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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第三十一話 帰宅と植え替え作業

 雲中ノ層における殲滅戦は十日かかった。

 ブルービートルなどのイレギュラーは何度か出くわしたけれど、変異種はついぞ姿を見せる事がなかった。おそらく、縄張りを移動したのだろう。

 鉄の矢も在庫切れを起こしたため、カッテラ都市に戻って魔虫素材をいくらか売却して参加した魔虫狩人たちに分配した後、ブランチミミックの甲殻などをタカクス町へ送る手配を済ませる。

 運搬を商人に任せて、俺はビロース達と共にタカクス町へ帰還した。


「ただいま」


 事務所の玄関から帰宅を告げると、リシェイが事務室から出てきた。


「おかえりなさい。怪我はない?」

「見ての通り、ぴんぴんしてるよ」


 二階の自室で着替えを済ませてから、一階のダイニングキッチンへ顔を出すと、リシェイが紅茶を用意してくれていた。


「テテンは燻煙施設でシンクの燻製を作ってるわ。メルミーは木籠の工務店の人たちと第三の枝の工事予定地を視察中よ」

「もう工務店の人たちが来てるのか」


 連絡してすぐに出発したにしてもずいぶん早い。


「この間の結婚式の後、ヨーインズリー近郊の仕事しか入っていなかったそうよ。ちょうど良く予定が空いたところに今回の依頼が舞い込んだというわけ。それに、ヨーインズリーがコヨウ車を手配してくれたらしいわ」

「ヨーインズリーが? それって摩天楼の経営陣が動いたって事だよね?」


 俺の問いに、リシェイは頷きを返してくる。

 後で使者との面会があるけど、と前置きして、リシェイが一枚の封筒を出してくる。

 中身を読んでみると、タコウカの品種改良種についての進捗状況を知りたいという申し出だった。完成した暁には優先的に取引したいとも書かれている。

 空中回廊の脇などに植えられ足元を照らす光源として用いられるタコウカは、規模の大きな町や都市ほど必要とするものだ。世界樹に二つしかない人口密集地である摩天楼のヨーインズリーならばなおさらだろう。

 特定の色を安定して供給してくれる栽培地域があれば、契約を結びたがるのも当然である。


「アマネの留守中に、タコウカの栽培で有名なワラキス都市、ガメック都市の二つからも使者が来て、タコウカの品種改良が成功したら種子を購入したいと申し出があったわ」

「保留したほうがいいな。改良計画そのものは最終段階だけど、正直まだ不確定要素が大きすぎる」


 種子の量産体制に入れるかどうかも未知数なのだ。

 第三の枝上にあるタコウカ畑の観察結果を踏まえて考えると、タコウカは花粉の粒子が非常に細かいためそよ風程度でも周囲に拡散してしまう。そうなれば、いくら純系ばかりを植えた畑を用意しても、ビニールハウスみたいなものを用意しないと交雑が起きてしまいかねない。

