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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第十七話 ヘキサ大会

 俺の建橋家としての最初の仕事場でもある木籠の町を通り抜けて、俺はようやくケインズの町アクアスに到着した。


「凄いな、これは……」


 町の入り口に立つだけでその均整のとれた美しい町並みを一望できる。

 雲下ノ層に存在する池とは別に貯水槽やアユカを育てているらしき養殖用の水槽が三つある。

 人の営みがアユカの生育に及ぼす影響が分からないためか、アユカの養殖用の水槽は町の奥まったところにあった。この辺りはタカクス町におけるランム鳥の飼育小屋の配置と同じだ。

 しかし、アユカの水槽の側にはキスタを始めとした低木の観葉植物が複数植えられており、水槽が湛えた水との対比効果で美しく見せている。生簀という実利的な設備にもかかわらず、利益を脇に置いて見た目の美しさを際立たせようと工夫するあたり、ケインズらしい。

 雲下ノ層に存在する池の方にはガゼボが建てられている。八角形のガゼボはかなりの大きさで、同時に二十人ほどが雨宿りできそうだ。池を見に来た人向けの休憩所として機能しているけれど、ガゼボの天井に取り付けられているのはビーアントの反響板のようにみえる。野外コンサート会場としても使えるのだろう。

 畑へと視線を移す。

 流石は水と農業の摩天楼ビューテラームに事務所を構えていただけあるというべきか、主要産物であるミッパを始めとした各種作物の外見を熟知した畑の配置だ。

 色のまとまりがよく、区画整理された畑を絶妙な位置関係で配置している。冬の今は何も植わっていない畑であるにもかかわらず、むき出しの土の色を出す畑とその横にあるミッパの緑の面積比が美しかった。

 花が咲く頃に来たらもっと綺麗だったろうに、タイミングを間違えたか。

 俺は町の入り口を抜けて中へと足を踏み入れる。

 なかなかの賑い振りだ。人口は七百人ほどだと聞いているけれど、タカクスと同じく食べ物や市場を目当てにした他所からのお客さんが多いらしい。

 宿も多く立ち並んでいる。壁面に寄り添い支える樹木に似せた付け柱が多くみられ、宿と別の宿との境界がはっきりしていた。

 付け柱のモチーフにしている樹木の種類をもじって宿の名前も考えられているらしいのが看板からもうかがえた。


「料理屋を兼ねてる宿もあるのか」


 泊まるならこの手の宿だな。

 タカクス町と同じく四本の枝を持つアクアス町だけど、池や貯水槽、生簀といった荷重が非常に大きい設備が多いため建物の数も少ない。

 代わりに、広場や公園、運動場などの広いスペースを必要としながら総重量が少ない設備が町の各所に存在している。

 特産のアユカを出す店は限られるけれど、周辺の町や村から持ち込まれたと思しき肉や卵とアクアス産の野菜を使った屋台料理屋などがあちこちにあった。

 殺風景になりがちな広場なども甲材を用いたタイル敷きや樹木を植えるなどでメリハリを出していて、どの広場も特徴的だ。

 広場などが多く存在すれば、人口密度も低くなる。寂しくない程度に人を見かけるため、道も歩きやすいし寂しさも感じない絶妙さだ。


「住みたくなる町、か」


 市場があるおかげで物も手に入りやすいし、水を多く必要とするため高価になりがちなミッパを栽培している上に特産品のアユカなどで食料事情、栄養事情も良い。渇水の心配がほとんどないのも高ポイントだ。

 ケインズの事務所に向かう道すがらうろうろしていると、大きめの広場に長机と椅子がずらりと一定の間隔で並べられている場所に出た。

 それまでの広場と比べても、人が多い。年齢層も様々だ。

 近くを通りがかった人を呼びとめる。


「これって何かの集まりですか?」

「ん? あぁ、大会だよ。ヘキサって盤遊戯の」

「ヘキサ?」


 なんだ、それ。

 じっちゃんはこの手の遊びにも造詣が深いから、知っていたら俺を相手に大人げなく連戦連勝かましたりしてそうなのに、一度も遊んだ覚えがない。


「知らないのも無理はない。ここの町長が考案した新しいゲームだからな」

「ケインズが?」

「町長の知り合いかい? もう少ししたら開会の挨拶に出てくるだろうから、考案者から直接話を聞いたらどうだ?」


 言ってる側から、会場の端に作られた壇上にケインズが姿を現した。


「第一回ヘキサ大会を開催する。全試合の棋譜を残すから、手を抜いたりするなよ? それじゃあ、張り切っていってみよう!」


 あの町長、ノリノリである。空に拳とか突き上げちゃってる。

 あ、目が合った。俺の存在に気付いたらしい。


「今回は何と、北からはるばるやってきたタカクス町の町長兼建橋家兼魔虫狩人なアマネさんも来てるぞ。魅せる試合は南のアクアスと北のタカクスの双方から広まると思えよな!」


