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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第一章  下積み時代
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第七話  クラムト村再開発計画

 久しぶりに訪れたサラーティン都市は以前と変わらぬ賑い振りだった。

 最後に来たのがおおよそ一年前、大きく様変わりするほどの年月ではないが、フレングスさんに弟子入りして学んだ四年間の記憶が呼び起こされて感慨深い。


「サラーティン都市って周辺の村の農作物が集まるから、食べ物がおいしいって聞くよ」


 メルミーが興味津々の様子で料理屋を覗き込む。

 彼女はリシェイと違って俺の事務所に勤めているわけではないのだが、今回は一度他所の仕事を見せてやってくれとメルミーの親父さんに押し付けられたため、こうして同行している。

 メルミーの言う通り、サラーティン都市は周辺の村の農作物の集積場として機能し、それをさらにヨーインズリーに輸出した利益、あるいは都市内で別の村同士が交易を行う市場からの税収が主な収入源となっている。

 他に、ヨーインズリーからの観光客を目当てにした飲食店もあり、料理が美味いと評判だ。実際に四年間住んでいた経験から言わせてもらえば、評判は正しい。ヨーインズリーから輸入するキノコも食材として扱われているから、他の都市に比べると旨味の種類が多いのだ。

 俺はヨーインズリーの孤児院長から渡された紹介状を取り出しつつ目的の家、フレングスさんの家の玄関扉をノックする。


「はいはい、今開けますよ」


 聞き覚えのある声がして、玄関扉が開かれる。

 初めて会った時と同じエプロン姿の女性が玄関先の俺を見て目を丸くした。


「あらあら、アマネ君じゃないの。一年振りかしら?」

「お久しぶりです、サイリーさん。突然訪ねてきてしまってすみません」


 会釈すると、サイリーさんは嬉しそうに眼尻に皺を作り、俺の後ろに立っているリシェイとメルミーを見た。


「まぁ、アマネ君ったら女の子を二人も連れてきちゃって。摩天楼で遊び人になったの? おばさん、悲しいわ」

「金髪の子がリシェイ、俺の事務所で事務会計を担当してもらってます。手紙にも書きましたよね?」

「この子が? こんな美人さんだなんて手紙には一言も書いてなかったじゃないの。それに、そちらの活発そうで可愛らしい子は?」

「メルミーです。よく一緒に仕事をする工務店の職人で、今回は工務店の店長の意向で同行してもらってます」

「そうなの。ヨーインズリーからはるばる連れてくるからにはてっきりそういう関係かと思っちゃったわ。ほらほら、女の子を待たせちゃだめよ。中に入って」


 サイリーさんは言うや否やリシェイとメルミーの後ろに回り込み、背中を押して家の中に押し込める。

 まだ自己紹介も満足にしていないうちから家に引っ張り込まれそうになり、リシェイが慌て始める。


「ち、ちょっと、待ってください」

「待たないわよ。アマネ君は息子みたいなものだもの。息子が連れてきた女の子を家に上げないわけがないわ。色々と聞きたいこともある事だし、絶対に逃がさないわよ」


 あぁ、息子が彼女を初めて連れてきた時の母親の対応そのままだ。これは逆らっても無駄だな。


「おじゃましまーす。ほほう、ここがアマネの修行場所かぁ」


 メルミーはサイリーさんの押しの強さに逆らう事なく、積極的に乗っかる事にしたようだ。

 靴を脱いで中に入ったメルミーはサイリーさんに案内されるままリビングへ消えていく。終始背中を押されていたリシェイもそのまま中へ入って行った。

 俺も中へ一声かけて、靴を脱ぐ。


「――騒々しいと思ったらアマネか」


 俺が中へ上がると同時に仕事部屋の扉が開き、ぼさぼさ頭のフレングスさんが出てきた。


「サイリーの奴、歳を考えろってんだ。若い女みたいにきゃいきゃい騒ぎやが――」


 いつもの調子でリビングに入ろうとしたフレングスさんは、そこにいるリシェイとメルミーを見て驚いたように口を閉ざし、見開いた目で俺を見てへその高さで右手を左右に振る。


