第三十四話 クルウェさんの結婚式
カッテラ都市創始者一族の一人にして現市長の娘、クルウェさんの結婚式は夕方に行われた。
教会には現市長を始めとしたお歴々が列席し、その後にタカクス劇場の庭園での祝賀会がカッテラ都市の古参住民も交えて行われた。
さて、優雅で豪華な食事会の裏ではそれを支える人間が必要になる。
アヒルだろうとガチョウだろうと白鳥だろうと、みんな水面の下で必死に足をばたつかせているのだ。俺達裏方はまさに足である。
タカクス劇場の裏にある大通りに俺達裏方の本部はあった。
「料亭からの食事の追加早くして」
「いま、こっちに向かってるらしいですから、もう少し待ってて。焼き物はまだかかるみたいです」
慌てて返事をした連絡係のケキィに頷いて、リシェイは劇場の中の厨房を覗く。本来は劇場の観客向けに販売所で売る簡単な料理を作るための場所だ。
「簡単な温かい料理を誰か。若女将、今は手が空いてる?」
「ミゼン・ヨウテイの調理中。他に回して」
ビロースの奥さんが答えながらも世界樹の葉で料理を包む。そのまま焼けば完成だけど、相手はカッテラ都市の重鎮たちだ。半端な物は出せない。
リシェイ達のやり取りを横目に見ていると、ラッツェがやってきた。支給した給仕服がやけに似合っている。
まっすぐ俺に向かって歩いて来たラッツェが紙を出してきた。
「町長、お客様からの要望です」
庭園に置いていた要望書の一枚か。
ざっと見て、隣に待機しているテテンに紙を回す。
「ローザス一座の演奏の曲目、お客さんから注文があったからテテン、伝えてきて」
コクコクと頷いたテテンは紙を片手にパタパタとローザス一座の座長がいる庭園の端へ向かっていく。劇場をぐるりと外から回り込むルートだ。
ああいう黒子的な役割は存在感を消せるテテンの天職かもしれない。
責任のある立場の人ばかりだから理不尽な要求はないけれど、要求の端々からこちらの能力を見透かされている感が凄くする。考え過ぎだろうか。
「ねぇ、要求が高くなってきてないかしら」
厨房から戻ったリシェイが注文を並べながら首をかしげる。
「こちらの処理能力を計っているような、そんな気がするのよ」
「仮に計られているとして、合格点がもらえると思うかな?」
「及第点は貰えるでしょうね」
もっと点数を稼ぐべき、と。
とはいえ、現状でも処理能力的には限界が近い。
料理一つとっても、タカクス劇場の厨房では到底足りずに、第三の枝にある他の料亭の厨房を借りて作っている状態だ。
ローザス一座の演奏はかなり高いレベルだし、庭園の広さも見た目も申し分ないはず。
給仕スタッフもビロース主導でみっちり特訓したし、主軸は第三の枝にある高級料亭の従業員だ。そこそこに質は高い。
料亭の厨房を仕切っているメルミーとの連絡も今のところは滞りなく続いている。
「こちらから何か点数を稼げるようなことってないよな」
「ない、と思うわ。少なくとも、いまさら何かができるとは思えない。ただ、向こうからは別よ」
クルウェさんたち側からのアプローチがあり得るって事か。わざと問題を起こしてまで積極的に俺たちの事を計るとは思えないけど。
などと考えていたら、ラッツェが急ぎ足でやってきた。
「町長、カッテラ市長がお会いしたいと」
「あぁ、そう来るか」
「え?」
ラッツェが首をかしげる。
現場指揮官を引っこ抜いても従業員が動けるかどうかって結構重要だよね。
リシェイが苦笑した。
「私が後を引き受けるから、アマネは行ってきて」
「分かった、後は任せるよ」
リシェイに指揮を任せて、俺はラッツェと一緒に祝賀会が開かれている庭園に向かう。
呼ばれる可能性も考えて正装を着ていてよかった。
庭園に出てみると華やかで落ち着いた社交場と化していた。
俺とリシェイ、メルミーの結婚式の時は祝賀会という名目の大宴会だったけど、都市の創始者ともなると雰囲気が違うらしい。
「ラッツェは仕事に戻って」
「分かりました」
ラッツェと別れて、俺はカッテラ都市の市長の下へ向かう。
クルウェさんとその結婚相手の男性、市長夫妻の四人で話しているようだったけど、クルウェさんが俺を見つけて会釈してくる。
市長夫妻も俺に気付いたようだ。
俺は会釈して、声を掛ける。
「こんばんは、タカクス町町長アマネです」
四人に挨拶すると、クルウェさんが一歩前に出てきて、市長たちを紹介してくれた。
挨拶と握手を交わして、会話の輪に入る。
「お呼びとの事ですが、いかがされましたか」
まぁ、大方の見当はついているんだけどね。市長の奥さんの視線の配り方が先ほどから給仕の動きをそれとなく観察しているし。
俺の視線に気付いたのか、奥さんがおっとりと笑う。
「あらあら、気付かれてしまいましたね」
「流石に、アマネ町長は察しが良い」
市長も軽く笑って、遠慮なく給仕スタッフを見回した。
