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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて

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第二十三話 デモンストレーション

「玉貨一枚と鉄貨三百枚?」

「純利益でね」

「マジか」


 十日間に及ぶローザス一座の公演が終わり、屋台の利益などを集計してみたところの結果である。

 物珍しさも手伝って観客がわんさと来たから当然と言えば当然だけど、ここまでの利益が出るとは正直思わなかった。

 せっかくタカクス町に来たんだから、とランム鳥の肉や卵を食べていく人も多く、屋台以外の飲食店の売り上げも大幅アップしている。

 観客動員数はのべ一万人、タカクス町の住人が頻繁に足を運んでいるから割増しで増えているけれど、それでもかなりの人数だ。


「宿に泊まっている客の中には遠方から来ている人も多いって、ビロースも言ってたけど。それでもすごい数だな」

「十日間欠かさず足を運んだ人もいたみたいだよ」


 メルミーの証言にリシェイも頷く。


「ローザス一座の若い子から話を聞いたわ。二百年前にヘッジウェイ町で公演を行った時のお客さんも足を運んできてくれたそうよ」


 二百年前の事を良く覚えてるな。お客さんも、若い子とやらも。

 しかし、その証言から察するにいわゆる追っかけみたいなのがいたのだろう。


「十日間の公演でこの経済効果は侮れないわね」

「結婚事業並みの効果だもんな」

「でもさ、今回は物珍しさで客入りが良かっただけかもだよ。公演期間を延長したら客足も遠のいたかも」

「……メルミーお姉さまに、一票」


 テテン、いたのか。


「燻煙施設はどうした?」

「マトラ燻製、完成。鳥肉は仕込中。店じまい……」

「そうか。お疲れさま」


 テテンがこくりと頷く。


「……結局、観れなかった」

「テテンちゃんが逃げ出したからだけどね。今度機会があったらメルミーさんが付き合ってあげるよ」

「付きあって、くれる……?」

「あげるよ」


 テテンがこの世に神の存在を確信したような表情を浮かべて俺にドヤ顔を向けてくる。

 イラッとくる。写真にとってサンドバックに貼り付けておけば、定価の三割増しでもバカ売れすること請け合いなくらいイラッとくる。

 その柔らかほっぺが落ちるくらい揉みしだいてやろうか。

 惜しむらくは、この世界にサンドバックがない事だな。

 冗談はさておき、今回の公演における問題点についても整理しておこうか。


「喧嘩騒ぎはなかったけど、立ち見客が多くて不満の声があったわね」

「結局、十日間通して立ち見客が出たもんな」


 何しろ日替わりで演目が変わるのだ。

 テレビだのゲームなどが存在しないこの世界、演劇は大衆娯楽としてかなり高い地位にある。

 そうでなくとも、タカクス町は移住者が多く、元々住んでいた場所と現在のタカクス町を比べるから、娯楽の有無はひときわ目につくだろう。

 暇になったら建築図鑑を眺める俺とか、歴史書を読み始めるリシェイとか、彫刻を始めるメルミーとか、百合小説書くテテンみたいな趣味人ばかりではないのだ。

 ……趣味が変質的という意味では俺とテテンがあたかも同類のようだ。深く考えるのはやめておこう。


「今度この手の公演があったら、一度の観客動員数を増やしたほうが良いかな」

「後は人の列を整理する係員もいた方がいいわね」

「屋台で料理する食材の運搬経路も見直した方がいいってラッツェ君が言ってたよ」

「ラッツェが?」

「屋台の手伝いをしてたんだってさ」


 タコウカの研究の合間に息抜きでバイトとは、身体を壊さないと良いけど。

 今度、年齢二桁の野郎だけ集める宴会でも企画しようかな。


「食材の運搬経路の話だけど、例の雑貨屋の店主さんからも意見を頂いてるわ」

「リシェイちゃん、いい加減に名前を憶えてあげなよー」

「テガァルースさん?」

「惜しいね」


 テグゥールースさんの意見によれば、入り口前広場からタカクス町にはいる観光客の流れとコヨウ車を用いた商人の流れに対して、公演が行われている会場へ向かう観客の流れと屋台への食材を運ぶ運び屋の流れが広場中央付近でぶつかってしまい、人の流れが複雑になるという。

