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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第一章  下積み時代
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第六話  孤児院再建

「アーマーネー君、お茶しよーぜー」


 気の抜ける台詞を元気よく響かせて、事務所にメルミーが現れた。リシェイが素早くクッキーが乗った木皿を隠す。


「メルミー、またあなたなの?」

「ハラトラ町の一件でしくじったらしいじゃん。アマネ君が失敗するなんて珍しい」

「あなた、少しは言葉を選びなさい」


 メルミーはリシェイの指摘にもどこ吹く風といった様子で、定位置になりつつある編み椅子に座り込む。相変わらず健康的に手足を晒している。ボーイッシュの塊みたいだ。

 ボーイッシュ星人メルミーが俺を見る。


「落ち込んでるかと思ったけどそんなこともないみたいだね。むしろ嬉しそうに見えるよ」

「良い失敗の仕方をしたんだ」


 俺は机に肘をついて、メルミーに言い返す。俺がメルミーの物言いを気にしていないためリシェイも叱るのを諦めて口を閉ざす。


「そうかそうか。メルミーさんは失敗するたびにお養父さんにドヤされるから、失敗にいい経験なんてないけどなぁ」


 メルミーはそう言って渋い顔をする。

 職人として養父が店長を務める木籠の工務店で働いているメルミーだが、その腕は可もなく不可もなくと言った所。独創性が無いとか特徴が無いとか言われる仕事ぶりだけど、設計図通りに何でもこなす器用さを持っているため便利に使われているのを良く見る。


「あぁ、そうだ。アマネ君たちがハラトラ町に行ってる間に依頼が来てたよ。留守だからって何故だかメルミーさんとこに回されてきてね」

「あなたがこの事務所に入り浸っているからだと思うわ」


 リシェイが指摘する。外ではメルミーが俺の事務所に頻繁に出入りしているところを見られているため、木籠の工務店と懇意にしていると思われている。実際に一緒に仕事をすることが多いのも噂を後押ししている。

