第二十七話 付近の新興の村
公民館の宴会場だけでは収まり切らず、晴れている事も手伝って外にもテーブルや椅子を配置して宴会を継続する。
ビロース達古参住人や元キダト村長、司教のアレウトさんに医者のカルクさんなど、タカクス町で一定の立場がある人たちばかりだけあって、酒を飲んで騒いでいる割に不作法者はいない。
「前回に来たときに比べるとずいぶん大きくなったんじゃな」
じっちゃんが酒を片手に宴会の様子を見て呟き、第三の枝のタコウカ畑に視線を移す。
「あっという間に町にまでなりよって。子供と一緒で成長が早いのは喜ばしいが、置いてけぼりにされる寂しさがある」
「色々と周囲の状況が手伝っての急成長だけどな。それと、じっちゃんはもっと遠くにいるから、俺たちが近付いて行ってるんだっての」
「なんじゃ、お世辞も言うようになったか。それで二人同時に口説いたのか?」
「そういえば、どうして好きになってくれたのかは聞いてないな」
「そんな野暮なこと、聞くんじゃないぞ?」
やっぱりだめですかね。
まぁ、じっちゃんが言うなら聞かない方がいいのだろう。
じっちゃんが雲中ノ層を見上げる。
「支え枝から始めるんじゃろ?」
「雲中ノ層への橋架けなら、支え枝はいらないんだ。第三の枝が波打ちながら雲中ノ層へ向かって上昇する形になっているから、高さを微調整して架ける形を考えてる」
おかげで工費も期間も圧縮できるだろう。
代わりに、雲下ノ層にある現在のタカクス町が有している四本の枝を強化するための支え枝を検討している。土台がしっかりしていないと摩天楼を作るのが難しいからだ。
「資金はあるのか?」
大規模な工事を連発すると話したからか、じっちゃんが訊いてくる。
「シンクや結婚事業に加えて、今は市場の収益や劇場の利益があるから、全く問題ないんだ。というか、資金そのものはすでに用意してある状態」
「羽振りがいいな」
「特産品や観光名所があると、外からの資金の流入があるからね」
ただ、タカクス町に金が流入してくるのなら、反対に金が流出している場所があるという事だ。
今後を見据えるなら、タカクス町の中で資金を滞留させ続けるのはよくない。
じっちゃんが腕を組み、納得したように頷いた。
「それでコヨウを育てとらんのか」
「そういうこと」
コヨウの飼育基金を立ち上げるのは、現在のタカクス町の資金繰りを考えれば難しくない。
コヨウの肉や毛糸を自前で用意できるようになれば、タカクスはますます自給自足が成り立つだろう。
だが、それをしてしまうと周辺の町や都市から資金を吸い上げ続けることになり、還元する事が出来ない。
ゆっくりと周辺の町や都市を殺していく事にもなりかねないのだ。
もちろん、今のタカクス町がそこまでの影響力を持っているわけではないし、今後も単独で影響力を持てるとは思わない。
用心しておいた方がいいという話だ。
「またシンクみたいに関税を掛けるみたいな話が出たら困るしさ」
経済封鎖的な事をされちゃうかもって考えるとね。
じっちゃんは「あれは美味かったなぁ」としみじみ言って、宴会場で出されているシンクの焼き鳥を眺める。
ちなみ、シンクに関してのみ調理を担当したのはマルクトである。
今日からは妻として料理も頑張ると言い出したリシェイを止めてほしい、とマルクトに泣いて頼まれたのだ。
じっちゃんと話をしていると、フレングスさんと木籠の工務店の店長さんがやってきた。
「こっちにいたか」
フレングスさんが周囲を見て人がいないのを確かめてから、じっちゃんの方を見る。
「ジェインズ老も、この辺りの村には寄りましたか?」
「新興の村の事を言っとるんなら、寄ったぞ」
「どうでしたか?」
フレングスさんの短い問いに、じっちゃんは無言で首を横に振った。
それだけで、俺たち四人に共通認識ができている事を知る。
「もたねぇよな、あれは」
店長さんが苦い顔で言って、空を見上げる。
「ちょっと足を延ばしてクーベスタ村にも行ってみたんだが」
クーベスタ村と聞いて、冬の事を思い出す。
若い職人が興した村だ。店長さんも職人の一人として、動向が気になったのだろう。
しかし、あまり芳しくなかった様子で首を横に振る。
「村長をやってる職人の腕は悪くない。経営者としては失格だが、職人としては年齢を加味して上出来だ。だが、運営を補佐する人材が足りてないのが露骨に見える」