「前はこんくらいのガキンチョに結婚しようだのと迫られていたはずだろ。いつの間にいい女引っ掛けるようになりやがった」

「言葉を選ぼうよ。俺のところの事務会計と取引先の職人さんだ」

「んだよ。いっちょ前に色気づいたかと思えば、そんな事か」


 つまらなそうに言って、フレングスさんは俺に向き直る。


「それで、突然訪ねてきてどうした?」

「ヨーインズリーの孤児院長から紹介状を預かってきました。クラムト村の再開発計画に参加したいです」


 用意していた紹介状を差し出すと、フレングスさんは目を細めた。


「紹介状をもらってくるようになったか。まだ一年だってのに、ずいぶん信用を得てるみたいだな」

「孤児院の建て直しをした時に薄利でやったんですけど、孤児院長はそれじゃあ申し訳ないと思ったようで、紹介してくれたんです」

「それだけで一筆したためるほど、ヨーインズリーの司教の筆は軽くねえよ」


 紹介状をさっと流し読みしたフレングスさんは丁寧に織り畳んでポケットに仕舞う。


「サイリー、茶を入れてくれ。弟子が一人前になったところを見せてくれるそうだ。せいぜいポカやらかさねぇよう、今の内に念を押しとかにゃならん」

「素直に一緒に仕事ができて嬉しいって言えばいいのに、面倒くさい人だね」

「バカ言え。半人前の面倒見ながら仕事するんだ。手間が増えただけだ」

「こら、弟子の彼女候補の前で滅多なこと言うんじゃないよ。飯抜きにするよ?」

「お、おい、ちょっと待て。なにもそこまですることはないだろう」


 途端に慌てだしたフレングスさんに、サイリーさんはふんと鼻を鳴らして台所に引っ込んだ。

 さすが、偏屈で頑固と評判のフレングスさんを料理の腕だけで手懐けて結婚に持ち込んだだけはある。

 台所へ消えて行ったサイリーさんの後姿を不安そうに見るフレングスさんは心細そうに眉を下げている。


「本当に抜きにしたりしないよな?」

「あんた次第だよ。さっさと仕事の話をしなさい」

「お、おう」


 いそいそと椅子に座ったフレングスさんが気を取り直すように咳払いをして、俺を見た。


「なにしてやがんだ。早く座れ。いまの状況を話してやるから、きっちり頭に入れろ」


 そんな言葉の後で語られた状況は、お世辞にも芳しいとは言えなかった。


「クラムト村の住人は高齢者が多くてな。老朽化した建物の建て替えの必要性自体は理解を示してくれてるんだが、どんな設計で提案しても納得がもらえねぇんだ。昨今流行の設計はどれも受け入れられない」

「ちなみに、その設計書は見せてもらえますか?」

「ちょっと待ってろ」


 そう言って書斎へ向かったフレングスさんは、すぐに分厚い紙束を持って戻ってきた。


「全部で十四案、どれも却下を食らってる」


 渡された設計書はどれも昨今の流行を取り入れつつも落ち着きのあるデザインだった。正直なところ、現段階でこれ以上の良案を俺が提案できるとは思えない。

 メルミーが紙束をめくって感心したように何度も頷く。職人目線から見ても良案に思えるらしい。

 しかし、全部却下とはね。


「却下された理由はなんですか?」

「いまの住み慣れた家が一番いいとさ。だが、そっくりそのまま立て直したんじゃあ再開発計画なんて言わないだろう。今回の再開発計画の目的はクラムト村の過疎化対策だ。いままで通りの村じゃあ過疎化は止まらん」

「クラムト村の住人は過疎化についてなんと?」

「このままではいけない事も分かってはいる、と言われた。だからといって、この案を飲む気はないようだがな」


 八方ふさがりだと、フレングスさんは頭を掻く。

 話を聞くかぎり、クラムト村住人のスタンスがどうにもぶれている気がする。


「もしかすると、クラムト村の人たち自身も言葉に出来ないような漠然とした不安があるのかもしれないですね。不安があるから、現状維持を望む、とか」

「現状を維持していても結局は過疎化が進んで老人だけが取り残された村になるだけだ。ゆっくり滅んでいくぞ」

「理屈じゃなくて感情論なんですよ。クラムト村の人たちにとってはそうやって緩やかに滅ぶ方が安心できるって事なんでしょう。少なくとも、先行きは見通せますからね」


 この手の話は直接住人ととことん話し合うしかない。

 今回の計画は再開発だ。変わることを前提条件として受け入れてもらうためには、まずは漠然とした不安から言語化できる不安に昇格させ、共に不安を乗り越えていく方策を練るのが遠回りなように見えて一番の近道である。