 メルミーがズボンのポケットをまさぐり、首を傾げたかと思うと立ち上がる。

 そしておもむろに、ズボンの胴回りを掴んで引っ張り、中を覗き込んだ。


「ポケットが破れてるや」

「メルミー、あなた何してるの!」


 リシェイが慌ててメルミーの手を押さえる。


「男の子がいるんだから、はしたない真似はやめなさい」

「男の子って言ってもアマネ君でしょ。大丈夫、大丈夫」

「何が大丈夫なのよ」

「襲われても大丈夫。ばっちこい」


 メルミーはそう言って、親指を立てて俺に笑いかけてくる。


「いま行こう。体を洗って待っていたまえ」


 俺も親指を立てて紳士的な笑みを見せつけると、リシェイが頭を抱えてソファに座り込んだ。


「ノリだけで会話をするのをやめて。ついていけなくなる……」


 リシェイさんの戦線離脱を確認。


「というか、なんでポケットなんて探ってたんだ。依頼書でも貰っていたのか?」


 話を戻すと、メルミーは忘れてた、と上着のポケットから封筒を取り出した。ズボンのポケットは関係なかったのね。

 渡された封筒の差出人はここヨーインズリーの孤児院だった。リシェイの出身院である。

 宛名が俺になっているのを確認して、封を開ける。


「孤児院の建て直しか」


 運営はギリギリだろうけど、老朽化した建物で子供達が安全に暮らせるわけがない。

 費用が少ない事も書かれていた。正直、金銭的な利益は望めないだろう。


「リシェイも読む?」

「読むわ」


 リシェイに手紙を渡して、俺はヨーインズリーの地図を出す。

 孤児院には一度挨拶に行ったことがあるけれど、周辺に何があるかまでは覚えていない。

 地図で確認したところ、どうやら普通の住宅区の中に建てられているようだ。

 リシェイが困ったような顔をして手紙を畳んだ。


「アマネ、この依頼を受けてくれる?」

「そのつもりだよ。ハラトラ町の件で利益を出せなかったから事務所の経営的にはカツカツだけど、それは孤児院も同じだ。こういう時は持ちつ持たれつってね」


 それに、俺は仕事が入らなかった場合、魔虫を狩りに行くという非常手段が使える。いまでもたまに魔虫狩人のギルドから声がかかる程度には名が知られているのだ。

 孤児院は基本的に住民の寄付金で運営されている。この世界では神話の影響もあって子供を大切する意識が根強いから、運営は何とかなるらしい。

 俺は場所を確認して、ヨーインズリーの建物に関する規約等を再確認した上で席を立った。


「孤児院長と話をしようか。リシェイとメルミーも来て」


 事務会計のリシェイはもちろん、建て直しの時には木籠の工務店に依頼するだろうからメルミーにも声をかけて、俺は孤児院に向かった。



 孤児院は以前に挨拶に来た時と同様に子供たちの声で賑やかだった。

 ヨーインズリーの人口は六万三千人、孤児院の子供たちは三十人ほど。魔虫のような脅威があるこの世界にしては少ない方だ。

 子供たちがリシェイを見つけて駆け寄ってくる。女の子が多い。


「リー姉、お帰り!」

「結婚の報告?」


 一人がとんでもない質問をすると、子供たちがキャーキャー騒ぎ出す。


「違うわよ」


 リシェイが苦笑しながら否定すると、つまんないの、と声が返って来た。

 騒ぎを聞きつけたのか、孤児院長が玄関から出てきた。併設されている教会に勤める司教さんだ。


「ようこそ。立ち話もなんだから、中へ」


 孤児院長に案内されて孤児院の中に入る。少し天井が低く作られていた。床は普通の板張りだ。

 手紙にもあったように、所々傷んでいる様子が見て取れる。


「子供たちが走り回るのもあって、床は傷みやすいんですよ」


 手入れはしているんですがね、と孤児院長が困ったように笑う。

 院長室に通された俺たちは勧められたソファに腰掛けて、話を聞いた。


「要望はありますか?」

「とにかく子供たちが走り回ってしまうので、あまり廊下を長くしないでいただきたい」


 廊下が長いと競争するからだろう。だが、短い廊下の数が多いと出会いがしらの接触事故が増えてしまう。曲がり角を直角ではなく曲線にする方法もあるのだが、ここの子供たちの場合は速度を落とさずに曲がろうとするだろうから、かえって衝突事故が増えるだろうな。


「それから、子供たちの部屋に関して、男女に分け、十歳以下とそれ以上の計四部屋、それから乳幼児用の部屋を院長室の隣にお願いします。各部屋の人数ですがこれは見て頂いた方が早いかもしれませんね。ベッドも今の物を使い回すつもりですから」

「二段ベッドですか?」

「三段です」


 まじか。夜な夜な誰が板挟みになるかで喧嘩しそうだな。

 三段ベッドなんて見た事が無いから、部屋の天井の高さは計らせてもらおう。

 注文を聞き終えて、孤児院の中を案内してもらう。もともとは孤児院として作られた建物ではなく、隣接する民家二つを無理やり繋げた物らしい。それで途中から天井が高くなったのか。


「リー姉、一年もあったのに何も進展してないの?」

「キスとかしないの?」

「奥手だなぁ」


 孤児院を案内されている間にリシェイの周りに女の子が集まっている。七歳かそこらの子ばかりだ。


「メルミー、肩車して!」

「よし、やってやろうじゃないか!」


 メルミーはすでに溶け込んでいた。精神年齢がほぼ同じだからか、違和感がない。

 そして、俺はというと。


「なぁなぁ、お兄さんは下の毛生えてる?」

「どっちとヤッたんだよ、白状しろよ」


 思春期小僧に絶賛絡まれている。

 じっちゃんを思い出してしまうほど下ネタ全開だ。元気にやっているだろうか。この間の手紙には工事にやってきた職人の一人にいい尻をした女職人がいたと書かれていたし、多分元気だろうけど。