 今は研究施設で栽培しているため、過剰なまでの清掃などで交雑を防いでいるけれど、大規模栽培を行うとなればもっとシステマチックに栽培計画を立てる必要がある。


「タカクス内で栽培方法を確立してから、他の栽培地域との交渉に応じて行こう」

「分かったわ。ワラキス都市とガメック都市には手紙を送っておくわね」


 手紙を書くための道具類を事務室に一式取りに行ったリシェイは、すぐに戻ってきて別の封筒を渡してきた。


「アクアスからアマネ宛の手紙よ」


 そういえば、今年の春頃にリシェイとメルミーの二人と婚約したと報告の手紙を送ったけど、夏に入った今になっても音沙汰がなかったな。

 忙しさにかまけてすっかり忘れていたけれど、ケインズとカラリアさんの仲はどうなったんだろう。

 手紙を読めばわかるか。

 リシェイから手紙を受け取って、さっそく封を切ってみる。

 中からはカラリアさんが書いたと思しき手紙が一枚、ケインズから俺宛ての手紙が三枚ほど入っていた。


「カラリアさんからリシェイ宛の手紙もあるみたいだ。はい、これ」

「サインのお礼かしら」


 少し照れているリシェイに手紙を渡し、俺はケインズからの手紙に目を通す。

 俺の結婚を祝福する前文から始まり、ケインズとカラリアさんの近況が書かれている。


「ケインズとカラリアさん、結婚するってさ」

「こちらにも書いてあるわ」


 リシェイが手紙を左右に振る。


「それと、結婚おめでとうですって」


 養殖期間の都合で手紙の後に送ることになるものの、ご祝儀代わりにアユカの燻製を送ってくれるらしい。

 こちらからもシンクの燻製を送った方がいいだろう。

 ケインズは俺と違っていきなり重婚を決めたりはしなかったらしく、カラリアさんとの新婚生活を楽しむつもりのようだ。

 ちょうど、雲中ノ層への橋架けが開始されることもあり、都市化すると同時に雲中ノ層に新居を立てて二人暮らしをするという。


「アクアスも都市化に向けて本格的に動き出したんだな」


 多分、雲中ノ層に橋を架け終わるのはタカクスの方が早いだろう。

 ケインズの手紙によれば、アクアスの総人口は現在八百人を間近にしたところだというけれど、ミッパやアユカなどの高価な輸出品を持っているため経済的には非常に恵まれているという。

 付近の新興の村の経済状況は芳しくないものの、他の都市や町と協力して遠回しに援助を行う体制を作っているらしい。


「町と都市の間に行商人を行き来させる名目をいくつか作って、途中にある新興の村に立ち寄らせているみたいだ」

「気を遣った援助の仕方ね」

「まともな商品がないせいで新興の村に立ち寄らなかった行商人も、目的地の途中にあるなら立ち寄って一泊しようと考えるだろうって目論見なんだとさ。いまのところは上手くいっているみたいだ」


 焼け石に水ではあるけれど、新興の村の中にはどうにかして行商人に商品を買わせようと、商品開発に乗り出している場所もあるらしい。上手くいけば、自立できる村もあるだろう。

 世界樹北側とはえらい違いだ。

 タカクス町周辺の新興の村は経営者視点が欠如しているため、行商人を行き来させても宿泊費しか稼げていない様子である。

 じっちゃんの発案で村同士の連携を取らせてみようと思って画策したのだけれど、上手くいっていない。品物が大きすぎたりして、薄利多売が主な行商人のコヨウ車の荷台には載せられない場合が多いのだ。

 タカクス町の空中市場を利用してくれれば、ある程度かさ張るものでも売れる可能性があるのだけど……。

 それよりも今はケインズの事だ。


「シンクの燻製以外に、何かご祝儀に贈るものってあるかな?」

「そうね。私が作ったブレンドハーブティーとか、テテンの燻製マトラとかかしら?」


 全部消えモノですね。

 まぁ、夫婦茶碗的な物はケインズ達が自分で選ぶだろうし、結局は消えモノ一番、思い出二番だ。

 ケインズ達に贈るご祝儀を相談していると、メルミーが帰ってきた。


「アマネー、帰ってる?」

「帰ってるよー」


 玄関から聞こえてくる声に返事をすると、軽快な足音が聞こえてきてダイニングキッチンの扉が開いた。


「おかえりー」

「ただいまー」


 意味もなくハイタッチなど交わしてみる。

 テーブルの上のプレーンクッキーを一つまみしたメルミーは椅子に座りざま持っていた測量資料を俺に渡してくれた。


「第三の枝の測量結果だよ。もしも橋の設計図ができてるなら見せてほしいって養父さんが言ってた」

「分かった。雲中ノ層の枝の測量は遠征中に済ませてあるから、橋の設計図は三日以内に出来ると思う」


 デザインとかは決まっているし、以前のウイングライト討伐戦で行った時の資料を基に大まかな設計は済ませてあったから、設計図はすぐに用意できる。

 リシェイがメルミーに冷たい水を出す。


「ありがと。外暑くってさぁ」

「もう夏も半ばを過ぎたものね」


 リシェイが振り返って窓の外を見る。

 ぎらぎらと照りつける太陽が世界樹の枝を熱している。


「そろそろハーブを摘んでもいい頃ね」


 窓から天井に視線を映して、リシェイが呟く。ダイニングキッチンの天井の上にはルーフバルコニーがあり、俺が育てているハーブがいくつか並んでいる。

 リシェイがブレンドハーブティーを完成させるに伴い、種類も少し増えていたりする。


「そろそろ植え替えした方がいいんだったな」


 土もあるはずだし、天気もいい。少し気温が高いのは気になるけど、橋架けが始まったら時間が取れないし、今から始めてしまおう。

 そうと決まれば善は急げだ。


「ちょっとルーフバルコニーに出てくる」


 立ち上がった俺を追うように、リシェイとメルミーが立ち上がった。


「あの数を一人で世話するのは大変でしょう。手伝うわ」

「メルミーさんもやるよ。橋架けが始まったら、あの爽やかハーブティーが絶対欲しくなるからね」


 夏場にあの柑橘系の爽やかなハーブティーを飲むと暑さが幾分か和らぐから、農業をやっている町の住人の中には俺同様に自宅で少量育てていたりする。

 旧キダト村にある湯屋でもこの暑い時期になると入浴剤代わりに使用している。焼け石にかけた水から立ち上る清涼感あふれる香りが外より暑い蒸し風呂の中でも過ごしやすくしてくれるのだ。