「クラムト村の人たちと話し合う前に、基本事項の確認をしたいんですけど、いいですか?」

「何でも聞け」

「なんで今回の計画はクラムト村の主導ではなく、サラーティン都市の教会が主導しているんですか?」


 孤児院長から話を聞いた時から気になっていたのだ。

 フレングスさんは顎を撫でながら「そのことか」と呟いた。


「クラムト村は過疎化しているが、別に住人が蒸発したわけじゃない。住人はサラーティン都市に出稼ぎに来ちまっているんだ。つまり、今はサラーティン都市が事前の準備もなしに村一つ受け入れたようなありさまになっている」

「人口過密、ですか?」

「そうだ。別段仕事が無いわけじゃないのも流入を後押しする形になっていてな。働こうと思えば働ける。稼ぎはクラムト村で農業をやるよりわずかに多い。働き手があるのもサラーティン都市全体には悪い事じゃねぇ。だが、人が来れば水がいる。食料がいる。家がいる。それを全部用意し続けられるほど、サラーティン都市は体力がある都市じゃない」


 つまり、サラーティン都市にとっては人口過密状態を解消したいってことか。

 サラーティン都市そのものが再開発計画に乗り出せば、クラムト村だけを優遇するのかと他の村や町も支援を期待する声があるかもしれないから、表向き教会が動いている。

 状況は掴めてきた。


「それでは、クラムト村に行ってみます」


 椅子から立ち上がった俺に合わせて、リシェイとメルミーも立ちあがる。

 だが、台所から戻ってきたサイリーさんがリシェイの手首を捕まえた。


「もう行くの? もっとゆっくりしてらっしゃい。ヨーインズリーでのアマネ君の生活とか詳しく聞きたいのよ。あの子、ご飯はどうしてるの? 男の人はすぐに横着するから心配で」

「え、えっと……」


 リシェイが言葉に詰まって視線を彷徨わせる。サイリーさんの心配を聞いた後だと、女の自分がほぼ毎日俺に食事を作ってもらっていると言いにくいのだろう。

 助けて、とアイコンタクトを俺に送ってくるリシェイを救出するべく俺が口を開く前に、メルミーが笑顔でリシェイの命綱を断ち切る。


「リシェイは毎日アマネの手料理を食べてるよね。自炊できないし。トウムイホウを作ろうとして焦がしてたくらい」

「メルミー、またあなた余計な事を!」


 リシェイが慌てて遮るが、もう手遅れだ。

 サイリーさんがリシェイの手をぐっと強く握る。


「聞き捨てならないわ。あなた、事務会計だったわよね。ちょうどいいわ。おばさんも旦那の事務会計をやっているからいろいろ教えてあげる。色々ね」


 サイリーさんがリシェイを引っ張って台所へと消えていく。

 ご愁傷様だ。ああなったら俺には助けられない。

 リシェイを死地に送っておいて、メルミーはけろりとした顔で玄関に歩き出す。


「さぁ、アマネ君や、現場に行こう。さぁ、行こう、いま行こうぜぃ」

「時々メルミーが怖いよ」

「バカなっ! こんなに明るく元気で人々に笑顔を運ぶメルミーさんを捕まえて怖いだなんて」


 少なくとも、今さっきリシェイから笑顔を奪っていたけどな。



 問題のクラムト村は確かに老朽化した建物が目立つ村だった。

 古いのが一目でわかると同時に、今は高齢化したこの村の住人が若かりし頃に作られたのだと理解できる。

 まず、階段が一段一段高い。踏面も狭い。高齢で足が思うように上がらなくなることなんて最初から想定しない作りだ。おそらく、高齢化する前に作り直す予定だったと思うのだが、なぜ放置されているのか。