「こら、お前たち。リシェイ達は仕事で来てるんだから、他所で遊びなさい」

「いいじゃん、遊ぼうよ」


 子供たちによる遊べコールが廊下に木霊する。

 まぁ、本格的に工事してるわけでもないし、多少絡まれるくらいは予想していた事だ。


「別に問題ないですよ。なぁ、リシェイ?」


 振り向くと、リシェイは耳まで真っ赤になっていた。女の子たちの質問攻めを受けて恥ずかしいらしい。関係を囁かれている俺が目の前にいるのも理由の一つだろうけど。


「話題を変えてくれるなら……」

「……諦めて」


 下手につついて俺に飛び火したら嫌だし、そちらで片付けておいてくれ。俺はエロガキの相手で精一杯なんだ。



 翌々日、木籠の工務店の職人さんたちによる老朽化した孤児院の取り壊しが始まった。

 元々が二つの民家の壁を取り払ってつなげたものらしく、あちこちでガタが来ていたのが取り壊された建物に使われていた建材の傷み具合から読み取れる。

 子供たちが走り回る廊下もひどいが屋根も相当なものだ。民家二つの屋根を半ば無理矢理に接合した事で雨水の排水が上手く機能しなかったらしく、土ぼこりが溜まって屋根板の腐食を進めていた。雨漏り寸前だっただろう。


