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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第十六話 アクアスへの旅路・ヨーインズリー

 じっちゃんの家に二泊三日してから、いよいよケインズのアクアス町へ出発する事にした。


「今度は股のナイフを使ってから来るんじゃぞ」

「別れ際まで下ネタ振るのやめろよ!」


 台無しじゃねぇか。

 笑っているじっちゃんに見送られながら、俺は故郷のレムック村を出る。

 のんびりしたところではあるけど、時間の流れがゆっくりなおかげか、みんな俺の事を覚えていてくれたのが少し嬉しい。

 後ろ髪を引かれながらも前を向いた俺は、まっすぐ東の摩天楼ヨーインズリーを目指す。

 ハラトラ町、サラーティン都市と抜けて、ようやく到着する道のりだ。

 冬も本格的に到来し、雪がちらほらと降り始めている。

 タカクス町辺りはそろそろランム鳥用クッションを燻し始めている頃合いか。

 気温の低下にあわせて魔虫の出現率も下がっており、安全で歩きやすい。雪もまだ積もるほどではないから旅をするにはちょうどいい時期だろう。

 代わりに旅費が稼げないけど、元々十分な資金は持って出ているから心配ない。途中で狩った魔虫の素材を売却したおかげで資金そのものは倍に増えてる。

 旅をしているのに資金が増える摩訶不思議現象を堪能中である。

 これからは目減りしていくけど。装備もないから雪虫は狩ってられないし。

 ちらつく雪の中で見るハラトラ町の白塗りの橋も、フレングスさんが架けた眼鏡橋もきれいな物だった。

 季節の風景に溶け込んでいてなおかつ存在感を完全には失わないのだから、やはりどちらもいい橋だ。

 そんなこんなでサラーティン都市も越え、俺は懐かしのヨーインズリーに到着した。

 相変わらずの巨大さである。

 高く、高く、雲上ノ層へと延びるいくつもの空中回廊と建物群。虚の図書館だってもちろん健在だった。

 俺は事務所を構えていた貸し家に足を運んでみる。

 外は掃き清められ、窓辺にはタコウカの植木鉢が置かれていた。

 誰かが住んでいるのだろう。

 こうして人の営みは移り変わって行くのだなぁ、としんみりしつつ、虚の図書館に向かう。

 事前にアポイントを取ったりしているわけでもないので虚の図書館長の出迎えはない。出迎えられても話すことがそもそもない。


「すみません。献本しに来たんですが、ちょっといいですか?」


 受付で司書の一人を捕まえて、リシェイ作の歴史本を二冊渡す。

 本を受け取った若い司書は著者名を見て目をぱちくりさせたあと、俺を見る。


「……リー姉のご家族の方ですか?」

「リシェイならうちの事務所で働いてくれてるけど」


 リシェイの事をリー姉と呼ぶのはヨーインズリー孤児院出身の子くらいだ。

 だとすると、この司書さんは――


「もしかして、ミカムちゃんかな? リシェイの紹介で司書見習いになった」

「そうです。もしかして、アマネさんですか?」

「えぇ、アマネさんです」


 自分の事を指さしおどけて答えると、ミカムちゃんは納得したように頷いた。


「それで、リー姉の新しい本を持ってきてくれたんですね。謝礼金はいつも通りに?」

「いつも通りに孤児院へ寄付してほしいそうだよ。これが手紙」


 リシェイから渡された手紙を渡すと、ミカムちゃんは手紙をざっと読んでから、歴史書二冊の上に置いた。


「少々お待ちください。査定をしますので」

「どれくらいかかるかな?」

「お昼までには終わると思います。速読が得意な司書が今日の当番ですから」

「わかった。それじゃあ、ちょっとそこらをぶらついてるよ」

「恐れ入ります」


 受付カウンターを離れようとしたら、ミカムちゃんが声をかけてきた。


「あ、あの、リー姉は元気ですか?」

「元気だよ。今日は一緒じゃないけど。手紙は届いてない?」

「届いてますけど、院長先生が内容を教えてくれないので。元気とは聞いているんですけど……」

