第三十話 雲中ノ層殲滅作戦
ビロースを含むタカクス町の魔虫狩人が五名、さらにカッテラ都市で雇い入れた魔虫狩人が十二名、足す俺という総勢十八名で雲中ノ層の魔虫狩りが敢行された。
緊急の依頼ではない上、仕留めた魔虫の素材は各自が好きにしてよいという契約を結んでいるため、雇用費用は一人頭鉄貨二百枚、総額で玉貨一枚と鉄貨四百枚である。
雲中ノ層の決められた範囲を巡回して魔虫を片端から仕留めていく方法を取るため、人海戦術が最良と判断しての今回の作戦である。
俺はビロースと手分けしてタカクス町の魔虫狩人二人を率いて行動し、カッテラ都市で雇った魔虫狩人に関してはそれぞれ四人一組での行動を義務つける。
「町長、腕治ったばかりなんだから無理すんなよ?」
ビロースに言われて、俺は右袖をめくって見せる。
「この通り鍛え直してあるから大丈夫だ。単独行動はしないけど」
「当然だろ。さっそく嫁さん二人に心配かけてんだからな」
タカクス町を出発するときにもリシェイとメルミーに心配されたのは周知の事実らしい。
これに食いついたのは以前ウイングライトの討伐で一緒になったカッテラ都市の魔虫狩人の一人だった。
「アマネさん、結婚なさったんですか?」
「あぁ、ついこの間、式を挙げたんだ」
「おめでとうございます。まだ若いのに、やりますね」
純粋に驚いているらしい彼に、ビロースが俺の肩を叩きながら補足説明する。
「こいつ、一気に二人も嫁さん貰ったんだぜ」
「二人ですか。魔虫を狩る時とおんなじで手が早いんですね……」
えっと、ディスられてんのかな。
この話題を続けても俺が不利なのは間違いないので、早々に話題を変えさせてもらおう。
「みんな、一度集まってくれ」
魔虫狩人たちを集合させて、作戦概要を説明する。
バードイータースパイダーの液化糸やブランチミミックの甲殻に関しては買い取る用意がある事も告げた。
「それから、皆も知っての通り変異種がこの辺りで目撃されている。昨年の秋ごろにカッテラ都市主導で行われた調査と今年春に行われた討伐作戦では姿を発見できず、縄張りを移した可能性も指摘されているけど、気を抜かない様にしてくれ」
「もしも巣を発見した場合は?」
「変異種の生態が分からない以上、迂闊な攻撃は控えて他の隊と合流してほしい。群れを成すとは思えないけど、用心を重ねよう」
「了解」
全部で五つのチームに分かれ、夕方には野営地で合流する事にして作戦を開始する。
「殲滅戦なんて久々ですね」
俺と行動しているタカクス町の魔虫狩人が呑気に言う。ブランチミミックの足から作られた最高級の弓が自慢のけっこう腕のいい狩人だ。
もう一人は朱塗りの短弓を扱い、小回りが利く珍しいタイプの魔虫狩人である。もとは野鳥狙いの狩人をしていたらしいけど、ワックスアントの巣の討伐に参加したのをきっかけに転向したとのこと。
「タカクス町に来る前はトラミア都市にいたんだっけ?」
「そうですよ。世界樹西のトラミア都市です。殲滅戦もそこで一度経験しました。十年くらいで元に戻るらしいですけど」
「らしいね」
魔虫を狩り尽くす勢いでやったところで、結局は世界樹の別の地域や場合によっては世界樹の根元、地上から登ってくる。そのため、一時的に絶滅させてもしばらく放置すれば生態系が元に戻ってしまう。
「獲物発見。ブランチミミック」
会話に加わらず周囲の警戒をしていた朱塗り短弓の仲間が指差す先、一キロほど先にブランチミミックの姿があった。
「俺がやるから、二人は周囲の警戒を頼むよ」
去年みたいに変異種が横取りを狙ってくるかもしれないし。
俺は矢を引き抜きながら、ブランチミミックへ走る。
背を向けているブランチミミックは呑気に日光浴の真っ最中らしく、動きが鈍い。
ブランチミミックが側面に回り込んだ俺に反応した時には、すでに矢を首筋に放ち終わっていた。