「取り壊されるところを見てなくてもいいよ?」


 俺は隣に立っているリシェイに声を掛ける。

 この孤児院はリシェイが過ごした場所だ。取り壊されるのを見るのはつらいだろう。

 この孤児院が取り壊されると聞きつけて、かつての出身者がやってきて遠巻きに見ていたりもする。やはり、寂しいのだろう。


「大丈夫よ。それに、取り壊されるところを見ていなければ、それはそれで後悔しそうだもの」

「そっか。無理はしないようにな」

「ありがとう」


 工事の間、孤児院の子供たちはヨーインズリーの創始者一族が用意した宿で過ごすらしい。

 いまは取り壊しの最中なので遠ざけてあるが、新しい孤児院を建て始める頃には子供たちが顔を出すようになるのだろう。


「――おい、メルミー、このガキなんとかしてくれ!」


 悲鳴じみた声が聞こえて、俺は声の出所へ目を向ける。

 木籠の工務店の職人の一人が泣きじゃくる女の子の前であたふたしていた。

 孤児院の子が言いつけを破って取り壊しの様子を見に来たのかと思ったが、リシェイは首を横に振る。


「孤児院の子じゃないわ」

「それじゃあ、なんで泣いてるんだ?」


 職人に呼ばれたメルミーが泣きじゃくる女の子に駆け寄り、いくらか言葉を交わす。

 どうやら、メルミーの手にも余るらしく、女の子は泣き止む様子がない。


「ちょっと行ってくる」

「私が行ってもいいわよ?」

「いや、リシェイは他に子供が来ないか見張っててくれ。孤児院の子が来たら、俺の言葉なんか聞かないからさ」


 リシェイに見張りを任せて、メルミーが何とか泣き止ませようとしている女の子に歩み寄り、少し距離を置いてしゃがむ。


「大丈夫? どこか痛いの?」


 問いかけても、女の子は答える事なく泣き続ける。急かしたところでなおのこと混乱して長引くだけだから、女の子が落ち着くまでそばにいてやるだけだ。

 俺はメルミーに手振りで作業に戻るよう伝える。

 メルミーが俺の耳に口を寄せてきた。


「任せていいの?」

「あぁ、時間がかかるだろうから、取り壊し作業を続けてくれ。床組に移る前に早めの昼食にして、俺が現場に戻るまで休憩」

「分かった。この子の事をお願いね」


 なんだかんだで面倒見の良いメルミーは心配そうに女の子を振り返りながら作業に戻って行った。

 女の子はしばらく泣き続けていたが、段々としゃくりあげる感覚も長くなり、落ち着き始める。

 俺は再度声を掛ける。


「どうしたの? お兄さんに言ってごらん」


 そろそろ自分の言葉で応えられるだろうと思い、問いかける。

 女の子は顔を上げて、取り壊された孤児院を指差した。


「みんないなくなった」

「ここに住んでいたお友達はここの近くに住んでるよ。おうちが古くなって危ないから、新しくしてるだけなんだ。みんなを呼ぶから、ここで待ってようか?」


 イエスかノーで答えられる簡単な質問で女の子に答えさせる。

 女の子はすぐに頷いた。


「うん」

「よし、じゃあ、お兄さんも一緒に待っててあげる。ここは危ないから、こっちにおいで」


 手を差し出すと、女の子はおずおずとした調子で俺の手を握ってくる。

 女の子の手を引きながらリシェイのところへ向かう。


「リシェイ、この子は孤児院に友達を訪ねて来たみたいだ。宿に連絡を取って呼んできてくれ」

「あぁ、そう言う事だったの。分かったわ」


 納得したリシェイは宿へ向かいかけ、俺と女の子を眺める。


「ずいぶん若いお父さんね。似合ってるわよ」

「うるさいぞ、お母さん」


 売り言葉に買い言葉で言い返す。リシェイは一瞬きょとんとした後、まんざらでもなさそうに笑って宿へ歩き出した。

 リシェイと入れ替わるように、メルミーと木籠の工務店の店長がやってくる。


「取り壊しは終わったよ。みんな休憩に入ったところ」


 メルミーが報告した通り、取り壊し作業を終えた職人さんたちが弁当を広げたりどこかへ食べに行く姿が見えた。

 店長が俺と俺の足にしがみ付いて警戒したように店長を見る少女に目をとめる。


「泣き止んだみてぇだな」

「もうすぐこの子の友達が迎えに来ますよ」


 宿はここからそこそこ近いし、子供たちもお昼を食べるために宿へ戻っているだろうからすぐに捕まえられるだろう。

 リシェイが子供たちに捕まって、ミイラ取りがミイラにならなければ、だけど。

 メルミーが少女の前にしゃがみ込んで目線を合わせる。


「アマネ君はメルミーさんのだから、他のいい男を探してきなよー」

「誰がいつメルミーの物になったって?」

「言い間違えた。メルミーさんはアマネ君のものだから、他のいい男を探してきなよー」

「間違ってるのは主語じゃないっての」


 俺がメルミーにツッコミを入れていると、少女が俺の足に抱き着く腕に力を込めた。