 その理由は、クラムト住人との世間話の中で発覚した。


「代替わりですか?」

「あぁ、初代の建築家が病で亡くなってね。息子が後を継いだんだがそいつも転落事故で行方知れずになっちまった。それで、ヨーインズリーから建築家が派遣されてきたんだが、村に馴染めなかったんだろうな。いまはサラーティン都市で暮らして、必要な時だけ村にやって来るような形になってる」


 今年八百五十歳になるという村人の証言に納得する。


「話には聞いてましたけど、若い人がほとんどいませんね。村の畑仕事とか大変でしょう?」


 一段高い所に作られた畑は木の枠の中に腐葉土を詰めたものだ。トウモロコシに似たこの世界の主食であるトウムを育てているらしく、今は花を咲かせているのが見える。

 高齢者には昇り降りがきつそうな階段の上まで行かないと畑仕事もろくにできない。

 貯水施設も貧相で、おそらくは俺がじっちゃんと村で生活していた時にやっていたように取水場で世界樹の葉に溜まった朝露を木壺に溜め、畑にまいているのだろう。水の入った木壺を持ってあの階段を上り下りなんて、そこそこに鍛えている俺でもあまりやりたくない。


「畑一つに水遣りで三往復位ですかね」

「七往復だ。水を満たした木壺を運べるなら三往復で済むんだが、腰が悪くなってな」


 そう言う村人の腰は確かに曲がっている。

 いまの村の状態に不便を感じているのは間違いないようだ。そして、不便さを具体的に話すこともできる。

 それでも再開発計画を受け入れないのは何故だろうか。


「愛着とかあります?」

「そりゃああるさ。この村で生まれて育ったんだ。だが、お前さんが考えてるようなもんじゃないぞ」

「と、いうと?」

「どの建物も三回は建て直ししてるんだ。子供のころから変わらない物なんか、あの畑の場所位だよ。村に愛着はあるが、家だのなんだのにこだわりはないって事だ」


 ますます、なぜ再開発に同意しないのか分からなくなってきた。本当にフレングスさんが言っていたように、昨今流行のデザインが気に入らないだけなのかもしれない。


「再開発計画に反対している理由をお聞かせ願えますか?」

「反対してるわけじゃない。賛成できないだけでな。村が変わらなきゃいけないことは分かってるんだ。だが、こんなに大規模にいじくり回すってのは初めてだから、どうなるか分からないだろ」


 途端に漠然とした話になった。ここを具体的な言葉に落とし込めれば改善方法も見えてくるのだが……。

 俺は前世の経験を引っ張り出す。都市開発株式会社に勤めていた頃のものだ。マニュアルを渡されて読み上げたりした。

 住民の了解が取れない時ってマニュアルになんて書いてあったっけ。そもそも書いてあったっけ?

 思い出そうとしていると、メルミーが住民の家の玄関を見て首を傾げる。


「おじいさん、一人暮らしでしょ。玄関の段差が高すぎない?」


 転ぶっしょ、これ、とメルミーが玄関を指差す。


「上がりかまちとかないの? 作ったげよっか?」

「あ? あぁ、まぁあれば便利かもしれんが、玄関が狭いからなぁ。上がりかまちに場所を取られて靴の置き場に困るだけだろう」


 俺もざっと玄関を見分してみる。上がりかまちを設けるスペースはなさそうだ。


「建て直すならそのあたりも考慮しろってことだね。心得たよ」

「まてまて、建て直すとは言っとらんだろうが」

「それじゃあ、玄関だけ広くしちゃう?」

「……そんなこともできるのか?」


 老人が興味を引かれたように問い返し、玄関を見渡す。


「おうともさ。ちょっと不恰好になるけど、延長する感じで玄関を突き出しちゃえば建物に影響は出ないよ」


 メルミーは身振り手振りで増築を促す。どうやら玄関ポーチのように玄関そのものを外に張り出させてしまおうという考えらしい。

 何だか、話の運び方が高齢者狙いの改築詐欺みたいだ。

 しかし、老人はかなり興味がある様子だった。


「それができるのならやってもいいかもしれんな」

「どうせなら他にも弄れそうなとこ弄っちゃえ。なんか不便に思っているところってない? 階段の一段一段が高すぎるとか、この辺りを歩く時に手を壁に付くとか」

「おぉ、あるある。階段は登るの辛くなってきて最近は二階に行くのが億劫でな。壁に手を付きながらのぼっとるよ」

「段差を弄るのは難しいかもしれないけど、手すりをつけるだけでも楽になるよ」

「それはいいかもなぁ。後は物置だな。高い所にある物が取り出せんのだ」


 メルミーが水を向けると、この家の不便なところがどんどん出てくる。建てた頃は老人が二百歳ぐらいの頃だったそうで、その時に合わせてあるから体力のない今となっては無理が出ているそうだ。