もう一射でブランチミミックの首を落とし、俺は距離を取って仲間と合流する。
「周囲に他の魔虫は?」
「見当たりません」
「分かった。二人は警戒を頼む。俺は解体に移るから」
指示を出し終えて、ブランチミミックの血抜きを始める。体長七メートルくらいだろうか。
「やっぱりいい狩場ですよね、ここ」
最高級弓を構えて警戒を続けながら仲間が言う。
「作戦開始からまだほとんど時間も経ってないのに、いきなりブランチミミックを仕留められるなんて、幸先良くないですか?」
「まぁ、これ一体だけでも今回の雇用費を埋め合わせておつりがくるからな」
多分、今頃は他の隊も魔虫を発見しているだろう。
仕事が多いと嘆くべきか、獲物が多いと喜ぶべきか。
「ビーアント、来ます」
朱塗り短弓の魔虫狩人が知らせをくれる。
ブランチミミックの血の臭いで寄ってきたのだろう。
「町長、鏑矢だけお願いします」
「分かった」
俺がビーアントに向かって鏑矢を放つと同時に、朱塗り短弓の魔虫狩人が駆け出した。
鏑矢の音が甲殻に反響して混乱状態に陥ったビーアントが次々に落下する。
威力や射程は長弓に及ばないもののその連射性をフルに生かして、朱塗りの短弓から鉄の矢が次々と放たれる。
七体のビーアントが混乱から立ち直る前に頭を射抜かれて絶命し、戦闘は終了していた。
鮮やかな手並みである。
「制圧完了しました。お手数ですが、解体をお願いします。自分は警戒を続けます」
ビーアントの死骸を七つまとめて持ってきた朱塗り短弓君は鉄の矢だけ抜き取って警戒に戻った。
解体対象が増えてしまった。
ブランチミミックの血抜きはまだ終わらないため、先にビーアントの解体を済ませてしまおう。
俺が仕留めた場合と同じくらい綺麗な物だ。これなら、反響板としても利用できる。
この短時間でここまでの獲物が――
「町長、上!」
危険を知らせる声に気付き、咄嗟に血抜きをしている途中のブランチミミックの巨体の陰に身をすべり込ませる。
直後、上からデカい塊が降ってきた。
落下地点が近すぎて全容が窺えないものの、その独特の光沢は明らかに甲虫系の魔虫の物。
「一度距離を取れ。獲物にかまうな!」
チームの二人に指示を出し、俺もブランチミミックの死骸を盾に落下物から距離を取る。
今年は頭上から物が落ちてくることが多いな。
百メートルほど離れると、落下物の全容が見えた。
「……ブルービートルかよ」
夏場に少数発生するカブトムシに似た青い魔虫だ。
大きさは個体差が激しいが、今回落ちてきたのは体長四メートル。平均的なサイズだろう。
ブルービートルはその場で体を持ち上げると、ゆっくりと歩きだす。
「町長、どうします?」
俺と合流するなり、最高級弓に鉄の矢を番えつつ訊ねてくる魔虫狩人。
「どうするって言ってもなぁ」
ブルービートルは非常に鈍重だが、並外れた強度と厚さを誇る甲殻に加え並外れた筋力を持ち、容易には討伐できない。
魔虫にトドメを刺すために使う鉄の矢ですら弾き返すその重装甲振りに加え、目の前にある障害物を角で破壊してまっすぐ進む性質があるため、都市などへ接近が確認されたら大事になる。
そして、今ブルービートルが向かう先にはカッテラ都市があった。
「いまカッテラ都市に残っている戦力は?」
「腕利き三人、素人五人ってところでしょう。ブルービートルを相手にするのは無理ですね」
この殲滅戦に参加してもらっている魔虫狩人は腕がいい人ばかりだし、無理もないか。
朱塗り短弓君が俺の横に立ち、上を見上げた。
「まだいるようです」
言われて上を見上げれば、世界樹の樹液に群がり始めるブルービートルが二体、さらに黒みがかった甲殻と鋭利な鎌が特徴的なサイスマンティスが一体、ブランチイーターが二体見受けられた。
「――はい、撤収」
あんなのたった三人で相手に出来るわけないだろうが。