「分かった。今度ミカムちゃん宛てに手紙を出すようリシェイに伝えておくよ」

「ありがとうございます」


 ミカムちゃんに頭を下げられつつ、俺は久しぶりの虚の図書館を回る。

 地下図書館とは違って迷路状にはなっていない。ウイングライトの翅ランプがあちこちにあるのはここでも同じだけど、入り組んでいないおかげで歩きやすい。

 俺がタカクスを興した頃と比較して蔵書が多少増えているようだ。

 建築、建橋の資料がある区画には、小恥ずかしい事に俺に関する薄い本……薄めの資料本が置かれていた。

 ナチュラルに薄い本とか考えちまったよ。じっちゃんに毒されたのかテテンに毒されたのかは考えないでおこう。

 さて、問題の薄い資料本は俺とケインズを含む、過去に二桁年齢で建橋家資格を取得した者についてまとめたものだった。

 昨今、行動力に溢れる若者が多いが、成功した実力ある者達は如何なる人物であり、どのような功績を残しているかをここにまとめる。などと出だしに書かれている。

 記載されているのは俺とケインズを含めて全部で七人。二桁年齢での建橋家資格取得者が同世代にいるのは俺とケインズが初めてであるらしい。

 ヨーインズリーとビューテラームが代理ライバル争いを始めるわけだね。

 肝心の中身はなかなか面白い。

 七人の建築物、設計の個性や特徴を詳細にまとめて比較してある。橋に関しては架けることになった背景や、繋ぐ枝二本の上に載っている村や町の状況を踏まえて俯瞰的かつ多角的に橋が架かる事による効果を述べている。

 デザイン性重視のケインズは、そのデザイン力を応用した動線の図案化を端緒に人と物の流れを把握しつつあり、利便性を身につけ始めていると評価されていた。

 対して俺の方は、元々の経済性と合理性を重視したデザインに加えて単体でのデザイン力が身につき始め、遊び心が加味されるようになったと書かれている。

 惜しむらくは、建造物単体のデザインで視野が固定されてしまっており、周囲との兼ね合いについてはまだまだ発展の余地がある、との事。


「言われてみれば、納得するしかないな」


 矢羽橋やタカクス町教会、二重奏橋などは単体ではかなり評価されている建築物だけど、周囲と調和がとれているか、と問われると首を傾げざるを得ない。

 今まではまだ建築物も密集していなかったから単体で個性の強い建物がデンと構えていても違和感がなかったけれど、これからタカクス町が発展して建築物が密集するようになれば周囲との兼ね合いも良く考えてデザインしていかなくてはならない。


「なにかいい資料はないかな」


 都市設計に関係する資料をいくつか見繕い、ぱらぱらと捲って気に入った物を選ぶ。

 選び抜いた三冊を手に、書棚の整理をしていたツンツン頭の男性司書へ声を掛ける。


「すみません、写本を頼みたいんですけど」

「あぁ、はい。どの本でしょうか?」

「この三冊を」


 男性司書は俺から受け取った三冊をぱらぱらとめくり、眉を顰める。


「都市計画系の書籍を三冊……」


 俺の顔を見て、頭のてっぺんからつま先までをじろりと二往復した男性司書はゆっくりと諭すような口調で話し始める。


「君はまだ三ケタにもならない歳だろう? 焦らずにもっと下積み経験を重ねてから村を興すべきだと思うね」

「え、えぇと」


 こんなところで駄目だしされるとは思わなかった。

 つい今しがた、紙面越しとはいえ建築設計の弱点を指摘されてまだまだ経験が浅い事を自覚しただけに、このダメ出しはなかなか心に来るモノが……。

 男性司書が俺の肩に手を置いて、優しく諭すような声で続ける。


「確かに、若いうちは行動力が武器だと人は云う。年寄り連中は君のような若者が無茶な行動をしても止めることなく失敗した時に備えて行動してくれるだろう。しかし、村を興すという行為は年寄り方のご厚意に甘えるとしても巻き込む人数が多すぎる。君はこうして私の言葉を真正面から聞いて考えるほどに冷静だから、人から聞き、学べばきっと遠からず夢は叶うだろう。まずは冷静に、いま村を興した時に自分に何ができて、何ができないかを考え、その上で周囲の人生経験豊富な大人に相談すると良い。もちろん、私も相談に乗るよ」