「……あぁ、そうか」


 メルミー達の会話を聞いていたら、クラムト村住人の抱える不安の正体に見当がついた。

 クラムト村の住人が再開発計画に感じている不安、それは住み慣れた今の状態を崩すことによる弊害を恐れてのもの。

 先ほどの玄関のやり取りなんかいい例だ。完成予想図が具体的に頭の中に描けないから、悪い方に考えてしまって諦める。

 フレングスさんの提案した計画書にもバリアフリー化は随所に盛り込まれている。だが、おそらくは説明が足りていない。

 もしもハラトラ町でケインズがやったように完成予想図をイラストにでもしていれば話は違ったのだろう。


「もしかして、再開発の計画書を読んでなかったりしませんか?」

「読んだよ。サラーティン都市から来た建橋家のフレングスさんがみんなを集めて、読み聞かせてくれた」

「自身の眼で計画書を確認しましたか?」

「あんな細かい字を読めると思うのか。老眼を甘く見るな。お前さんも直に分かるようになる。七百超えた辺りからはとくにな」


 そう言う事か。そりゃあ、具体的に完成予想図なんか描けるわけもないし、話を聞いてもちんぷんかんぷんで漠然とした不安が溜まっていくだろう。

 一度、賛成している住民のところにもいってみた方が良いな。多分、その人たちは計画書を読んでいるはずだ。意見を聞けば、計画書のどこに満足ができて、どこに不満があるかも見えてくる。


「メルミー、お手柄だ」

「え? 何の話?」


 メルミーは玄関の寸法を取る手を止めて、俺に聞き返してきた。自覚があってやった事ではないのだろう。


「ひとまずサラーティン都市に戻る。再開発計画の問題点も見えてきたし、フレングスさんと相談しないと」


 そんなわけで、俺はメルミーを連れてサラーティン都市のフレングスさん宅に帰る事にした。


「改築に関しては後々、クラムト村の再開発計画書でご説明します」

「おぉ、そうかい。さっき言った事の幾つかだけでも解消できるように頼むよ」

「任せてください」


 おじいさんと別れて、メルミーと共にサラーティン都市へ向かう。

 クラムト村とサラーティン都市は別の枝の上にあるため、目と鼻の先に見えるのに行き来に時間がかかる。これもクラムト村へ若者が戻りたがらない理由の一つだろう。

 メルミーが向かいの枝にあるサラーティン都市を見て口を開く。


「橋を架けるのかな?」

「そうなるだろうね。フレングスさんは建橋家の資格を持ってるから、担当者もフレングスさんになると思う」


 建築家資格では橋を架けられないから、どうあがいても俺が首を突っ込める話ではない。


「だからこそ、というのも変な話だけど、クラムト村の再開発計画は成功させたいな」


 俺がフレングスさんの役に立てるとしたらそれくらいだ。

 サラーティン都市まで戻ってきた俺たちはその足でフレングスさん宅に向かう。

 夕食を食べるのにはちょうどいい時間帯だったのだけど、リシェイはサイリーさんに捕まったままだし、メルミーと二人で料理屋に入るのも薄情だろう。

 そんなわけで、フレングスさん宅に到着した俺とメルミーを出迎えたのは、料理になりそこなった奇怪な物体たちと挫折したリシェイとサイリーさんだった。


「十年はみっちり教育しないとダメだわ。調理の基礎知識も技能も少なすぎて、作業工程の意味が理解できてない。目を離したら調理手順が前後して料理にならない」


 サイリーさんが呟く。この人が頭を抱える姿なんて初めて見た。

 ゆで卵を作るためにお湯の中へ卵を割りいれたらしい。まぁ、それなら食べる事は出来るな。

 メルミーが失敗料理を一口食べて泣きそうな顔をする。


「じゃりってる……」

「斑に焦げてるな。器用な事をしたもんだ」


 メルミーほどチャレンジャーではない俺は口に運ぶ勇気はない。

 失敗料理を廃棄していると、作業部屋からフレングスさんがやってきた。


「――アマネ、戻ったか。どうだった、クラムト村は」

「流行が受け入れられないわけではなく、いまよりも不便になるかもしれないと危惧しているみたいです。老眼が原因で計画書を読めなかったらしいですね。フレングスさんが村の住人を集めて行った要約した説明だけが情報源で、詳細が分からず不安になった人も多いようです。どう変わるかよりもどう便利になるかを前面に押し出して説明するのが良いかと思います」

