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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第十五話 アクアスへの旅路・故郷レムック村

 サラーティン都市を出てハラトラ町に到着すると、ニャッタン橋に似た白塗りのA字型主塔を持つ斜張橋に足を運んだ。

 ケインズと受注を争ったハラトラ町は、その後も順調に発展してるという。

 四本の枝を持ち、現在は設備を一新しているとの事で、以前はなかった湯屋もあった。

 ケインズが設計した四本目の枝のランドマークタワーに向かう。

 空中回廊を渡って進むと、小さいながらも目立つ赤い塔が建っていた。

 ケインズの相棒カラリアさんが描いた完成予想図の通りに、空中回廊は赤い塔の半ばへと延びている。

 やや上り坂になった空中回廊が赤い塔の後ろへと回り込み、一周して住宅区の空中回廊と接続されていた。

 赤い塔の後ろに回り込んでみると、塔の中を通って下の広場へと降りられるようになっている。

 ランドマークであると同時に、この塔そのものも立派に通路としての役割を持っているのだ。

 広場は魔虫の甲材を敷き詰めたタイル敷きに近いもの。周囲は住宅に囲まれており、ちょっとした休憩スペースとして活用されているらしい。

 ジャグリングをしている男やら、仲間と語り合っている職人の見習いらしき若い男など、有効に活用されている。

 眺めてみたところ、若い人が多いようだ。

 背後の赤い塔やリボンのような空中回廊はお洒落で若者受けするデザインだから、その下にある広場が若い人のたまり場になるのも頷ける。

 ハラトラ町の創始者さんが希望した通り、若い力を取りいれることに成功している証だろう。

 俺は一度三本目の枝に戻って食料品を買ってから、故郷レムック村に出発した。



 俺が成人の儀を迎えた日に討伐したブランチイーターの食害痕はすっかり癒えていた。

 注意深く樹皮を観察しながら歩いていた俺がうっかり見落としそうになったくらいだから、もう心配はいらないだろう。

 心配いらないと言えば、レムック村の方もそうだ。


「支え枝が完成しているのは当然として、橋架けの準備までしているとは」


 よくお金あったな。

 レムック村の外れに住んでいるじっちゃんの下へ足を向けかけた時、弓とブランチミミックの脚を二本背負ったロットさんが歩いてくるのが見えた。

 レムック村の狩人兼魔虫狩人を務めるロットさんは俺を見て数度瞬きした後、おぉ、と声を上げた。


「アマネか! なんだよ帰って来るなら言えよ」


 さっさか歩いてきたロットさんが俺の頭に手を置いて力任せにぐりぐり撫でてくる。

 子ども扱いは変わらないのか。


「聞いたぞ。建橋家になったってな。カガイの奴が負けてられないとか言い出して建橋家試験に三回挑んで、この間ようやく合格したんだぞ。アマネは一発合格だろ? すげえな、おい」

「首痛いんだけど」


 いつまでぐりぐり撫でまわしやがりますか、この人は。


「鍛え方が足りねぇな」

「この会話、成人の儀の日にもやった気がする」

「そうだったな」


 少しは俺の成長を認めてくれても……認めてはいるのか。

 ロットさんは橋架けの準備で育てているらしき支え枝を指差す。


「カガイの奴が今度橋を架けるんだ。レムック村もこれで二本の枝を持つことになるんだぜ」

「やっぱり、あれは橋架けの準備だったんだ」

「おう。村のみんなで資金を出し合ってな。向こうの枝そのものも支え枝で補強してある。もう疎開騒ぎになんかならねぇぞ」


 ブランチイーターの食害で疎開した事に懲りて、安全面でかなり配慮した頑丈な土台作りをしているわけか。

 時間はかかるけど、結果的にはこっちの方がいいのかもな。


「もうみんな疎開先から帰ってきてんの?」

「何人かは嫁や旦那を連れて帰ってきて、ちょっと騒ぎになったな。嫁なんざ、どこで引っ掛けて来たーって男連中で新婚の男を囲んで弄ったりしたぞ。何故かジェインズ老まで参加してたが、まぁ、あの人はどこに現れても不思議じゃねぇか」


