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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第三十三話 今後の進退に関わる

 塔の建設が終わる頃には雲中ノ層に資材が到着し、本格的に橋架け工事ができるようになった。

 木籠の設置や落下防止ネットの準備などを終え、橋台の建設を行う。

 第三の枝側の橋台は雲中ノ層の枝と高さを合わせるべく五メートルほどの土台をつくったのち、橋台を建設、さらには土台に上がるためのスロープを造り上げる。


「それじゃあ、いよいよ始めるとしましょうか」

「ここまでは準備みたいなもんだからな」


 朝の準備体操をしている職人たちを見回して、店長が腰に手を当て、声を張り上げる。


「昨日、割り振った通りに分担作業だ。焦らず確実にやれよ!」


 返事をした職人たちが雲中ノ層の枝に渡って行く。

 店長が現場監督として雲中ノ層へ木籠で移って行くのを見送って、俺は空を見上げた。

 快晴だ。雲ひとつ見えやしない。

 さて、お仕事を始めようか。


「複合素材の加工を始めてください」


 まぁ、今回の複合素材は発注したもので、加工する手間はほとんどなかったりするのだけど。

 液化糸とブランチミミックの甲殻から作られた複合素材を点検し、塔から垂らしてあるワイヤーと接続、宙づりにして橋台へ持って行く。


「ゆっくり作業してください。確認を密に、声掛けを怠らないように」


 指示を飛ばしながら、俺自身も確認を行う。

 この複合素材はかなりの重量がある。当然、吊るしている塔も複合素材に引っ張られている。

 今回採用したケーブルエレクション工法はアーチを形成するまで橋体を塔から伸ばしたワイヤーだけで支えるため、工程が進むにつれて塔へ掛かる重量は増加していく。

 バードイータースパイダーの糸から作られたワイヤーが断線する事はまず無いけれど、塔が重量に負けて倒れる可能性がある。

 塔の倒壊を防ぐため、橋体を吊るしているのとは反対の方向にもワイヤーを設け、増加していく橋体の重量に合わせて反対側のワイヤーの張力も調整していく。

 工事は順調に進む。木籠の工務店はこの工法も経験があるらしく動きによどみがない。確認が必要な場所ではきちんと手を止めてくれる。


「やっぱり、経験豊富な職人さんが多いと作業がはかどるね」


 しみじみと言うと、職人の一人が肩をすくめた。


「それはこっちの台詞ですよ。自分らが確認を呼びかける前に動いてくれる若手の建築家なんてまずいないです。アマネさんは建橋家ですけど、呼びかける前に隣に来ているのを見る度に他の若手連中とは違ぇなって思います」

「褒められると照れるなぁ。あ、確認は終わったから作業を続けて」

「はい」


 その日の作業は滞りなく進み、日が沈み始める前に作業の終了を告げる。

 橋体一つを設置するだけで一日仕事だ。対岸で店長が仕切ってくれている分を合わせても一日で二つ。長丁場になるだろう。

 重機とかない事を考えればバカげた早さなんだけどさ。


「アマネさん、なんか焦ってます?」


 雲中ノ層から戻ってくる店長たちを見守りながら、職人の一人が問いかけてくる。


「ちょっとね」


 カッテラ都市の創始者一族クルウェさんから連絡があったのだ。

 いわく、今後の進退に関わる重要な話し合いがしたいので、近々タカクス町を訪ねてくるらしい。

 時期が時期だ。十中八九、新興の村についての話だろう。

 俺たちタカクス経営陣も情報を集めているけれど、カッテラ都市には及ばない。そのカッテラ都市から創始者一族のクルウェさんがわざわざやってくるくらいだから、あまりいい話ではないと思う。

