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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第三十五話 誤解

 秋も深まって冬の気配も近付く頃、雲中の層への橋架けはアーチ部を完成させ、アーチの上に乗る路面の構築を急ピッチで進めていた。


「この分なら、雪が降り始める前に路面は完成するかな」


 工事の進捗状況を眺めつつ、予測を立てる。

 雪が降り始める前に路面を完成させれば、雪かき作業を行う事ができる。

 木籠の工務店の店長が簡易椅子に腰を下ろして水筒から水を飲む。口についた水滴を袖口で乱暴に拭った店長はまっすぐに雲中ノ層の枝を見る。


「春になったらもう一度、雲中ノ層の魔虫を狩っておけ。どこからともなく湧いて出てきやがるからな」


 工事の邪魔をされたらかなわん、と店長は言う。

 五日間に一度の割合で雲中ノ層の枝の上を巡回して魔虫を狩っているけれど、春になると世界樹の根元から魔虫が上がって来るから、出没頻度が増えるはずだ。

 冬の間にビロース達と予定をすり合わせておく必要があるだろう。

 その日の橋の工事を終えて、俺は事務所へ帰る。

 玄関を入ってすぐのところに見慣れない小さな木箱とその前にぺたんこ座りをしているテテンがいた。


「なにしてんだ?」

「……実家から、荷物」

「へぇ、珍しいな」


 テテンの家って基本的に放任主義みたいなところがあるから、今まで荷物なんか来たことがない。

 テテンがタカクスに来てすぐの頃に娘をよろしくと言う手紙が来たくらいのものだ。


「テテン宛てだろ。持ち上がらないなら、俺が運ぼうか?」

「……入浴剤、だった」

「あぁ、事務所に風呂はないしなぁ」


 テテンの実家は湯屋を営んでいるんだったか。


「キダト村の湯屋の親父さんに言って、使ってもらうくらいしかないな。秘蔵の品だったりするのか?」


 テテンはコクリと首肯を一回。

 テテンの実家の湯屋秘蔵の入浴剤となると、他所の湯屋に渡すわけにもいかないか。


「それで、ここで途方に暮れていたわけか」

「……メルミーお姉さまに、風呂桶、作ってもらう」

「どこで入るんだよ。と言うか、蒸し風呂用じゃないのか?」

「足湯で、いい」

「それなら、ルーフバルコニーで使えない事もないけど……。夜に入れよ」

「うむ」


 ひとまず木箱をテテンの部屋に運び込み、一階のダイニングキッチンへ。

 リシェイがお菓子作りに挑戦していた。結婚してからというもの、たまにお茶菓子を作ろうと悪戦苦闘しているけれど、いつもお茶菓子ならぬ可笑しを繕おうと悪戦苦闘する結果になる。