先ほど落ちてきたブルービートルも樹液を巡る争いをして、蹴落とされてきたのだろう。
「他のチームと合流する」
解体が終わっていたビーアントの甲殻をまとめて、ブランチミミックは勿体ないけど放置。
三人でさっさと野営地へ駆け戻った。
まだ殲滅戦を開始して間もないというのにとんぼ返りする羽目になるとは思わなかったよ。
「あれ、アマネさん、どうしたんですか?」
野営地で留守番と警戒を担当していたチームが俺たちの姿を見つけて呑気に声をかけてくる。
「なんか、ヤバいのが出た感じっぽいですね?」
「ブルービートルが落ちてきたんだよ」
「……どっちに向かってます?」
ブルービートルと聞いて予想以上に危ない状況だと気付いたらしく、居残りチームのリーダーが頬の筋肉をひきつらせて訊ねてくる。
「カッテラ都市の方角だ」
「手分けして他の隊を集めましょう。アマネさんたちはここで休憩と警戒をお願いします」
一隊を率いるだけあって頭の回転が速いらしく、すぐに居残りチームのリーダーは二人一組に分かれて他のチームを呼びに走ってくれた。
俺は休憩をしつつ、ブルービートルの討伐作戦を考える。
一番安全なのは足を破壊して身動きを取れなくする方法だ。餓死させてしまえば人的被害をゼロに抑えられる。欠点は、餓死するまでにおおよそ八日は掛かる点だろうか。弱ったブルービートルをビーアントが発見して仕留めてくれる可能性もあるけど、そうなった場合今度はビーアントが大挙して押し寄せる可能性がある。
次点で、甲殻の隙間を狙い澄ました鉄の矢による攻撃でダメージを蓄積し、殺す方法。これなら他の魔虫を呼び寄せることはないけど、鉄の矢を何本消費する事になるのか分からない。
「ブルービートルの甲殻って利用法がないんですよね?」
「硬すぎて加工ができないからな。取り柄の硬さでさえ、色の鮮やかさと一緒に二十年くらいで失われるし」
青色顔料として研究された事もあるそうだけど、細かく砕く技術がないため頓挫している。鉄の矢を弾き返すその硬度を考えれば仕方のない事だ。
上手く加工できるようになれば工具とかに転用できそうではあるんだけどな。
そんな話をしている内に、ビロース達が続々と戻ってきた。
「ブルービートルが出たってのは本当か?」
「あぁ、しかもこの上の枝に二体おまけだ」
「嬉しくない大物だな」
鉄の矢を何本も撃ち込まないといけないわりに一銭にもならないため、村や町などの人が住む場所を目指してこない限りは無視される魔虫だ。
それでも、この枝の上を安全地帯にするのが今回の作戦の目標である以上、倒しておかないといけない。
それに、殲滅作戦でカッテラ都市から魔虫狩人を大量雇用しておいて、ブルービートルにカッテラ都市が襲われるままに放置するわけにもいかない。
「カッテラ都市に後で事情を説明しておけばいくらかの謝礼は出るだろ。とにかく、早い所始末する」
魔虫狩人たちを再編成して、ビロース率いる強弓隊と俺が率いる速射隊に分かれ、ブルービートルの下へ移動。
二体に増えていらっしゃいました。
「上から落とされた奴みたいだな」
苦笑しながら、ビロースが頭上を見上げる。
樹液に群がっていた魔虫たちの内、残っているのはブルービートルが一体だけだ。他の魔虫は樹液を諦めてどこかへ去ったらしい。
上から飛び込みで戦闘に参加してこられるよりよっぽどマシだろう。
「ビロースはブルービートルの撃破を頼む」
「了解。町長は周囲の警戒な」
ビロースの部隊と分かれ、俺は速射組に周辺警戒を命じる。
特に頭上に対しての警戒は密に行う必要がある。いまは樹液を啜っている頭上のブルービートルがいつ落ちてこないとも限らない。
動きの鈍いブルービートルに右側面からビロース達が射かける。
カンカンと金属質な音が何度もするが、数本は甲殻の隙間、関節部分に刺さっているようだ。