「良く訓練されているようですね。アマネ町長が現場から抜ければもっと動揺するかと思っていたが、後を引き継ぐ優秀な秘書でもいますかな?」
「妻の一人が、纏めてくれています」
「はは、なるほど。タカクス町の経営陣は厚いようですな。意地悪なまねばかりして申し訳ないね」
市長は軽く笑って、酒を勧めてくる。
一杯頂いた俺を見て、市長はクルウェさんを見た。
「次期市長はこのクルウェになる。仲良くしていただければ嬉しい」
「こちらこそ、今後とも変わらぬお付き合いをお願いします」
やっぱりクルウェさんがカッテラ都市の次期市長になるのか。
市長が俺に向き直った。
「聞けば、タカクス町は今都市化計画の真っ最中だとか。ワラキス都市とガメック都市のようないがみ合いは避けたいところだが、今のところ産業面では被ってもいない。仲良くできると思うが、どうかね?」
ワラキス都市とガメック都市のタコウカを巡る争いってそんなに有名なのか。
現状、熱源管理官を多数有し産業面でも燻製や湯屋といった火を扱うものが多いカッテラ都市に対し、タカクス町はシンクを始めとした食品、教会や劇場といった観光業を主な収入源としている。
産業面で被っていないどころか、部分的には協力できるくらいだ。燻製にする食材をカッテラ都市に輸出したりとか。
「仲良くできれば、幸いですね」
「うむ。タカクス町は経営陣もそろっているようだし、雲中ノ層に橋を架ければ誰にはばかることもなく都市を名乗れる。応援しているよ」
機嫌良さそうに市長は言う。この祝賀会での動きを見ながら、タカクス町が都市になり得るかどうかを計っていたようだ。
クルウェさんが少し呆れたように市長を見る。
「だから言ったでしょうに。タカクス町は安定している、と」
「そう怒るな。何しろお隣の事だ。この目で見て確かめなくてはならんだろうよ」
悪びれる様子のない市長にため息をついて、クルウェさんが俺に頭を下げてくる。
「父が申し訳ありません」
「いえ、必要な事でしょうから、気にしていませんよ」
むしろ、現役の市長に今後のタカクス町は安泰だと太鼓判を押してもらったのだから、得るところも大きい。
自信を持ってこれからも運営していけるわけだ。
それはそうと、さっきからクルウェさんの旦那さんの影が薄いんだけど、どうしたんだろ。一言もしゃべってないんだけど。
入り婿だから発言力低いとかだろうか。
それとなく横目で窺って見ると、旦那さんはローザス一座の方を見て何かに驚いたような顔をしていた。
視線を辿ってみると、そこにはローザス一座の座長に紙を渡しているテテンがいる。俺がリシェイに現場を任せた後にまた曲の要望があったのだろう。
旦那さんが俺に視線を戻す。
「失礼しました。ローザス一座と言いましたか、なかなか見事な演奏でつい、聞き入ってしまいました」
言い繕われた感がひしひしとするけれど、問い詰めるようなことでもないか。
「つい最近タカクス町に越してきてくれた一座なんです。この劇場でも公演を行っておりますので、機会がございましたら是非、ご観覧にいらっしゃってください。事前にお話を頂ければ、貴賓席もご用意できますので」
「タカクス町長は商売上手でいらっしゃる。その折はぜひ、お願いします」
旦那さんと友好的な空気を醸成していると、市長が「ところで」と話題を変えてきた。
「新興の村の件、情報を共有しておこうかね」
「そうですね。カッテラ都市さんの持っている情報は気になるところです」
市長が頷き、周囲の人間との距離を測ってから奥さんに目で合図した。
奥さんが一歩引いて、周囲から人が来た場合に相手をできるように備える。その以心伝心振りにちょっと憧れる。
「現在のところ、新興の村はタカクス町長が提案した行商人による動きで多少の改善がみられる。五年は維持できると考えているが、気象学者の話では数年以内に豪雪があるそうでね。雪揺れが懸念される」
「雪揺れですか。新興の村は建物も新しく、揺れに強いのでは?」
「これは極秘に願いたいのだが、カッテラ都市を含む諸都市を経由した建材について調べたところ、いくつかの村では安価な建材を用いた耐久性の低い家が建てられている可能性が指摘されている。これは市長会合で共有された情報なのだが、確度は高い」
雪揺れの規模次第では建物の倒壊騒ぎが起こる可能性があるって事か。
いまでさえ財政的には余裕がない新興の村で、住む場所が急に無くなればどうなるかなど火を見るより明らかだ。
「市長会合では、難民の受け入れについてどんな結論がでているんですか?」
タカクス町として最も気になるのは難民についてだ。影響も大きく、難民の数次第では町の運営にも関わる一大事となる。
市長は渋面となって夜空を見上げた。