 今日も今日とて可笑しな代物が皿の上に鎮座していた。その前には意気消沈しているリシェイの姿。


「レシピが間違ってるのよ」

「レシピ通りにやってから言う台詞だよ、それは」

「おおむね、レシピ通りにやったのよ」

「必要な調理器具がなかなか見つからなくて時間が経ったとかは?」

「ちゃんと道具を用意してから始めたわ。使う前にきちんと洗ったし、失敗する要因なんてどこにも……」

「あぁ、ボウルに水滴が残ってたんだな」


 メレンゲを作ろうとしたらしい卵の白身を見て予想する。


「洗った後、念入りにしつこいくらい拭き取った?」


 質問には沈黙が返ってきた。図星だったらしい。

 まぁ、この程度の失敗作なら夕食に流用できなくはない。蒸して裏ごしして、ハーブとか加えればドレッシング代わりになるだろう。

 リシェイの可笑しな代物を料理として繕うスキルばかり上昇していく昨今、料理本とか書けちゃいそうだ。


「テテン、ルーフバルコニーに行ってハーブを摘んできて。種類は任せる」

「……がってん」


 リシェイの失敗作を証拠隠滅するため、テテンが素早く動き出した。こういう時の奴の動きは俊敏である。

 リシェイはむくれながらも、水を拭き取ること、とレシピに書き加えている。


「そういえば、テテンの実家から入浴剤が届いたそうだ」

「テテンの実家はたしか、カッテラ都市の湯屋よね。どうするの?」

「メルミーに足湯用の風呂桶を作ってもらって、ルーフバルコニーで入りたいとさ」

「――しっぱいさーくの香りがするよー。メルミーさん、ただいま帰宅しました!」


 宣言通りに帰宅したばかりのメルミーが扉でポーズをとる。


「名前を呼ばれた気がしたけど、メルミーさんを褒め称えていたりしたのかな? 詳しく聞かせておくれよー」

「風呂桶を作ってくれないかなって話だ」

「いいよー。大きさは?」

「テテンに訊いてくれ」


 あんまり大量のお湯を用意したりできないし、せいぜい三人で足をつけられる程度の物だろう。

 二階から戻ってきたテテンからハーブを受け取り、俺は夕食の準備をする。

 ダイニングテーブルでは三人娘が足湯について話をしていた。


「冷え症改善効果のある入浴剤かぁ。これからの時期にはいいよね」

「ここ最近、夜は空気も冷えてきたものね」


 メルミーとリシェイは足湯を歓迎モードである。

 数日中に風呂桶を用意するとメルミーが請け負った。

 リシェイが不思議そうにテテンを見る。


「けれど、突然実家から贈り物だなんてどうしたのかしら。手紙か何か、付いてなかったの?」

「……どうせ、大したこと、書いてない」


 いや、それは読めよ。

 リシェイも呆れたように笑う。


「多分、その手紙の返事をもらいたいから、入浴剤を送ったんだと思うわ」

「……とって、くる。まだ、捨ててない、から」


 捨てるつもりだったのか。親御さん寂しがるだろ。

 部屋から手紙を持って来たテテンは、椅子に座ると封を切って中身を読み始めた。


「……なん、だと」

「どうしたの、テテンちゃん」


 メルミーが首を傾げて問いかけると、テテンは手紙を食い入るように見つめてから、おもむろに首を傾げた。


「意味、不明……」

「なんて書いてあったんだ?」

「彼氏に、よろしく」

「リシェイ、メルミー、俺を見るのは止めてくれ。明らかに誤解だ」


 自然と集まってきた視線を否定して、俺はテテンを見る。


「心当たりはないのか?」

「皆無」

「だよな」


 そもそも、テテンの実家は何故彼氏ができたなんて誤解をしたのだろうか。テテンが百合趣味だって知っているはずなんだけど。

 メルミーがテーブルに頬杖をついて、考えを述べる。


「テテンちゃんの事を知ってる人がタカクス町に来て、アマネと一緒に住んでることを聞いたとかかな?」

「それが妥当だとは思うけれど、いまさらと言う気もするわね」


 カッテラ都市からタカクス町に観光に来る人は多い。事務所に一緒に住んでいる事なんてとうの昔に把握していそうなものだ。

 テテンが手紙をテーブルの上に置く。


「……恋文の成果は、と書かれてる」

「恋文? そんなの書いたの?」


 メルミーの質問に、テテンは首を横に振って答えた。

 テテンが書くのは百合小説くらいのものだ。後は擬装用ライトノベル。

 結婚してからもちょくちょく俺の部屋を占拠しては音読会を継続している。リシェイにはかなりグロいホラーを、メルミーには退屈な歴史物を、それぞれ読み聞かせることで追い払うことに成功し、俺と二人きりになるとおもむろに百合小説を出して音読し始めるのだ。

