第九話 ウイングライト討伐
夜、雨雲が到来するまでに食いしん坊の変異種バードイータースパイダーがビーアントの死骸を七つ持って行った。
流石に全部食べたとは思えないから、どこかに隠して保存食にでもしているのだろう。
目が合うと、ごちそう様とでもいうように前足をすり合わせて、手の先に付いていた糸くずを落として行った。お礼だとしてもそんな糸くずはいらない。
「歳を経た魔虫は狡猾な奴が多いとも聞くけど、あの変異種は色々と独特だな」
「気は抜くんじゃねぇぞ。襲い掛かってこないと決まったわけじゃねぇからな」
ビロースの言う通り警戒は怠らない。目が合ったのだって、奴の姿を視界に収めて警戒していたからだ。
それに、魔虫はコミュニケーションがとれるほど頭のいい生き物ではない。俺自身があの変異種の行動に意味づけしているだけで、実際はタダ本能に従っているだけだろう。
「それよりも、今は目の前の事に集中しようか」
俺は愛用の弓を構えて鉄の矢を番える。
雨霧にかすむ視線の先に二つの光が見える。
翅を光らせたウイングライトがこちらに飛んできているのだ。
まだ、俺たちの存在には気付いていないらしく、ふらふらと落ち着きなく飛んでいる。
「……もう少しひきつけろ。あそこからだと、仕留めても枝から転げ落ちていく」
「了解」
雇われ魔虫狩人たちが周囲を警戒しつつ返答してくる。
「敵影なし。いつでもどうぞ」
「この距離なら、町長の方がいいな」
俺と同じく鉄の矢を構えていたビロースが弓を下ろしながら俺に獲物を譲ってくる。
俺は答えの代わりに鉄の矢を放った。
まだ全体像も見えていないウイングライトに突き刺さったらしく、光がぶれる。
「距離を詰めるぞ!」
ビロースが掛け声をあげて走り出す。雇われ魔虫狩人たちが周囲を警戒しながら陣形を組んで後を追った。
おそらく、俺の一矢だけでは仕留め切れていない。この視界の悪い中で急所は狙えないし、せっかくの翅を傷つけたくはないため加減してあるからだ。
俺の矢を受けて枝の上に落下したウイングライトは、接近したビロース達により急所を射抜かれて絶命する。
俺は鉄の矢を番えて次の獲物を探した。
ウイングライトが一匹でてきた以上、今日が出現時期の真っただ中で間違いない。次の獲物が出てくる公算は高いだろう。
俺が獲物を探している間に、ビロース達が野営地点に戻ってきた。
「先に翅だけ切り取ってきたぜ。また変異種の奴に横取りされてからじゃ遅いんでな」
「あぁ、テントに入れておいてくれ」
バードイータースパイダーは翅まで食べないけど、死骸ごと持ち逃げされるリスクは潰しておく。
強くなりだした雨の中で今度は四つの光がぼんやりと浮かび上がる。二枚一対の翅を輝かせてウイングライトが仲良く二匹、飛んできている。
ビロースが矢を番え、放つ。
ウイングライトの甲殻を貫く硬質な音が微かに聞こえ、光が一対、墜落した。
「よし、もう一匹が来るぞ」
「もう来ないよ」
俺が放った矢が命中し、残っていた一対の光も墜落した。
再び、ビロース達が走って行く。
時刻はおそらく、深夜三時というところだろうか。一晩で三匹のウイングライトを仕留められたのだから大収穫だ。
翅を切り取ってきたビロース達と合流し、明日に備えて狩りの終了を宣言する。
「警戒は続けるけど、ビロース達は寝てていいよ。朝食時に起こすから」
「おう、頼んだ」
テントに入って行くビロース達を見送って、俺はもう一人の夜番と共に夜食を作る。
燻製肉を齧りながら周囲を見張っていると、雨が次第に小降りになってきた。
五百メートルほど先にウイングライトの死骸が三つ転がっている。ビロース達が翅を切り取る時にテントから離しておいたのだろう。
そのウイングライトの死骸に上の枝から変異種が糸を垂らしていた。もう俺たちが獲物にこだわらない事を学習したらしく、最初の時のように糸を振り回して牽制しながら奪っていく強引な真似はしないようだ。