「胴体を狙え。頭の付け根だと筋肉が邪魔して刺さらねぇぞ」
ビロースが追加の指示を出し、ブルービートルへ矢を飛ばす。
頑丈さと筋力こそ脅威だが、その鈍重さゆえにブルービートルはビロース達への反撃ができていない。
少しずつブルービートルの動きが弱弱しくなり、大した抵抗も見せないままその場に転がった。
すぐさまもう一体にビロース達の標的が変わり、一斉に矢を射かける。
特に問題なく討伐が終わりそうだと安堵した瞬間、生き残っていたブルービートルが羽を広げた。
「ヤバい、飛ぶぞ!」
魔虫狩人の誰かが叫ぶ。
力強くブルービートルが羽ばたけば、いくら矢を射かけても風圧で吹き飛ばされる。
俺は背中の矢筒から矢を一本引き抜いてブルービートルのさらに上を狙って放った。
ブルービートルが上昇した先を狙った俺の矢は、ブルービートルの羽ばたきで生じた風圧の前に勢いを失って落下する。
「ちっ――追うぞ!」
率先して駆け出しながら、指示を出す。ほとんど間を挟まずにみんなが駆け出した。
場数を踏んでいる魔虫狩人ばかりだから、こういう時に切り替えが早くて助かる。
ブルービートルの胸と腹の関節部に刺さっていた矢が前羽とこすれ合って半ばから折れ、矢羽部分が落ちてくる。
「カッテラ都市に向かってるな」
ビロースが苦い顔で言う。
飛翔したブルービートルが向かう先にはカッテラ都市がある。
いくら樹液を啜る草食性の魔虫でも、あんなデカブツが飛来してきたらカッテラ都市に被害が出るのは間違いない。
「鏑矢、行きます」
魔虫狩人の何人かが一斉に鏑矢を放ち、ブルービートルの気を引こうと試みる。
しかし、先ほどまで俺たちに矢を射かけられていたブルービートルは全く気にする様子がない。
俺はブルービートルを観察しつつ、矢筒から三本の矢を取り出す。
俺が取り出した矢を見たビロースが眉を寄せた。
「おい、町長、綱付きなんかどうするつもりだ?」
雪虫を捕らえる時に使用するロープと無数の返しが特徴の矢、通称綱付きを構えて、俺はビロースに答えを返す。
「綱を羽に絡ませてブルービートルを落とす」
「矢が当たらないのにどうやって」
「こうやってだよ!」
ほぼ一定の速度で飛んでいるブルービートルの頭上から角に到達するように山なりに矢を飛ばす。
続けざまに二射目を放ち、一射目についているロープに絡ませる。
二射目の矢が錘となって落下し、ブルービートルの羽へと落ちていく。落下先を予測しつつ、俺は三射目を放った。
三射目がさらなる錘となり、ブルービートルの羽が作り出す風圧にも負けずにロープを導いていく。
「よし、掛かった!」
ブルービートルの羽にロープが引っかかり、風圧で揺れ動く。
甲殻で覆われた前羽とは違い、薄い後ろ羽は風圧で揺れ動くロープに叩かれて徐々にボロボロになって行く。ロープには錘を兼ねていた二本の矢がついているため、矢が羽を傷つけてもいるのだろう。
羽が傷つけば飛べなくなるのも当然でブルービートルの逃走劇が終わりを迎えて枝の上に落下する。
「ビロース、とどめを!」
「あいよ!」
羽根が折り畳まれるより早く、ビロースの放った鉄の矢がブルービートルの腹部に突き立つ。
すぐさま強弓を誇る魔虫狩人たちが矢を射かけ、ブルービートルは腹部を無数の矢に貫かれて絶命した。
「無茶苦茶するな、町長」
ブルービートルの羽根に絡んだロープを見て、ビロースが言う。
「曲芸だろ、あれ。人間業じゃないぞ」
「一か八かだったんだけどな」
ここ最近のリハビリがてらに、じっちゃんに教わった鈴を矢で射ぬいて演奏する曲芸の練習をしてたから、命中精度が高くなっていたっぽい。
芸は身を助けるという奴だろうか。
ブルービートルの死骸を見る。
太陽の光を受けて青く輝く甲殻は磨けばなかなか綺麗だと思う。
……何かに使えそうなんだけどな。