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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第二十六話 結婚式

 ベッドから降りて着替えを済ませ、すっかり治った右腕を軽く振って具合を確かめた後、部屋の扉を開けて廊下に出る。


「――で、何してんだ、テテン」

「……部屋に、もどれ」


 両手を顔の横で構え、いつでも「がおー」とか言い出しそうなテテンの額を指でつつく。


「今日は結婚式があるから、テテンにかまってられないんだよ。これから教会に行かないと」

「だからこそ、もどれ……」

「ほほぉ、妨害したいのか」


 ぐりぐりとテテンの額に親指を押し付ける。


「ほら、どけ。俺は結婚するんだ」

「させ、ない……」


 俺の親指から逃れるように後ずさったテテンが廊下を塞ぐように構えを取る。


「……断固、阻止」

「ついに決着つける時がやってきたか。俺はおまえを倒し、リシェイとメルミーと結婚式を挙げるんだ」


 俺もまた構えを取る。病み上がりとはいえ、魔虫狩人舐めんなよ。


「――二人とも、遊んでないで早く準備しなさい」


 部屋から出てきたリシェイが廊下で睨み合う俺とテテンに気付き、欠伸を噛み殺しながら言った。


「はい、リシェイお姉さま。……命拾い、したな」

「あぁ、そうだな。テテンと争えばとてつもなくグダグダした戦いが繰り広げられるところだった」


 最後には体力が切れたテテンを介抱している俺の姿しか思い描けないくらいだ。

 そんな小芝居を挟みつつ、俺は一階に下りてリシェイの淹れてくれたハーブティーを一杯飲んだ後、事務所を出た。

 向かう先は本日の舞台である教会だ。

 早起きした孤児院の子供達が教会を掃き清めているのを横目に、司教のアレウトさんの下へ向かう。

 側廊にいたアレウトさんを見つけて声を掛ける。


「おはようございます」

「これはこれは、町長、おはようございます。お早いですね」

「実は昨日からろくに寝てないんです」

「やはり、緊張していますか。大丈夫です、我々が手助けしますので、最悪、式の手順を忘れても問題なく進行しますよ」


 心強いね。

 睡眠不足の理由はテテンに夜通し百合小説を聞かされていたからなんだけどさ。

 いま思うと、あれも妨害工作の一環だったんだろうけど、いつもの夜の過ごし方になっていたから疑問にも思わなかった。

 アレウトさんと一緒に側廊を歩き、教会玄関から外に出る。


「昨夜眠れなかったのは、町長だけではなかったようですよ」

「というと?」

「第一の枝の上の家々に明かりがついていましたから。第二の枝もそうですけれどもね。皆さん、町長たちの結婚を祝福しているようです」

「なんか、照れますね」

「大いに照れてください。本日の主役の一人なのですから、その権利があります」


 なら、照れさせてもらおうかな。


「衣装の方は準備できていますので、鉢植えなどを確認しておきましょうか」


 結婚式に使う道具などを確認して、俺は新郎の控室に向かった。

 新郎の控室にはサラーティン都市出身者のまとめ役、ラッツェが待っていた。


「おはようございます、町長」

「おはよう。世話になるよ」


 ラッツェに挨拶を返しつつ、衣装を手に取る。

 袖は長く、袖口も広い。

 裾周りについている飾りは楕円形のメダルに架空の樹木であるクラクトを彫金したものだ。鉄製のそれは一個で十分に金銭的な価値のある物だけど、衣装には全部で七つ付いている。

