祝賀会なら鉄貨五百枚で考えてるわ」

「すっごく豪勢だね」


 張りきって食べるぞー、とメルミーがテテンの片手を取って意気込みをあらわにする。片手をメルミーにブンブンと振り回されたテテンは肩を痛めてふらついた。

 虚弱すぎる。


「マトラ燻製、改、こう、ごきたい……」


 ふらつきながらも宣伝するテテン。どうしても自慢したいらしい。

 タカクス劇場とタコウカ畑のある第三の枝を見る。

 今はまだ日も出ていて明るいためタコウカは光っていない。

 しかし、二重奏橋から見るのとは別の角度という新鮮さも手伝ってか、これはこれで綺麗だ。

 タカクス劇場の庭園も、この橋の上からなら全体像が簡単に把握できる。劇場館内からでも一望できるけれど、展望台から見た庭園はタコウカ畑も含んだ景色としてみることができて、変わった面白さがあった。


「こんな事なら、タカクス劇場の庭園はもっとタコウカ畑との兼ね合いを考えるべきだったかもな」

「夜になったらタカクス劇場の庭園だけ暗くなって、整えられた図案が浮かび上がるものね」


 リシェイも思案顔で頬に手を当てた。

 タコウカ畑は畑一面ごとに色を統一してあるけれど、タカクス劇場の庭園にあるのは五芒星と三角形だ。庭園だけ図案化されているため視線を集めてしまいやすいにもかかわらず、長く鑑賞に堪えるほど複雑な図案でもない。

 かといって、庭園の図案を複雑にしてしまうと夜の食事会には使えなくなってしまう。悩みどころだ。

 メルミーが劇場庭園からリシェイに視線を移す。


「庭園の夜の収益ってどうなってるの?」

「カップルの利用客から申し込みは、五日に二組か三組程度にとどまっているわ。宣伝が足りないのかもしれないけれど、今は給仕係の教育が最優先ね」


 俺やリシェイが指揮をしなくても円滑に料理を運んだり客の要望に応えられる給仕スタッフやフロアマネージャー的な人材の育成を進めないと、運営が難しい。

 今は第三の枝にあるいくつかの料亭に人材育成をお願いしているところだ。


「……なり手は、いる?」


 テテンが首を傾げて訊ねてくる。

 いくら需要があっても、なりたいと考える人がいないと人材は集まらない。


「ローザス一座に入ろうとタカクス町に来て、選考に落ちたけれど故郷に帰る気にもならないって人が出てるみたいだ。今回の給仕係の募集はそういう人の受け皿にもなってる」


 夢破れて堅実に働き始める人が出てくるのはこの世界でも同じである。世知辛いね。

 そんなわけで、給仕係に関しては頭数だけはそろっている状態だ。後は教育の成果が出るかどうかである。

 話をしていると、初夏にしては冷たい風が吹き込んできた。

 風は三重塔の内部を素通りして、二重奏橋の方へ吹き抜けていく。

 通風口は上手く機能しているようだ。


「ちょっと冷えて来たか?」

「そうね。そろそろ帰りましょうか」


 初夏とはいえ日が落ちると上着なしでは過ごせないくらい寒くなる。

 階段に向かいながら、メルミーが頭の後ろで手を組んだ。


「町としての期間がすごく短かったね」

「……たった、二年」


 超スピードだな。

 町長会合も二回しか出席しなかった。難民関係での意見調整があるから、今年の会合にも呼ばれる可能性は高いけど。

 リシェイもメルミー達の意見に頷く。


「短い間だったけれど、内容は濃かったわね」

「結婚もしたしね。シタよね!」

「何故、二回繰り返したのかしら?」

「……アマネ、もげろ」


 顔を赤くしながらそっぽを向くリシェイとメルミー、敵意を含んだ視線で睨みつけてくるテテン。

 咳払い一つで空気を霧散させたリシェイが話題を変える。


「今後の予定はどうするのかしら。雲中の層に他の枝を設けるのか、それともすぐに雲上ノ層を目指すのか」

「悩みどころではあるけど、これから二、三年は現状維持で様子を見たいと思ってる。情勢次第では十年、二十年って事もあり得るけど」

「新興の村の件だね」


 メルミーが横から正解を口にした。


「メルミーの言う通り、新興の村の件だ。そろそろ対策に本腰を入れたい。急激な人口増加に対応できるように畑の拡張と、取水場の整備、雲中ノ層の枝に貯水槽を設置して、ケーテオ町を含むいくつかの町との道路整備を考えてる」

「畑や取水場は大丈夫だけど、道路整備は予算繰りの問題があるわよ?」

「道路の重要度はそこまで高くないから、今は大丈夫。先にタカクス内部の整理と基盤強化をしたいんだ。イチコウカを始めとした品種改良も本腰を入れていきたい」


 後は支え枝だけど、こちらもまだ優先順位が低い。


「急激な人口増加に備える基本方針でしばらく運営していくのは分かったけれど、雲中ノ層の枝への移住はどうするの?」


 創始者や古参の一族は都市や摩天楼においてより高い場所に居住するのが慣例となっている。


「まぁ、あくまでも慣例だし、移住するのは後回しでもいいだろ」

「そうよね。事務所も新しくしたばかりだもの。……せっかく調理器具の場所も覚えたのだから、引っ越ししてまた覚え直しになるのは嫌だわ」

「リシェイちゃんがメレンゲを作れるようになるのが先か、移住するのが先か、気になるところだね」

「燻煙施設が、遠くなるの、いや……」

「テテンは遠くなるのが嫌なんじゃなくて、通勤距離が伸びると人目に触れやすくなるから嫌なんだろ?」


 テテンがこくりと頷いた。

 テテンには悪いけれど、移住は後回しになっただけでそのうち決行される。

 ただ、最近はテテンの作った燻製食品の売り上げも馬鹿に出来ないため、雲中ノ層の枝に燻煙施設を新しく設け、燻製食品の加工場として機能させようかとも考えている。雲下ノ層にある従来の施設はそのままランム鳥用のクッションを燻すのに使用すればいい。

 まぁ、全てはこれから数年間の情勢次第だろう。


「それじゃあ、タカクス都市でのお仕事を始めようかね」



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