 元々、入り口前広場は多人数が複数の目的で出入りする場所ではなかったから、こういった事態になったのだろう。


「入り口前広場の存在意義はタカクス町への出入りと屋台を利用する小休憩の場だからな。公演を見るために列を作ったりするような、人が溜まる場所としては作ってなかった。場所の設定が間違っていたって事だな」

「一概にそうとも言えないわよ。タカクス町に出入りする人が必ず通る入り口前広場で開催したからこそ、ついでに公演を覗こうとして足を止める観客が出たのだもの」


 場所が入り口前広場だったことで観客数が伸びたというリシェイの意見は、テテンが引っ張り出してきたビロースの宿のアンケート用紙の内容により証明された。


「一座がいる事を知らなかったから、入り口前広場で公演が行われていて驚いた。タカクス町の中の宿だけでもいいから公演の日程を張り出してほしい、か」


 現在タカクス町に出入りしている人々がどこから来ているのか、その出身地域を見誤っていたらしい。

 俺たちの想像よりもはるかに遠方からも客が出入りしていたのだ。


「得る所の大きな公演だったわね」

「そうだな」


 この経験はしっかり次に活かしていきたい。


「ねぇねぇ」

「はいはい」


 声を掛けられてメルミーの方を見る。


「いま、ローザス一座はどうしてるの?」

「公民館で休んでると思う」


 無事に公演を終了させたお祝いに花束を届けた時には、座長のレイワンさんもやり遂げたような顔をしていたから間違いないだろう。今頃泥のように眠っているはずだ。

 多分、明日の内に道具類をコヨウ車に積んで、明後日カッテラ都市経由でどこかへ行くのだろう。

 餞別にシンクのお肉を贈りたいところだけど、ローザス一座は団員四十名もいて、人数分を無料で贈るのはさすがに損失が大きすぎて無理だ。

 と、ローザス一座への餞別を考えていると、事務所の呼び鈴が鳴った。

 すでに日は没してタカクス町にタコウカの葉が煌めき輝くお時間。恋人たちが今頃第三の枝で愛を語らっている時間である。事務所を訪ねる者などまずいないはずだ。

 油断していた引き籠り娘テテンの方がびくりと震えるのも納得である。

 平然と立ち上がってキッチンの方へお茶の用意をしに行くリシェイさんとの対比がある意味美しい。


「誰だろ」


 誰であっても見に行かないといけないんだけどね。

 俺が立ち上がるとメルミーも席を立った。


「メルミーさんがドアを開けてあげよう」


 骨折している俺の右手を庇っての事である。

 メルミーと一緒に玄関に向かうと、ローザス一座の座長、レイワンさんの姿があった。


「夜分遅くに申し訳ありません。少々、お話をしたいのですが、よろしいでしょうか? 明日、改めて訪ねることもできますが」

「いえ、今からどうぞ。明日はレイワンさんたちも出発の準備で忙しいでしょう」


 四十人からの荷物に舞台道具までセットでコヨウ車に乗せるのだ。引っ越し業者を雇いたくなるぐらいの大仕事である。

 しかし、レイワンさんは首を横に振った。


「そのことでお話に参りました。単刀直入に申しまして、タカクス町を拠点に活動したいと思うのです」

「ここを拠点に、ですか?」


 願ってもない話だけど、どうしたんだろう。

 首を傾げる俺の服を引っ張ったメルミーが応接室の方を指差す。

 確かに、夜間のアポなし訪問とはいえ、玄関先で応対するのは失礼だ。


「こんなところで立ち話もなんでしょう。どうぞ、お入りください」

「ご迷惑をおかけしてすみません」

「いえいえ」


 応接室へとレイワンさんをご案内する。

 空中市場の建設時に確保したウイングライトの翅ランプに照らされた応接室は、ケインズ事務所のそれより家具の類が少々貧相だけど、なんだかんだで雰囲気がよくまとまっていると自画自賛している。