「わたしのにする!」

「なんと!」


 メルミーが大げさに驚いて見せ、ファイティングポーズを取った。


「アマネ君が欲しければメルミーさんを倒していくがいい!」

「子供相手に何をむきになってるんだよ」

「一人前の女の子と認めて対等な勝負を挑もうというメルミーさんの誇り高さが分からないかな?」

「一人前の女ではなく女の子と言っている時点で語るに落ちているけどな」

「言い間違えた」


 またですか。

 話をしていると、リシェイが孤児院の子供たちを宿から連れて戻ってきた。

 少女がすぐに反応し、子供たちの下へ駆けていく。

 少女とすれ違って俺のそばまでやってきたリシェイが子供たちを振り返った。


「ここ最近よく遊んでいるみたい。孤児院の再建の事を知らせてなかったのですって。院長からアマネに迷惑をかけてすみませんと伝言を預かってきたわ」

「他にも伝えそびれている孤児院の友達とかいる?」

「院長の方で手を回すそうだから、あまり心配はいらないわ」


 リシェイはそう言って、お昼を食べるために宿へ戻っていく子供たちを見送る。泣いていた少女が俺に手を振っていた。

 子供たちを見送って、俺はリシェイとメルミーを見る。店長は職人たちと一緒にお昼を食べに出かけていた。


「どっかに食べに行こうか?」


 というか、メルミーは店長さんと行かなかったのだろうか。

 疑問に思ったのが顔に出たのか、メルミーが口を開く。


「アマネと一緒に食べて来いって言われた。お養母さんもアマネとの仕事の時はお弁当を持たせてくれなくなったんだよ」

「それって、私がいることは考えてないのかしら?」

「友達同士で食べて来いって事だと思うから、リシェイちゃんも考えに含めての事だと思うよ」


 とりあえずどこかの店にでも入ろうと話をまとめて、俺は近場にあるパスタ系の店へ向かう。

 この世界で主食として食べられているトウムは取り立ての時は甘みが強いけど、一日置くと山椒に似た辛みが出てくるため、わざと一日置いて香辛料としても使用される。

 近場で有名なパスタ店はこのトウムを半日ほど置いてから粉にして練って麺の形にした物を使う。甘さと鼻に抜けるような爽やかな辛さが絶妙と評判のお店だ。

 お昼時だけあって混んでいるが、三人分の席はすぐに確保できた。テーブル席に通されて、俺たちは机を囲んでメニューを開く。


「アマネって好き嫌いないよね」


 メルミーがメニューを眺めながら話題を振ってくる。

 俺は昔から好き嫌いが特にない。前世でも同様で、大概のものは抵抗なく食べてきた。


「メルミーは何か嫌いな物があるのか?」

「特にないかなぁ。好き嫌い出来る立場でもないからね」

「養子だとそのあたりは気を使うのね」


 リシェイが話題に乗ってくる。

 メルミーは木籠の工務店の店長に引き取られた元孤児、リシェイは孤児院出身だ。

 しかし、リシェイは七歳まで実の両親と暮らしていたため、気を使う必要のない幼少期を過ごしている。


「私は昔、マトラの葉が苦手だったわ」


 マトラはジャガイモに似た根菜だ。葉も食用になり、食感と味はニラに似ている。苦みがあるため、子供の中には嫌う者もいると聞いたことがあった。

 メルミーが同調するように頷く。


「苦手な子いるよね。孤児院の食事だとあんまり出てこないけど」

「そうなのか? 根も葉も食べられて面積当たりの収量が多いから積極的に育ててるって聞いた覚えがあるんだけど」


 孤児院は子供たちに農業を学ばせて自立させる目的で作られた畑を所有している。そこで作られた野菜類は孤児院の食事に供されるはずだ。

 寄付でほとんどの運営費を賄っているとはいえ、孤児院としては収量の多いマトラを育てる方が食費の節約になるだろう。

 俺の疑問に答えをくれたのはリシェイだった。


「小さい子は食べたがらないから、栄養不足になって医者にかかるよりはという事で食事に出されないの。ある程度大きくなった子の食事に出てくるようになるけれど、収穫されたマトラの葉は市場で近隣の村で採れた作物との物々交換に使われる場合がほとんどね」

「あぁ、メルミーは小さいうちに孤児院を出たから知らないって事か」

「そうね。私はよく食べたわ。余っているからどうにかして食べ切ってくれって言われて、年長者みんなでね」


 苦い思い出なのか、リシェイはやや表情を曇らせた。

 さて、お昼の方は何にしようかと俺はメニューに視線を向ける。

 しかし、俺が決める前にメルミーがメニュー片手に身を乗り出してきた。


「ねぇねぇ、一緒にこれ食べない?」


 メルミーが指差したのはマトラの葉を刻んで麺に練り込み、コヨウと呼ばれる羊もどきのひき肉やホウレンソウに似たミッパと一緒に揚げた料理だった。とろみのある餡がかかっているらしい。