 いっそのこと、俺も逃げ出そうかと思ったけど、テテンはどうせ追いかけてくるだろうから諦めている。

 そんなわけで、テテンが恋文を書くとは思えないし、書くとしても相手は彼氏ではなく彼女だろう。


「ねぇ、クルウェさんの結婚祝賀会にテテンのご家族が参加していた可能性はないかしら」

「……ない。そんなに、大きな、湯屋じゃない」


 リシェイの予想を否定したテテンは不可解そうに手紙を見つめる。


「誤解は、解けばいい」

「それが一番だな」


 その場で返事を書き始めたテテンはよほど簡潔にまとめたのか紙一枚に返事を収め、封筒に入れた。


「……アマネ、これ」

「あぁ、明日工事現場に行く時にでも足を延ばしてテグゥールースのとこに行ってくるよ」


 カッテラ都市への手紙を出すなら、テグゥールースの雑貨屋を経由させるのが一番早い。元行商人だけあって、伝手があるのだ。



 テテンの実家からの返事は五日後に返ってきた。


「年上趣味くらい恥ずかしくないから隠さなくていい、ね。どんな誤解だろうな」


 年上趣味って言うと二百歳くらいは上の彼氏がいることになってるのかな。

 テテンは不愉快そうに手紙を踏みつけている。

 踵で捩じるようにぐりぐりと、珍しくアグレッシブなテテンはむっとした様子で腕を組んだ。


「……お姉さまというものが、あるのに」

「ねぇよ」


 冗談はさておき、この手紙は実に不可解だ。


「テテンが年上の、それも男といる場面。しかも、恋文を渡しているように見える状況なんて……」


 そもそも、こいつは燻煙施設と事務所を行き来するだけで市場にだってろくに出かけない元引き籠りだ。

 年上の男どころか、異性との接触は俺を除いて存在しないのではと思うほど行動範囲が狭い。


「あ、分かった……」


 ふと、テテンが呟いて、すぐにしかめっ面になる。


「何が分かったんだ?」

「祝賀会、ローザス一座の、座長」


 祝賀会というとクルウェさんの結婚式の日のあれだろう。

 当日のテテンはローザス一座の座長レイワンさんに曲目の変更を伝える役割を担っていた。

 変更する曲目は会場に設置された紙で伝えて……。


「なるほど、レイワンさんに曲目変更の指示書を渡している光景を見間違えたって事か。それにしても、誰がそれを伝えたんだ?」

「……参加者の、誰か。発言力、ある輩」


 諸悪の根源だと言わんばかりに輩呼ばわりされているのはいったい誰なのか。

 当日の事を思い出してみる。

 もとより、テテンは気配を消して黒子に徹していたはずだ。そう簡単に見つかるような奴じゃない。

 とすると、輩とやらは周囲に気を配っていたはずだ。他の参加者とは違い、スタッフの動きに注目していないとテテンはまず見つからない。

 あぁ、いるな。当日、スタッフの動きを観察していた人たちが。もっと言えば、テテンを見つけたらしき人物が。


「なぁ、テテン。クルウェさんの旦那の顔、見たか?」

「男に、興味ない」

「うん、お前に訊いた俺がバカだった」

「ばーか」

「八つ当たりするのはこの口か。こら」


 テテンの柔らかほっぺを摘まみつつ、事務所に入る。

 クルウェさんの結婚式祝賀会はタカクス劇場の庭園を使用して行われた初の立食形式の会であり、資料としてまとめてあった。

 参加者一覧の上にあるクルウェさんの旦那さんの名前を指差す。


「この名前に見覚えは?」

「……カッテラ都市、湯屋連盟の会長、の息子。あにさんの、友達」

「じゃあ、この人だな」

「……報復、する」

「やめろよ」


 プチ外交問題になるだろうが。


「とりあえず、誤解だって、実家に手紙を送っておけ。情報の出所を確認してもう一度否定すれば、流石に向こうも気付くだろ」


 親御さんががっかりするとは思うけど。


「……完膚なきまでに、幻想を、ぶち壊す」


 テテンは事務机に紙を置いて、つらつらと文字を書き連ねていく。

 容赦は一切しないようだ。

 テテンが手紙を書き終える頃、メルミーが帰ってきた。


「風呂桶完成したよー。アマネ、運ぶの手伝って」

「おう、いま行く」


 俺が返事をすると同時に、テテンの手が止まる。

 一瞬考えるそぶりをしたテテンは書きかけの手紙を丸めてゴミ箱へ投げ入れ、新しい紙を用意した。


「……入浴剤のぶん、許す」


 リシェイとメルミーが一緒に足湯に入ってくれるのは実家が送ってくれた入浴剤のおかげだからと、不快な誤解については恩赦が与えられるようだ。



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