 巻き込みやがった。

 ケインズが指差してくるものだから、会場中の視線が俺に集まる。


「タカクスってシンクの町か?」

「結婚式場の町よね」

「綺麗な教会があるっていう」


 どうも、そのタカクス町です。

 これは乗って名前を売るチャンスだな。

 俺はケインズのいる壇上へ上がり、会場を見渡して口を開く。


「北のタカクス町より参りました。町長のアマネです。優勝者にはタカクス町特産のランム鳥改良品種シンクの燻製を進呈いたしますので、参加者の皆さん、頑張ってくださいね」


 会場から拍手が上がる。

 シンクを食べたことのある人は少ないようだけど、アユカを特産とするアクアスに籍を置くだけあって食に興味のある人が多いようだ。

 そんなわけで、ヘキサの大会が始まった。

 俺はケインズと共に壇上を降りる。


「ありがとな、おかげでしょっぱなから盛り上がった」


 ケインズに叩かれた肩を竦める。


「いきなり巻き込むなよ。碌なこと言えなかったろうが」

「そう言うなって、優勝賞品まで自前で用意してくれたんだから、この大会のこと知ってたんだろ?」

「いや、あのシンクはケインズ用のお土産だよ」

「……マジ?」

「巻き込まれたから、意趣返し」


 その場のノリで活動するおバカが一名、頭を抱える。

 運営本部と刺繍が施されたテントに到着する。見覚えのある険の強そうな美人がケインズを見て一言、


「お客様を無理やり引っ張りだすなんて、どういうつもりなのかしら? きちんと謝りなさい」

「すいませんでした」


 素直に従うケインズに、カラリアさんがきょとんとして首をかしげる。

 不思議そうな顔をしているカラリアさんに事情を説明する。


「ケインズは自分の分のシンクが優勝賞品として供出されたから凹んでいるんだよ。もちろん、カラリアさんたちの分は別に用意しているから心配しないで」

「あら、そうだったのね。流石にアマネさんはケインズとの付き合いが長いだけあって、罰し方も巧みだわ。参考にさせてもらいますね」

「不穏な情報共有はそこまでにしてくれよ」


 慌てた様子のケインズに割り込まれて、俺はカラリアさんと不敵に笑いあう。

 それはそれとしてと、俺は鞄からシンクの燻製セットを取り出した。モモ、胸肉にささ身、手羽元と手羽先の五点セットだ。内臓系は危ないので持って来れなかった。


「五点セットを九組、内二組はヘキサ大会の優勝賞品にしておいて」

「分かりました」


 カラリアさんが二組の燻製セットを持って行くのを口惜しそうに見ていたケインズがため息を吐く。

 ケインズは残った七組の燻製セットを見る。


「二組減ったにしてもずいぶんと多いな。重かったろ?」

「リシェイが多めに持って行った方がいいって言ってくれたんだ。ケインズのところに料理人の側近がいるから、珍しい食材は数を揃えて渡した方が喜ばれるってさ」


 夜間に人目を忍んで活動する妖精染みた料理人の事である。結局、俺は一度も見たことがないけど。

 ケインズは「リシェイさんに感謝!」と口にしてから、運営本部テントの奥を指差す。


「その料理人なら、あそこにいるぞ」

「……どこ?」


 赤と白の横縞模様男を探す方が圧倒的に難易度低いくらいにどこにいるのか見当がつかないんですけど。

 よくよく目を凝らしても見つからない。素晴らしい隠れ振りだ。


「ほら、木箱の裏」

「……あのぴょこんと出てる髪の毛の?」


 アホ毛かな。


「そうそう」


 ケインズが歩いて行って木箱の裏から小柄な女の子を引っ張り出す。


「……どうもです」

「こちらこそ、どうもです」


 何この会話。二十年ぶりに小学校の担任と不意に出会っても、もう少し会話らしい会話ができるだろうに。


「ケインズさんのお客様に料理を出させてもらってます。エトルです」


 エトルと名乗ったその女の子の背丈は俺の胸辺りまでしかない。小豆色の髪に浅黄色の瞳をした人形みたいな子である。

 木箱の裏から飛び出ていたのはアホ毛かと思ったけど、小さいだけのサイドポニーだったようだ。


「それじゃあ、エトルは事務所に帰って料理の下ごしらえをします」


 いうが早いか、頭を軽く下げたエトルさんが事務所の方向へ駆け出した。

 エトルさんの後姿を見送りながら、ケインズは苦笑する。


「前にも言ったと思うけど、人見知りなんだ」

「そうみたいだな」


 気を取り直してヘキサとやらの大会を見物する。

 十三×十三の四角形のマスの盤面に三種の駒を使って対戦するゲームらしい。

 ルールは前世で言うところのオセロと同様で、交互に駒を置いて挟んだ部分を裏返し、自分の駒とする。最後に駒が多い方が勝ちというルールだ。