 腹に溜まりそうな料理だけあって、メルミーだけでは食べ切れないだろう。

 ちょうど近くのテーブルに運ばれてきたその料理カトゥラ・マトラをみて確信する。一人じゃ無理だ。


「アマネ、私の方も手伝ってくれないかしら?」


 何故か対抗心を燃やしたっぽいリシェイがメニューの一つを指差して声をかけてくる。

 ミゼン・ヨウテイと書かれたその料理は生麺を具材とコヨウの乳から作った濃厚なチーズと一緒に世界樹の葉で包み焼く料理らしい。食べた事はない。

 ただ、視界の端の客が食べているその料理のボリュームは明らかに一人前の物ではない。食べている客は魔虫狩人ギルドで見たことのある大男だった。


「あぁ、うん。手伝うから頼んじゃいなよ。どうせ俺はメニュー決まってなかったし、ちょうどいいや。あ、お姉さん、注文良いですか?」


 俺が声を掛けたウェイトレスは注文を取るとすぐに厨房へ引っ込んだ。お昼時の料理屋は戦場である。

 しばらくして運ばれてきた二つの大皿。片方はメルミーが頼んだカトゥラ・マトラ、もう片方はリシェイが頼んだミゼン・ヨウテイだ。

 ウェイトレスさんが気を利かせて、大皿二つをリシェイ達の前ではなくテーブルの中央に置く。


「ごゆっくりどうぞ」


 ウェイトレスさんが去っていく。とりわけ用の小皿を三枚とカトラリーの類も置いて行ってくれた。

 メルミーとリシェイが同時にナイフとフォークを手に取り、料理を切り分ける。

 職人であることは関係がないのだろうけど、メルミーの手さばきの方が圧倒的に速い。


「はいアマネ、あーん」


 いたずらっぽく笑いながら、メルミーが切り分けたカトゥラ・マトラをフォークで刺して差し出してくる。

 揚げた麺の中にマトラの葉の緑がちらほらと見受けられる。ひき肉や刻んだ野菜を混ぜ込んであげてあるため、見た目は掻き揚げに近い。


「ほら、早くしないと餡が落ちちゃうよ」

「メルミー、皿に置いてくれ」


 俺がとりわけ用の小皿を差し出すと、メルミーは小さく舌打ちした。


「ノリが悪いなぁ」


 メルミーが俺の小皿にカトゥラ・マトラを置いた直後、リシェイが料理をフォークで刺して俺に差し出してきた。

 リシェイが頼んだミゼン・ヨウテイは生麺と具材が溶けたチーズでまとまり、世界樹の葉でつつまれていた。どうやら、数枚の世界樹の葉で包んでから焼くらしく、外側の焼け焦げた葉は取り除くようだ。

 月桂樹の葉に似た独特の香りがミゼン・ヨウテイから漂っている。


「アマネ、熱いうちにどうぞ」

「皿の上に――」

「メルミーの置いた料理があるから、味が混ざってしまうわ」


 にっこり笑うリシェイは、早く食べろとミゼン・ヨウテイを差し出してくる。

策士め。

 仕方なく、俺はリシェイの差し出してきたフォークからミゼン・ヨウテイを食べる。月桂樹の香りがチーズの臭みを消し、濃厚なチーズの味と時間を置いたトウムの爽やかな辛みが合わさってかなり美味しい。

 評判の店だけある。


「リシェイばっかりずるい。メルミーさんのあーんは受けられないというのか!?」

「私の作戦勝ちよ」

「皿に置かなければまだ機会があったのに」


 本気で悔しそうなメルミーは無視して、俺は小皿の上のカトゥラ・マトラにフォークを刺す。

 掻き揚げに似た外見だし、実際に油の甘みとコヨウのひき肉が脂っぽさを主張している。

 だが、掛けられた餡が口に残りそうな油をまとめて喉の奥へ導いてくれるおかげでギトギトするようなこともない。麺に練り込まれたマトラの葉の苦みもいいアクセントになっていた。サクサクした食感も好きだけど、餡が染み込んだしっとり具合もなかなか。


