第二十一話 婚約発表
「アマネ、じゃなかった……あなた、起きて」
「言い直したからやり直しで」
「うーん、なかなか癖がぬけないなぁ」
「アマネ、メルミー、新婚夫婦ごっこはそのくらいにして、朝食にしましょう」
リシェイに言われて体を起こす。
俺の部屋の扉に立っていたリシェイは呆れたような顔をしていた。
「今日は結婚式に着る礼服を仕立てに行くのだから、早く準備しなさい」
「りょうかーい」
メルミーがパタパタと出ていくと、リシェイが代わりに部屋に入ってきた。
「なにか着たい服はある?」
「特にこだわりはないけど、仕立て屋に行ったら多分脱ぐだろうし、脱ぎやすい服が良いな。赤い服があったと思うんだけど」
袖口を縛ったり緩めたりできるタイプの服だ。初めてきた行商人などを相手にする時にも着る、少しだけ良い服である。
リシェイに着替えを手伝ってもらって、服を着替え終わった俺は部屋を出た。
右腕の骨折のせいでいろいろと不便だが、春頃には動かせるようになるらしいし我慢するしかないだろう。
「設計図もかけないのがなぁ」
「いずれにしても、春までは工事だってできないわよ。緊急で必要な物もないでしょう?」
「まぁ、そうなんだけど」
事務室を越えてダイニングキッチンに入ると、テテンが朝食を作っていた。
燻製にしたシンクとアユカ、夢の競演パスタである。
朝食ができるまでの間に、俺が不在の間に起きた出来事について、ダイニングテーブルを囲んで報告を受けることにした。
「これといって大きな事故も病気もなかったわね。市場で喧嘩騒ぎが起こったくらいかしら?」
「喧嘩?」
時期から言って冬支度の真っただ中のはずだ。喧嘩する暇があったら体を動かせと周りにドヤされるような時期である。
「外から来て露店を開いたのだけど、値付けで張り合った結果の事みたい」
「価格競争したわけね」
何かと物入りな冬の事、品物を捌き切るためなら多少の値下げは許容範囲と考えた二つの露店の間で価格競争が起こり、周りの露店が苦情を言いに行ったところで喧嘩が勃発したのだとか。
防犯のため見回りに出していた魔虫狩人が駆けつけ、喧嘩はすぐに収まった。怪我人もなかったそうだ。
他には、雪の影響で家に閉じこもりがちになるこの季節を見越して例の行商人さんの雑貨屋が売り出したヘキサがプチブームになっているという。
「アマネのお土産の中にもヘキサの道具一式が入ってたけど、アクアスで買ったの?」
「ケインズからのもらい物だ。俺がアクアスに行ったら丁度ヘキサの大会が始まっててさ」
土産話をしている内にテテンが朝食を完成させてテーブルに置いた。
メルミーがフォークを用意しながらテテンに声を掛ける。
「テテンちゃんはこれからどうするの?」
「……アマネ、偽装結婚、する?」
「しねぇよ」
なんだよ、偽装結婚って。本音ダダ漏れじゃねぇか。
とはいえ、俺とリシェイ、メルミーが結婚した上でここに住むのなら、テテンだけ蚊帳の外という事になる。
「結婚はないけど、テテンを一人で別のどこかに住まわせるのもなぁ」
「あら、心配なの?」
リシェイがちょっと意外そうに聞いてくる。
そりゃあ心配だ。
「テテンに独り暮らしさせたらほぼ間違いなく引き籠るぞ?」
「……自信、あり。三日と、もたない」
サムズアップする将来の引き籠りテテン。
額を押さえたリシェイが諦めたように呟く。
「もういいわ。ここに住みなさい。結婚しても今までとほとんど変わらないわね」
「なんだかんだでバランスとれてるから別にいいけどねー」
深く考えるのも面倒くさそうにメルミーがパスタを口に運んだ。
「それよりも服を仕立てに行かないとだよ。メルミーさんはひらひらしたの苦手だから、ズボンが良い」
「新郎が二人になってしまうでしょう。諦めてドレスにしなさい」
「新婦が二人になっちゃうじゃん」
「合ってるだろ、それ」
メルミーはどんな立ち位置を目指してるだよ一体。
リシェイがパスタをフォークに巻きつけつつ、俺を見る。