 また、衣装の前止めボタンには架空の鳥キューが三羽、それぞれ別方向に翼を広げている図案で刻印されている。このボタンも鉄製だ。

 衣装そのものはバードイータースパイダーの糸で織られ、複雑な幾何学模様で彩られている。

 前世知識ではどこの物ともつかない民族衣装だ。非常にゆったりした着心地だけど、見た目の上品さからは想像もつかないほど重たい。


「いま着たら、式が始まる頃には体力が尽きていると思いますよ?」


 ラッツェの予想には同感だから、今は衣装を着ずに式次第でも読み込んでおこう。


「なぁ、女性用の衣装もあんなに重いのか?」

「着た事がないのでわかりかねます」

「着た事があったらそっちの方が驚きだよ」


 軽口を叩きあうと、ラッツェは小さく笑う。


「結婚式の衣装は、男性用の物が重く、女性用は軽くなっています。ですから、風に煽られた葉を繋ぎ止める大樹の如く、新婦を繋ぎ止めてくださいね」

「衣装の重量ってそういう意味なのか」

「俗説ですよ。リシェイさんならもっと詳しいと思いますから、夜に聞いてみてください」

「なんで夜に限定したのかは聞かないでおこうか」


 藪蛇になりそうだし。

 コンコンと扉がノックされる音がして、ラッツェが立ち上がる。

 扉の向こうと二言三言言葉を交わしたラッツェが俺を見る。


「親族の方が全員そろったようです」

「そっか、じゃあいよいよだな」


 衣装を持ち上げて着替えを始める。少々手順は複雑だけど、一人でも着れる類のモノだ。

 衣装を身に纏って、なんか色々と背負う覚悟を決めて、いざ出陣だ。

 でも、これからの生活も今まで大して変わらなそうなのが覚悟を軽くしそうで不安。

 ラッツェに案内されて部屋を出る。

 衣装が重たいのかこれから背負う物に対する覚悟が重いのかよく分からないけれど、身体がいう事を聞かない。

 単純に緊張しているだけともいえる。

 教会の中に入ると、身廊の奥で待っているリシェイとメルミーの姿があった。

 リシェイは白いドレスを身に纏っている。裾はくるぶしに届くほど長い。前世での結婚式に見るような白一色のドレスではなく、民族衣装的な幾何学模様が明度の異なる多様な白で描き出されている。

 ドレスの上には上着を羽織っている。膝丈まであるその上着は広い袖口を持ち、ボタンがないため前を留める事は出来ない。風をはらんで背中側に広がればさぞ美しい事だろう。

 そんなドレスの美しさも、俺を見つけた瞬間にリシェイが浮かべた綺麗な微笑みを引き立てる役にしかたっていない。

 その隣に立っているメルミーは空色のドレスを着ている。

 主に架空の植物を刺繍したドレスだ。刺繍された植物はほとんどがこの世界で何らかの意味を持つ物だけど、一つだけ見覚えのある物があった。

 メルミーの羽織っている空色の上着に大きく刺繍されたそれは、俺がこのタカクス教会を建てる際に紙に描きだした日本の植物の一つ、藤の花だ。

 俺の視線に気付いたメルミーが悪戯っぽく笑う。

 俺に内緒で刺繍を施したらしい。図案を見せてと言われた時はてっきり彫刻の題材にでもするんだと思ってた。

 似合っているから良いんだけどね。


「お待たせ」


 二人に声をかけて、間に立つ。


「それじゃあ、式を始めようか」


 この場にいるのは俺とリシェイ、メルミー、それに神父役のアレウトさんだけ。

 親族は教会の前にいるはずだ。

 俺を連れてきてくれたラッツェや、リシェイとメルミーを連れてきてくれただろうケキィに対してアレウトさんが合図を送る。

 すると、教会の扉が開かれて親族がぞろぞろと教会内へ入ってきた。

 当たり前のように先頭にいるテテンはがちがちに緊張していて、その後ろにはじっちゃんやフレングスさんとサイリーさん、木籠の工務店の店長さんと奥さん、ヨーインズリーから出られない司教に代わってやってきたミカムちゃんがいる。