俺と目があった変異種は何事もなかったかのようにウイングライトの死骸を釣り上げて咥えると、どこかへ持ち去って行った。
「あの変異種、仕留めなくていいんですか?」
俺と一緒に夜番をしている雇われ魔虫狩人が訊ねてくる。
「いまは放っておいていい。巣を張らないで歩き回るアイツを仕留めに行くのは面倒だし、俺たちの人数も少ない。カッテラ都市に行って報告書を書いた後、偉い人たちが対策を考えるさ」
それに、あの変異種は積極的に人を襲う様子が無い。
俺たちの本来の獲物がウイングライトやブランチミミックである以上、変異種に喧嘩を売る必要は本来ないのだ。
「監視されているみたいで落ち着かないんですけどね」
「俺たちが仕留めた獲物が増えてないかの確認をしてるんだろ」
「ふと思ったんですけど」
魔虫狩人は、ふたたびウイングライトの死骸を横取りしに来た変異種を見上げて、続ける。
「あいつが獲物を隠してる場所に行ったら、食べ残された魔虫の甲殻とか転がってるんじゃ……」
「あぁ、今までアイツが仕留めたウイングライトの翅とかがあるかもな」
状態によっては一獲千金の夢がある。
それを探しに行くには人数を集める必要があるわけで、俺にはちょっと無理だ。
「カッテラ都市への報告書にその予想も書いておけば、道案内に君たちをカッテラ都市が雇って大規模な捜索とかするかもしれないな」
そうなれば、カッテラ都市が勝手に雲中ノ層から魔虫を一掃してくれるわけで、俺たちタカクス町としては大歓迎である。
とはいえ、あるかどうかも、状態さえも分からない変異種の食べ残しを目当てにカッテラ都市が金を出して魔虫狩人たちを大勢動かすかは疑問だ。
日が昇り、俺が朝食の準備をしていると、匂いで目を覚ましたビロース達がテントから出てきた。
「これからどうするんだ?」
簡易椅子を組み立てて座ったビロースが訊ねてくる。
俺は空を見上げた。すでに雨は止み、頭上には雲さえできない高さで青々と茂る世界樹の葉が見える。
ウイングライトは雨雲の中でないとまず遭遇できない。晴れた日の昼間に出くわすことはないと考えて、別の獲物を狙うべきだろう。
「ブランチミミックを仕留めに行こう」
「おう、分かった」
雇い主兼リーダーである俺とビロースの決定で魔虫狩人たちも各々の体調を整え始める。
俺と一緒に夜番をしていた魔虫狩人は朝食ができるまでの間に仮眠を取り始めた。
「ブランチミミックそのものは町長が相手をするとして、問題は仕留めた後だな」
ビロースが頭上の枝を見上げる。変異種がいる枝だが、今は姿が無い。
「あの変異種に横取りされる可能性を考えておかねぇと」
「解体時間とかも考えると、横取りされる可能性は高いな」
ブランチミミックは弾性に富む甲殻を素材として利用するが、体液が付着すると硬化してしまって使い物にならない。そのため、解体する際には血抜きを行う必要がある。
血の匂いにつられて魔虫がやってくる可能性は高い。変異種に関しても同様だ。
積極的に敵に回したくはないけど、横取りを狙ってくるのなら追い払うしかない。
「テントはどうする?」
「ウイングライトの翅は六枚。もう十分だろうから、テントは片付ける。今日中にブランチミミックが見つからなくても一度カッテラ都市へ帰還する」
カッテラ都市でウイングライトの翅を預け、態勢を整えてから再度ブランチミミック狩りに出る流れだ。
この計画なら、午前中いっぱいを狩りに使って、カッテラ都市で寝ることもできる。
ビロース含め、誰も異論は口にしない。
「決まりだな。目標はブランチミミックを四匹分だ」
「そんなに獲物が出てくるはずねぇよ」
「あくまで目標だって。いくらこの辺りは五十年放置された狩場だからって、そんなに狩れるはずが――」
――狩れちゃった。
「どうしようか?」
