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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第十話  行商人のお店

 狩りから帰った俺はさっそくウイングライトの翅を使用した光源の配置を考えつつ空中市場の設計を始めた。

 市場直通の空中回廊も含めて、なかなか大規模な工事になりそうだ。

 市場には大型商品の搬入にも使える幅広の大通り、その他の手で持ち運べるような食品、衣類などの搬入に使える小通りの二種類が接続する。これらが昼間の営業時間中はお客さんが使用する歩道にもなる。

 動線を考えつつ配置していく必要があるだろう。


「スーパーやコンビニと考え方は同じなんだよな」


 当たり前といえば当たり前だけど。

 客が店内、今回の場合は市場の中を回遊する形に各種売り場、店舗を配置していく必要がある。

 購買意欲が高い観光客向けの土産物屋は市場の奥の方に設置し、入り口から市場の中を巡って行かざるを得ない様に動線を決める。

 市場に設置するのは土産物屋の他にタカクス町や付近の村が持ち込んだ野菜類、ランム鳥の肉や卵、衣類、大きなものでは家具などもある。

 家具に関しては見本だけを置いて、商品は別のところに倉庫を設けて保管する形になるだろう。購入者がいれば、倉庫から順次出して売却していく形だ。

 設計図を描いていると、テテンがひょっこりと顔を出した。

 以前の事務所とは違って作業部屋と私室は分かれているため、用もないのにここには来ない。


「どうかしたのか?」


 入り口からてくてくと歩いてきたテテンが俺の周囲を回り始める。


「……アクアスから、ハーブと、アユカの燻製、きた」

「シンクのお礼か」


 ケインズ宛てに自慢がてらシンクの燻製肉を送りつけておいたのだ。


「それで、なんで俺のまわりをまわっているんだ?」

「……はやく、食べよう、ぜい?」


 俺の作業の邪魔をするとリシェイに怒られるから、気を散らす様に周囲を回って間接的に邪魔をしようという腹か。

 ちょうどお昼時だし、構わないか。


「分かった。いま行く」

「お姉さまに、伝える」


 今日のお昼はメルミーが作るのか。

 俺は製図台を片付けてから作業部屋を出た。

 向かいの事務室の扉を開けると、事務仕事をしていたリシェイと目が合う。


「アマネ、ちょうど良かったわ。お昼から商談よ」

「あぁ、もうそんな時期か」


 定期的にランム鳥の肉や卵を仕入れていく行商人が来るのが今日あたりだ。


「さっき到着の知らせを貰ったわ。いまはビロースの宿にいるそうよ」


 リシェイは在庫管理票を机の端に退けてから、立ち上がった。


「市場の設計はどう?」

「今日中には草案が仕上がるよ。細部を詰めてから旧キダト村地区のみんなを集めて説明会を開こう。三日後でいい」

「早いわね」

「もう夏だし、工事を秋までに終わらせておきたいんだ」

「冬支度に市場を利用してもらえるものね」


 何かと忙しくなる冬支度の直前、秋の初め頃に市場が立てば、不足しがちな衣類や肉類、冬の間の内職で使う素材などで市場が賑う。

 市場の開設を宣伝するにはちょうどいいイベントだ。

 リシェイは暦の方を見てから、俺をそばに手招いてきた。

 首を傾げつつ歩み寄ると、リシェイが事務机の上から一枚の申請書を拾い上げた。

 申請者名テグゥールース、長ったらしくていまいち覚えにくいこの名前は、よくランム鳥の肉や卵を買っていく行商人のモノだ。


「市場ができるのなら、店を持ちたいそうよ」

「そういえば、前にも店を持ちたいとか言ってたな」


 申請書に目を通す。

 テグゥールース、年齢は四百歳ちょうど。世界樹北側でカッテラ都市を中心に活動する行商人。

 取り扱う商材は多岐にわたる。基本的に村や町を巡っていたために野菜類、土が主で、タカクスとの取引によりγ系統のランム鳥の肉と卵、堆肥、ルイオート油、魔虫素材なども少数ながら扱った事があるという。