 じっちゃんまで新郎いじりしてたのかよ。大人げないな。


「新郎で思い出したぞ。アマネ、ジェインズ老から聞いたが、両手に花の生活してるんだってな?」


 さっきまで頭を撫で繰り回していた手を俺の首に回して、ロットさんが凄んでくる。


「後でジェインズ老の家に迎えに行くからよ。……逃げんなよ?」

「隠れるのは?」

「当然、却下だ」


 なら抵抗するよりほかになし。

 俺はロットさんの手を払いのけ、身を屈めてじっちゃんの家に走りだした。


「おい、こら、逃げんじゃねぇぞ。男らしく待ってろよ!」


 笑い声を含んだロットさんの声が追いかけてくる。


「俺は〝一応〟男なんで!」

「なんじゃそりゃ」


 今度こそ、ロットさんの大笑いが聞こえてきた。

 走っている内にじっちゃんの家が見えてくる。

 矢が的に当たる小気味良い音がリズム感抜群のタイミングで幾重にも木霊する。


「――何してんの、じっちゃん?」

「ん? おう、アマネか。早かったのぉ。流石は早ろ――」

「出会いがしらに下ネタ止めろし」


 じっちゃんが矢を向けていた先を見る。

 大小様々な鈴が糸に吊り下げられていた。大きい物は人の頭大、小さい物は人の拳大で、距離はおおよそ三百メートル。

 鈴の先にはいくつかの的があった。矢を拾いに行くのが面倒臭いから受け止めさせているだけなのが丸わかりの配置だ。

 あくまでもメインは鈴を鳴らす事。それも、リズミカルに。


「アマネもやってみるか? 上手く鳴らせれば女にもてるぞ?」

「もてるかどうかはともかく、一発芸として興味はあるかな」

「ほほぉ、一発、芸か」

「なんで一発を強調したんだよ」


 からからと笑うじっちゃんの隣で弓を構える。

 ひとまず、三三七拍子で。


「難かしいんだけどっ!」

「簡単じゃったら芸にならんわい」


 おっしゃる通りですね。


「手を動かすな。体の向きを変え、手はあくまでも微調整にとどめる。あっちこっちに手を動かしても狙いが狂うばかりじゃろうが」

「あぁ、なるほど」


 右足だけ反復横跳びみたいな感じで腕から手のラインは固定し、視線も固定したまま体の向きを変える。それだけで格段に命中率が上がった。

 一番小さい鈴にもきちんとリズムに合わせて当てられるようになったら、じっちゃんが一枚の紙を突き出してくる。


「ほれ、楽譜じゃ」

「読めないんだけど」


 ト音記号とかないし。そもそも五線譜じゃないし。


「なんじゃい。教養のない奴じゃな。ちと講義をしてやろう」

「よろしくおねがいします」


 弓を下ろして頭を下げると、じっちゃんは顎を撫でながら楽譜の読み方を教えてくれる。

 最初は音階だけど、これは前世の知識もあって読み方さえわかれば苦労はしない。


「次がこれらの記号。強弱を表すが、まず最初にこれじゃ。そよ風に揺れる世界樹の葉の擦れあう音が如く静かに清涼感あふれた音で、という意味じゃな」

「へぇ」


 気を利かせた風が世界樹の葉を揺らしていく。さわさわと清涼感ある音が吹き抜ける。冬の乾燥した空気の中ではとても澄んで聞こえた。


「次にこれじゃ。男同士が集まって猥談に花を咲かせるがごとく周囲にはばかりつつ楽しく、という意味じゃな」

「へぇ……」

「それでこれが、朝方のランム鳥の縄張り主張の如くやかましく喧嘩腰に、という意味。タカクスでランム鳥を育てとるアマネなら想像もつきやすかろう?」

「まぁね。凄く煩いし、なんか前のめりな勢いがある感じ」


 すごくフワフワした例えだけど、この手のものはあくまでフィーリングだよ、フィーリング。

 じっちゃんが次の記号を指差す。


「これは虚に木霊するが如く奥行きをもって厳かにという意味じゃ」

「ほうほう、なるほど」


 世界樹の上に暮らしているだけあって、表現の例えも世界樹に関連するものが多いのか。


「そしてこれがおすすめじゃ」

「おすすめ?」

「夜に女を喜ばせるように激しく!」

「なんでちょくちょく下ネタが挟まるんだよ!」

「覚えやすかろうと思って、気を利かせてみた」

「全部じっちゃんの解釈かよ!」


 真面目に聞いてたのに!

