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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて

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第十九話 雪揺れ

「僕からはヘキサの道具一式、エトルからのお土産はアユカ燻製とレシピだ」

「ありがとう。帰ったら作ってみるよ」


 ケインズから渡されたお土産を鞄に詰めていると、カラリアさんが一冊の本を差し出してきた。


「申し訳ありませんが、この本にリシェイさんのサインを頂きたいので、持って行ってくださいませんか?」


 リシェイの書いた歴史書の一冊だ。

 こっちの世界にもサイン文化ってあるんだな。


「頼んでみます」


 歴史書を受け取って、濡れないように布で覆ってから鞄の中に入れる。

 俺が歴史書を布で覆うのを見て、ケインズが空を見上げた。


「そっか、北の方は今まさに雪真っ盛りか」

「そうなる。冬の真っただ中だから、吹雪いてる可能性もあるな」

「吹雪の中でも帰れるのか?」

「いや、吹雪いてたら適当な村とかの自治体に避難させてもらうよ」


 それにしても、と俺は空を見上げる。


「南は全然雪が積もらないな」


 降るには降るけど、雪かきが必要なほどには積もらない。

 多分、気流の関係なんだろうけど。

 ケインズがアユカの養殖場を振り返って口を開く。


「積もったらアユカに影響が出るから、南にアクアスを作ってよかったと思ってる」


 俺は立ち上がって荷物を背負った。


「それじゃあ、今度はリシェイと来るよ」

「おう、手紙くれよ」

「帰り着いたら出すよ」


 ケインズ達とアクアスの入り口で別れた。

 来た時と同じ道を引き返すのが味気ないというだけの理由で、東ではなく西へ向かう。

 すでにアクアスからタカクスのリシェイ達へ帰路につく旨の手紙は送ってある。

 あんまりのんびり歩いて心配させたくはないため、寄り道もせずにビューテラーム経由で世界樹の北側へ回り込む事にした。

 北に近付くにつれて、段々と雪が深くなってくる。

 どんよりと重たい灰色の雲が雲中ノ層の枝を取り込み南へと流れていく。

 南ではちらつくばかりだった雪がやがて視界を白く染めるまでに激しく降りしきる。

 冷たい風が耳元を吹き抜け、俺は外套の襟を立てた。


「まだビューテラームを過ぎたばかりだってのに、今年は雪が多いな」


 気温も低いが面倒なのは雪だ。吹雪いてしまうと方角が分からなくなるため、枝を踏み外して樹下へ真っ逆さまなんてことにもなりかねない。

 しかも、吹雪の頻度がやけに多い。例年以上だろう。

 タカクス町の様子も心配だ。リシェイやテテン、元キダト村長が上手くやってくれているだろうか。

 ビューテラームで買った最新の地図上ではまだ世界樹の北西辺りが現在地点。これ以上雪が激しくなる可能性もある。

 雪揺れとか大丈夫かな。

 世界樹の枝の上に降り積もった雪が一斉になだれ落ちる事で生じる重量の差により、しだれていた枝が揺り戻す現象、雪揺れ。

 その発生機序を考えれば、雪が降り積もるほど揺れは大きくなる。

 雪揺れを防ぐために雪かきを定期的に行ってはいるけれど、タカクス町の上、雲中ノ層の枝は誰も住んでいないため、雪崩れた雪が降り落ちてくる可能性もある。

 なんだかどんどん心配になってきた。

 ホームシックだな、これ。

 さて、ここからだとカッテラ都市経由よりも旧キダト村地区からタカクス町に入る方が近道になる。

 途中の道が整備されていないけれど、晴れ間を見つけて行けば問題ないだろう。


「気になる事もあるしな」


 地図上の一点、新興の村の一つへのルートを調べて、俺は足を北北西に向けた。




 新興の村と総称される、タカクス、アクアスを筆頭とした若者が興した村の一つ、クーベスタ。

 世界樹北北西に存在する人口二百人弱の村だ。

 新興の村の中では中堅どころだろうか。

 元は家具職人だったという男が興したとの事で、食うのには困らない程度の畑とそれよりも大きな挿し木畑を持っている。挿し木畑から得た木材をそのまま、あるいは加工して付近の町や都市へ売却し、資金を稼いでいる木材の村だ。