「私のドレスのデザインはアマネの礼服が決まってからにするわ。タカクス教会で式を挙げることを考えると、白が良いわね」
「空色のドレスもありだと思うよ」
「じゃあメルミーさんは空色ドレスにするよ」
「……アマネ、アマネ」
袖を引かれて顔を向ける。
テテンが自身を指差しながら首をかしげていた。
「分かってる。式に来ていく服がないんだろ? 一緒に仕立てに行けばいいよ」
「……お姉さまの、晴れ姿。当日まで、見ないでおきたい」
「なら、一人で仕立て屋に行くか?」
「……一緒に、行く」
テテンが服を仕立てにひとりで行けるわけもないか。
朝食を終えて準備を整えた俺たちは四人でちらつく雪の中を旧キダト村へ向かった。
空中市場の下に位置する仕立て屋を訪ねる。
店長の老夫婦とその娘である五百歳ほどの独身女性の三人で経営されている、合併前からある仕立て屋さんだ。
「これはこれは、町長。どうされました?」
店番をしていた老婦人が目じりを下げて出迎えてくれる。
「結婚式を挙げるので、礼服を仕立ててほしいんです」
「……結婚、ですか? え? まさか、町長が?」
「はい」
「――えらいこっちゃ。あんた、こら、あんた、出ておいでよ。いっぱしの男がご来店だよ!」
老婦人が店の奥に叫ぶと、コヨウの毛で作ったと思しきセーターを着込んだ老紳士が現れた。
「そんな大声出さんでも聞こえてる。いっぱしの男だなんだの、お客様相手に失礼だろう。……なに、町長がご結婚なさる? えらいこっちゃ」
老夫婦そろって手を取り合って、店の奥へと消えていく。
しばらくして出てきたのは老夫婦の娘さんだった。
「すみません、父さんと母さん、近所に知らせてくるって出て行ってしまって……採寸はわたくしがやりますね」
なんでそんな一大ニュースみたいな取り扱いなの?
俺の採寸を先に済ませて、店の外に追い出される。店内ではリシェイ達が調べられているわけです。いろいろと気になる所だ。
店の前でのんびりと雪がやんだ空を見上げていると、がやがやと人の声が近付いてきた。
老夫婦の知らせを聞いたらしき旧キダト村の住人である。
「よぉよぉ、アマネ町長、ついに男を見せたってなぁ!」
駆け寄ってきて俺の首に腕を回して関節を極めてくる湯屋の主。
その後ろには元キダト村長の姿もある。
「ついに結婚ですか。一人旅で怪我をしたのが効きましたか?」
「いい薬だったな!」
ガハハと笑う湯屋の親父に、元キダト村長は苦笑しつつ「不謹慎ですよ」と窘める。
例の雑貨屋の元行商人テグゥールースもやってきていた。
「式はいつ挙げるのでしょう?」
「夏ごろになるかな。それまでにはこの腕も完治しているから」
「そうですか。では、夫婦カップを用意しておきましょう。樺細工の上等な奴を」
ちゃっかりしてるな。
集まった人たちと話をしていると、リシェイ達が採寸を終えて出てきた。
「何の騒ぎなの?」
店の前の人だかりに驚いているリシェイに説明する。
すると、リシェイは人だかりを見回して首を傾げた。
「仕立て屋の店主さんたちがいらっしゃらないようだけど?」
「店の中にいるんじゃないのか?」
「さっきまで採寸をしていたけど、店の中では見なかったわ」
もしかして、二重奏橋を越えてあちこちに触れ回っているんじゃ……。
予想は当たり、事務所に帰った俺たちを待っていたのはビロース達タカクス町古参メンバーだった。
「ようやく結婚かよ。遅いっての」
ビロースが俺の肩を叩きながらドヤしてくる。
宿の若女将ことビロースの奥さんはリシェイ達を連れて燻煙施設の方へ去って行った。女衆の集会は燻煙施設でやるらしい。
ビロースが公民館の方角を指差す。
「公民館に行くぞ。男どもを集めておいた。前祝といこうじゃねぇの」
「拒否権はないんだろ?」
「分かってるじゃねぇか。さぁ、行くぞ」
ビロースに連行されて公民館へ向かう。
リシェイに告白すると決めた時点で予想していた事だから、抵抗するつもりもなかった。
到着した公民館の入り口にはどうしたわけか即席の垂れ幕がかかっていた。
