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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第四章  町と呼ばれて
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第八話  変異種

 ウイングライトが出現する雨の日を待って、俺はビロースと共にタカクス町を後にした。

 他の魔虫狩人は町の防衛戦力として残してある。周辺地域の制圧を毎年行っている事もあって、タカクス町が直接魔虫に襲われた事はないけれど、用心するに越したことはない。


「ウイングライトは狩った事がねぇな」

「ビロースもそうなのか」

「遠征した事は何度かあるが、結局会う事さえなかった。アマネはどうなんだ?」

「じっちゃんから一通りの話は聞いてる。ヨーインズリーにいた頃、一度遠征にも出てるけど、仕留め切れなかった」


 見つけはしたけど、霧で視界が悪くてすぐに見失ったのだ。

 タカクス町から丸一日歩き、カッテラ都市に到着した俺はビロースと連れ立って魔虫狩人ギルドを訪ねた。


「待っていましたよ、アマネさん」


 ギルドに入るなり声をかけてきたのは、魔虫狩人ギルドの会計役だった。

 今までに何度となく素材売却でやり合った仲ではあるけれど、今回は魔虫の素材を持ち込んではいない。

 俺は内心首を傾げつつ、会計役に向き直った。


「ウイングライトの討伐遠征に出る依頼を出してありましたよね。なんで会計役のあなたが出てくるんですか?」

「依頼の方はきちんと募集を掛けてあります。応募者が七名おりますので、のちほど顔合わせをして頂ければと思います。それとは別件で、商談の方を」


 ビロースと顔を見合わせる。

 依頼掲示板を見ていたビロースは肩をすくめた。


「バードイータースパイダーの液化糸を募集しているみたいだな。五十年放置されていた雲中ノ層で大物を狩って来いってか?」

「えぇ、その通りです。募集にある通りの金額で購入いたしますので、狩ってきていただけませんか?」


 液化糸は用途が多いから供給不足になりがちな品ではあるけど、こうして直接声をかけてくることはまずない。バードイータースパイダー自体が良く見かける魔虫だから、供給不足になってもすぐに狩りに行けば数を確保できるのだ。


「何か裏でもあります?」

「カッテラ都市の雲中ノ層の空中回廊に老朽化が目立っていまして、かなりまとまった数を確保する必要があるのです」

「なるほどね。あの引き取り価格もカッテラ都市が出しているなら納得だ」


 空中回廊の改装ならあまり時間をかけてもいられないだろうし、緊急性が高いという判断で値を吊り上げたのだろう。


「余裕があれば狩ってみますけど、こちらもかなり必要素材が多いので持って帰れるかは分かりませんよ?」

「えぇ、ウイングライトの討伐という話ですし、十日ほどは粘るのでしょう? 帰りに余裕があればで結構です。ウイングライトの討伐に成功したら、報告書の提出をお願いしてもよろしいですか?」