「これも美味しいな。リシェイも食べてみる?」


 小皿を差し出すと、リシェイはメルミーを横目に見た。食べていいかを無言で聞いたのだろう。

 しかし、メルミーはにやりと笑うと自らの皿からカトゥラ・マトラを切り分けてフォークに差し、リシェイの口元へ持って行った。


「はい、あーん」

「……くっ」


 やり返されたリシェイが怯む。

 メルミーの笑みが深まった。


「ほらほら、アマネにあーんができなかったメルミーさんの心の隙間を埋めてよ。さぁ、さぁ!」


 ノリノリである。

 リシェイの立ち直りは早かった。

 メルミーが差し出したフォークごとカトゥラ・マトラを口に含む。


「あ、おいしい」

「でしょ。リシェイの食べてみたい」

「まだ私も食べてないのだけど」


 苦笑したリシェイはメルミーに返礼とばかりにミゼン・ヨウテイをフォークで差し出す。

 メルミーは差し出されたミゼン・ヨウテイを食べて、俺に向かって笑ってきた。


「間接キスだね」

「……あ」


 策に嵌められたリシェイが気付いて悔しそうな顔をする。

 メルミーはリシェイに向かってドヤ顔をした。

 仲良いな。



 二十日後、俺は木籠の工務店の職人達と孤児院の建て直しの最終工程にかかっていた。

 相変わらずの速度で作業が進んでいくが、この一年で俺も彼らの速度には慣れた。必要な確認をテキパキ済ませ、彼らの作業が滞らない様に進めていく。

 元の建物は二件の民家を無理につなげた物であったためかなり歪でスペースにも無駄が多かった。不必要な廊下や収納スペースの細分化、この面積で階段は二つも必要ない。

 ただ、男の子も女の子もいる孤児院では、風呂場は二つあった方が何かと便利だ。キッチンは一つでいいけど。

 そうして、部屋を統合したり無駄を省いた設計で孤児院が建てられていった。


「建物と庭のバランスはちょうどいいかな」


 俺は見回りがてら、孤児院と新しく設けた庭を視界に収められるよう立ち位置を調整する。

 二階建ての建物で、廊下はBに近い形で配置されている。通りに面しているのが二つの曲線部分で、最も長い直線は反対側の庭に面している。ボール遊びをするには狭いが、追いかけっこならばできる広さの庭だ。走りたければ庭に行け。

 この辺りには公園もないため子供たちは体力が余りがち、とは孤児院長の談だ。ならば作ってしまえばいいという事で庭を作った。


「子供のスケール感ってわかりにくいんだよなぁ」


 転生したことで二回子供時代を経験した玄人の俺が言うんだから間違いない。

 でも、この庭の広さなら駆け回るのは十分に可能だろう。

 この庭のスペースを取るため建物の設計に苦労したが、孤児院長から廊下の天井は低くても構わないと言われたため、廊下の天井の上にロフトを設けさせてもらった。廊下に面する各部屋から利用することができる。廊下と違って子供たちの寝室は三段ベッドが入る大きさにしないといけないため、廊下よりも天井の高さがあり、ロフトに繋げるのは難しくなかった。

 床材は転んでも怪我をしないよう、バードイータースパイダーの液化糸を少量利用した安価なクッションコーティングを施した。

 通りから見た外観は二つの曲線がせり出した形で、柔らかい印象。色調はやや落ち着きのあるダークブラウン系で曲線の間に線を入れた他は統一してある。

 後は木の鉢植えを置いておけばいい感じに爽やかさも出る。


「設計図からある程度の予想はついていたけど、実際に見ると柔らかさが良く分かるね」


 孤児院長が俺の隣に立って建物を見上げた。

 呼びに行こうと思っていたところだったのだが、向こうからきてくれたらしい。おそらく工事の間中俺やリシェイ、メルミーの間をうろちょろしていた子供たちの誰かが呼んだのだろう。