 雪に霞むクーベスタを遠方から眺める限り、寒村といった表現がぴったりである。

 道路整備が行き届いていない事も寒村という印象を後押ししているのだろうけど、建物も画一的でデザイン料をケチっているのが丸わかりだった。

 クーベスタの村の中に入ってみる。

 工房らしき平屋が入り口の側にあり、その向かいには家具店がある。外からの客を当てにした配置だろう。その証拠に、工房入り口には注文承りますとの張り紙があった。

 のこぎりの音や木槌の音が響く工房を横目に、向かいの家具店へ。

 組木細工や彫刻、寄木細工や世界樹の樹皮を用いる樺細工など、種類は豊富だ。変わった物では寄木絵画のマーケタリーなんかもあった。

 どれも一定の水準にはあるし、奥に飾られているのはなかなかの手の込んだ力作だ。

 けど、売れないだろうな……。

 道路が整備されてもいないのに、このクーベスタ村から自宅まで馬鹿でかい家具を持って帰る労力を覚悟してまで買いたいと思わせる出来ではない。


「いらっしゃいませ」


 店員らしき女性が俺に気付いて声をかけてくる。


「どうぞごゆっくり見て回ってください」


 店の中を示すようにあげられた女性の手は商人の物ではない。明らかに職人、それも接着剤を使うタイプの細工物をする人間の手だ。

 商人がいないから、この家具店の至らないところに気付いていないのか。

 俺は店員さんに頭を下げて、家具を見て回る。

 職人の腕が悪いわけではないのだけど、技術を昇華しきれてない気がする。個性との釣り合いが取れていないというか、やりたいことは分かるけど処理の仕方が悪かったり。

 かゆいところに手が届かない感じだ。

 一通り見て回り、俺は奥にある編み椅子に目を留めた。


「あの編み椅子の職人さんは向かいの工房の方ですか?」


 店員に問う。

 件の編み椅子はこの店の中で少しばかり異彩を放っていた。

 涙滴型をしており、座面は浅く、背もたれの角度は転寝をするのに丁度いい塩梅だ。セットになっている足置きも細く削り出した無数の木の棒で編み込まれており、中が空洞になっているため通気性が良い。

 夏場の昼寝に使用するなら最適と思えた。

 店員が編み椅子を見て頷く。


「えぇ、向かいの工房長の作です。この村の村長でもあるんですよ」


 道理で、異彩を放っているはずだ。

 独立しようと考えるからにはそれなりの自信が必要で、村を興すだけの資金を持っているからには相応の実力がある証拠。

 あの編み椅子を作れるだけの腕があるなら、村の初期資金も何とか貯められるだろう。

 俺は建橋家として大きな仕事ばかりを請け負っていたからこの歳で村を興すこともできたけど、職人は職業人口も多く、仕事単価はさほど高くない。そう考えれば、クーベスタ村長のやり手具合も分かりやすい。