「――アマネさん、査定が終わりました」


 本棚の間からひょっこりと顔を出したミカムちゃんが、俺と男性司書を見て首をかしげる。


「先輩、アマネさんがどうかしたんですか?」

「……アマネ、さん?」


 ぎりぎりと俺を見た男性司書は、俺から受け取った三冊の書籍に視線を移してから、ミカムちゃんが持っている二冊の歴史書の著者名を確認し、コホンと咳払いを一つ。


「どうやら、私はまだまだ人生経験が足りないようだ。こういった時に何と言えばいいのか分からない」

「いえ、ためになるお話でした」

「嫌味にしか聞こえないのだが……。ところで、私の事を覚えているかな?」


 男性司書に問われて首をかしげる。

 覚えているも何も、あなたが俺の事を忘れて忠告を述べてくれたんじゃないですか。


「建築家資格取得試験の会場の出口でリシェイを虚の図書館司書見習いに勧誘していた司書さんですよね?」

「ず、ずいぶんはっきり覚えてるな」

「人生経験が足りないせいかまだまだ覚えている事が少ないですから、一度覚えたことはできるだけ忘れないようにしようかと」

「ご忠告ありがとう」


 仲直りというか、仕切り直しというか、意味の曖昧な握手を交わして双方の失態と無礼をチャラにする。


「査定の本はその二冊かな? リシェイさんは相変わらずなようだね」

「暇を見つけては歴史書を読んだりしてますよ」

「偶に資料の写しが欲しいと注文が来ているから知っているよ。それでも、献本の謝礼は孤児院宛でいいんだね?」

「知識という財産が頭の中に残っているのでおすそわけだそうです」

「リシェイさんらしい言い回しだ」


 男性司書は静かに笑い、俺から受け取った三冊の資料の写本を約束してくれた。


「挿絵がかなり多いから時間がかかると思う。タカクス町へ送ろうか?」

「はい、それでお願いします」


 おそらくは来年の夏の頭には届いているだろう。


「それじゃあ俺はこれで」

「図書館長には会って行かないのかな?」

「面会依頼も出していないですし、特に案件もないですから」


 個人的なお付き合いをするほど仲がいいわけでもないですし。

 虚の図書館を出た俺は、その足でヨーインズリー孤児院へ向かう。

 ヨーインズリーにいた時分はリシェイ共々よくお世話になったし、仕事も紹介してもらった。挨拶しないのは不義理だ。

 人の縁はプライスレスなのだよ。

 孤児院を訊ねると相変わらずの子供達の騒ぎ声が聞こえてきた。

 バードイータースパイダーの液化糸に水を混ぜて作った柔らかなボールを孤児院の庭で蹴り合っていた男の子の一人に声を掛ける。


「孤児院長は今いる?」

「……お兄さん、誰?」


 ですよねぇ。

 ヨーインズリーを出てタカクスを起こしたのがかれこれ十年以上前、孤児院の子で俺の事を覚えているのは年長組だけだろう。

 お兄さんは少しさびしい気分ですよ。ホームシックが再発するくらいには。

 アクアスに行かないで、もう帰っちゃおうかなー。


「タカクス町長のアマネという者だよ。孤児院長に挨拶に来たんだ」

「教会の方にいるんじゃね?」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 孤児院の隣にあるヨーインズリー教会へ足を向けた時、どこからかやってきた十五、六歳の少女が俺に目を止めて片手を挙げた。


「ハロロース!」

「ハロロース!」


 はっ! つい反応しちまった。

 少女の表情がぱっと明るくなった。


「やっぱり、アマ兄だ!」


 こんな形で身バレするとは思わなかった。いつのまにハロロースは識別方法になったんだよ。スパイ映画とかに取り入れろよ。

 教会に向かう俺についてくる少女はどうやら、孤児院再建の時に泣いていた女の子らしい。


「その節はお世話になりました」


 少女が軽く頭を下げてくる。


「それで、アマ兄はどうして孤児院に?」

「通りがかったから院長に挨拶しておこうと思ってね。いろいろとお世話になったから」


 お土産のシンクの燻製もある。

 教会に顔を出すと、院長でもある司教さんは礼拝堂の掃除をしていた。

 足音に気付いて顔を上げた司教は俺を見ると驚いたように目を見開いた。


「これはこれは、アマネ君。ようこそ」

「こんにちは。近くを通りがかったので、ご挨拶に伺いました。孤児院のほうはあれから問題が起きたりはしていませんか?」


 土産のシンクの燻製肉を渡しつつ訊ねる。

 司教は箒を壁に立てかけて俺からの土産を受け取ってくれた。


「えぇ、子供たちは相変わらず元気だよ。顔ぶれが変わっても賑やかなのはいつも変わらない。孤児院の中を駆け回る子は減ったが、代わりに庭で遊ぶ子が増えたね。それまでと違って近くの公園まで行かなくてよくなったから年少の子が置いてけぼりにされることもなくなったよ」

「そうですか。もくろみ通りですね」

「あぁ、まったくだね」


 司教と二人笑いあう。

 俺と一緒に来た少女は当時まだ子供だったから話について来れていなかった。

 司教の話を聞く限り、子供たちが走り回るせいで傷みやすかったという孤児院の廊下も俺のデザインで新築した今回の建物であれば長持ちしそうだ。


「来て早々慌ただしいですが、俺はもう行きますね。南のアクアスに用事があるので」

「そうかい? 今度はゆっくり話ができると良いね」

「えぇ、いずれまた」


 司教と少女に別れを告げて、俺は教会を出た。

 メルミーの実家でもある木籠の工務店にも顔を出したけれど、店長さん以下職人の皆さんは橋架けの仕事で遠出しているとの事だった。

 メルミーの養母さんにシンクの燻製だけ渡して早々にお暇する。

 ヨーインズリーでの用事はこれにて終了である。

 後はまっすぐアクアスを目指すとしようか。



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― 新着の感想 ―
ハロロース式識別法。
ココ最近のお話みたいに今までの縁を振り返る話は面白い
こkl、こか、、、メルミー、、、。 いや、メル×テテもありか、、?テテ×メル、、、(百合豚熟考中)
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