「あまり謝礼を出せないのが心苦しいよ」

「いえ、楽しく仕事ができましたから、大満足ですよ」

「そう言ってくれるとありがたい。ところで、先ほどからアマネ君の足にくっついてる女の子は誰かな? うちの子ではないようだが」


 孤児院長の視線が俺の右足に抱き着いている女の子に向く。


「施設の子の友達だそうです。遊びに来たら孤児院が取り壊されている真っ最中で、みんながどこかに行ってしまったと大泣きしていたのを宥めていたら懐かれました」

「あぁ、この子が。リシェイの恋敵とみんなが噂をしていたよ」

「俺が二十年は結婚しない事が前提になってますね……」

「二十年なんてあっという間だよ」

「まってて」


 女の子が俺をじっと見上げて言ってくる。ごめん、確約できないよ。

 美人になると思うから、もっとましな男を捕まえなさい。

 孤児院長と一緒に孤児院の中を紹介してまわり、木籠の工務店の店長と俺、孤児院長の三人で新しくなった院長室に入る。

 リシェイやメルミーは子供達の相手をしているだろう。ようは人身御供だ。メルミーは平然と生き返るだろうけど。


「間取りも良い具合だ。子供達からの不満も出ないだろう」

「ありがとうございます」


 孤児院長は椅子に腰かけると、謝礼の話に移った。


「謝礼なのだけど、鉄貨五百枚で本当に大丈夫なのかい?」

「問題ありません。木籠の工務店に四百五十、俺に五十で分配する手はずになってます」


 今回は出張したわけでもないため、宿の宿泊費などの経費も掛かっていない。薄利ではあるが、一応は黒字である。一カ月もしないうちに溶けるが。

 近日中に仕事が入らなければ魔虫狩りだな。帰ったら弓の手入れをしておこう。

 帰宅後の予定を考えていると、司教が口を開いた。


「サラーティン都市の市街地再開発事業については聞いているかな?」

「サラーティン都市ですか?」


 建橋家の師匠、フレングスさんが住む都市だ。摩天楼ヨーインズリーからも近い。

 だが、再開発の話は聞いた覚えがない。この一年で持ち上がった話だろうか。

 首をひねっていると、司教が続ける。


「サラーティン都市の教会主導で行う計画でね。サラーティン都市近くの枝にあるクラムト村の過疎化を食い止めるのが狙いらしい」


 クラムト村か。

 サラーティン都市に限らず、ある程度の規模になった町や都市は周辺の村に影響を与える。

 農産物の輸入により周辺の村が活性化する場合もあるが、逆に若者が都市部へ働きに出てしまう事もある。時にはそのまま村が消滅したり、都市部に吸収されることもある。

 クラムト村もそういった流れに巻き込まれたのだろう。


「そのクラムト村の再開発計画がどうかしたんですか?」

「どうも計画が思うように進んでいないそうでね。村の住人の説得ができる建築家や建橋家はいないかとサラーティン都市の教会から言われているんだ。アマネ君、行ってみないか?」

「願ってもない事ですけど、その再開発事業の責任者は誰ですか?」

「フレングスという建橋家だそうだ。腕は良いが偏屈だと聞く。それで、説得が滞っているのではないかと教会は危惧しているんだ」


 師匠か。ちょっと納得してしまうけど、妻のサイリーさんが住人との間を取るはずだ。つまり、サイリーさんでも手に負えないような状況なのだろう。

 俺が行ってどうにかなるようなものでもない気がする。


「行くだけ行ってみます。フレングスは俺の師匠なので」

「あぁ、そうだったのか。あの偏屈で頑固と有名なフレングスさんが師匠とは、アマネ君の話し易さは反面教師の賜物かな?」


 ひどい言われようだ。否定できないけど。




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― 新着の感想 ―
>>うらやましいぞこのヤロウ! 飯テロじゃねえかこのヤロウ!<< >>うまそうじゃねえかこのヤロウ!<<
[良い点] 世界観、文章、設定、細かい知識、キャラクターなどとても魅力的的で素晴らしいと思いました。 とても素晴らしい作品なのですが、主人公に恋愛感情を向けるヒロインが複数いる場合はハーレムタグを付け…
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