俺と同じ意見か。
三百歳ほどの建築家が興した村に行ったというフレングスさんが話を続ける。
「タカクス町からだと南、幹の方にあるヒーコ村を通ったが、あれも駄目だな。村として機能しちゃあいるが、産業面で失敗を続けてやがる。売り出す物がないから直に経営破たんするぞ」
ヒーコ村は確か、カッテラ都市の向こうに出来た村だ。
近くにカッテラ都市がある分、特産品がないと資金繰りは厳しくなるだろう。
店長さんとフレングスさんが次々と新興の村について話したため、じっちゃんの方に視線が集中する。
じっちゃんは頬を掻いた。
「あまり若いもんの失敗をあげつらいたくはないんじゃがな」
そう言いつつも、続けられた言葉はフレングスさんたちよりも詳細だった。
「魔虫狩人が三人で興したギリカ村をみてきた。農業よりも周辺の野鳥や魔虫を狩る事で収益を上げることを考えて動いておるそうだ。タカクス町のランム鳥やシンクの安定した供給と品質に追いつくことはできず、さりとて農業の知識もなければ土の購入資金もないというジリ貧具合。狩りで村の男が長期で村を空ける事も多く、圧倒的に人手が足りておらん」
タカクス町よりひどい人手不足じゃ、とじっちゃんは肩をすくめる。
「魔虫素材の売却資金で食いつないでおるが、狩猟生活なんぞ長くは続かん。村にいた若いもんに話を聞いたが、冬場に雪虫を狩るとしてもせいぜい十三年で資金が尽きる。周辺の魔虫の様子も見たが、どうにもバードイータースパイダーの徘徊型変異種がおるらしいな。この徘徊型変異種がどれほど生きるか、数を増やすかでギリカ村の経営破たんまでの期間が短縮されるじゃろう」
徘徊型変異種と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、ウイングライトの討伐に出かけた際に雲中ノ層で見たナゲナワグモのような変異種だ。
もしもあの変異種と同様の個体がいるのなら、周辺の魔虫の生態系は少し変わっているかもしれない。
「じっちゃん、魔虫の種類はどうだったんだ?」
「ギリカ村周辺の魔虫はビーアントが主だったようじゃな」
「やっぱりか」
「なんじゃ、心当たりがあるのか?」
じっちゃんに問われて、俺はナゲナワグモ変異種について話す。
じっちゃんはなるほど、と呟いて、雲中ノ層の枝を見上げた。
「図体がでかく、動きのトロイ魔虫にとってその変異種は間違いなく天敵になる。だからこそ、繁殖力に優れて比較的小型、機動性に優れたビーアントが生き残り、数を増やしたんじゃな。とすれば、あの狩場は荒れた直後、生態系の再編がなっていない状態という事になる。魔虫狩りで生計を立てとるギリカ村の寿命はもうほとんどないな。遠征する体力と決断力があれば別じゃが、村長を始めとして既婚者も多かったからのぉ」
じっちゃんの分析はおそらく正しい。
というか、タカクス町に来る途中に立ち寄っただけの村について、資金繰りや村での生活の仕方なども聞きだしているじっちゃんのコミュ力は尊敬に値する。
絶対真似できないよ。
「十年以内に受け入れ態勢を整えるくらいで考えておくよ」
「それがいいじゃろ。だが、延命処置を講じておくことも考えておけ」
「延命処置ねぇ」
支援したくても受け入れてもらえないと悩んでいたカッテラ都市の事を思えば、同じ新興の村から発展したタカクスが乗り出すべきだとは思うけど、受け入れてくれるだろうか。
「タカクスが表だって動く必要はないぞ?」
「どういうこと?」
「ギリカ村の魔虫素材をクーベスタ村とヒーコ村へ流し、交流を活発化させれば食料品以外を自給できるようになる。タカクスの市場にクーベスタ村の家具を流せば多少は利益が出る。後はそれを元手にタカクス町の食品を買わせればよい。三つの村が自給自足できていない以上、延命処置にしかならんじゃろうが」
確かに延命処置にしかならないけど、それで稼げる時間が今は何より貴重だ。
「少しばかり伝手を使って画策してみるよ。行商人を何人か向かわせて数回取引したら相互で繋がりができるだろうし」
「自然にやるんじゃぞ」
「分かってるって」
「自然に繋がるんじゃぞ?」
「……何が言いたいかは聞かな――」
「今夜は自然に繋がるんじゃぞ?」
真面目な話をしてたのに!