 早いところこの橋を架け終えてしまいたい。

 作業に影響が出るのは本末転倒だから、注意はしているけれど。

 店長さんたちと明日以降の作業について話しあい、公民館へ戻って行く木籠の工務店メンバーと別れた俺は事務所に向かう。

 二重奏橋からタカクス町入り口広場を見ると、屋台に混ざって旅芸人やら吟遊詩人が芸を披露しているのが見えた。


「最近多いな」


 劇場が完成してからというもの、芸を披露しながら世界樹を歩き回っている芸人たちが訪れるようになっていた。

 名を挙げていつかは劇場で芸を披露したいという者、仲間を募って資金を出し合い、実際に数日劇場の使用申請を出してくる者など様々だ。中にはローザス一座に入りたいと宿舎を訪ねる者もいるのだとか。

 タカクス町が気に入って住みつく人も出始めているからありがたい限りだ。

 しかしながら、入り口広場で芸を披露する場合のガイドラインを作成した方がいいかもしれない。ちょっと通行の邪魔になってるみたいだし。

 事務所に到着して、俺は事務室に顔を出す。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「……おかえり」


 いつも通り書類仕事をしているリシェイと、珍しく書類仕事をしているテテンに帰宅を告げる。

 テテンは最近増加している木材の需要に関してグラフを作成しているようだ。リシェイに頼まれたのだろう。

 メルミーは……留守か。公民館で建具作りにいそしんでいるのかな。


「書類仕事、手伝おうか?」

「大丈夫よ。テテンがやってくれているから、手は足りているもの。それより、入り口前広場の事なんだけど」

「旅芸人たちの事だろ? 場所の整理とか必要だよな」


 考えることは同じだったらしく、リシェイは頷いて肯定した。

 俺は作業部屋を指差す。


「作業部屋で芸を披露していい区画みたいなものを示した地図を描いてくるよ。掲示板を作って張り出して、様子を見てみよう」

「お願いね」


 事務室を出て、向かいにある作業部屋に入る。

 製図台を起こして、測量資料と一緒に第三の枝の地図を出して、新しい紙に地図を複製する。

 描いている途中で日も落ちてきたため、ウイングライトのランタンを用意しようと席を立った丁度その時、廊下とを隔てる扉が開かれた。


「メルミーさん参上!」

「おかえり」

「ただいまー。明かりいるかと思って持ってきたよ」


 メルミーが右手でウイングライトのランタンを持ち上げる。取っ手部分に二羽のランム鳥が木の枝の両端をくわえた姿の彫刻が付いている。


「気付いた? この間、手を加えてみましたん」

「やっぱりメルミーの仕業か。お、なかなか手に馴染んで持ちやすい」


 木の枝の部分に滑り止めを兼ねた彫り込みがされていて、取っ手の長さと相まって力を入れずにランタンを持ち運べる。その上、ランタンの底に程よく錘を仕込んだらしく、取っ手の動きの影響を受けずに光源部分の姿勢が安定し、周囲を照らす光が全くぶれない。