 カッテラ都市の商会とも取引があり、ランム鳥の肉、卵の卸売りをしていたようだ。町や村へは鳥肉と卵の他にも堆肥などを売り込み、顔が利くという。


「元キダト村長も、テグゥールースの事は知ってたよな」

「ランム鳥の肉や卵の流通を担う重要な行商人だもの。タカクス町の存在感が増すと同時に、あの人も影響力を付けたのだと思うわ」


 かなり精力的にランム鳥の売り込みを方々にかけてくれていたし、タカクス町のみんなにとっても知らない仲ではない。

 他の縁が薄い商人や商会が店を構えるよりは安心して買い物ができるだろう。


「いいんじゃないか?」

「お店を出したとして、やっていけるかしら?」

「そのあたりはあの人の才覚次第じゃないかな」


 お店を出す際に補助金を出したりは出来ない。土産物屋は旧キダト村の住人に任せるつもりでいるし、いったいどうなるやら。


「午後の商談で顔を合わせるんだし、経営方針を聞いてみようか」


 ダイニングキッチンに入ると、メルミーがアユカの燻製を使ったパスタを作っていた。

 壁のボードに見慣れない誰かの文字で書かれたレシピが貼ってあり、メルミーはそのレシピに従って作っているようだ。

 俺の視線に気付いたメルミーがレシピを指差す。


「アクアスの料理屋で出してるアユカの燻製を使った料理の一つだってさ。手紙にあったんだよ」

「あぁ、ケインズのところの人見知り料理人か」

「そうそう。結局、顔も見た事ないけどね」

「……親近感、湧く」

「女の子らしいぞ」


 補足説明してやると、テテンが嬉しそうに薄ら笑いを浮かべる。

 親近感を超えた何かがテテンの中で芽吹いたようだ。

 メルミーが作っているパスタはアユカの燻製を細かくして、ネギに似た辛みのある青野菜を刻みいれたものらしい。

 軽そうに見えて、かなり食欲をそそる色合いだ。青野菜の具合がいい。アスパラガスがあったら入れたい感じだ。

 実際に食べてみると、香味野菜の効果もあってかなり食べやすい。

 同封されていたという手紙には、見た目で受け入れられにくいアユカを売り込むために見た目も味も工夫した逸品だと書かれていた。

 如何にも万人受けする食べやすさだ。

 食事を終えて休憩をはさんだ俺は、さっそくリシェイと共に応接室で行商人テグゥールースとの面会に臨んだ。

 時間通りにやってきたテグゥールースはソファに腰掛けて、さっそく商談に入った。


「少量で構いませんので、シンクを売って頂けませんか?」

「いきなりですね」


 いまだ、シンクの輸出は行っていない。

 数はすでに百羽を超え、安定した繁殖が可能になっている。

 けれど、今は増えていくタカクス町の人口を支えるためγ系統種の繁殖に飼育小屋や人員を割いているため、大規模繁殖に手を出していない。

 だが、テグゥールースの考えは分かる。


「タカクス町に店を持つと宣伝しつつ、お世話になった方々へのお礼と今後の取引継続をお願いするためにも、シンクを都合できるだけの力がある事を見せたいと?」

「はい。その通りです」


 タカクス村ができたばかりの頃からお世話になっているだけに、断りにくい。


「シンクは継続的に販売できる物ではありませんよ?」

「心得ています。先方にもそれをお伝えすると誓いましょう。私はしがない行商人で、身一つでこの仕事を始めたものですから店を運営していけるかどうか疑う方もおられるのです。タカクス町の創始者であるアマネ町長からの信頼がある事を先方に見せれば、今後の仕入れもやりやすくなる。どうか、シンクを売って頂けませんか?」