「まさか二組も交尾中とはな……」
ビロース達が微妙な顔をしてブランチミミックの死骸を見つめている。
荷物持ちの片方が俺をドン引きした眼で見ていた。
「というか、普通は躊躇ったりしません? お楽しみの最中に遠距離から急所を狙い撃ちしてオスメス両方仕留めるって……」
「獲物を見つけたら躊躇うな。ヤってる最中ならなおさら仕留めろ。それが師匠の教えなんだ」
リア充には虫だろうが容赦しません。
何はともあれ、まとめて綺麗に仕留める事が出来たのだから結果オーライだろう。
「血抜きを始めよう。ビロース達は警戒を頼んだ」
「おう」
十メートル級のブランチミミックを中心に、ビロース達が警戒に当たる。
俺は荷物持ちの一人と一緒にブランチミミックの解体に移った。
脚を切り離し、足の付け根から流れ出る血が甲殻に付着しないよう漏斗に似た物を取りつける。
血の匂いにつられて肉食性の魔虫がやってこないとも限らないため、血抜きは迅速に行う。
「脚の方、ロープで纏めました」
「分かった」
「おい、ビーアントが来る。警戒を代わってくれ」
ビロースに声を掛けられて、俺は警戒を代わる。
上の枝に変異種の姿はない。
やってきたビーアントは三体だったが、ビロース達に迎撃されてすぐに射落とされ、枝の上を転がり落ちて行った。
「もったいねぇ」
「諦めろ。どうせ運べない」
解体するとはいえ、ブランチミミック四体分の素材があるのだ。これ以上持ってしまったら魔虫に襲われた時に対応できない可能性がある。
魔虫狩人ギルドで頼まれたバードイータースパイダーの液化糸も諦めてもらうつもりでいる。
「さぁ、程よく血も流れたことだし、残りの解体を済ませよう」
俺の号令で、荷物持ちの二人が解体を始める。
下の方から徐々に甲殻をはぎ取っていき、ほとんど肉だけになったブランチミミックが残った。
同時に、上の枝に変異種が姿を現す。
狙ったようなタイミングで現れた変異種は俺たちが甲殻を持って死骸のそばを離れると糸を下ろし始めた。
甲殻をはぎ取られたブランチミミックの死骸を手元に引き寄せた変異種は、いつもと違う感触に戸惑ったらしくぺたぺたと触る。
しかし、すぐに死骸の状態に気付いたらしくがぶりと噛みつくとどこかへ持ち去って行った。
食べにくい所取ってくれたのか、サンキューくらいのノリである。
「……なんか、餌付けしている気分になってきましたね」
雇われ魔虫狩人の一人が、去っていく変異種を見送って呟く。
「餌付けか。飼いならせれば、糸の確保に困らないんだけどな」
危険すぎて実験してみようとは思えないけど。
翅やら甲殻やら脚やらを小分けして六人で持ち、一路カッテラ都市へ。
到着したのはもう日も暮れて、遠目からでもタコウカの色とりどりの光が空中回廊を彩るのが見える時間帯だった。
俺たちは魔虫狩人ギルドの扉を開けて中に入った。
「アマネさん、早かったですね。……ずいぶんと大猟だったようで」
会計役が俺たちの抱えた大荷物を見て苦笑する。
「良い狩場になってましたからね。タカクス町へこの素材を送りたいので、行商人を都合してもらえませんか?」
「ウイングライトの翅ですからね。運搬にも気を使うでしょう。仲介料を頂ければ、紹介しますよ」
「鉄貨五十枚ですよね?」
「えぇそうです」
ポケットから財布を出して、鉄貨五十枚を支払う。
受け取った会計役が職員の一人を呼び止めて何やら告げて、送り出した。
俺に向き直った会計役が口を開く。
「変異種はいましたか?」
「愛嬌のある、おかしいのがいましたよ」
肩をすくめて、俺は変異種について話しておいた。
詳しくはタカクス町へ帰った後の報告書に書くことになるけれど、俺たちの大猟振りを見た魔虫狩人が動くかもしれないから、あの変異種については注意を促しておいた方がいいだろう。
話を終えて、俺たちは宿で一泊した後、タカクス町への帰路についた。