「いい仕事でしょう?」


 胸を反らしたメルミーは鼻高々である。

 メルミーが持ってきてくれたランタンを傍らに置いて作業を継続する。

 俺に後ろから抱きついてきたメルミーは地図を見て一点を指差した。


「ローザス一座が公演した場所がここだよね。旅芸人さんたちもここにあつめるの?」

「ジャグリングなんかの見て楽しむ芸は集めてもいいと思うけど、吟遊詩人たちの演奏とかの聞いて楽しむ芸は集められないのが問題でさ」

「あぁ、右耳で喜劇、左耳で悲劇を聞くなんて器用な事は出来ないもんね」


 豊聡耳とよさとみみはこの世界にいないのだ。


「そんなわけで、屋台も含めて配置を考え直して、音が迷惑にならないようにするつもりだ」

「人数が増えてきたら許可制にするの?」

「場所取りで揉めるよりはいいだろ」


 揉め事の舞台が事務所になる可能性はあるけど、ガラの悪い連中は町としてもお断りするし。

 区分けを考えながら配置を決めて、配置図を示した地図を見直してから俺は立ち上がった。


「そろそろ夕食にしようか」

「今日はテテンちゃんが作るんだって。リシェイちゃんがサラダの野菜を切る担当ね」


 今日のサラダは一口サイズの野菜が出てこないという事か。




 翌朝、魔虫狩人の訓練がてら糸に吊るした鈴を矢で鳴らしていると、訓練場に人がやってきた。

 早朝訓練するのは俺かビロースくらいだ。どちらも日中は別の仕事で立て込んでいるため、早朝か夜にしか訓練時間が取れないのが原因である。

 だから今回もビロースが来たのだろうと思って振り返ったのだが、そこに立っていたのは意外なことにローザス一座の座長レイワンさんだった。


「芸事をたしなむ身としては少々嫉妬を覚える腕ですね」

「いえ、俺なんてまだまだですよ」


 じっちゃんがくれた簡単な楽譜しか演奏できないし。


「それより、どうされたんですか。俺に何か用事があったんじゃ」

「えぇ、タカクス劇場での公演が今日を持って終わりますので、ごあいさつに、と」

「わざわざありがとうございます。でも、公演が終わってからでも結構ですよ。最終日は何かと忙しいのでは?」

「どうにも、旅の一座だった頃の癖でして」


 苦笑するレイワンさんに笑い返す。


「これからしばらくは次の公演に向けての稽古ですか?」

「はい。新人も何人かとりまして、みっちりと稽古漬けにして夢の中でも登場人物を演じられるくらいにしようかと」


 新人さん大変だな。

 ローザス一座が公演を終えた以上、しばらくタカクス劇場は予定が空くわけか。

 この訓練場に来る前、タカクス町入り口広場に立て看板を設置して配置図を描いた地図を張っておいたから、もしかすると行き場を失った芸人さんが劇場の予約に来るかもしれないけど。

 流石にないか。まだ入り口広場も一杯というわけではない。

 タカクス劇場の空いている予定をどう有効活用すべきか考えながら訓練場を出て事務所に戻る。

 すると、リシェイが事務机に突っ伏していた。


「アマネ、お帰りなさい」

「ただいま。脱力してるみたいだけど、どうかした?」

「これを」


 リシェイさんが突っ伏したまま机から手紙を持ち上げる。

 受け取ってみると、差出人はカッテラ都市の創始者一族クルウェさんだった。

 自然と緊張が走る。

 近々タカクス町に話し合いをしに来ると言っていたから、この手紙には話し合う案件について書いてあるのだろう。

 例えば、新興の村の現状とか。

 俺は自分の席について手紙を開く。

 どれどれ。

 ――この度、わたくしクルウェはとある男性とめでたく結婚する事となりまして、つきましてはタカクス教会の予定についてお伺いしたく――


「そっちかよ」


 思わず脱力してしまう。

 今後の進退に関わるってクルウェさんの人生の話だったのか。いや、めでたい話だけれども。

 脱力から復帰したリシェイが声をかけてくる。


「予想と違ってびっくりしたけれど、良い話ではあるわ。カッテラ都市の創始者一族の結婚式の会場に選ばれるなんて、宣伝効果はかなり高いわね」


 すでにかなり有名だけど、都市クラスの創始者一族が利用したとなれば箔がつく。この話、受けない手はないだろう。

 問題は、結婚式の後の宴会場だ。創始者クラスの人間がタカクス町公民館で宴会というわけにもいかないだろう。


「雰囲気のいい、落ち着いた場所がいいよな」


 飲めや歌えの大宴会なんてしないはずだ。


「ぴったりの場所があるじゃない」


 ちょうど予定も空いたところだし、とリシェイが第三の枝の方角を指差す。


「あぁ、タカクス劇場か」


 庭園を使えば立食形式で雰囲気満点のパーティーも楽しめる。

 造ってよかったタカクス劇場。


「クルウェさん次第ではあるけど、提案してみようか」


 橋架けといい、賓客の結婚式といい、今年の夏は大忙しだ。



予約投稿ミスorz

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