 テグゥールースに頭を下げられて、俺はリシェイと顔を見合わせる。

 確かに、シンクをタカクス町の外へ売りに行けるのなら俺からの信頼を得ている事にはなるだろうし、同時に町からの信頼を得ているととらえることができる。

 顔も知らない人の店よりは顔なじみの経営する店で買い物するのは当たり前の心理で、テグゥールースの店がタカクス町でやっていける事の証明にもなるのだろう。


「……三羽だけです」


 リシェイが言うと、テグゥールースが顔を上げた。


「ありがとうございます!」

「ただし、結構高いですよ? コヨウ肉の販売量が減ったから、という理由でランム鳥に関税を掛けられたんですから、シンクをγ系統種と同じ値段で売れるわけがないとご理解いただけますよね?」

「もちろんです」


 テグゥールースはほっとしたように続けた。


「実は、店を持とうと本格的に考え始めたのもランム鳥に関税がかけられたからなんです」

「やっぱり、影響が出てましたか」

「それはもう」


 テグゥールースが苦笑する。

 目に見えてランム鳥の取引量が減ったから想像はついていたけど、テグゥールースにとっての売り上げは下がっていたらしい。

 タカクス町としてはある程度宿などの整備が終わったところでもあったため、ランム鳥を食べに来る観光客を相手に販売していた。

 ランム鳥単体で見ると流石に売り上げは下がったけど、宿泊費その他で結果的に売り上げは微増した。さらに、カッテラ都市との交通網が整備されてからは観光客も増えたため売り上げも増えている。

 タカクス町と行商人の違いが明確に出た形だ。

 テグゥールースが身を乗り出す。


「すでに申請書を提出しましたが、この度タカクス町に作られる市場に店を出したいと思っています」

「えぇ、申請書は拝見しました」


 申請書には日持ちする食品も扱う雑貨屋を営むつもりだと書かれていた。

 魔虫狩人や行商人が旅をする際に利用するような店なのだろう。

 リシェイが申請書を見つつ、口を開く。


「近くにカッテラ都市がありますから、利用客が少ないとおもいますよ?」


 燻製品ならカッテラ都市の方が美味しい。食料品のほとんどが輸入ものだから少々値が張るだろうけど。

 テグゥールースはリシェイの意見に頷いた。


「魔虫狩人や行商人の利用する店ではありますが、基本的な客層はタカクス町の方々や周辺の村、町の住人を考えています。コヨウの毛で織ったハンカチや室内履きなどの雑貨を主に売って行く方針で、カッテラ都市では販売しにくい小物類、カップル向けの装飾品など、雰囲気が重要な品を取り扱う予定です」


 試供品を準備しているとの事で、テグゥールースがテーブルの上に品物を並べていく。

 花の刺繍が施されたハンカチや恋人同士が送り合うお洒落なアクセサリーなど、煙が常に上がっているカッテラ都市では貰っても雰囲気が伴わなくて素直に喜べないタイプの品々。夫婦茶碗ではないけれど、新婚夫婦向けのカップまである。


「タカクスには結婚式に最適と評判の教会がございますし、第三の枝にタコウカ畑を作りデートスポット化するとも聞いていますから、色々と取り揃えてみました」


 俺が新婚夫婦向けのカップを見ている事に気付いたテグゥールースが補足してくれる。

 行商人をしていただけあって、どこで何が売れるのかを正確にとらえる眼を持っているようだ。

 ハンカチなどは煙の臭いが染みつくと困るタイプのモノだし、カッテラ都市にお客を奪われることがないどころか、カッテラ都市からお客を呼び込む事さえ出来る。

 タカクス町ではコヨウの毛はすべて輸入品だけど、テグゥールースが行商人時代の伝手を使って取り寄せれば安く店先に並べることもできるだろう。


「分かった。開店を許可しよう。店舗に関して注文があるなら聞くから、纏めてきてくれ」

「ありがとうございます」

「市場は秋ごろに完成させるつもりでいるから、準備は早めに整えておいてくれよ」



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