「どこも住宅地が足りなくてね。難民を受け入れた町への支援を行う事で話がまとまっているんだよ。受け入れをお願いする候補地の筆頭がタカクス町だ。申し訳ないがね」
「いえ、クルウェさんからもお話を頂いて、準備は進めていますので」
ヨーインズリーのコマツ商会などとのパイプもあるし、大規模な資材の発注でもすぐに行える。旧キダト村にある空中市場にもコマツ商会の支店があるし、連絡がいつでもつけられるのだ。
住宅用地に関しても雲中ノ層への進出により余裕を持って確保できる。
数百人規模での受け入れが可能な町はそうないだろうし、タカクス町が受け入れ先の筆頭候補に挙がるのは予想できる話だ。
とはいえ、支援がもらえるというのならもらうけど。
感心したように、市長は腕を組む。
「タカクス町は発展の仕方もそうだが、とにかく動きが早いね。こちらの予想をはるかに上回る勢いで進んでいく。こういった問題ごとに対処する仲間としては、頼もしい限りだ」
「光栄です」
「タカクス町はケーテオ町とも懇意にしているのだったね?」
唐突に話題が変わり、内心で首をかしげる。
新興の村の経営破たんによる難民問題が何故ケーテオ町に関わってくるのか。
一瞬考えて、答えを出す。
「ケーテオ町の人口過密がどうかしましたか?」
「少々、厄介なことになっているようだからね。何か聞いていないだろうか?」
「いえ、特に何も……」
ケーテオ町の人口過密は以前から問題になっていた。
早々簡単に解消しないだろうと思っていたけれど、問題が深刻さを増しているとは知らなかった。
ケーテオ町長とはたまに手紙のやり取りもしているけれど、それらしい素振りは一度もなかったし。
俺の返答が意外だったのか、市長は僅かに悩んで首を横に振った。
「忘れてくれ。こちらの考え過ぎだったようだ」
「参考までに、どうお考えなのかを聞かせてください」
忘れてくれと言われて食い下がるのもどうかと思うけれど、事が事だ。万が一があっては困る。
ケーテオ町は人口四千人近くに膨れ上がっている。世界樹北側でも有数の古い自治体だけあってその影響力も大きい。古い商会なんかがいくつもあるのだ。
市長は難しい顔をした後、ため息をついて話しだした。
「何一つ確証はない。何より、ケーテオ町長は老齢ながらに頭の切れる方だ。どうしようもなくなれば必ずどこかに助けを求めるだろう。だから、これからの話は与太話と思って構わない」
そう前置きして、市長は人差し指を立てた。
「ケーテオ町の人口過密を解消する方法はいくつかある。一つはその歴史を通じて親交を持ったいくつもの町や都市へ移住者を受け入れてもらう方法だ。しかし、これは世情を考えれば取る事の出来ない手段となっている」
「どこの町や都市でも新興の村の動向を監視している状況ですからね。備えているとはいえ、突発的に新興の村からの難民が発生しかねない現状で、住宅用地を消耗する移住者を受け入れる自治体は少ないでしょう」
それこそ、タカクスかアクアスくらいだと思う。
あぁ、だからケーテオ町から移住希望の打診がないかを聞いたのか。
「やはり、タカクス町長は話が早くて助かるね。うちの娘が迷惑をかけることがあるかもしれないが、手を貸してくれると助かる」
「もちろんです、と言いたいところですが、こちらが助力を求める事の方が多そうですよ」
「クルウェを評価してくれるのは親として嬉しいよ。さて、話を戻そう」
市長が中指を立てる。
「移住先がないなら作ればいい。つまり、村を付近に作るというやり方だ」
「新興の村、ですか」
「あぁ、現状でさらなる問題の種をケーテオ町主導で作るだなどとは言い出せない。故に、これも却下だ」
そして最後が本命だ、と市長が薬指を立てた。
「橋架けだ」
「ケーテオ町そのものの拡大を行う事で住宅用地を生み出す方策ですね」
村を作るのと違うのは、橋を建設するコストの上乗せというデメリット。メリットとしてはケーテオ町の一部として扱われる事でケーテオ町の経済基盤に深く根ざすため安定性が高い事。
村を作るのは初期費用が少なく済むが破綻の可能性があり、橋架けは初期費用が高くつく代わりに破綻の可能性はごく少ない。
だが、ケーテオ町が橋を架けるそぶりはない。
「ケーテオ町が人口過密の対抗策を打ち出していない?」
「そういう事になる。正直不思議でならないのだが、経済的に余裕がないと考えれば納得はできる」
財政状況が悪いという前提を肯定するなら、確かに納得はできる。先立つ物がなければ橋架けなんかできないのは今現在、都市化のために橋を架けている俺がよく知っている。
だが、ケーテオ町は古い自治体である。食料が足りない、などの物資が不足する事はあっても資金ならば余裕がありそうなものだ。伝手を辿れば金を借りることも可能なはず。
「確かに、不思議な話ですね」
「タカクス町も気にかけていてもらいたい。ケーテオ町長なら万が一はないと思うがね」