第二十二話 ローザス一座
俺を訪ねてきたという旅芸人一座の座長さんはレイワンと名乗った。
「公演ですか?」
訊ねると、レイワンさんは頷く。
「春からこちらで公演を行いたいと考えております。場所を都合していただけないでしょうか?」
話を聞いた限り、タカクス町入り口広場の辺りに特設会場を作れば間に合う規模だ。
俺は隣に座っているリシェイに目を向ける。
「良いと思うわ。春先で市場の利用客も増えるはずだから、臨時でも見どころが増えるのはありがたいくらい」
「なら決まりか。広場の方に出ている常設屋台は位置をずらすように指導しないといけないけど、それは後でやっておくとして」
俺はレイワンさんに向き直る。
「練習には第二の枝の未開発地域を使ってください。公演を行う会場を含め、場所代は取りません。その代わりに、入場料は少し下げて頂ければ幸いです」
俺の申し出に、レイワンさんは驚いたような顔をした。
「本当に場所代は無料でいいんですか?」
「えぇ、こちらとしては屋台の利用者で十分に元が取れますから、今回に限り無料で構いませんよ」
タカクス町では初めての本格的な一座の公演だ。まずは宣伝して観客を取り込むのが先だろう。
観客が増えれば町全体が潤う。
正確な公演の日程などを相談し合い、宣伝方法や仮設舞台の建設について詳細を詰め、解散となった。
レイワンさんを見送って、俺はリシェイと二人で事務所のダイニングキッチンへ向かう。
「おつかれー」
メルミーがひらひらと手を振って俺たちを出迎えた。
テテンが釜炒りブレンドハーブ茶を飲んでいる。アクアスでお土産にもらったエトルさんブレンドだ。
「うまい……」
それはよかった。
リシェイが対抗して開発したブレンドハーブ茶は一号、二号、三号が共にお蔵入りになったくらい、ブレンドハーブ茶は作るのが難しい。味や風味が複雑になりすぎるのだ。
釜炒りで香ばしさとコクを出したエトルさんの発想はさすがは料理人というべきだろう。
リシェイが四号のブレンドハーブ茶を淹れて一口飲み、顔をしかめた。蔵でおねんねするブレンドハーブが増えたようだ。
リシェイの後姿を眺めていたメルミーが口を開く。
「ローザス一座の座長さんとのお話はどうなったの?」
ローザス一座はレイワンさんが座長を務める一座だ。
レイワンさんには公演の許可を出したものの、一座と言うだけあって大所帯なためビロースの宿に泊まることができない。しかたなく、今は公民館を貸し切って宿泊してもらっている。
「春から公演をするそうだ。最初の演目は〝笑わない花〟だとさ」
「喜劇だね」
仏頂面の女の子を笑わせるために奮闘する三人の男を描く喜劇である。
「最初だから、明るい話をするんだとさ」
「恋物語が良かったなぁ」
「……喜劇なら、皆で、行ける」
テテンが言うと、メルミーは納得したように頷いた。
「じゃあみんなで見に行こっか」
「席があると良いけれど……」
リシェイが心配そうに言う。
先ほどレイワンさんに聞いた話では、タカクス町周辺では公演を行える場所が今までなかったらしい。
カッテラ都市は火事対策に通りの幅が広かったり、所々に小さな広場と防火水槽が設置されているけれど、一座が公演を行えるほどのスペースは逆になかったりする。
ケーテオ町は人が密集しすぎていて、公演の許可が下りないそうだ。人が詰めかけることによる事故を懸念しているのだろう。
他に周辺からのアクセスが容易で広場を持つのはタカクス町だけ。だからこそ、レイワンさんは眼を付けた。
「観客席も作らないといけないんだよな。メルミー、職人を集めておいてくれ。明後日から作り始めるから」
「その腕だと設計もできないよね。どうするの?」
「リシェイ、手伝ってもらえないかな?」
「いいわよ。他に手が空いてる人もいないでしょうし」
職人達へ伝達に行くメルミーと燻煙施設を稼働させるというテテンを送り出し、俺はリシェイと一緒に作業部屋に向かった。
製図台を立てて、リシェイにペンを持ってもらう。
「指示された通りに描けばいいのよね?」
「そう。頼むよ」
初めての共同作業、なんちゃって。