「そう言えば、アマネの嫁二人はどこに行った?」
俺がツッコミを入れるより先に、フレングスさんが宴会場を見回す。
リシェイとメルミーはサイリーさんと店長の奥さんと一緒にいた。
店長さんがいきなり俺の後ろ襟をつかんでくる。
「なんですか?」
「いや、多分だが、あれはどうやって夫を尻に敷くかの講義をしてるんじゃないかと思ってな」
「なら、俺の将来のために離してくださいよ。止めてこないと」
「嫌なこった。アマネも俺たちの側に来るんだよ」
「ようこそ、恐妻家同盟へ。歓迎するぞ、アマネ」
フレングスさんまで俺を捕縛してくる。
恐妻家二人にとっ捕まった俺を見て、じっちゃんは肩をすくめる。
「やれやれ、仕様のない奴じゃの。あの二人からの講義を受ければさぞ頼りがいのある嫁になるじゃろうに、男ならでんと構えろ」
「そうは言うけど、フレングスさんたちですら尻に敷かれてんのに、俺如きが敵うわけないだろうが。いまのうちに妨害しとかないと」
「……アマネ!」
くわっと目を見開いたじっちゃんが一喝してくる。宴会をしている他の人たちには聞こえない程度の声量なのに凄まじい迫力だった。年季が違う。
一瞬にしてピリッとした空気の中で、じっちゃんは厳かに口を開いた。
「では、三人でヤる時の心得をば」
「いらんわ!」
なんか含蓄のある言葉でも言うのかと思ったらエロネタ思いついただけかよ!
くだらない話をしていると、行き場を失ったテテンがふらふらと宴会場から出てきた。
フレングスさんと店長に拘束され、じっちゃんのエロトークにツッコミを入れている俺を見たテテンはニヤリと笑みを浮かべた。
「……ざまぁ」
宴会場から出た時は人酔いで青ざめていたテテンの表情が喜色に染まる。
あんにゃろ。
俺を助けてくれるはずもなく、テテンはくるりと反転するとリシェイ達の方へ足取り軽く駆けて行った。
しかし、既婚者の集まりになっていたリシェイ達の下から追い払われたらしく、テテンは所在無げにあっちへウロウロこっちへウロウロしだす。
なんか、哀れになってきたな。
俺はじっちゃんたちと顔を見合わせる。
「あの色白娘の事はかまってやらんでいいのか?」
じっちゃんがテテンを指差して訊ねてくる。
色白というか、引き籠ってるせいで日焼け知らずなだけだ。
「多分、放っておいてもすぐに収まる所に収まるよ」
気配を消す事にかけてはかなりのモノだし、しばらくしたらしれっとリシェイ達の輪に加わるはずだ。
ほら動き出した。
テテンがリシェイやメルミーの視線を掻い潜る形で気配を消し、サイリーさんの後ろを通って輪の側に立つ。
外からは会話の参加者に見えるけど、中からはただそばに立っているな、くらいの認識ですぐに存在ごと忘れられる、そんな絶妙な位置取りである。
多分、熱源管理官養成校での生活で培われた技能だろう。グループ学習的な授業でさりげなく自分のグループの補佐として立ち回り不必要な時は完全に気配を殺して空気になる。
前世でそういうタイプをたまに見た。
じっちゃんが唸った。
「あの色白娘、妙な特技を持っとるな」
「たまに俺でも気づかなかったりするからな」
「儂も初見でやられたら気付かんじゃろうな」
じっちゃんでもかよ。