 香りというのは偉大なもんだとつくづく思う。

 そんなわけで三人で二階に上り、サンダルをつっかけてルーフバルコニーへ出る。


「わーらぼうしー、わらぼうしー」


 メルミーが適当に歌いながら、トウムの茎を乾燥させて編んだ帽子を指先でクルクル回す。被れよ。


「はい、アマネ、軍手よ」


 こちらはきっちり帽子を被ったリシェイさんである。

 つば広帽が作る影に白い肌と煌めく金髪が眩しい。笑顔はもっと眩しい。帽子にぐるりと一周巻かれた白いリボンと合わせてまんま良家のお嬢様スタイルが完成していた。

 軍手を受け取って両手に嵌め、コヨウの毛で作ったフェルトを敷き、さらにその上に安物の紙を広げる。


「まずはこれからやるとしようか」


 レモンっぽい香りが特徴のハーブの鉢植えを持ってきて、紙の上に置く。


「はい、スコップ」

「さんきゅー」

「いえいえ」


 リシェイから渡されたスコップでハーブの根を掘り出す。

 替えの土を持ってきたメルミーが俺の作業を見て首を傾げた。


「大胆に根っこを切るんだね」

「とにかく根が張るからな。元の半分くらいまで切っても平気なくらいだ」


 そしてすぐにまた伸びてくる。

 余分な土を落として、リシェイが用意してくれた新しい鉢に移し替える。隙間をメルミーが土で埋めてくれた。


「心の隙間もこんな風に簡単に埋まると良いね」

「なんだ。重たい話か?」

「隙間には水でも流し込んでおきなさい」

「浮いちゃうよ。心がぷかぷかしちゃうよ!」

「いいじゃない、楽しそうで」

「それもそうだね」


 あっという間に軽い話題になってしまった。

 古い土は紙の上に均して、天日干しする。

 直射日光をガンガン受ける土の側にしゃがんだメルミーが両腕を広げた。


「焼けろー、太陽に恋い焦がれろー」


 黒ミサかよ。焦げ的な意味で。


「水で湿らせた方が黒ずむのよね」

「土の浮気者!」

「土さんもその評価は心外じゃないかなぁ」


 雑談しつつ、植え替えが終わった鉢植えを壁際に持って行く。植え替えた直後はあまり日差しの強い所に置かない方がいい。


「では、次行ってみよう」


 紫蘇っぽいハーブを持ってきて、植え替え作業を行う。たまにサラダなんかに使うハーブだ。

 リシェイが虫の幼虫をピンセットでつまみだして空き箱に放り込みつつ、ルーフバルコニー上の鉢植えを眺める。


「花が咲いているのはどうするの?」

「秋ごろに植え替えるつもり」

「一つ、玄関のところに置いてもいいかしら? 研究中なら諦めるけれど」

「いや、ここにあるのはもう研究資料を作り終えてるものばかりだから、持って行ってもいいよ」


 リシェイはありがとう、と礼を言って、スズランに似た形状の赤い花をいくつも付けている鉢を持ち上げる。


「これを玄関に置いておくわね」

「いいよ、持って行って」


 これで玄関がちょっと明るくなりそうだし。

 植え替え作業を進めていると、帰宅したばかりらしいテテンが顔を出した。


「……みつけた」

「鼻の頭に煤がついてるぞ」


 俺が指摘してやると同時に、リシェイが立ち上がって手拭いをテテンに渡した。

 何ピースしてんだよ、テテン。

 これを狙っていたとはさすがに思えないんだけど……。

 見上げれば、雲一つない青空が広がっている。

 四日後からは雲中ノ層への橋架け工事を開始するから、天候に恵まれる事を祈るばかりだ。



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― 新着の感想 ―
なんかアマネさんの容姿評価がリシェイにしか言ってないのがやや不満なんですが、、、メルミーさんにも視線を向けてくれー
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