「入り口広場の端の方に作る。観客席は四段にして、弧を描く形で配置。半径と角度は――」
一つ一つ条件を紙に書き込んだリシェイが設計図を描き始める。
料理は出来なくとも、リシェイは不器用ではない。その証拠に描く線はぶれたり歪んだりせずに綺麗なものだ。
「建橋家はおろか、建築家も今のタカクス町にはアマネ以外にいないのよね」
手を動かしながら、リシェイが言う。
「一応、難しい資格試験に合格する必要があるからな」
こんなのでもエリートなんだよ。
「やっぱり、俺の他にも建築家がいた方がいいかな?」
「これから先、アマネの仕事が増えて身動きが取れなくなるかもしれないでしょう?」
「だんだん仕事が増えてるもんな」
移住希望者が増えたことで、住人の希望を聞いて家を設計していくのが難しくなりつつある。
町と呼ばれる規模となったタカクスだけど、都市レベルまで発展したら確実に俺の仕事がパンクするだろう。
なら、まだ余裕がある今の内に建築家を招いた方がいい。もしくは、育てた方がいい。
ただ、新興の村の影響で若手の建築家や建橋家は引く手数多だ。タカクス町に来てくれるかどうかは不安なところである。
「留学希望者の中に建築家を目指す子はいなかったっけ?」
「医者志望のケキィしか応募がないのよ。タカクス町に今いる人って他所で修行してから独立するためにやって来た人ばかりだから、留学制度を利用するのは孤児院の子だけなのが現状ね」
「そうなると、他所から招くしかないな」
ヨーインズリーに建築家の募集広告でも出してみようか。
対策を考えていると、リシェイがもじもじし始めた。
「ね、ねぇ、アマネ……」
「ん? どうかした?」
「いえ、その、こ、子供を作るというのも選択肢の一つだと思って……」
「……あぁ、はい。結婚式を挙げてからにしない?」
「……そうね」
なんでそこでちょっと残念そうな顔しやがりますか可愛いなちくしょう。
ちょっと気まずい空気の中いたたまれなさそうにしているリシェイさんをいじめたい気持ちが沸々と湧いてくるけれど、今は仕事に集中しようそうしよう。
結婚式を挙げたら俺から誘う事を心に固く誓いつつ、二人で設計を進めた。
春を迎えてすぐ、雪かきを終えた入り口広場に作った足場をわくわくした顔で見つめる子供達。
柵代わりに配置された低木キスタは入り口広場を鮮やかな赤と控えめな緑で彩っている。
ずらりと並ぶ屋台では卵巻や焼き鳥などを売っており、いまも観客たちが購入して小腹を満たしていた。
「盛況ですね」
「えぇ、おかげさまで。いつもの客入りの倍近いですよ」
舞台裏から様子を見に出てきたレイワンさんに声を掛けると、照れたように笑いながら返された。
この近辺では珍しい公演で、場所代が掛からないために見物料も安いとあってあちこちからお客が来ているらしい。
俺は時刻を確認して、レイワンさんと別れ、観客席へ向かった。
メルミーが俺を見つけてぶんぶんと手を振っている。
「アマネ、こっちだよー」
「あぁ、いま行くよ」
リシェイとメルミーの間にある空席に腰掛ける。ちなみにテテンは客の多さに根負けして事務所に逃げ帰ってしまっている。難儀な奴だ。
本日の演目は事前に申請があった通り〝笑わない花〟だった。明日以降は日替わりで喜劇を五日間、その後は朝から昼にかけて的当てなどの芸を見せ、夕方にカップル向けの恋物語を歌劇で演じるそうだ。
周囲を見回してみる。三百人が同時に見れるように観客席を作ったのだけど、立ち見客まで出ているようだ。
少し見通しが甘かっただろうか。
「最初の公演だから人が詰めかけているのよ。三日目以降はもう少し落ち着くと思うわ」
「今日明日はこの調子か」
カッテラ都市やケーテオ町などから来る客の事を考えれば、明日まで人が詰めかけるのもあり得そうな気はする。
今が稼ぎ時とばかりに屋台の方でも威勢のいい客引きの声が聞こえてくる。公演が始まったら静かにするよう指導してあるけど、熱が入っているようだから少し不安だ。
しかし、公演が始まると客引きの声は一気に減った。
それもそのはず、客引きをしていた店員まで立ち見客の仲間入りをしているようだ。
「お集まりの皆様、大変長らくお待たせいたしました。これからしばし、物語にお付き合いいただければと思います」