 しかし、白と黒に加えて灰色の駒が双方に三枚ずつ与えられており、この駒は右九十度にひっくり返す方向を曲げる事ができる。

 オセロよりもやや戦略性が高いゲームのようだ。

 最初は少なく取るというオセロの基本戦術に加えて、灰色の駒を先々の展開を予想しつつ事前に仕掛けておく必要がある。展開もかなり複雑になるようだ。

 大会の様子を見ながら、ケインズと近況を話し合う。


「アクアスの経営はどんな感じ?」

「アユカとミッパの二大輸出品のおかげで黒字が継続してる。このヘキサの大会のおかげで外からの客も来るようになるし、かなり順調かな」


 ケインズが一回戦の棋譜を並べながら言う。


「これからは定期的に大会を開催して、外からの客を多く呼び込むつもりなんだ。宿や料理屋も充実したし、湯屋もある。受け入れ準備は万端って感じ」


 タカクス町と違ってどこかを吸収合併したわけでもないのに設備が充実しているのは凄い。


「ただ、難民の危惧があるんだよなぁ」

「やっぱり、南側のアクアス周辺でも新興の村問題が出てるのか」


 ケインズは深刻な表情で頷く。

 周囲に人がいないのを確認して、ケインズが続けた。


「町長会合で早くも話題が出たくらいだ。南側はコヨウやランム鳥を育てている村や町が多いから肉類に関してはほとんど心配がいらない。けど、野菜類が足りないし、何より受け入れが可能な自治体がアクアス以外にほとんどない」

「住宅問題があるのか」


 肉類需要の拡大を懸念している北側とはまた別の問題が起きているらしい。

 ケインズは腕を組んで空を、雲中ノ層の枝を見上げた。


「アクアスは資金的に余裕があるけど、限界荷重量の問題がある。貯水設備の問題でね。だから、都市化計画をカラリア達と話し合ってるところだ」

「雲中ノ層に進出するつもりか?」

「そう。雲中ノ層に枝を持てば住宅問題はいくらでも対処ができる。問題は、それまで新興の村が保つかどうかなんだ」

「橋が完成するまでの時間はどれくらいかかるんだ?」

「五、六年とみてる。資金的にもギリギリで、橋の建設中に難民が発生したら共倒れになりかねない」


 アクアス以外の町が難民を受け入れるだけの空き地がないため、アクアスに難民が集中する可能性が高い。

 そうなれば、いかに黒字を叩きだし続けているアクアスでも橋架けと並行して進めるのが難しくなってしまう。


「そんなわけで、カラリアの発案で今は周辺の新興の村に探りを入れてるところなんだ」

「そっちも大変なんだな」


 北側の事情も話すと、ケインズは同情的な視線を向けてきた。


「お互い苦労するな」

「発端が俺たちだと言われると、対策を取らずにはいられないよな」

「言えてる」


 苦笑し合って、ヘキサの試合を眺める。


「あのヘキサって輸出もしてるのか?」

「あぁ、ビューテラームとヨーインズリーには輸出してる。つい最近考案したばかりだから、まだ北側まで行き届いてないかもな」

「見たことはないね」


 世界樹のあちこちから観光客が来る宿の主であるビロースなら何か聞いているかもしれないけど。

 ヘキサはまだ考案されたばかりなため戦術も洗練されてはいない。解説本の類もまだ書かれていないという。


「ケインズは考案者なんだろ。優勝者と戦ってみたりするのか?」

「いや、アクアスで一番ヘキサが上手いのはカラリアなんだ」


 ちょっと凹んだ様子でケインズが言うには、考案したのもケインズなら、最初は少なく取るという基本戦術を編み出したのもケインズだが、カラリアさんには一回も勝てていないそうだ。


「盤面を染め上げられたときは耐えられたけど、途中で自分の駒を全滅させられたときに悟ったんだ。カラリアには勝てないって」


 考案者が手も足も出せないとは、カラリアさん恐るべし。

 まだ競技人口もさほど多くないそうで、大会は昼過ぎに優勝決定戦を行い、アクアス町で料理屋を営む年配の女性が辛くも優勝した。


「シンクの燻製、一度食べて見たかったんですよ!」


 優勝者は商品の中からシンクの燻製を持ち上げて、惚れ惚れとしたような表情で眺めていた。

 喜んでもらえたようでなによりだ。ケインズに悔いが残らないよう、美味しく食べて頂きたい。

 会場の片づけを手伝って、ようやくケインズの事務所へと向かう事になった。



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ヘキサちょっとおもろそうで草
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