 しかし、芸事で鍛え抜かれたセンスを持つレイワンさんの意見を聞きたい気持ちもあった。

 前回、レイワンさんをこの応接室に通した時はタカクス町に訪れたお客さんだと思っていたから聞けなかったけど、拠点にしたいというのであれば訊いてもいいだろうか。

 一応、話がまとまってからにしようかな。


「それで、タカクス町を拠点にしたいというのはどういったお考えですか?」


 ソファに座ってレイワンさんとお話しする。


「文字通り、このタカクス町で団員の募集から稽古、公演までを一括して行いたいと思っているんです」

「ここから別の町や都市へ公演に行く形ではなく?」

「依頼があれば赴く事もあるでしょうが、一座として、腰を落ち着ける場所が欲しいのです」


 ふむふむ。

 もしかして、もしかしなくても、これはかなり良い話な気がする。

 町で公演が行われることによる経済効果はすでに判明している。

 というか、


「今回の十日間の公演は、タカクス町にもたらす影響を実際に見せるために行ったのでしょうか?」

「御明察です。いかがでしたか? 満足していただけるだけの成果は上げたと、一座の代表として自負しております」


 十日間の公演は俺たちに対する派手で気合の入ったデモンストレーションだったようだ。

 これはもっと腹を割って話した方がよさそうな気がする。


「メルミー、リシェイに言って、今回の公演における効果についての資料を片端から持ってきて」

「わかったよ。ついでにリシェイちゃんと交代するね」

「助かる。あと、喉が乾かないようなお茶請けも頼むよ。レイワンさん、お話が長くなると思いますが、団員の方へのご連絡は必要ですか?」

「いえ、一座の者とは話をしてありますので、連絡は不要です。ご配慮、痛み入ります」


 拠点にしたいというのは一座の総意らしい。

 メルミーを送り出すと、すぐにリシェイがやってきた。

 直前まで公演に関しての話をしていたから、資料を集めて持ってくるのに手間がかからなかったのだろう。

 三人で公演による経済効果を話し合い、意見をまとめる。

 もっとも、俺もリシェイもローザス一座がタカクス町にとどまってくれるのならそれに越したことはないと意見が一致しているため、話はすぐに終わった。


「では、我々ローザス一座を受け入れてくれるという事でよろしいのでしょうか?」

「えぇ、定期的に公演をしていただければと思います」


 ただ、いつまでも入り口広場で公演を続けるわけにはいかない。タカクス町を拠点として活動していく以上、劇場の類は必要になるだろう。

 さらに、団員が寝泊まりする場所も必要だ。いつまでも公民館暮らしはいただけない。


「団員の方々には一軒家を建てるだけの資金はありますか?」

「古株の中には貯め込んでいる者もおります。芸の練習ばかりでお金を使う時間もろくにありませんから、自然と貯まるのですよ。旅の一座であった都合上、あまりお金をかけて何かをすることもできませんでしたから」

「では、そう言った方々には希望を聞いて一軒家を持っていただくことも可能だとお伝えください。問題は、資金がない方ですね」

「一座の資金を使い、宿舎と稽古場を建てて頂きたいと思っています」


 それが妥当な線だろうなとは思っていた。

 ついでに言えば、劇場に関してはタカクス町の資金を用いて作った方がいい。ローザス一座以外にも借りたい人がいるかもしれないし。


「では、ご希望をお聞きしましょう」


 俺は利き腕を骨折しているので、聞きだした希望はリシェイにメモしてもらう。

 全天候型の屋内練習場、宿泊所に部屋数を聞き取って解散となった。

 場所はこちらの判断に任せてくれるそうだ。



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― 新着の感想 ―
これ、相当でかい話だな、、、
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