座長のレイワンさんの挨拶もそこそこに、喜劇〝笑わない花〟が始まる。
舞台上の美女は無表情で椅子に腰かけているだけ。人形と見まごう鉄面皮ぶりながら、退屈そうに三人の男の馬鹿げた言動を眺める姿はなかなか絵になっている。
あの役、動きも少ないし表情も変えられないからすごく演じるのが難しそうだ。
細部に少々の変更が加えられてはいるものの、大まかなストーリーは一般的に知られている〝笑わない花〟そのもの。
それでも、観客席には幾度となく笑いの波がたつ。
「実力派ね」
「みたいだな」
現座長のレイワンさんは二代目、一座の歴史は千年以上前にさかのぼるというから、劇団員も相当に鍛え上げられているようだ。
喜劇が終わりを迎えると、笑い疲れた観客たちが屋台で飲み物を買っていく。
俺はリシェイ達と一緒に立ち上がり、観客の流れとは別れ、舞台裏へ向かった。
次の公演まで小休憩を取っている劇団員たちに自ら濡れタオルを配っていたレイワンさんが俺たちに気付いて駆け寄ってきた。
「これは町長さん、いかがでしたか?」
「大変面白かったです。久しぶりに笑わせてもらいましたよ」
右腕を骨折してからこっちいろいろと不便を被って溜め込んでいた不満が払しょくされた気分だ。
レイワンさんは満足そうに笑みを浮かべて団員たちを振り返る。
「町長さんも楽しんでくれたそうだ。次の回も張り切っていけ!」
「うっす!」
体育会系のノリである。
準備の邪魔をしては悪いと、俺たちは早々にお暇することにした。
会場となっている広場を出て、二重奏橋の片割れを使って事務所に帰る。
植え替えを終えた第三の枝のタコウカ畑は彩りを整えられて、昼間の今でも綺麗に咲き誇っている様子がうかがえた。日が落ちて光り出したなら、もっときれいに見える事だろう。
「恋人同士で散歩している人が多いみたいね」
リシェイが俺の視線を追ってタコウカ畑の方を見やる。
メルミーも興味を引かれたらしく、視線を向けていた。
「散歩で時間をずらしてから、公演を覗きに行くつもりかもね」
「混んでいるから時間をずらそうって魂胆だな。まぁ、今日一日ずっと混んでいると思うけど」
それにしても、立ち見客が出ているのにあんなところにも客らしき人影があるのか。
これは、かなりの経済効果が見込めそうだ。
事務所に帰り着いてみると、玄関前でビロースがテテンに警戒されて居心地悪そうにしていた。
「どうかしたのか、ビロース」
「お、おう、やっと帰ってきたか。こっちから出向こうかとも思ったんだが、テテンさんに止められてよ」
「お姉さまたち、今日は休日ゆえ、邪魔するなし」
テテンが珍しくいい仕事してる。おかげでデートを楽しめました。
リシェイとメルミーはテテンと一緒に事務室へ、俺はビロースと応接室へ。
「それで、どうしたんだよ」
応接室のソファに座って、ビロースに訊ねる。
公演を見に来たお客さんで宿も一杯のはずだ。こんなところで油を売っている時間がビロースにあるとは思えない。
内心で首をかしげたところで、ビロースが宿の帳簿を出した。
「これを見てくれ」
「帳簿の提出はもう少し先だろ……。おぉ、これは」
「ついに、玉貨八枚稼ぎきった。宿の建設費用を埋めきった形だ」
「早いな」
「結婚事業にシンクを食べにくる食通、しかも今回の公演で客がわんさと来たんだ。稼げるに決まってる」
そう言いつつ、ビロースは自慢げに胸の前で腕を組んだ。
若女将と一緒になって従業員の教育をしたり、料理に合う酒の仕入れや客を迎えに出すコヨウ車の手配などしていただけあって、感慨も一入だろう。
それにしても早い。宿の建設から四年足らずで玉貨八枚を稼ぎ出すとは。
観光客も増えているし、ここは宿の増設も考えるべきか。
「報告は以上だ。隙を見つけて抜け出してきたが、町長がここにいるって事は一回目の公演は終わったんだろ? 早めに宿に戻った方がよさそうだな」
「あぁ、お疲れ様。これからもよろしく頼むよ」
「おうよ」
宿の主が板についてきたビロースが威勢よく片手を挙げる。
俺とハイタッチを交わすと、ビロースは宿へと早足に帰って行った。