 じっちゃんが笑いながら楽譜を左右に振る。


「ちなみに本当の意味はな、八十年に一度大量発生するアーミーシケイダの啼き声が如く激しく、じゃ。アマネはまだ見たことがなかろう?」

「話に聞いた事だけあるけど、実際に見たことはないな」


 じっちゃんから説明を受ける限り、アーミーシケイダはセミに似た魔虫だ。体内に反響板を持ち、ビーアントの甲殻よりも反響しやすく、音の変質も少ないとして好まれる。

 八十年に一度の周期でしか発生しない長スパンの周期ゼミで、体長は二メートルから三メートル。バードイータースパイダーの巣に大量にかかったりもするという。

 とにかくうるさいから大量発生した際には魔虫狩人が総出で討伐隊を組んで出かけるとも聞く。

 だけど、前回の大量発生からまだ五十年も経っていないから、俺は当然見たことがなかった。


「楽譜の読み方も分かったじゃろ。ほれ、演奏を始めてみい」

「そんなすぐには無理だって」


 まずは最初のフレーズを覚えて、弓だけを順番に向けて感覚を掴んでから矢を番える。

 順番に矢を放っていけば、吊り下げられた鈴に矢が当たって音を鳴らした。

 あの鈴、よく壊れないな。ゆがみもしてないのか、音は変わらないし。

 ひゅんひゅんと矢を飛ばし、リンと音を鳴らしていく。


「おう、上手いのお。速射の才もあるアマネならすぐに身に付けそうじゃ」

「じっちゃんはこれで暇を潰してたのか?」

「おうとも。カガイの奴が架ける橋が完成した日に余興として披露しようと思っての。じゃが、アマネ如きに軽々まねされるようじゃつまらん。もっと難しいのにしておこうか」


 いや、これ以上に難しい奴があるのかよ。

 一通り練習した後、俺はじっちゃんと一緒に鈴を片付けて家の中に入った。

 懐かしいじっちゃんの家は特に物が増えているわけでもなく、俺が成人の儀の翌日に旅に出た時と変わらない。

 書棚に楽譜がいくつか増えているくらいだろうか。


「これにしてみようか」


 じっちゃんが書棚から出したのは奇妙奇天烈な楽譜だった。つい先ほど読み方を教わったばかりの俺には全く想像のつかない代物だ。

 いくつの鈴を使う気だよ。

 じっちゃんは椅子に座って楽譜を眺めながら、俺に声を掛ける。


「町になったそうじゃな?」

「あぁ、世情もあって、町に昇格した。これ、お土産のランム鳥の肉。シンクっていって、タカクス町で品種改良して生み出した特産品なんだ」

「おぉ、噂には聞いとるぞ。あまりこっちの方までは出回っておらんのか、見たことはなかったが」

「輸出はしてないんだ。ゴイガッラ村で育ててもらえないか交渉してるから、話がまとまったら少しはこっちにも流れると思うよ」

「そうなのか。なんじゃ、ずいぶん紅いが、生か?」

「いや、燻製にしてある。火を通してもあまり紅さが抜けないのが特徴なんだ。餌が関係しているみたいで、飼料用のトウムを与えないで育てた個体は紅さが薄いんだよ」


 じっちゃんは興味深そうにシンクの燻製もも肉を見ていたが、楽譜を机に置いて立ち上がる。


「ちと味見してみようか」


 じっちゃんはキッチンで包丁を使って燻製肉をそぎ切りにすると、一切れ摘まんだ。


「お! これは美味い。なんじゃ、見た目がとっつきにくいだけで他のランム鳥と比べてもずば抜けて美味いの。β系統種と同等か」


 長く生きているだけあって舌が肥えているじっちゃんにも受け入れられたようだ。


「まだ昼間じゃが、こんなに美味いアテがあるんじゃから飲もうか。アマネも付き合うじゃろ?」

「うん、飲むよ」


 どうせ、後からロットさんたち独身男組が酒を持って俺を弄りに来るし、先に始めていたって構わないだろう。

 じっちゃんは奥の戸棚に隠してある酒を持ち出してくる。


「アマネとさしで飲むのも初めてか。なんじゃ、歳を感じるのお」

「九百を超えておいて、いまさら感じるものかよ」

「感じさせるのは得意なんじゃがな」

「女性に歳を意識させたら嫌われるんじゃね?」

「そっちじゃないわい。わかっとる癖に。そういえば、リシェイちゃんとメルミーちゃんはどうした? 一緒じゃないのか?」

「町の事を頼んであるんだ」

「よし、心ゆくまで下ネタを語り明かすとしようかの」

「なに決意固めてるんだよ」

「まだ硬くなっとらんわ。裸の女子がおるでもないし」

「そっちじゃねぇよ」


 フルスロットルだな、おい。


「――というか、じっちゃんまだ現役なのか?」

「むろんじゃ。男のアマネに見せるつもりはないがの」

「見たくねぇよ。でもちょっと尊敬するわ」

「コツは食事にあるぞ」


 酒を飲みながらシンクの燻製肉を食べ、タカクス町の近況を話す。


「何じゃ、まだ結婚しとらんのか?」

「サラーティン都市でも師匠のフレングスさんに言われたよ。道中考えてみるつもりでいるけど」

「いま、気持ちはどっちに傾むいとるんじゃ?」

「リシェイかな。なんだかんだで建築家になる直前からの付き合いだし、ずっと支えてもらってる。結婚して恩返ししたいと思ってる」

「ほぉ、あの良い尻の娘か。アマネの事だから、元気っ娘に押し切られると思うとったがなぁ」


 否定はできない。実際、何度か告ろうとしたし。


「どう告白するかは決め取るのか? 言うてみい」


 完全に面白がっているのが丸わかりのじっちゃんが杯を片手に身を乗り出してくる。


「――我々も詳しく訊きたいねぇ」


 ガタリと扉を開けて入ってきたのはロットさん。後ろにはカガイさんを始めとした独身男性組がずらりと十三人。

 じっちゃんはロットさんたちの気配を掴んでいたのか、驚きもせずに椅子から腰を上げた。


「これこれ、そんな大人数がこの狭い家に入るわけなかろうが。外で飲もう。酒と摘みは持って来とるだろうな?」

「ノリノリだな、じっちゃん」

「息子をからかうのが愉快で仕方ないわい」

「質が悪いって」


 文句を言いつつ、俺もじっちゃんに続いて酒とシンクの燻製を片手に家を出るのだった。



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― 新着の感想 ―
うすうす 知 っ て た。うおーんメルミーーー!!!メルミー!!やばい続きを読み進めるべきか、そうじゃないか、、、。あがががががっががががああかかはがが
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