「なんだよ。そんな事なら言ってくれればよかったのによ」


 フレングスさんが頭を掻いてぼやく。


「ヨーインズリーから派遣された建築家さんが村に馴染めずにサラーティン都市に移住した事もあって、詳しい説明を求めて迷惑がられたくなかったみたいです。それが裏目に出て、この事態ですけど」


 俺はメルミーを連れてフレングスさんと作業部屋に向かう。


「設計も少し見直した方が良いかもしれません。二案作って、片方は現在の村の外観が極力残るように調整した消極案、もう片方は外観が残らないくらいの積極案。住人のほとんどは建物そのものにこだわらないそうなので、実用性を重視して全体的に高齢者に優しい村設計にした方が良いかと」

「その手の設計はアマネが得意だろ。積極案の方はお前が作ってみろ」

「良いんですか?」

「実際に村に行って話も聞いてきたうえで積極案を出しても大丈夫だって思ったんだろ。クラムト村の住人も不安を聞き出したアマネから提案された方が安心できるってもんだ」

「分かりました。メルミーも手伝ってくれ。いろいろと話を聞きたい」

「おまかせあれ」


 メルミーがお茶らけながらも返事をしてくれる。

 俺は弟子をしていた頃に使っていた部屋に入り、設計図を描く。

 今回の聞き込みの結果、建築物のバリアフリー化は必須事項だ。

 だが、この再開発計画の第一目的はクラムト村の過疎化を食い止め、サラーティン都市への人口集中を緩和することにある。

 積極案である以上、予算が許す範囲であれば村を完全に作り替えることも許される。とはいえ、畑などは動かさない方が良いだろう。


「畑に近い所に貯水施設は必須だよな」

「貯水施設って重量問題があるから設計が大変だっていうけど?」


 水は重量があるため、恒常的に水をためておく貯水施設があるだけでその枝の許容荷重量をかなり圧迫する。枝にかかる荷重を計算しながら他の建物を建てる必要があるため、貯水施設の有無は村の発展自由度に大きな影響を及ぼしてしまう。

 作るだけならば簡単だが、それによる弊害は大きいのだ。

 だが、今回の再開発計画ではほぼ無秩序に立てられた村の建物を整理、区画を統合するなどで全体重量を減らすことができる。

 メルミーが机に片手をついて俺が描く設計図を覗き込んだ。


「段差を極力なくすのは当然として、村からサラーティン都市に野菜を運ぶ道とかどうすんの?」

「整備する。予算も割く」


 サラーティン都市は周辺の村や町の農作物の集積地だ。そこに雇用が生まれているし、クラムト村から出てきた若者も市場などで働いている者がほとんどだという。

 クラムト村に残した親などが心配でも、交通の便が悪いために頻繁に帰ってはいられない。休日にちょっと行ってその日の内にサラーティン都市に舞い戻り、翌朝から働くような生活らしい。

 さて、サラーティン都市で働けばお金が入るものの、安宿でも部屋を取れば金がかかる。より儲けたければ村から通勤するのがベストだが、数時間かけて歩いてきて働くのは現実的ではない。

 だから、現実にしてやればよい。


「クラムト村とサラーティン都市の間の道を整備してそこにコヨウ車を定期的に走らせれば、村から都市への出稼ぎが可能になる。わざわざサラーティン都市に宿を取る必要もなくなって、宿代は浮く。これから架けることになる橋も合わせれば交通の便は格段に良くなるはずだ」