「ビロース、頼める?」

「町に帰ってから、カッテラ都市に郵送って事でよければ構わねぇよ」


 話がまとまって、討伐遠征の参加者との顔合わせを行う。

 五十年前に行われたというウイングライト討伐遠征の参加者は拠点を西の方へ移しているらしく、今回の応募者にはいなかった。


「この中で五十年前まで行われていたウイングライトの討伐遠征記録を読んだことがある者は?」


 質問を投げかけて手を挙げた三人を一発採用する。遠征に応募しておいて事前に情報を確認していない準備不足の奴はいらない。

 あと一人、ビロースと力比べして腕力のある者を選び出し、荷物持ちに抜擢する。


「じゃあ、行こうか」


 荷物持ちにテントなどを持たせてカッテラ都市の雲中ノ層から出発する。

 俺は弓と矢筒を背負い、最低限の食料を腰のポーチに入れた軽装。ビロースも同様だ。

 カッテラ都市で雇った魔虫狩人の内二人は荷物持ちに、もう二人は戦闘準備だけさせて装備を持ってもらった。


「狙いはウイングライトとブランチミミック。帰りに余裕があればバードイータースパイダーを仕留めるけど、バードイータースパイダーの売却金に関しては六人で折半する」

「自分らは最低額が保障されてるんで構わないですよ」


 雇われ魔虫狩人たちもこう言ってくれたことだし、蜘蛛も仕留めておこう。

 カッテラ都市を出て半日ほど雲中ノ層の枝を進むと、魔虫による食害の痕がちらほらと見えるようになってきた。

 どれも傷は浅い。生命力の強い世界樹にとってはこの程度数日で治るかすり傷だろう。

 けれど、傷の数が多い。


「魔虫がかなり湧いてるっぽいな」


 数で言えば、この周囲に三匹、枝の上で見れば十や二十はくだらない。

 ビロースが弓を片手に周囲を見回す。


「町長、気付いてるよな?」

「バードイータースパイダーの巣がどれも半壊してる事だろ。気付いてる」


 カッテラ都市で雇った魔虫狩人たちも警戒をあらわに周囲を見回していた。


「ちょっと、ここらで休憩と相談をした方がいいんじゃないですかね?」


 荷物持ちの片方の提案に乗っかる形で、俺たちは早めの昼食を摂ることにした。


「まずは、それぞれの見立てを聞こうか」


 ランム鳥の干し肉などを撒いたトルティーヤっぽい料理オルテアートを齧りつつ、話を聞く。


「まぁ、このまま霧が出てきたら不味いって点ではもう意見が一致してるよな」


 ビロースの言葉に、俺を含めて全員が頷く。

 霧で視界が悪い中ウイングライトを狙うまでは良いけれど、別の魔虫からの奇襲を受けたらひとたまりもない。


「時間がもったいないですが、周辺の調査をするのが正しい選択だと思いますね」


 雇われ魔虫狩人の一人が周囲を見回しつつ言う。

 人を積極的には襲ってくる魔虫、例えばビーアントなどが付近にいた場合は先に討伐しておく必要がある。群れでの狩りを得意とするビーアントと霧の中で戦闘したくはない。


「よし、調査を行う。どっちにしろ、この枝の様子は確認しておくつもりだったんだ」


 タカクス町の都市化計画ではこの雲中ノ層の枝に橋を架けることになると睨んでいる。事前調査だと思えば、貴重な時間を使う事に躊躇いはない。

 昼食を終えて立ち上がる。


「二手に分かれますか?」

「いや、まとまって行動しよう。何が出てくるか分からないから」


 俺とビロースを先頭に、周辺の探索を始める。


「おい、町長、向こうにブランチイーターの死骸がある」


 ビロースが指差す先に、食い荒らされたブランチイーターの死骸が転がっていた。

 周囲を警戒しつつ死骸に歩み寄る。


「三日か四日前に仕留められた感じだな」


 甲殻に付着した肉片や血の状態、触角の張りなどからおおよその死亡時間を割り出す。

 かなり派手に食い荒らされているように見えるけど、これは一匹の魔虫に行われたものではない。


「この甲殻についている噛み痕はビーアントだな。だが、ビーアントにしては中身の喰い方がお上品すぎる」

「これはバードイータースパイダーの喰い方ですね」


 荷物持ちの一人が死骸の検分に加わって分析した後、不思議そうに周辺を見回す。


「巣が無いですけど」

「参ったな。まだいるみたいだぞ、変種」


 ビロースが呟いて立ち上がる。

 カッテラ都市で五十年前の記録を読んだ三人は変種と聞いてすぐに顔色を変えた。もう一人も道中で説明しておいたため、表情を曇らせる。


「霧の中で遠くから見えない糸が飛んでくるかもしれないって事ですか?」

「人を襲って食うかはともかく、覚悟はしておいた方がいいだろうぜ」


 ビロースが荷物持ちに声を掛ける。


「命綱を出す。糸に絡め取られようが、他の連中が無事なら救助できるようにな」

「狩場はここで決まりか。野営の準備に入ろう。命綱を最優先に」


 俺も指示を出して、準備を始める。

 警戒がてら周囲に目を配ると、遠くに雨雲らしきものが見え始めていた。




 野営の準備を完了して、各々が命綱を腰に巻き、弓と矢を取る。


「ここからカッテラ都市まで走れば半日もかからない。撤退指示を俺かビロースが出したら荷物やテントにかまわずカッテラ都市に駆け込む。雪虫狩りの非常時と同じだと思ってくれ」