アマネ町長独身卒業を詰る会、会場と書かれている。もっとましな文言を考えてほしいと切に思う。
「こんなの作ったのかよ」
「いいから、いいから」
何が良いんだよ。
公民館の宴会場兼食堂ではすでに酒を飲み始めた既婚、独身男どもが気炎を上げていた。
「町長の欠点挙げ連ねるゲーム!」
「一番、マルクト行きます」
「よしきた、言ってやれ、言ってやれ!」
マルクトも参加してんのかよ。
俺がビロースに連行されて宴会場に入るとヤジが飛んできた。
「煮え切らない男が来たぞー」
「一応男がいまさら結婚しやがって!」
「どっちとくっついたんだよ」
わざわざ宴会場の上座に設けられた俺の名前が書かれたプレートの置かれた椅子に座る。
そして、俺は左手を挙げた。
「リシェイとメルミー、二人と同時に結婚する事になった」
「――は?」
宴会場にいた男どもが唖然としたような声を上げる。
流石に同時結婚は予想外だった模様。
「結局決められないままかよ」
「いいとこ取りとか、ないわー」
し、失敬な。
「これでも、リシェイに告白したんだよ! そしたら、メルミーが乱入してきて告白されたわけで」
「受けたんだろ?」
「え、まぁ」
「結局決められないままかよー」
まぁ、受けた以上はそうなるんだろうけど。
八割のヤジと嫌味と二割の祝福を受けて、宴会を始める。
ビロースが秘蔵の酒とやらまで持ち出して俺の杯を満たしてくれる。
「式は古参メンバーを呼ぶとして、町長たちの親類はどうすんだ? ヨーインズリーまでだとかなり距離があるだろ?」
「呼ぶよ。式は夏ごろの予定だから、雪で交通遮断されることもないだろうし」
「そうか。式は派手になりそうだな」
なるだろうなぁ。
「じっちゃんも来ると思うし」
「なに? ジェインズ老もか。よし、鍛え直しておくか」
以前、じっちゃんに挑んでぼろ負けした事がいまだに尾を引いているらしいビロースは再戦するつもりのようだ。
一緒に飲んでいるマルクトに目を向ける。こいつは彼女持ちだったはずだ。
「マルクトは結婚しないのか?」
「シンクも完成しましたし、そろそろ結婚しようかなと思っています」
「ついにマルクトも決心したのか」
「はい。共にシンクのさらなる改良種を作りだせるような子供が欲しいですね」
ぶれないなぁ。
とはいえ、マルクトも古参のメンバーだ。ランム鳥の飼育事業を実質的に統括しているわけで、タカクス町の中でもかなり重要な地位にいる。
俺のような町長はもちろん、古参は町の重要な施設、地位、決定権を持っているから、跡継ぎを作る必要はどうしても出てくる。
そうしないと、将来的に町が立ち行かなくなるかもしれない。
「古参メンバーで結婚してないのってもう俺とマルクトだけだったよな?」
「そうだな。子持ちはまだいないが、村ができてから数えて十三年、町になってから一年だ。子供が出来るには早すぎる」
ビロースの答えにマルクトも頷いた。
五十年や百年では子供ができないのも当たり前という世界だ。こんなものなのだろう。
しかしながら、ランム鳥という安価なたんぱく質が出回った事で世界樹北側では子供が増加傾向にあるとも聞く。
タカクス町にもそのうちベビーブームとか起こるんだろうか。
宴会を続けていると、公民館にアレウトさんとカルクさんがやってきた。
「町長、ご婚約おめでとうございます」
司教のアレウトさんにお祝いされるとなんだか照れる。
ひとまず頭を下げておく。
「結婚式の当日はお世話になります」
「えぇ、こちらとしても、町長たちのご結婚と聞いて孤児院の子供達と共に喜んでいますよ」
アレウトさんと一緒に席に着いたカルクさんが俺を見てしみじみという。
「不能だと思っていたよ」
エグイキャッチボールを強いるお医者様だな、おい。
俺が仕返しの剛速球を構えた時、サラーティン都市出身者のまとめ役兼タコウカ品種改良の責任者、ラッツェが顔を出した。
「すみません。町長にお客人です」
「客?」
まだ冬も過ぎていないのに、誰だろう。
ラッツェは公民館の入口の方を振り返る。
「何でも、旅芸人一座の座長さんだそうです」