 つまり、クラムト村をベッドタウン化する。

 これでサラーティン都市が人口過密状態になるのは昼の間のみとなる。昼間の人手についてはサラーティン都市も欲しているからこれが成功すれば問題は解決するはずだ。

 夜間は働き手が村に戻るのだから、サラーティン都市の住居の問題にも悩まされない。

 また、クラムト村に貯水施設を作る事で水を確保し畑の拡大もできる。水と食料の問題もある程度緩和し、これらを整備した道を使って輸出する事も可能となる。


「というわけで、区画整理による農業用地確保も課題」


 老朽化してない建物まで取り壊して予算を圧迫するわけにはいかないため、現在のクラムト村の地図を出して建造されてからの年数を一つ一つ確認する。


「さっきの話だといいことづくめに聞こえるけどさ、そううまくいくの?」

「もちろん、いく、とは断言できないな」


 例えばコヨウ車の運営だ。

 羊に似た動物であるコヨウに箱馬車を引かせて客を運ぶコヨウ車だが、人が四人乗れる大きさのものを引かせるとすれば三頭は必要になる。

 村と都市の間を行き来させるのなら数台はコヨウ車が必要で、コヨウを飼育管理する必要も出てくる。

 コヨウ車の運営費用を考えると、村人を都市まで輸送するだけでは間違いなく赤字経営になるのだ。

 つまり、赤字を出してでもクラムト村とサラーティン都市を繋ぐコヨウ車を運営する事で得られる別の利益が必要になる。

 その利益が村の若者という働き手で出せるのかといえば疑問が残った。

 コヨウは羊に似た動物だけあって毛の方も利用できるから、何とか黒字化できそうだと思う。放牧するのと違って飼料代もかかるけど。

 あれこれと考えることが多いが、最終的な判断はフレングスさんや再開発事業を主導しているサラーティン都市の教会などが下してくれる。

 俺に出来るのはせいぜい、コヨウ車を運用することのメリットやデメリットを説明して実現できるように説得する資料作りだ。


「ひとまず算出してみないと予測も立てられないし、実際に運用を始めたらまたうまくいかない可能性だってある。まずはリシェイに見積もりを出してもらって――」


 とそこで、俺は部屋を見まわます。


「リシェイはまだ台所にいるのか?」

「あの数を片付けるとなるとどうしても時間がかかるでしょ」


 メルミーは部屋の扉から廊下に顔だけ出して、台所の方に耳を澄ます。


「あちゃー、リシェイちゃん、料理本の音読やらされてるよ」

「まずは知識をつけさせようって事か」


 座学は大事だよね、うん。



 結論から言って、俺の提案した積極案がクラムト村の住民に支持された。

 コヨウ車の運用はクラムト村が行い、代わりにサラーティン都市は農作物を定期的に輸入する契約だ。また、コヨウ車の運用ノウハウはサラーティン都市や周辺の村、町と共有することが決まった。

 今後、クラムト村のように過疎化が始まった場合にコヨウ車の運用を含めた対策を打ちやすくするためだ。

 クラムト村のバリアフリー化は大規模な物となった。

 水汲みを楽にするため畑よりも一段高い場所に貯水槽を設け、階段の踏み面は大きく取ってある。踏み面を大きくしたため長大になった階段はつづら折りとなり、折り返し地点を繋ぐショートカットの階段を別に設けた。

 点在した住宅を避けるように蛇行していた道は区画整理で直線となり、以前よりも歩く必要が減っている。

 コヨウ車の待合所は村の入り口に一つだけあるが、冬場でも寒さを凌げるよう、駅舎のように屋根も壁もある。中には椅子が並べられており、畑が近い事もあって村のご老人方が畑仕事を終えて休憩する際にも使えるように奥には靴を脱いで上がる休憩所も併設していた。