 弦の張りを確認しながら打ち合わせをしていると、ビロースが眉間にしわを作って遠くに目をやった。


「来たぞ。ビーアントだ」

「数は――十二匹か」


 多いな。

 倍の数とはいえ、ビーアントならば問題なく処理できる。

 ビロースと荷物持ちをしていた二人が弓を片手に立ち上がり、鉄の矢を番えた。


「先手必勝と行くか」


 ビロース達が放った第一射は高速で飛翔し、こちらに向かって飛んできていたビーアントを射落とす。

 仲間の死にかまわず残ったビーアント達が飛んでくるが、俺の射程に入るまでにビロース達の第二射、第三射で数が半分に減っていた。


「鏑矢は使うなよ。周辺の魔虫が寄ってくると面倒だ」


 ビロースがそんな事を言っている内に、俺は矢を四本まとめて筒から抜き出し、ビーアントの首の付け根を狙う。

 鉄の矢ならば頭を貫くこともできるが、これから何匹の魔虫と戦闘になるか分からない以上、木の矢で仕留められる頭の付け根を狙うべきだろう。


「左側三匹まで、俺が射殺す」

「――え?」


 カッテラ都市で雇った魔虫狩人の誰かが疑問符を発すると同時に、俺は一射を放ち、続けざまさらに二射、三匹のビーアントそれぞれの頭の付け根に飛ばした。

 三匹のビーアントが首に受けた矢の影響でバランスを崩し、飛行を止めて世界樹の枝の上に降り立とうとする。

 着地に際し、反動で打ち付けないよう頭を空に向けるビーアント達。当然、頭の付け根ががら空きになっていた。

 俺は弓を下ろす。ビーアントが着地する前に位置を先読みして放った矢は三本ともビーアントの頭の付け根を貫き、事前の一撃と合わせて頭を胴体から分離させていた。

 ビロースが口笛を吹く。


「これでも、ジェインズ老の方が腕前は上だってんだから、世の中おかしいよな」

「じっちゃんと比べるなよ」


 じっちゃんなら多分、六体全部を木の矢で射殺していた。

 俺が仕留め切れなかった三匹はカッテラ都市で雇った魔虫狩人が二人がかりで仕留めた。


「ビーアントの甲殻はどうしますか?」

「処理してる暇がない。死骸ごと樹下へ投棄だ」

「とか言ってる間に来たぞ」

「もうかよ!」


 ビロースが指差したのは上空だった。見上げれば、上の枝から一匹のバードイータースパイダーがこちらを見下ろしている。

 ……あいつ、巣も張ってないのに何で戦闘態勢を取ってるんだ?


「……やっこさん、様子がおかしいな」


 一番に発見して指差しておいて、ビロースはいまさらバードイータースパイダーの位置の不自然さに気付いたらしい。

 頭上のバードイータースパイダーは複数の眼で俺たちを見下ろしながら、何やらもぞもぞと動くと前足を真下、つまり俺たちの方へと向けた。

 前足の先に丸い玉のようなものがついている。


「――やばい、アレが変異種だ!」


 すぐに射殺そうと弓を掲げた直後、変異種が前足を振り回す。丸い玉のようなものが前足の軌道に合わせて回転を始め、遠心力を受けてひゅんひゅんと音を立てながら速度を増していく。


「くるぞ!」


 カッテラ都市で雇った魔虫狩人の誰かが叫んだ直後、変異種の手元から丸い球が飛んできた。

 振り回してフェロモンで誘引するタイプじゃなく、直接ぶつけてくるのか。

 変異種がなげた丸い球が俺たちの仕留めたビーアントの死骸のひとつに衝突する。

 ぺちゃっと水っぽい付着音がしたかと思うと、ビーアントの死骸が釣り上げられた。

 変異種が糸を手繰ると、丸い球が付着したビーアントの死骸が変異種の下へと吊り上げられていく。


「……横取りかよ」


 いや、樹下に捨てようとか思ってたけどさ。思ってたけどさ!


「納得いかねぇ……」


 釣り上げたビーアントの死骸を咥えてどこかへ去っていく変異種を見送りながら、ため息を吐く。


「どうする?」

「とりあえず、残りの死骸をどこかにうっちゃっとけ」


 ビロースが毒気を抜かれたように残りの死骸の片づけを指示しつつ、矢の回収作業に入った。



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