 親族は六人だけ。しかし、その後ろからはタカクス町の古参メンバーであるビロースや若女将、マルクトなどが入ってきた。

 来賓者の入室を確認したアレウトさんが片手を挙げると、教会の扉が閉ざされる。

 誰も一言も発しないまま、アレウトさんが俺たちに背を向けて身廊の奥の扉を開き、祭壇へと向かう。

 俺は両手でリシェイとメルミーの背中を支え、アレウトさんの後から祭壇へと向かった。

 桜色の光が降り注ぎ舞い踊る祭壇。

 そんな桜色の光を花として纏った小樹の前には二つの鉢植えがあった。


「では、種を」


 アレウトさんの短い指示を受けて、俺は種を二つ取り出した。

 リシェイと共に白い鉢植えに、メルミーと共に空色の鉢植えに、それぞれ種を植える。

 神話の冒頭、比翼の二人と呼ばれることになる男女が世界樹の種を植える故事に倣った、結婚式で唯一の儀式らしい行いだ。

 アレウトさんがジョウロを傾けて、鉢植えに水をそそぐ。

 こうして、結婚式は無事に終了した。




 とはいえ、式そのものが終わっても結婚に伴う一大イベントが終わっていない。

 宴会である。

 タカクス町公民館を貸し切りにして行われている宴会には親族と何故かテテンが同席していた。


「まさかの同時結婚か。最終的にはこうなると分かっちゃいたが、しかし同時とは……」


 ガシガシと頭を掻く木籠の工務店の店長さん。

 ぎろりと俺に鋭いまなざしを向けた店長さんが腹いせに俺の頭を叩こうと手を挙げた瞬間、その横に座っていた奥さんの右手が残像を残して店長さんの横っ面を張った。


「義娘の旦那をドつくんじゃないよ」


 きっぱりと言い切ってから、奥さんが俺を見る。


「メルミーをよろしくね。泣かせたらどうなるかはいま見せたもの。幸せにしてあげてね」


 元より幸せにするつもりです。でも、無言で頷くしかない。

 フレングスさんが店長の肩を叩いてなぐさめている。

 そんな旦那二人を横目に、サイリーさんが奥さんに話しかけ、会話の花を咲かせた。

 リシェイの親族として参加しているミカムちゃんは年が近い事もあってリシェイやメルミーと話をしている。

 俺の側にはメルミーの養父母である木籠の工務店の店長夫妻とフレングスさん夫妻。

 したがって、残ったじっちゃんとテテンがすぐそこで話をしている。

 テテンは徐々に俺の方に後ずさってきて、いつの間にか背中をぴったりつけているような状態だった。じっちゃんを警戒しているらしい。


「今までにない手合いじゃのう」


 じっちゃんの交友範囲に引き籠り少女は入っていないらしい。自宅という鉄壁の城壁の中、自室という堅牢な本丸に立てこもる少女など、普通に生活していたらまず出くわさない。

 さしものじっちゃんもその人生経験を生かしきれないテテンが相手では距離を詰めにくいらしい。

 しかし、テテンが壁ではなく俺の背中に背中を預けているのを見て、思案顔で顎を撫でた。


「アマネの昔の失敗談を教えてやろうかの」


 ピクリとテテンが反応したのが背中越しに伝わる振動でわかった。


「そうさな。村の入り口で何度となく転び、その度に水を汲みに戻る羽目になったアマネの健気さでも語ってみようか」

「……くわしく」


 俺をダシにして仲良くなりやがった。


「おう、そうだ。アマネに知らせておくことがあったんだ」


 奥さんの手形で赤く色付いた頬をさすりながら、店長が言う。


「アクアスが雲中ノ層への橋架けを開始したそうだ。タカクスはどうなってる?」


 アクアスの橋架けか。

 冬に出向いた時にはどうするか話し合っている様子だったけど、結局は架けることにしたのか。

 そうでもないと難民の発生時に対応できないから仕方ないとしても、ちょっと心配だ。

 俺はメルミーやミカムちゃんと話しているリシェイを見る。


「劇場の完成もあって、人口が増えてきてるんです。この間リシェイと人口調査をして、雲中ノ層への橋架けを検討する事にしました」

「劇場が完成して人口が増えるというのは因果関係が分からんのう」


 俺と店長の会話にじっちゃんが割り込んできた。

 俺はじっちゃんを振り返る。というか、テテンが邪魔だ。


「劇場を目当てにした流れの芸人とそれを当て込んだ楽器職人なんかが移住してきてるんだ。入り口広場の隅の方で演奏してる人とか見なかった?」

「そういえば、おったな。あれが噂のローザス一座の下っ端かと思うとったが、別口じゃったか」


 俺が頷くと、今度は店長が声をかけてくる。


「楽器職人共の工房はどうしてるんだ? 第一の枝は古参住人の住居と飼育小屋、畑なんかで埋まっている。第二の枝は住宅街で第三の枝はデートスポット、第四の枝は荷重限界が近いんだろう?」

「そうです。楽器職人の工房を作ろうにも場所がない。それで、雲中ノ層に進出して、工房を作ろうかと」


 湿度の関係があるので楽器工房には向かないかもしれないため、職人たちと話し合う事になる。


「店長さんは楽器も作れたりします?」

「無茶を言うな。楽器なんてのは専門の職人が作るんだ。真似事もできねぇよ」


 やっぱり専門職なんだな。

 店長が俺の背中を叩いてくる。


「橋架ける時は呼べよ」

「そうさせてもらいます」


 雲中ノ層は天気次第では雲に覆われるため、工事の難度が格段に高くなる。

 木籠の工務店の様な優秀で経験豊富な職人集団でないと危なくて任せられないのだ。


「儂は孫が見たいがなぁ。テテンちゃんや、よろしく頼む」

「……却下」

「つれないのぉ」


 言葉とは裏腹に、じっちゃんは愉快そうに笑う。

 下ネタを自粛している気がするのは、祝いの席だからだろうか。

 じっちゃんの辞書に場をわきまえるという慣用句が載っていた事に内心驚愕しているうちに夜を迎え、古参住人なども加わっての大宴会に発展した。



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― 新着の感想 ―
わりとあっさり結婚式
結婚式なのに、なんだかあっさりしてるのはのんびりしていられない世界なのかな?昔は魔虫も多かっただろうしね。
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