 区画整理の影響で畑の拡張もできるようになり、土が手に入り次第拡張工事に取り掛かるという。


「終わったねぇ」

「あっという間だったな」


 メルミーとハイタッチを交わして達成感を共有する。

 なんだかんだで五カ月近くクラムト村で再開発を行っていた。サラーティン都市の職人さんが十数人泊まり込み、ヨーインズリーからも応援が呼ばれたくらいだ。

 この計画でお金がいくら動いたのかは分からないが、村の建物も半分近くは建て替えているから俺の年収で何年分だろうか。


「ところで、メルミー、リシェイはどこに?」

「サイリーさんと夕食を作ってるよ」

「俺この五カ月でやせた気がするんだけど……」

「メルミーさんも細くなっちゃったよ……」


 毎夕食がリシェイ製だったから、食欲が抑えられてしまうのだ。

 メルミーが俺を見て、自分の服をめくって腹を見せる。


「ほら、触ってみてよ。ちょっと摘まめる位だったのに今は見る影もないよ」

「むしろ輝いて見える素敵なお腹だな」


 マジで触っていいんですかね。

 ゆっくりと手を持ち上げると、メルミーが何かに気付いたようにさっと服の裾をおろした。

 だが、甘い。俺は服の上からでも楽しめる、なんて思っていると、横合いからフレングスさんが声をかけてきた。


「往来でイチャついてんじゃねぇぞ。アマネ、ヨーインズリーから手紙だ」

「手紙ですか。メルミーの親父さんかな」


 娘のお腹が触られる気配でも悟ったのだろうか。

 俺の前に立ちはだかるのは柔らかく滑らかで健康的なメルミーのお腹ではなく、メルミー養父その人だったというのか。

 手紙の差出人を見て、確信する。

 メルミーの父親はエスパーなどではなく、娘のお腹については何も知らないのだと。

 俺は触ってもいいんだと。許されたんだと。


「この名前、ヨーインズリーの古参だよ」


 横から手紙を覗き込んできたメルミーに言われて、俺は改めて手紙の差出人を見た。


「本当だ」

「……アマネ君、さっき何を確認したのさ」


 メルミーパパの名前でない事だけを確認してました。

 手紙の封を切って中を見る。


「――ちょっ、アマネ君、これ!」


 覗き込んでいたメルミーが驚いたように声を上げる。

 手紙には、建築家アマネに建橋家資格の取得試験の受験資格を認めると書かれていた。

 思わず固まってしまう。

 建橋家の試験は、建築家としての実績を積んで評価されないと受験できない。

 つまり、俺の実績が受験資格を満たしたという事だ。

 だが、俺はまだ建築家の資格を得てから一年半しか経っていない。評価対象になるような実績もほとんどないはずだ。


「誤送付か」

「あぁ、なんだ。誤送付かぁ。いやーアマネ君、驚かせないでよ」


 納得したメルミーが俺の背中を叩いてくる。

 しかし、フレングスさんが首を横に振った。


「安心しろ。誤送付じゃない。正式に、アマネに受験資格が認められたんだ」

「――なんで?」


 意味が分からない。というか、裏があるとしか思えない。

 何だろう。新人いびり? 俺、何か悪いことしたかな。


「表向きは今回のクラムト村再開発計画を一気に進めたからだな。当初は受け入れられなかった大規模な開発を住民の了解を得て認めさせたんだ」

「それだけで?」

「試験に受かるかどうかは別だからな。だが、もう一つ裏の理由がある」


 やっぱり来たよ。靴に画びょうとか入れられちゃう奴だよ。

 ごくりと生唾を飲んで覚悟を決めた俺だったが、フレングスさんが口にした理由は拍子抜けするような事実だった。


「ケインズとかいうアマネとそう年の変わらない建築家がハラトラ町の四本目の枝事業での建築物の美麗さを評価されてビューテラームに受験資格を得て、この間、建橋家資格に合格したらしい。ビューテラームの建橋家たちは装飾性の高い建築物を高評価するからな」

「もしかして、西の摩天楼ビューテラームに新進気鋭の若手を取られたから、同じ若手で個人事務所を構えている俺を担ぎ出そうって事ですか?」

「アマネだけじゃあないだろうけどな。ヨーインズリーが対抗馬育成に躍起になってるのは間違いないようだ」


 そう聞くと、何か寂しいけど。


「貰えるものは貰っとけばいいと思うよー。メルミーさん的にはアマネ君の設計は好きだし、建橋家になったら取引のあるうちの工務店も嬉しい」

「まぁ、貰うけどさ。どうせコネで合格貰えるような資格でもないんだし、合格したら誰も文句を言わないだろ」


 むしろ、言わせないくらいの勢いで合格してやろうじゃないか。



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[良い点] 〉俺は触ってもいいんだと。許されたんだと。 なんでや!
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