 けれど、その実力は職人としてのモノで、経営者としては発揮されなかった模様だ。

 真冬の今、夏場に使うだろう編み椅子を店に置いている点から見ても、外れてはいないだろう。


「あの編み椅子を作った方の作でマーケタリーがあれば見せて頂けますか?」

「いま、在庫を確認してきますので少々お待ちください」

「お願いします。店内をうろついていても構いませんか?」

「どうぞどうぞ」


 店員に了解を取ったところで、俺は再度店内をうろつく。

 ただし、今度見るのは商品ではなく建物そのものだ。

 歪みはない。冬場で外は厚い雲により陽光を遮られているにもかかわらず、それほど暗くもない。

 店内の角にはクッションを兼ねた装飾木がはめ込まれている。

 建築家になったばかりの人に依頼したんだろう。あまり、家具店としては向かない壁紙の柄を見て思う。

 これは料理屋なんかで使った方がいい。

 しばらくして、店員がマーケタリーを五枚運んできた。

 どれも縦横五十センチほどの大きさだ。

 羽ペンと本が置かれた机を描いた物や、ビューテラームの万年虹を描いた物など、木の風合いを生かしつつ綺麗に一枚の絵として収めている。

 やはり、腕がいい。


「ではこの、ランム鳥の絵をください」

「鉄貨八枚になります」


 結構高いな。作品の価値を考えれば妥当な値付けだけど、持って帰る客のことまで考えていないようだ。

 鉄貨八枚を支払い、布で包んだマーケタリーを鞄に入れる。ギリギリで入った。


「この村って、宿はありますか?」

「すみません、何分まだできて間もない村で、宿泊施設は公民館しか……」

「では、公民館の一室をお借りしたい。どうでしょうか?」

「村長に掛け合ってみます」


 パタパタと店を出て向かいの工房へ駆けて行った店員さんはすぐに戻ってきて公民館への宿泊許可が下りたと教えてくれた。

 案内された公民館は客室数三つの小さな建物だった。一階部分には食堂と共用倉庫がある点はタカクス町公民館と同じである。

 食料品は持参している旨を伝えると、ほっとしたように店員さんは去って行った。

 あまり大きな畑を持っている村ではないから、食料の備蓄が少ないのだろう。雪の影響で商人も来ないだろうし。

 部屋の調度品はかなり充実していた。流石は木工の村というべきか。

 窓から外の景色を見る。


「あまり順調そうには見えないな」


 商人が一人か二人いれば少しは良くなるだろうけど、職人がまだ成長しきれていないのが気にかかる。

 他の新興の村も似たような状態なら、雪揺れ一つで吹き飛びかねない。

 早すぎたんだ、とか言いたい気分。


「カッテラ都市が懸念するのも当然か」


 おそらく、俺よりも詳しく状況を把握しているはずだ。新興の村の大まかな財務状況を押さえていても不思議じゃない。

 ついでに言えば、このクーベスタ村一つとっても再生する手が俺には思いつかない。まず間違いなくジリ貧だろう。

 人数はともかく、職業が木工細工に偏ってしまっているからどうしようもないのだ。

 畑を広げるだけの資金があれば別だろうけど、この世界では土や肥料が高い。

 ビューテラームで購入したコヨウの燻製肉を齧りつつ、村の様子を眺めている内に日も暮れて、俺は部屋に備え付けのベッドにもぐりこんだ。

 明日にはこの村を出発して、キダト村方面に向かおう。




 翌朝、俺はクーベスタ村を出発した。

 ありがたい事に雪は止んでおり、雲一つない快晴だ。

 けれど、昨夜のうちに降り積もった雪は深く、膝まで埋まってしまう。


「いやーな感じだな」


 クーベスタ村は世界樹北側の村の常できちんと周辺の雪かきを行っている。そうしなくては雪揺れで住んでる枝ごと揺れてしまう可能性が高いからだ。

 つまり、いま俺の足を膝まで埋めてくれちゃっているこの雪は正真正銘一晩で積もった雪という事である。

 見渡す限りの処女雪だ。

 もう一つ付け加えるなら、上の枝にも処女雪がどっさり積もっている次第で。

 枝と枝の交差地点では気を付けた方がいいだろう。上からどっさり雪が雪崩れてきたら生き埋めになる可能性だってある。

 頭上にも注意しつつ雪を掻き分けて進む。

 平素なら二日とちょっとの道のりも、こう雪が深く積もっていてはどうしても時間がかかる。

 四日、もしかしたら五日は掛かるかもしれない。

 本格的にホームシックになりそうなんだけど。事務所でぬくぬくしたい。リシェイの淹れてくれたハーブティを飲みたい。メルミーと馬鹿話をしたい。

 テテンは……まぁいいや。

 いやでも、百合小説の続きは気になるんだよな。あの三角関係が二つ重なった状態はどう収拾付けるんだろ。

 二股かけているお姉さんキャラがいるせいで話がこんがらがってるわけだけど、あのお姉さんキャラのおかげで三角関係が二つ重なった状態まで事態を収拾したともいえるわけで。

 あのお姉さんキャラがいなかったら、養成校の教師まで巻き込んだ複雑な人物相関図が出来上がっていたわけだろ。

 でも、もうお姉さんキャラの仕事はないわけで、ご退場願うにはいいタイミングなのだろうか。


「うーん」


 あの蓮っ葉なキャラは結構好きだったんだけどな。

 と、テテンの百合小説の考察をしている内に日も暮れてきたため、俺は野営の準備に入る。

 そして翌朝、雪が降っていた。

 ちらつく程度の雪だから、方角を見失う事もない。

 テントを片付けて、タカクス町へ向かう。

 途中、雪虫を見かけたけれど、装備がない上にたったひとりでは狩る事も出来ないため見逃した。

 ちょっともったいない。


「日記はここで途切れている」


 とかいうブラックジョーク。

 独り言でも呟いていないと言葉を忘れそう。そんでもって咄嗟に日本語を話しちゃいそう。

 たった一人で雪の中を歩いていると。寒風が体を、寂しさが心を冷え切らせるのだ。

 要するにホームシックである。

 それも本格的な奴。

 そんなこんなで無理しすぎない範囲で帰路を急ぎ、もう半日でタカクス町というところで、ありがたいことに雪がぴたりとやんだ。

 腰丈まで積もった雪も、もうじきタカクス町の雪かき範囲に入って一気にかさが減るだろう。

 もう少し、もう少し。

 荷物を担ぎ直して先を急ごうとした時、ふと頭上から音が聞こえた。

 一瞬にして、辺りが暗くなる。


「――っ!」


 何が起きたかを確認する前に、轟々と盛大な音と共に、上から大量の雪が降り注いできた。

 世界樹の枝が急激な重量増加の影響で縦揺れを起こし、視界が揺れる。

 同時に、俺の足元にあった雪がゆっくりと動き出した。


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― 新着の感想 ―
あーあフラグなんか立てるから。メルミーを選ばなかった罰じゃ。存分に雪を喰らえ。死なない程度に
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